二
翌日。
イザークは昨夜の晩餐の後、不良成人どもの酒につき合わされたのと、連日の旅の疲れもあってか久方振りの柔らかい寝台でぐっすりと眠りすぎてしまい、少々遅く目覚めた。
全く昨日は大変だった。一連の出来事を事細かに説明させられた後クライヴとログレスの飲み比べが始まり、酒の匂いに酔ったクレアが昏倒したり酔っ払いの酌をさせられたりと散々な目に遭った。
慌てて仕事に出る支度をし、朝食をとるため食堂へ向かう。
家の者に尋ねるとログレスは昨夜のうちに帰っていったが、クレアも既に仕事へ向かったようだった。
兄も大分疲れていたはずだが、やはり敵わない。改めて感心しながら早足に廊下を進むとばったりクライヴと出くわした。彼もまた食堂に向かおうとしているようだった。
まだ眠そうにとろんとした目で欠伸をかみ殺しながらぼうっと歩いている。
「おはよう」
「んん……あぁ、おはようございます……?」
「眠そうだな」
「……ん、いや……」
苦笑するイザークにクライヴはふうっと気合を入れるように思い切り息を吐いて体を伸ばす。
「はぁ……昨日のお酒が抜けてないのかなあ?」
「浴びるように飲んでいたからな、お前とログレスさん……」
「いつもはもうちょっと飲んでも翌日に響かないんですけどねえ」
おかしいな、と再び大きな欠伸。
「年だな」
「確かに、子供には無縁の悩みですねえ」
誰かさんとか?とクライヴがにやりと笑うのでイザークは咳払いをしつつ話題を変えるようにクライヴに尋ねる。
「ところでクライヴ、今日はどうするんだ?」
「そうですねえ……あまり長々とお世話になるわけには行きませんし、イザーク君もお仕事があるでしょう?今日は早速例の友人を訪ねていってみますよ」
「それで?」
「それでって?」
「その後!」
「ああ……そうですねえ、その友人に皇都で仕事を紹介して貰えればそれを受けようと思いますし、そうでなければ、また何処かへ旅にでますかねえ」
「……ふーん」
どこかに旅に出るにしても金はもうほとんど無いわけだから結局しばらくは皇都で働くことになるのだろうが、クライヴほどの魔術士ともなれば働き口には困らないだろう。素人目から見ても彼の魔力や魔術の才能は相当のものなので、もしかしたら魔術院からお呼びがかかるかもしれない。
「皇都で仕事か。そうだったら、いいけどな」
そうすればまたいつでも会うことができる、そう言おうとしたが、なんだか照れくさくなり言葉を飲み込むイザーク。
「ん? 何か言いました?」
「別に。じゃあどっちにしろしばらくはお別れだな」
「そうですねえ。どうも色々お世話になりました」
「こっちこそ。皇都に住むなら連絡しろよ。仕事の愚痴に付き合ってやらんでもない。酒の誘いはお断りだが」
「素直じゃないですねえ」
クライヴは例によってくっくと笑った。
その後軽口を叩きあいつつ、朝食を済ませて二人は門の前で別れる。
「それじゃ、また」
クライヴはそれだけ言うとひらりと白いローブを翻して去っていった。やたらとあっさりした別れだがそれこそクライヴらしいとも思える。
おそらくまたどこか思わぬ所で再会するのだろう。苦笑しつつイザークもクライヴとは反対方向の仕事場へと向かう。
遅い朝のグレイプニル通りは人気も疎らで澄んだ風が吹き抜けて気持ちがいい。屋敷の厩舎にも馬はたくさんいるが、一番の愛馬の姿は見えなかった。多分あれからずっと詰所の厩舎で待機しているのだろう。
丁度今日は歩きたい気分だったので、煉瓦道に独り軍靴の音を響かせながらのんびりと仕事場へ向かった。
特殊兵団『白鬣』本部詰所はユニコス家の屋敷からそう遠くないところにある。『白鬣』の騎士総長は代々、ユニコス家の当主が務めるからというのがその理由だ。
