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九話 ミシェルくんの悩み(後編)


 いくつかの実験を終えた私は書斎を出てアンナ、レイチェルと共に畑へと向かう。野菜や穀物の収穫量が例年より多いため手伝って欲しいそうだ。


 手伝いにはウィルフレッド、ミシェル、ルシアンも来ていて、ミシェルは作業をこなしながら祖父へ何かを話しかけていた。


「祖父ちゃん。後で『裂空』について教えてほしい」


 剣だ、剣に関する事を聞いていた。

 それに対し祖父は落ち着いた顔のまま静かに答える。


「……ミシェルが魔法も剣技も両方極めたいと思っている事は何となく分かっている。そのやる気は非常に良いことだが、何でも欲張ろうとすれば却って自分の身を滅ぼす」


「え……?」


「今のお前は、少し考えが先走り過ぎに見えるな。焦らずゆっくり考えなさい。考えて、本当に自分にソレが必要だと思うならば、また私に言いなさい」


「……はい」


 祖父の言葉に、ミシェルは黙り込み何かを考えていた。


 頑なに剣技と魔法を極めようとする理由……母にも、家族にもそれを詳しくは話そうとしない。

 家族や親しい仲だからこそ話しづらい事だろうか。

 ――なら、


「他人の私が聞いてみるか……」


 今のミシェルの様子は何となく見て見ぬふりが出来なかった。

 私も自分のやりたい事と自分の適性が合っていなくて諦めたものはある。

 あれは九歳の頃、私は母の得意なピアノに憧れて始めた事があった。私がピアノを始めて母は凄く嬉しそうにしていた……私も、母が楽しそうで嬉しかった。

 ――だが私は、ピアノを始めて一年も経たずに挫折した。上手く行かず、心が折れてしまったのだ。

 そんな私に母は「苦しかったのを気づいてあげられなくてごめん」と泣きながら謝った。母は悪くない、謝らなくていいのに……私が勝手に、自分に失望しただけなのに……


 ……まあとにかく。やりたい事が上手くいかない焦燥感は分かるので何となく放っておけなかった。

 それに赤の他人にこそ話しやすい事もあるだろうし。


 家族に聞かれたくない話かもしれないので、ミシェルが一人になるタイミングを伺い、やがて収穫作業を終え一つ果物をいただいた。みずみずしくて疲れた身体に染み渡る。


 その後もミシェルが一人になるタイミングを待ち続け、アメリアやウィルフレッドと雑談を交わし、ルシアンのお絵かきに付き合い、クラウスが帰って来たので挨拶を交わし、祖母から靴下が裏返しになっている事を指摘されたその後。


