ランドロスからの提案
絶滅特殊部隊の隊員でも滅多なことがない限り、長官とは顔を会わせない。それほど今回の事件が前代未聞の有事だということだ。
長官室の前に来たパルマンはドアをノックしてから「パルマンです」と伝えた。この部屋のドアは長官以外の者は開けられないようにプログラムされていた。
即座にドアが開き、広々とした室内にいた二人の男の視線がパルマンに向けられた。
隊長のボルファルト・ボルシュビッツと長官のランドロス・ヴェルノーツだ。
三歳年上の制服姿のボルファルトは立ったままで、四十代前半のランドロスは上質な椅子にどっしりと体重を預けていた。
長官は赤いネクタイを締め、エレガントな模様の黒いベストの上に同じ色のスーツ姿といういで立ちだ。
「パルマン君、よく来てくれた」とても当たり障りの良い口調でランドロスは口を開いた。
「昨日の件の報告は先ほどボルファルト君から聞かせてもらったよ。だが、現在君の身に何が起こっているのかについては詳しく分からないという話だった。パルマン君、君から具体的な話を聞かせてもらえるかね? 君と《黄昏の粛清者》という秘密結社との関係について――」
想定内の質問だった。パルマンはこの巨大都市テンブルムを統括・管理する汎用人工知能の渾沌の女神エリスの義脳の設計者の末裔の一人であるガリエラとの関係から現在に至るまでの顛末を端的に説明した。
「――なるほど。君は昨晩まさに英雄的活躍をしたわけだ。私も鼻が高いというものだよ」
ランドロスは大げさに言ってはいるものの、それほど喜んでいるようには見えなかった。
パルマンのおかげで最悪の事態は回避できた。それでも、自分たちがまだ危機的状況にいることに変わりはない。いつこの本部が襲撃されても、おかしくないからだ。
「それで、コインロッカーに隠したその内臓ストレージは今、君の手元にあるのかね?」
「はい」
「我々にも見せてくれないか?」
言われるままにパルマンは制服の内ポケットから銀製のケースを取り出した。それを高級な木造りの机に置く。
ランドロスは重みのあるケースを掴み取ると、蓋をスライドさせて中に入ったPUDを手に取った。
「これが平和なこの巨大都市を維持するための最後の切札か――」
特殊な組み込み式内臓ストレージを見つめながら、ランドロスは思案顔で呟いた。
「長官、これさえ破壊すれば、秘密結社の野望は脆くも破綻します。いっそのこと跡形もなく消し去ってしまうのはどうでしょうか?」
「パルマン君、それは一見最適な考え方のようだが、それでは解決策にはならんのだよ」
「どうしてですか?」
「それはだね。私が知り得た情報によれば、渾沌の女神エリスはPUDが七個だけでも不完全ながら活動期になれるようでね。もし、これを破壊したことが知られれば、連中は手に入れた七個だけでAGIを半ば強引に動かそうとするだろう。そうなったら、さらに危険度が増すと思わないかね?」
少し沈黙の間が訪れた。
「なぁ、パルマン君。これは提案なのだが、この切札を半日だけ私に預けてはくれないかね?」
「長官、それは――」
真っ先に口を開いたのはボルファルトだ。パルマンにしたところで、ランドロスがいったい何を考えているのか、読み切れなかった。