神皇国軍には大きく分けて二つの兵がある。皇都に常駐する兵と、そうでない兵だ。
そうでない兵とは各領地におかれる守備軍と呼ばれる兵のことで、平時は領地を治める貴族の指揮下にあり、有事になると戦地に派兵され現場の将軍の指揮下に入る。
皇都に常駐する兵は全部で三種。近衛隊、皇都守護隊、そして特殊兵団である。
近衛隊はその名の通り神皇を守護する兵達のことで、ガルグイユ城の警備や城に暮らす皇族の身辺はこの兵達に任され、広大な皇都全体の警察的役割は皇都守護隊が担う。
そして特殊兵団。これらは五つの兵団から成り、神皇国の主戦力と呼ばれている。
一つ一つ、例えば『白鬣』なら騎兵、『黒牙』なら歩兵というように兵科が違い、人数は少ないがその兵科の精鋭ばかりが集められ、平時は主に神皇領、場合によっては国内各地に赴き話し合いで済まない問題を解決させる。有事は各総長を務める神将の指揮下に入り、その特性を生かして敵軍を蹴散らす。
『白鬣』では一隊百名、総勢で五百名居る団員の全てが士官学校で優秀成績を修め特別訓練を受けた騎兵、または騎兵として活躍が認められた者で、戦力は一隊ごとが大隊に匹敵するといわれる。全員が自分の専用馬を持ち、他の兵団に比べて人数の多いこととその身の軽さから地方への出動要請を受けることが多く、常に半数近くが何処かに出動しているので同じ隊でも全員が集合することは演習以外あまりない。
本部にいるのは任務を終えて帰還し、書類で報告を済ませて次の任務へ着くまでのつなぎの間だ。その間騎士たちの愛すべき乗り馬も同じ敷地内の巨大な厩舎群で生活をしている。
イザークは本部に到着すると正面広間を素通りし、長い廊下を経てその厩舎群へ向かった。
帰還の報告はすでに昨日済ませてある。どうせ遅刻をしたことだし、愛馬の様子を確かめておきたかったのだ。
部外者から見れば同じ形の同じような建物が並ぶその場所で、イザークは迷い無く自分の隊の厩舎へ足を運ぶと見慣れたその馬房の前で立ち止まる。
すると既にその足音でイザークの存在に気付いていた葦毛の馬がぬっと顔をだし、嬉しそうに鼻を鳴らした。
「エル、ただいま」
イザークはその首をぽんぽんと叩いてやる。この葦毛の若駒は名をエルシードと言った。
イザークが幼い頃にはじめて貰った馬の息子にあたり、生まれた時からイザークが手塩をかけて訓練した馬で、昨年行われた神皇国で最高峰の馬術大会、神皇御前馬術競技会に出馬。競走、乗馬、馬上試合の部門で見事三冠を達成し、『神馬』の称号を得た最高のパートナーなのである。
イザークは馬栓棒をくぐり馬房に入ると、丹念にエルシードの馬体を調べる。暗灰色と白の斑の毛並みも角も日の光を浴びて見事なつやを放っていた。イザークが留守の間もきちんとした世話を受けていたのだろう。
「よしよし、今日も丈夫な脚だ」
確認を終えイザークが我が子の頭でも撫でる様に愛馬の角を撫でると、若馬は誇らしげに高く嘶いた。その様子をうっとりと見上げるその表情が、自分を見つめるクレアの表情と全く同一であることに彼は気付いているのだろうか。
甘えるように擦り寄ってくるエルシードとしばし戯れていると何やら厩舎の廊下からかつかつと神経質な足音が響いてきた。嫌な予感がしてイザークは、馬房から顔だけ出してその主を確認する。
「またこんな所に入り浸っていたか第二騎士隊長殿は」
予感は的中。嫌味たっぷり含んだ言葉を吐いて現れたのは、先端が鉤のように曲がった長い角を生やした二角人だった。イザークが思い切り嫌な顔をして二角人を睨みつける。
「うわ、やっぱりお前か。ここはウチの厩舎だぞ。第一騎士隊長殿が何しにいらしたんだ?」
