第3話:獣人アルバイト・マルコと王府の影
午後の光が差し込む小さな薬局。棚には色とりどりの瓶が並び、静かな時間が流れていた。
「今日も平和……」
紡葵はそう思った矢先、ドンッと大きな音とともに扉が開いた。
「やあ!」
元気いっぱいの獣人——マルコが駆け込んできた。長い耳をピンと立て、尾を揺らしている。軍用補助職をしていた彼は、力仕事担当のアルバイトとして紡の薬局に雇われていた。
「ちょうどいいところに来たね! 紡さん、棚の上の重い薬瓶、俺に任せて」
紡は眉をひそめながらも、心の中で小さく安堵した。重い薬瓶を運ぶのは彼の仕事だ。
「ありがとう。でも、手際は落ち着いて。雑に扱わないで」
マルコは手慣れた手つきで棚の薬を運び、紡の指示通りに並べた。その間、紡はカウンターで昨日の中毒事件の報告書を整理していた。
しかし、店の外から焦った声が聞こえた。
「紡葵さん! 助けてください!」
外には、王都の上流階級の子供——侯爵家の令嬢が顔を真っ青にして立っていた。どうやら市場で手に入れた薬草を誤って摂取してしまったらしい。
「落ち着いて。症状を教えて」
紡はすぐに観察を始める。呼吸は浅く、唇は紫色。手足も冷えている。典型的な毒草による中毒症状だ。
「……母に渡されたんですけど、匂いが少し変で」
少女は震える手で小さな袋を差し出す。
紡は袋を開け、香りを嗅いだ。微かに甘みを帯びた香り——だが、それは普通の薬草ではない。
「……これは、自然界に存在するが、毒性の強い種類。調合で対応できる」
その時、アール=フェルクが静かに薬局に入ってきた。
「紡葵さん、報告書にあった同じ症状です。王府でも似たようなケースが増えている」
紡は眉を寄せる。王府での中毒事件と、王都の市場での偶発事件——偶然とは思えない。
「マルコ、手伝って。解毒液と軟膏を準備して」
「おっけー!」
二人は迅速に処置を始める。マルコの力仕事と素早い手際、紡の観察眼と調合知識、アールの医学的判断が絶妙に噛み合い、少女の症状は少しずつ落ち着いた。
「これで一安心ね。でも……気になるわ」
紡は少女に笑顔を向けながらも、心の奥で考える。
「王府の影が、私の薬局にも近づいている」
薬を使って人を救う喜び——そして、陰謀の香りを嗅ぎ分ける不安。
小さな薬局での日常と、王都を揺るがす大きな事件の狭間で、紡葵の新しい日々が静かに始まった。