六話 襲撃者の正体
「こんな細部まで凝った部屋、あんな一瞬で作ったのか」
「……自分でもビックリしました」
「俺もビックリしたぞ、急にゲオルグに向かって突っ走るから」
「心配かけてすみません……でも何か、居ても立ってもいられなくなって……」
「そうか……まあ色々言いたい事はあるが、助かった。ありがとうな」
「うへへ」
正直自分でもこんな部屋一つが本当に創れるとは思っていなかった。
頭が痛いし気持ち悪いし脚はふらつきそうだし鼻血で顔も服も真っ赤で疲労感が強い。横になって寝たい。
その気持ちを堪えて、クラウスに続いて魔法製私の部屋から外に出る。当たり前の様に壁をぶち壊すのを眺めながら。
外に出ると少し離れた場所に地面から腰を上げるゲオルグが居る。結構遠くまで飛ばされていたらしい。
彼はクラウスと視線を交わした後、指をパチンと弾いた。
「え?」
何だと思った次の瞬間、遠くでレイチェルと交戦していた『石人形』が止まり、砂の塊へと変化しながら崩れ地面に溶けていく。
彼女の騒がしい声が聞こえる、元気な様で安心した。
「シズクも、もういい」
「――了解です。ゲオルグ様」
更に男はシズクにも指示を出し戦闘を止めさせた。
それを聞いた女は距離を取り後退しながら鞘に刀をしまい、アンナは大きく息を吐いた。
「もう少し続けていたらたぶん私が焼け死んでました」
無表情なまま自分の着物に着いた汚れを払いながら呟くシズク。
そしてアンナは疲れた表情をしているが怪我は無いようだ。いや正確には怪我はしたが直ぐに治癒していたのだろう。
皆が無事で良かった。良かったけど、何で急に戦闘を止めたんだ――と考えていると。
私とゲオルグの目が合った。
さっきまでは平気だったのに落ち着いたら目が合うのも怖い。この人目つきが鋭い。
もしかしたら、おかしな戦法でハメた事をキレられるかもと思ったが――男は、微かに笑った。
「私とした事が、あの様なおかしな魔法に惑わされるとは……面白い女だな」
「――え、褒められてる?」
「あぁ、褒めている」
そしてゲオルグな立ち上がりクールな顔つきへ戻りながら深く息を吐いた。
戦いを終えたアンナとレイチェルもやって来て、怪我の有無を聞かれた。
私には魔法の反動以外は特に無いので他の人を優先にと伝えたところ、アンナは先ずは軽い負傷のレイチェルの治癒を終え直ぐにクラウスの治癒を開始。
魔法による治療を受けている最中、再び男二人の視線が交差する。
「満足したかゲオルグ、いい加減目的を話せ。お前らに本気の殺意が無いのは勘付いていた。まさか滅んだ魔王軍の敵討ちではないだろう?」
え、そうなんだ……私にはもう生きるか死ぬかの殺し合いにしか見えなかったが。というか魔王軍て何だ。
クラウスからの問いに対し、男は「ふ」と不適な笑みを静かに浮かべ――――喋りだす前に横からシズクに頭を叩かれていた。
「なんで!?」
私のツッコミの直後、女は静かに頭を下げ。
「皆さま……突然の攻撃、驚かせて申し訳ありませんでした。あとゲオルグ様が口下手で」
「……シズク。何故今私を叩いた」
「先ず意味ありげな笑みを浮かべる前に、いきなり襲いかかった事に対する謝罪からです。常識に疎いのは知ってますが」
「…………いきなりで、すまなかった」
そんなやり取りを交わしながらシズクは着物から軟膏らしきものを取り出しゲオルグの傷口に塗りたくっていた。
いやいや。えっと、ちょっと待ってどういう事だ。さっきまで激しく戦っていたのに何で急に戦いを止めて急に謝罪を始めるんだ。ちょっとついていけない。しかも魔王軍とかいうびっくりワードが聞こえたし、もう頭が混乱してしまいそうだ。
クラウスとアンナは特に動じる事なく二人の話の続きに耳を傾けていて、私の混乱っぷりを察したレイチェルが横から声を掛けてくる。