男は答えない代わりに神経質に細い尾をぱたつかせ、深い藍色の髪を気障っぽく掻き分けた。
ウェルスレッド・ヴェルドーガ。階級は少佐だが、イザークと同じ十八歳で士官学校の同期であり、また宿敵でもある。
西神将ヴェルドーガ家の嫡男で次期当主でありながら、将来騎士総長を務めるべき猛牛に跨る重騎士のみで構成された特殊兵団『藍角』に所属せず、この『白鬣』で第一騎士隊を率いている。というのも彼は、過去になにがあったか現総騎士長であるイザークの兄クレアに心酔しており、実の父より慕っているらしい。
そのせいでイザークは士官学校入学初日から何かとライバル視されており、ことあるごとに勝負を仕掛けられているのだ。
「全く第二騎士隊には同情する。隊長は突然行方不明になるし、ひょっこり帰ってきたと思えば仕事もしないでこんなところをフラフラ」
ウェルスレッドはやれやれと嫌味たっぷりに首を振る。
「人の事言えないだろ」
イザークが馬房を出てウェルスレッドの前に立つと、エルシードはウェルスレッドに向かって歯を剥き出して威嚇する。
「お前……馬に嫌われる騎士ってどうよ?」
イザークは勝ち誇ったようにふんと鼻で笑い、密かに自慢の種であるウェルスレッドより二セント程高い目線から彼を見下ろした。
「……うるさいっ! 僕はそんなことを話に来たわけじゃないんだ!」
ウェルスレッドは心底悔しそうに歯をぎりぎり食いしばっていたが、ふと本来の用件を思い出したのか、感情を制御して声を低める。
「お前と共に消えた盗賊団の首領の行方を知っているか?」
「いや、知らん。『白鬣』で調べはついたのか?」
ウェルスレッドの問いにイザークは眉を顰めた。とりあえず皇都に戻るまではと保留にしていた話だったが、ウェルスレッドがこうして聞いてくるということはあの盗賊団の件は第一騎士隊に引き継がれたようだ。
特に何も知らない様子のイザークを見てウェルスレッドは嫌味に首を振ると答える。
「……サヘダンの山奥で発見された。死体でな」
「サヘダン?」
サヘダンといえばシュメルシュムルの西、ドナムからは少し北にある地方の名だ。やはりガーゲイルも自分と同じく別の場所へ飛ばされていた。
「……お前はウォルフ川の付近だったか?」
昨日イザークのした報告を聞いたのかウェルスレッドが胡散臭そうに言うとイザークは頷く。
「近いといえば、近いな。で、死んでいたって?」
今度はウェルスレッドが頷いた。
「特に外傷はなく、口と鼻から出血していたが病気であったという証言も無い。正座するように膝を折りたたんで座ったまま硬直していた。どう思う?」
奇妙な死に方だ。何か毒を飲んで死んだという可能性もあるが、あの状況からして自殺は考えにくい。
「……」
イザークは考え込むように首を捻り、考えを口にする。
「これはドナムの村にいた魔術士の推測だけど、恐らくガーゲイルはあの場から逃れるために何かの術を使おうとし、失敗。そこに飛び込んだ俺も巻き込んで、別の場所へ飛ばされてしまった。で、その時俺は腕の骨が折れた状態で見つかったんだが、ガーゲイルの方はそれでは済まなかった、と……」
魔術の失敗による作用については彼も聞き及ぶところがあったのだろう。ウェルスレッドは眉根を寄せて小さく頷くと少し沈黙してから間違いを指摘するように言った。
「ふん。なるほどな。が、しかしそれだけでは少し説明のつかないことがある。ガーゲイルの持ち物が一つ紛失していた件だ」
「?」
「盗賊団の盗品の持ち主一つ一つ調べたところ、ある物だけその中に無かった。捕らえた一味の証言ではあの突入の際までガーゲイルが指に嵌めていたもので、死体はそれを付けてはいなかった」
「……!あの指輪か!」