 ミシェルが「少し剣の素振りをしてくる」と外に出た。


「あ、私もちょっと庭が気になるから出てくるね」


「ずっとミシェルが一人になるの待ってたでしょ。分かりやすいねハジメ」


「バレてた!?」


 わざとらしく一人言をかます私にアメリアが苦笑しながら反応する。

 どうやらミシェルの動向を伺っていた事はバレていたらしい。

 そして兄と私に続いて「私も行く!」と飛び出そうとするルシアンをアメリアが引き止める。


「ルシアンは家で待ってようね……ありがとう、ハジメ」


 アメリアのその言葉に私は真剣な顔で首肯を返す……が、何を話そうか、まだちゃんと頭の中でまとまっていなかった。


 頭をぶっつけ本番モードに切り替え、夕焼けの見える庭で剣を振るミシェルの姿を発見する。

 近づきながらどう話しかけようかと考えていると、彼の方からこちらへ声を掛けてきた。


「ハジメさんか、何しに来たの? 俺、剣に集中したいんだけど」


「うん、少し話があるから時間ちょうだい」


「いやだから剣に集中したいって……まあいいや。話って何?」


 ミシェルは剣を降ろし鞘に収めながらこちらへ振り返る。


 ミシェルが一人になるタイミングを見計らいながら考えていた。

 彼が何故、頑なに前線で戦う事や剣を振る事に拘りを持っているのか。そして同時に魔法に対しても真剣に努力を重ねている。

 皆を守りたいと語り、剣技と魔法を両立したくて、それでいて本心は家族には話しづらい。

 彼は家族が好きだ、見ていれば分かる。だからたぶん話したくない理由が家族が嫌いだからとか、後ろめたい事があるからとかではない。たぶん。


 であれば、母二人にも話しづらい理由……それは。


「……ミシェル君ってさ、お父さんとお母さん達みたいになりたいの?」


「……え?」


 その問いかけに対するミシェルの反応。

 驚いた後に数秒硬直し、顔が赤くなっている――だがそれは怒りや焦りなんかじゃない。


 その表情は小っ恥ずかしい、照れくさいだ。


「はっ!? な、な、俺が父さんや母さんみたいになりたいなんて、んな、こと、ねえし!?」


「わ、わかりやすい……!」


 あまりに分かりやすい反応にこっちがビックリした。

 だがわかって安心もした……やはりネガティブな理由ではないようだ。


 周りからしたらしょうもない事かもしれないが、本人にとっては割と切実なもの。恥ずかしくて本人には言いづらい。


「まあまあ、恥ずかしがらなくていいじゃない。私も気持ちはわかるよ、クラウスさんの剣技や魔法を使った戦い方かっこいいもんね」


「う……」


「アンナさんの魔法も凄くて見惚れちゃいそうだし、レイチェルさんは魔法への熱意や知識が凄い。お母さん達にも憧れちゃうよね」


「ぬぬぬ……っ」


 言えば言うほど顔が赤くなっている。彼も同じ事を思っていたのだろうか。

 ミシェルは恥ずかしげに顔を俯かせながら、語り始める。


「昔……俺が七歳くらいの頃、家族旅行で遠出したことがあったんだ……」


 そこから少年の口から語られる父と母達の武勇伝。

 家族旅行中として離れた都市を目指し平地を馬車で駆け抜けていた道中、本来近辺に生息しないはずの魔獣の群れが現れて一家を襲った。


 アメリア、ウィルフレッド、ルシアンとミシェルは祖父と祖母の背中に守られながら、前に出て戦う父と母の姿を見たのだ。

 母レイチェルは後衛から魔獣の使用する魔法を分析しながら前の二人をサポート。近付く魔獣には身体を張って応戦していた。

 もう一人の母アンナは身体に付いた傷を数秒で回復しながら火球を撃ち次々と魔獣を焼き殺していった。

 父クラウスは、「子供たちに手は出させん!」といつもの穏やかな表情とは正反対の戦士の顔で叫ぶ。

 父は様々な剣技を駆使しながら魔獣を切り払い、一匹の魔獣も子供達の元までは近寄らせなかった。


 そして最後は、子供達に安心感を与える笑顔を見せてくれた――


「母さん達も尊敬してるし、特に一番の憧れは父さんだった。剣も強くて、凄い魔法も使えて……俺達のために、家族のために、あんな身体張って戦ってカッコよくて……俺も父さんみたいになりたいって思ったんだ」


「……」


「父さんの様に敵を退ける剣を、母さんの様な人を助けられる知識を、アンナ母さんの様に皆を守る魔法を、俺も使える様になりたかった。父さんみたいに前線で戦って……俺が、家族を守りたいんだ」


 そう口にした後、ミシェルは「でも」と目を俯かせながら言葉を続ける。


「俺は守るべき弟より剣が下手で……姉さんやアンナ母さんみたいに戦える力がある魔法じゃない。母さんみたいに知識が豊富な訳でもない。家族を守るために戦う事が、俺にはできない」