「皆さんったら、ハジメちゃんが混乱して頭爆発しちゃってるわよ!」
その彼女の言葉に全員がこちらを向く。
「そうだね、ハジメは何も知らないよね」
「その女は俺に隙を生み出させた。知る権利があるだろう」
「何で偉そうなんですかゲオルグ様」
そして、アンナ、ゲオルグ、シズクについて、最初に説明のための第一声を上げたのはクラウスだった。
「あの二人は十年前に討伐された魔王軍のメンバーだった奴等だ。大幹部の一人ゲオルグと、その右腕シズク……幾度も戦い、最終的には共闘もした」
つまり、元々敵だったけど最終的に味方になって、また敵になったみたいな奴……って事でいいのかな。雰囲気的に何か理由がありそうだが。
そして、厨二からまだ卒業出来ていない私には見逃せないワード。
「魔王なんて、居たんですね……この世界」
「ハジメが想像しているだろう魔王とは違うだろうがな。組織の本来の名は『亜人解放軍』……二代目のリーダーが魔王を自称し魔王軍と呼ばれるようになったんだ」
「はー、なるほど。本来の名前は悪の軍団って感じじゃないですけど」
「あぁ、元々過激派寄りではあったが悪ではなかった。組織が根本的に変わったのは、魔王軍と呼ばれ人類の殲滅を企て始めてからだが……まあ今は関係ないな」
『亜人解放軍』が本来の名前なのだとしたら、この二人も亜人という事だろうか。シズクは鬼っぽくて分かりやすいがゲオルグはよく分からない。
話の続きに耳を傾ける。
「長年に渡る戦いの末……十年前、俺とアンナと、数人の仲間達、そしてゲオルグ達とも共闘し、拠点に乗り込み魔王を討伐した」
「……え、じゃあクラウスさんとアンナさんって、人類を救った英雄みたいなものじゃないですか?」
魔王を討伐した中心メンバーであり、魔王軍から人の世界を救った。それはもう勇者とか英雄と呼んでいいだろう。
この数日間見ていて、街人から慕われ軍人から特に敬意を持たれていると思っていたが、そういう事か。
しかしクラウスとアンナはどこか気まずげな顔を見せて、私の問いかけに元気よく「そうよ!」と答えたのはレイチェルだった。
ゲオルグも異議なしみたいな顔をしているのでやはり世界的に英雄のみたいなものなのだろう。
しかし本人達は何故か納得していない雰囲気……その理由はアンナの口から語られた。
「……最後魔王軍の残党は捕らえられ罪が小さかったり情状酌量があれば死罪にならずには済んでいたのだけど……。中心人物だった大幹部は事情や最終的な行動に関係なく全員死罪と言われてたんだよ」
「……なるほど?」
アンナがチラとゲオルグを見る。私も見る。目が合う。彼の肩書きは魔王軍大幹部だと聞いた……大幹部はいかなる理由も関係なく死罪らしい。でもすぐそこにいる。生きてる。察した。
「分かりました、黙っときます」
「察してくれてありがとう」
本来は殺さなきゃいけない相手を情に流されて見逃した、みたいな感じだろうか。それで罪の意識もあり英雄扱いに抵抗があると。
「けど、何でもかんでも殺しちゃうよりは、そういう優しさもある方が英雄っぽいし私は好きです」
「私もずっとそう思ってるわ」
私とレイチェルの意見が一致した。
クラウスとアンナは苦笑を浮かべながら「ありがとう」と返す。
二人とも真面目な性格だから、どうしても気にしてしまうのだろう。
さて、ここで気になるのがそこに座っている元魔王軍だ。
「じゃあ、二人に救われたゲオルグさんとシズクさんは何でいきなり攻撃を……?」
雰囲気的にも恩を仇で返しに来たとか「騙されたな、我が本当の魔王だったのだ!」とか言い出しに来た訳では無いはずだ。
クラウスがもう一度、彼等に問いかける。
「ハジメへの説明はいったんこれくらいでいいだろう。俺達に攻撃してきた理由を教えてくれ」
真剣なピリピリとした空気が流れる。
数秒の静寂の後ゲオルグは口を開き、問う。