イザークはそう言われて過日のことを思い出し、ぱんと手を叩く。
「知っているのか?」
「飛ぶ直前、なにやら自慢げに見せびらかしてくれたからな……。魔王の瞳がどうとかこうとか……」
魔王の瞳、と聞いてウェルスレッドが途端に怪訝そうな顔をした。
「あの、緋色の魔術士の話に出てきたあれか?」
どうやらヴィセヌを基にした魔術士の御伽噺は、ウェルスレッドの出身であるエルアガルド地方ではそういう名前で通っているらしい。イザークは肩を竦めて頷いた。
「本人がそう言ってたんだよ」
「……よくわからんな」
ウェルスレッドは小難しい顔をして腕を組むと首を振る。
「そんな事調べてどうするんだ?」
「さぁな。僕とて乗り気じゃない。が、ソドム伯が直々にこの僕のところへ頼みにきてな」
ソドム伯といえばガーゲイルの盗賊団が根城にしていたシュメルシュムルの領主だ。
魔王の瞳もどきを元々所有してたのはソドム伯爵だったということか。
「指輪を探してくれと血相変えて迫るものだからつい受けたが、なんの痕跡も無いのでは探しようが無い」
ウェルスレッドはうんざりしたように溜息を吐いた。
「魔王の瞳を血相変えて、ねぇ。……珍しく弱気だな?」
「うるさい。大体お前が捕まえ損ねるから僕がこんな仕事をする羽目になったんだ!」
「知らないな。そんなに大変なら代わってやろうか?」
「いやいや、それこそお前の隊には荷が重い。仕方が無いから僕が引き受けてやろう」
「どうぞどうぞ」
そんな面倒そうな仕事に関わるのはイザークとしても正直ごめんだ。第一騎士隊が引き継いでくれているのなら任せてしまおう、とイザークは満面の笑みを浮かべてウェルスレッドに手のひらを返した。
尾の様子を見れば苛ついているのがよくわかるが、宿敵と認定している人物の機嫌を伺ってやるほどお人好しでもない。
「っ! ……しかし、ガーゲイルは死んだというのにお前は腕一本で済んだとはな。その腕もどうやら完治しているようだし。全く昔から悪運だけは強いようだな」
負け惜しみのように言うウェルスレッド。イザークは鼻を鳴らしてじろりとそれを睨んだ。
「だけってなんだよだけって?」
「何時だったか『牛乳早飲み対決』をした時もそうだった」
「まぁ~たその話か。あの勝負は運なんて関係なく、俺の勝ちだって何百回言わせる気だ」
イザークは呆れたようにウェルスレッドを一蹴。昔懐かしい士官学校時代の勝負のことなのだがウェルスレッドにとってはまだ決着していない話らしい。イザークの『勝ち』という言葉に過剰反応し喚きだす。
「いいや! あんな勝負は無効だ! 僕が途中でリタイアしたんだからな! そのまま続けていれば絶対に僕の勝ちだった!」
冷静に流そうとしていたイザークだったが、声をあげるウェルスレッドに釣られて火がついた。
「あの牛乳は自分で、誰かさんが毒でも入れてたら大変だからな、とか何とか言って選んだんだろうが! それで勝手に古い牛乳選んで腹壊してリタイアしたんだから自業自得だ! ついでにお前のリタイア直前までの成績は俺が三十七本お前が三十六本で俺のリードだったんだからどう転んだって戦績は俺の、四七四戦二〇一勝一九九敗七四分だ!」
怒鳴り声をあげながら明確に戦績を告げるが、ここでウェルスレッドが首を縦に振るはずがなかった。
「うるさいうるさい! あれは無効だったら無効だ! 四七三戦二〇〇勝一九九敗七四分だ! あれが無効じゃないというなら、『中庭の石どこまで高く積めるか対決』も有効にしろ! あれは途中まで完全に僕が勝っていたんだからな!」
「あれは両方とも教官に怒られてやめたんだから没収試合扱いだろ! ていうかうちの厩舎ででかい声出すなよ馬が驚くだろ!」