「治癒魔法や防御魔法も立派な家族を守る手段だと思うけど」


「わかってるよ、けど憧れちまったもんは仕方ないだろ!」


「……そうだね……」


「この事、皆には言わないでくれよ。恥ずかしいからな」


「言わないよ」


 家族の為に何かをしたい。でも理想通りの「何か」ができない。だから恥ずかしくて、その気持ちを守りたい家族には言い辛い。

 何となくだが気持ちは分かる。結局何も出来ない自分に家族から失望されるのが怖いというのもあるかもしれない。

 当の家族の方はそんなことで失望なんかしないと、分かっていても。


「――わかってるんだ。たぶん俺は剣を諦めて……父さんの様に前線に立つことなんか諦めて、支援に回るのが一番自分の適性に合ってるんだって」


 彼は悲しそうな顔で、そう告げた。

 確かにそうかもしれない。無理に剣を持って戦おうとか、前線に立って後ろを守る為に戦うとか考えない方がいいのかもしれない。

 だが、彼の悲痛な顔を見て、そんな事は言いづらかった。


 何か無いだろうか。

 彼が自分の夢を叶える事ができて、かつ本人の適性にも合ったもの――

 しかし考えてみても私のオタク的思考では良いアイデアは……


「――ん?」


 ふと気になる事があった。


 ミシェルが前線に立って戦いと憧れているのは、クラウスだ。具体的に言えば、家族を守る為に前に立って身体を張って戦う姿勢だ。


 ――憧れている対象は、剣では無い。


「ミシェル、やっぱり剣は捨てよう」


「ひでぇアッサリ言うな!?」


「だってミシェルの憧れてるのって剣じゃないでしょ」


「は?」


「憧れてるのは、お父さんでしょ?」


 確かにクラウスは剣で戦う。

 だが彼が憧れているのは、父の在り方に対してだ。何もミシェルまで同じ武器である必要はない。


「守る為に前線で戦う、ができれば。別に剣じゃなくてもいいんじゃないの?」


 怪訝な顔をしていたミシェルだが、言いたいことが伝わった様で納得した顔をする。しかし、


「ハジメさんの言いたい事は分かったよ。でもじゃあ、今更違う武器の訓練をしろってか? そんなことやってる方が効率悪いだろ」


 ミシェルの言うことは最もである。しかし、私はレイチェルから防御魔法についての説明を受けてから頭に浮かんでいたものがあった。

 ミシェルは剣で戦いたそうだから、さっきまで頭から除外していたが。


「なら、武器を持たなくていいんじゃないかな」


「は!?」


「ミシェル、防御魔法を部分的に纏わせる事が出来るんでしょ?」


「まあ……」


「例えば防御魔法を手足に纏わせて格闘戦とか!」


「はあ……? 聞いたことねえよそんな使い方」


 我ながらダサいジェスチャーを取りながら、自分の頭にあったアイデアを伝えてみる。

 まあ、私も魔法はド素人なので本当に出来るのかは分からない。もしかしたら無理かもしれない。

 何だか段々自分のアイデアに自信が無くなって来たが、それでも、何でもいいから協力してあげたかった。


「ミシェル、力強いし身体能力高いし、悪くないと思うんだけど……やっぱ無理かな」


「本当にそんなやり方で……」


 最初は「何言ってんだコイツ」みたいな顔で見ていたミシェル。

 しかし、腕を組み暫く思考し……段々とその疑念に満ちた表情が変わっていき、こちらへ振り向きながら。


「いや、ハジメさん。もしかしたら結構行けるかも」


 どうやらミシェルは何か閃いたらしい。良かった、助言は無駄では無かったようだ。


「しかも何かカッコよくない?」


「いや、まあ確かにカッコ良さそうとはちょっと思ったけど……うん。試してみる価値はあるかも。そうか、剣ばっかりにとらわれてた……もしかしたら、こういう使い方も……」


 ミシェルは顔を上げて早速ブツブツと呟きながら身体を動かし準備運動をし始めた。

 思考の集中の仕方がレイチェルに似ている。親子だ。


「家に帰る前に少し試してみるよ。――ありがとう、ハジメさん」


「うん」


 少年の顔は、少し晴れたような顔になっていた。


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