第4話:王都を揺るがす影と、薬局の決断
朝の薄明かりが薬局を照らす。棚の薬瓶は昨日と変わらず、静かに光を反射していた。
紡葵はカウンターで報告書を整理している。王都で報告される原因不明の中毒事件——昨日の侯爵家令嬢のケースだけではない。市場での中毒、王府内での不可解な症状、同時期に複数の市民が倒れているという報告が続々と届いていた。
「……これは偶然じゃない」
紡は小さくつぶやいた。目の前の薬瓶に手をかけ、成分や効果を頭の中で整理する。現代の薬学知識で応用できるものは限られるが、それでもできることはある。
その時、薬局の扉が開いた。アール=フェルクがいつもの落ち着いた表情で入ってくる。
「紡葵さん、昨夜の王府報告です。同じ症状の患者がさらに増えました。市販薬だけでは対処しきれない可能性があります」
紡は頷き、マルコに指示を出す。
「マルコ、急ぎで解毒用の材料を準備して。今日も忙しくなるわ」
「おっけー! 任せて」
その矢先、また別の客が駆け込んできた。顔色の悪い男性——王都の商人らしい。
「紡葵さん! 屋台で手に入れた果実を食べたら、仲間も倒れました!」
紡はすぐに観察を始める。呼吸の乱れ、唇の色、体温——現代の知識で判断できる症状はほぼ揃っている。
「量と時間、詳細に聞く。放置すれば重篤になる」
アールは横で記録を取りつつ、薬の調合をサポートする。二人の動きは完璧なコンビネーションとなり、マルコの力仕事も加わって短時間で応急処置が終わった。
「これで一息つけるわね」紡が微かに安堵した瞬間、アールが静かに眉を寄せる。
「紡葵さん、これ、偶然じゃない。使用されている毒草は市販のものではない。誰かが意図的に混入している」
紡の胸が引き締まる。目の前の小さな薬局の事件が、王府の陰謀とつながり始めた。
「……やっぱり来るべき日が来たのね」
紡葵は深呼吸し、棚の薬瓶を一つ手に取った。
「私がやるべきことは一つ。毒を見抜き、調合し、人を守る。陰謀も……真実も、私の手で解く」
マルコは軽く耳をピンと立て、尾を揺らす。
「紡さん、俺も一緒にいるよ!」
「ええ、頼むわ」
王都の小さな薬局——そこに集まる薬と知識、そして三人の絆が、王府の影に立ち向かうための準備を静かに整えていた。
毒と陰謀、そして少しの恋心——全てがこの薬局で交差する日が、確実に近づいていた。