「なっ……お前だってさっきから馬鹿みたいにでかい声出してるじゃないか!」
「馬鹿みたいとはなんだよ!」
「馬鹿じゃないならなんだって言うんだバーカ! バカ馬!」
「なんだとアホ山羊!」
どんどん子供じみてくる喚き合いの中でイザークはついに腰の剣に手をかける。ウェルスレッドも両手を双剣の柄に伸ばした。エルシードは二人の様子を見て助けを求めるように高く嘶く。
そこへ折りよくも二人の決闘に水を注せる神皇国でも数少ない人物が現れた。
「隊長っ! こんなところに!」
「げっ……ユウ」
「ちっ……面倒くさい奴が来た……」
厩舎の廊下の奥から早足でこちらへ向かって来るのは、ユウ・ホルストルク曹長。狼人の女性騎士で、年齢はイザーク達より二つ上の二十歳だ。
卓越した戦闘力と指揮技能を持ち、その証に仕官学校を首席で卒業した功績として平民の生まれながら家名を賜っている。何かと争いあって問題を起こしていたイザークとウェルスレッドの指導を任されていた先輩でもあり、上官となった今でも二人は頭が上がらない。普段は快活で真面目な彼女だが、狼人らしく敵に回すと恐ろしい人物なのである。
その恐ろしさを具体的に表すと、全治一ヶ月といったところだ。
「あらヴェルドーガ少佐も。またいつもの喧嘩ですか? 厩舎では暴れないでくださいよ、馬はお二人と違って繊細なんです」
呆れたように言う彼女の物言いは丁寧ながらも部下らしからぬところがあるが、全くもって正しいので二人は何も言えない。何も言えないので仕方なく無言で睨みあう。何気なく足も踏み合っている。
「……全くお二人の喧嘩はもはや病気ですね。真に申し訳ありませんがイザーク隊長、お仕事がありますのでその辺りで。少佐の方も副隊長殿がお探しの様子でしたよ?」
慇懃に言うユウに毒気を抜かれたのかウェルスレッドは無言のままぷいと踵を返すとその場を立ち去ってしまう。
イザークはその後姿に舌を出して見せてからユウに向き直った。
「おはようユウ。久し振りだな」
「おはようございます隊長。ご無事でなによりでした。隊の皆も心配していましたよ」
「ああ、連絡が遅れたのは済まない。軍部のある都市にうまく行き着かなくてな」
イザークはエルシードの首をぽんと叩いてやってから執務室へ向かって歩き出す。ユウもそれに従った。
「あちらのほうはあまり大きな都市がありませんからね。そうそうヴェルドーガ少佐も捜索隊を出してくださったんですよ」
「はあ? ウェルが?」
イザークが信じられん、というような声を出すとユウはくすりと小さく笑う。
「まぁ、あくまでガーゲイルの捜索、とかおっしゃってましたけどね」
「ああ、それは別件だ。あいつの隊はあいつの隊でガーゲイルの盗品を追ってたみたいだからな」
「消息不明の報が行ってすぐ出してくれたようでしたけど?」
「……へぇ、あいつがねえ……」
イザークは首を傾げつつもまんざらでもなさそうに首を傾げる。
厩舎の端の階段を昇り、少し廊下を歩くと第二騎士隊長執務室はすぐそこにあった。
「…………。……なんだこれ」
扉を開いた瞬間イザークはさっと血の気が引くのを感じた。
「ざっと、一週間分です」
扉の正面奥にある紙で出来た机、ではなく紙に埋もれた机。それがイザークの仕事机だ。
イザークは目眩でもおこしたのかよろりと体を傾ける。
「今週はたまたま隊長への書簡が多いのに加えて任務終了の提出書類も重なりまして。これでも私だけで済む書類は片付けたのですが……」
困ったように言うユウの言葉はどうやらイザークに届いていないようだ。
「隊長……そうしていても書類は溜まってゆく一方ですよ?」
優しい笑顔で肩を叩き、新たな書類を差し出すユウの声はむしろイザークに最後の止めを刺した。