「『神の使い』を知っているか?」
「あぁ、名前は聞いたことがある……こっから遥か遠い国で活動する小規模なカルト団体、だったか? それがどうかしたか」
「――俺も最初は気に留める必要も無い小さな存在だと思っていた」
そう語り始めたゲオルグは、一層怖い目つきへ変化しながら告げる。
「だが、『神の使い』は、心に傷を負った人間を救うと表向きに唄いながら、近づいて来た人間の心の傷を利用し洗脳している」
「……そうなのか。いや待て、その話が何故俺達への襲撃に関係あるんだ?」
確かに、今のところの説明だけでは攻撃してきた理由に繋がらない。
そう思っていると……続けて放たれた言葉にクラウス達が動揺を見せ始める。
「最近知った情報だが、『亜人解放軍』の二代目リーダーは就任の前に『神の使い』へ接触していたらしい」
「――!?」
「アレの性格が歪み魔王を自称し始めたのもその時期だった。奴等こそがかつて魔王軍を生み出した真の元凶である可能性が高い」
「――なんだって」
「……ゲオルグはどうやってその情報を手に入れたの?」
アンナの冷静な問いに、ゲオルグは真っ直ぐ視線を向けながら答えた。
「元魔王軍大幹部の一人、アイザックが生きていた」
アイザック、当たり前だが私は知らない人だ。
しかし、彼等はしっかり知っているらしい、クラウスは「何だと!?」と驚きを口にする。
「奴は、俺が倒したはずだ、死んだのも確認した!」
「アイザックは人を欺くのが得意だ、死んだように偽装していたのだろう」
淡々と答えながら、男は更に続ける。
「奴と久方ぶりに会い、勧誘された……それが『神の使い』だった。アイザックは詳しい事は話そうとしなかったが、私は数日拠点に滞在し出て行くまでに情報を漏らしそうな者から話を聞き出した」
「……その時に、何か聞いたの?」
そのアンナの問いに彼は無言で頷く。
そして、クラウスはゲオルグ達の目的に勘付いた様だった。
「……お前は俺達の力を試しに来たと言ったな」
「ああ」
「その『神の使い』に対抗するために、俺達の力を借りたい、ってことか?」
「……そうだ。だから貴様達の力が衰えていないかを試した。先に説明すれば貴様らは却って力を抑えそうだから、敢えて何も言わずに攻撃を加えた」
なるほど、確かにこの人達は優しいので「仕方ない理由がある」という事を伝えたら無意識に加減を加えてしまいそうなイメージがある。
優しい方が好きなのでそのままの夫婦で居てくれていいが。
「『神の使い』は何百年ものあいだ目立たない小規模カルトに扮していた様だが、ここ数年、動きが活発化し勢力を広げている。そして世界中の手配されている犯罪者を匿っているという話も聞き出した」
「……」
「何より世界に対して強い復讐心を持っていたアイザックが居る……またこの世界を危機に陥れる気かもしれん。だから――」
「……俺の力も必要、だってか?」
「そうだ」
淡々と説明するゲオルグ。
そして、その答えを聞いたクラウスは深く溜息をついた。明らかに、乗り気ではないという顔だ。
「悪いが――俺は、もう、仕事以外で戦いに関わる気はない。ただ、今の家族を大事にして生きていたいだけなんだ」
「……」
「ましてや、普通に目指せば到着までに二ヶ月以上はかかる程遠い国の事だろう。近辺ならまだしも、そんな離れた場所までわざわざ出向く気はないし関わるつもりもない」
「……そうだね。私もクラウスと同じ気持ちだし、その勢力を討伐する為に何ヶ月も家を空ける方が怖い。また私達が遠出している間に、家に何かあっても嫌だし」
「そうよ、二人とも。無理して行かなくていいわよ」
クラウスの意思は固そうだった。アンナも同様の顔つきで、レイチェルも同意を示す。
彼等は何より家族が大事なのだ。あの平穏な家庭を守りたいと思っている。
