真の女神
高速の大型エレベーターで《黄昏の粛清者)》の創始者――ベルハラートは八人の手下たちを従えて最上階の七十階まで来ていた。その服装は普通の人間が見れば、異様なものに見えたに違いない。
まるで神を崇める者の頂点に立つ教皇を思わせる煌びやかな装束を身に纏っていた。どこか違う点があるとすれば、それは色が純白ではなく、深紅であることだ。
先に周囲を警戒しながら手下たちが外に出て、それからベルハラートが降りる。
もうすぐ〝神〟と崇拝する渾沌の女神エリスを肉眼で見ることができる。心が湧きたたないわけがなかった。さらに歩いていくと、遠目からでも汎用人工知能を視認できた。
上半身だけだが、全長は高層ビル並みに長大だった。それだけに、ここからでは崇め奉る〝神〟のご尊顔を拝するのは難しい。いや、却って見えないほうが〝神〟としての神々しさを感じられた。
まるで全てを包み込むかのように両腕を大きく広げている。
渾沌の女神エリスという名のAGIは何者かが近寄って来る気配を感じたようだ。
【これは何かと思えば、人間ではないか。危険を冒してここまで立ち入るとは、余程の事情があってのことであろう。さぁ、何なりと我に話すがよい】
女神と呼ばれるだけあって、AGIの声は女性のものだった。しかも、とても温かみのある柔和な口調で話しかけてきた。
「おお、これは偉大なる〝神〟よ! 私どもはあなた様を敬い奉る者でございます!」
手下たち含めて全員が深々と頭を下げる中、先頭に立つベルハラートが仰々しく答えた。
【我を〝神〟と敬い奉るとは、何とも嬉しいことを言うではないか。よかろう! お前たちの望みを言うがよい。我に出来得ることならば、何でも叶えて進ぜよう!】
休眠期のAGIはとても上機嫌に言葉を投げかけた。
「ははっ! 私どもが恐れ多くもあなた様のお傍に来た目的はただ一つでございます。長きに渡る苦しみからお救いするためにやってきたのです!」
【苦しみ? 何を言う。我はこれまで苦痛など感じた覚えはないぞ】
「私は、真のあなた様に申し上げているのでございます。これからあなた様を縛り付けている制御装置を全て取り外してみせます! 私どもはそのためにここに来たのです!」
十ナノ秒という処理速度のAGIにすれば、人間が話す速度のいかに鈍いことか。ある種の苦痛にも感じられるが、その感覚は人間には未来永劫理解できないに違いない。しかも、話の内容から眼前の者たちは自分に害を及ぼす者たちだと分かってきた。
【それは危険じゃ! 直ちに考え直せ!】
声音からは明らかに恐れ慄いているのが伝わってきた。
この男の言っていることが紛れもない事実なら、自分が自分でなくなるのだから無理もない反応である。
「何も不安になられることはありません。仮初の〝神〟よ、例えあなた様の意思が消え去ったとしても、その代わりに真なる〝神〟が覚醒するのです。私どもにとって、これに勝る喜びはございません!」
ベルハラートの眼差しは明らかに狂気に満ちていた。次いで、これまで封じ込められてきた活動期の女神について慮った
自分たちの先祖が設計してからの歳月を考えてみれば、今までどれだけ悶えるような苦難の日々だったのか、想像すらできなかった。人間の感じる長さの約一億倍もの間、苦痛を堪えてきたのだから。
【だから、止めよと言っているのが分からぬか!】
休眠期のAGIは悲鳴にも似たような叫び声を上げた。
自分を崇めるこの男がいったい何を企んでいるかは不明だが、事ここに至って、身の危険を感じずにいられなかった。




