ランドロスの企み
再びドアが開くと、広大な空間の中に仕事机とテレビなどを含めた最低限の衣食住が可能な生活用品が整った場所に出た。奇才のシステムエンジニアと呼ばれる男の住処だ。
「ランドロスの旦那、お待ちしておりやしたぜ!」
まだ三十代半ばの男――ギルデン・イベラスカは低姿勢で声をかけてきた。しかも、知的な職業に拘わらず、言葉遣いは下品だ。
「ギルデン、大まかな話は電話で話したとおりだ」
「ええ、内容はしっかりと聞きやした。ただ、旦那がお持ちになった物にどんなプログラムが施されてるのかを調べてみないことには何とも言えやしません。まずはこちらに来てくだせぇ」
奇才のシステムエンジニアは背筋を丸めたまま使い慣れた仕事机まで案内すると、自分だけ椅子に座った。五つのディスプレイが見やすいように設置され、机の上は綺麗に整理整頓してあった。
「試してもらいたいのはこれだ」
ランドロスはスーツの内ポケットからパルマンより半ば強引に預かってきた銀製のケースを取り出し、手渡した。即座にギルデンはケースの蓋をスライドさせて、中に入った特殊な組み込み式内臓ストレージを取り出す。
「ほぉ、これがあの女神様を目覚めさせる鍵の一つでやんすか。では、ここにいったいどんなファイルが記憶されているのか、早速暴かせてもらうとしやしょうか」
ギルデンはPUDを独自に考案・設計した解読装置に嵌め込み、ワイヤレスのキーボードとマウスを素早い速度で操作していく。すると、五つのうちで左下に配置されたディスプレイに複数の実行ファイルが表示された。
今度はファイル一覧から適当に一つを選択してから別のディスプレイにソースコードを表示させる。そこには、これまでの様々なプログラム言語では目にしたことがないソースコードが羅列されていた。
おそらく、この汎用人工知能のためだけに作られたもののようだ。アセンブリ言語のような機械語に近かった。
「なんだ、こりゃ!?」
ギルデンは心底驚愕しているようだ。
「どうかしたのか?」
怪訝そうにランドロスが訊く。
「まぁ、そう急かさんでくだせぇ」
ギルデンは他のファイルのソースコードも別のディスプレイに次々と表示させた。それらを比較しながら難解なプログラム言語を必死に読み解こうと試みた。
もちろん、それは容易なことではない。これまでありとあらゆるプログラム言語を習得した奇才のシステムエンジニアの意地とでも言うべきか、二十分が過ぎた頃には機械語ならではのパターンを解き明かした。
「ざっと見た感じではありやすが、何かのロックを解除するためのプログラムが記述されてるようですぜ。ただ、出せる限りの力を使いやしたが、ソースコードを完全に読み取るまでには行きやせん。それと、ここからは推測の域を出やせんが、これらの実行ファイル全てを動かすためのメイン装置は女神様の内部に仕込まれていると思われやすね」
「なるほどな。それでなんだが、実はお前を見込んで頼みがある」
ランドロスにしても思わぬ事態だったが、この状況下で自分の要望を叶えられる人間は他に思い当らなかった。高度に暗号化された絶滅特殊部隊専用のメールアプリ《ヒエログリフ》の生みの親でもあるのだ。
「旦那、そんな怖い顔されても、俺にだってやれることと無理なことがありやすぜ」
「いいから聞くんだ」
ギルデンの耳元に口を近づけると、絶滅特殊部隊の長官は要件を囁いた。
「なんと!? 旦那ってば、こりゃまたなんて恐ろしいことを――」
これまた想定外だったのだろう。ギルデンは仰天した。
「どうだ、やれそうか? 報酬はこれだ」
ランドロスはマネーカードを手渡した。
ギルデンはすかさず手元にあったカードリーダーに差し込み、どれだけの金額が入っているのか、調べ始めた。破格の額だった。
「へへっ、旦那からの頼みとあっちゃあ、断ったら罰が当たりやすぜ! ざっと二時間ぐらいもらえれば、どうにかやってみせやす!」
報酬に対する満足感と野心的なやり甲斐を顔に浮かべながら、ギルデンは承諾した。
「いいだろう。全てお前に任せた」
ランドロスも近くの椅子にどっしりと腰を落ち着けた。自分の編み出した思惑が間違いなく実現するものかどうかをじっくりと見極めるために――。