英雄という肩書きにもそんなに興味は無さそうだし。
そんなクラウスの反応に対し、ゲオルグは「わかっていた」と言わんばかりの顔で返す。
「やはり貴様ならばそう返すか……だが」
と、一拍起き、射抜く様な鋭い視線をクラウスへ向け。
「奴等がもし世界全てを敵に回すつもりならば、そうも言ってはいられんぞ。家族を守るためならば尚更、関わらなければならなくなる」
「――わかってる。その時は、家族を守るために剣を振るうさ」
なんとも力強い声と目。家族は絶対に守るという意思を感じる。
「そうか。――それとクラウス、先の戦い。技術は変わらずだったが、動きがやはり僅かだが鈍っていた」
「……」
「子供達を、家族を守りたいと思うならば、万が一に備えて鍛え直せ」
「あぁ――わざわざ忠告に来てくれてありがとうな」
「ふん。……何かあれば、また来る」
「あぁ。来てもいいが、もう戦いは勘弁だぞ」
「もうするつもりはない」
話はだいたい終わった様だった。
最後にそんなやり取りを交わしながらゲオルグとシズクは立ち上がり、こちらに背中を向ける。
「警告してくれた事は頭に入れておくよ」
「ゲオルグとシズクちゃんも気をつけてね!」
アンナとレイチェルにも見送られ、ゲオルグは微かに首肯しシズクは頭を下げ「レイチェルちゃんも」と返した。
……どういう関係?
そのまま夫婦とついでに私に見送られて、二人は林の中へと姿を消して行った。
そして――
「あれ……」
身体から力が抜け、ドッと全身に強い疲労が押し寄せて――私は地面の上に倒れ込んでいた。
周りから三人の大きな声が聞こえたが、すぐに、意識が途切れた。
――それから、一日が経過したらしい。
らしいというのは、急にぶっ倒れてから家に連れて帰られて起きるまでの記憶が全く無いからだ。
魔法の訓練、襲撃者、そして身体に無理を掛けた創造魔法と、戦闘後の情報量の嵐……疲れて倒れても当然か。
クラウス達が帰って来たらちゃんと礼を言おう。
とりあえず昨日聞いた話については、
クラウスとアンナが魔王軍を倒した
ゲオルグとシズクが元魔王軍
外国で『神の使い』と呼ばれるカルト団体が勢力を拡大している
かつての英雄であるクラウスの力が衰えていないかを試す為にゲオルグ達は戦いを仕掛けてきた
……この四つを覚えておけば問題ないだろう。
今のところ全部覚える必要もないだろうし。
身体の疲労も頭痛も無い、寝たおかげで回復している。お腹はめちゃくちゃ空いているが、ご飯を食べれば収まるだろう。食べるのは得意だ。
目が覚めてすぐアメリアから聞いた話によれば、今日は家事をせずに一日休んでいいらしい。心配されているようだった。
大人組は皆が仕事、子供達も学校らしいので家に居るのはアメリアと祖父母とヘクトール(犬)のみ。
アメリアと祖父母は畑なので実質家に居るのは私だけ。
背伸びをして起き上がり、布団から出る。
パジャマから着替えて鏡に目を向け寝癖を直す。顔はあまり見たくないが髪の毛ならいくらでも見られる。
朝食は冷蔵庫に保管されているらしいので早速炊事場を目指す。
部屋を出て、炊事場から朝食を持ち出し、アニソンを鼻歌にしながら食卓への扉を開いて――
目が合った。
テーブルに座る、知らない人と目が合った。
「え?」
髪の毛は金髪、額に傷があり目つきが悪い。長身でジャラジャラと指輪と耳にピアスを着けている。第一印象は他人からカツアゲしたり猫とか蹴っていそうな悪人面。
私が嫌いなタイプの不良みたいな外見だ。
こんな人グランヘルム家に居ない。
そんな怪しい人物が、グランヘルム家でない人間が、頬杖を付き偉そうに足を組んで、何か飲んでいた。
私は一つの結論に至った。
「おう、お前はアレか? 話に聞いてた――」
「不審者あぁぁーー!!」
悪人面の男の声を無視し、助けを求めるように叫んでいた。