表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/37

七話 逃げられない現実


 それは一瞬の気の緩みによる決着だった。


「ぐぬぅっ!」


 巨体の蜥蜴人の腹部に突き刺さる刃。

 そこは度重なるダメージにより脆くなっていた部位の鱗だった。


 苦痛に歯を食いしばり、連続的な攻撃を防ぐため直ぐに刃を引き抜きながら後退。

 出血する深い傷を手で抑えながら相手に視線を合わせ、シュタイナーは剣に付着した血を払いながら「申し訳ありませんね」と口を開き。


「あなたが弟さんの危機に気を取られた瞬間を狙いました。卑怯な真似ですが、我々も時間が無いので」


「いや、戦闘中に余所見をした俺の失態だ」


 巨体の蜥蜴人は静かにそう呟き、大きく一息ついてから大きな声を出し弟へ呼びかける。


「レプテ!!!! 退却だ!!!!」


 負傷した兵士の治癒を開始していたミシェルも反射的に目が向いてしまうほどの空気を震わせる大きな声。


 レプテと呼ばれた痩せ型の蜥蜴人はその呼びかけへ不満気に反論する。


「な、何でだよ兄ちゃん! もう少しで――!」


「その負傷で無理をするな。――こんな仕事を、死ぬ気でやる必要は無い」


「うぅ〜〜っ! 分かったよ!」


 反論を呑み込みながら地面に手の平を向け、次の瞬間。

 レプテを中心に林の中一帯へ広がる大量の砂埃が舞い上がる。

 目眩ましの土魔法だ。

 大きな足音が聞こえ、兄が弟を回収し走りさっていくのが音から察せられた。


「クソ、見えねぇ!」


 足音のした方角へ向かおうとして、背後から肩を掴まれた。


「ミシェルさん、深追いはいけません」


「シュタイナーさん……! けど、アイツらの向かった先にニーナやハジメさんが居るかも……」


「いえ、それは違うでしょう。あの怪我ですから」


 微かに目を開けると、シュタイナーが剣を振るい砂埃を周囲へ払う姿が見えて、近辺と上空の視界が開けた。


「すげぇ……」


「怪我は大丈夫ですか、ミシェルさん」


「はい。治癒魔法で応急処置はしたんで」


「……そろそろ加勢に向かおうと思っていたら勝ってしまうとは、驚きですよ」


「はは、俺も自分でビックリしてます……」


 怪我人の治癒を終え、一行は移動を再開した。




 その一方、林の中を掻き分けていき走る蜥蜴人の兄弟。


「兄ちゃん! 何で急に撤退なんか選んだんだよ!」


「あのまま戦っていても俺達が負けていた。あの少年は予想以上に戦いの才があり……何より『六将』が居ては分が悪い」


「クソ、せめて一人でも倒したかったのに……!」


「相変わらず真面目な奴だ。この様な任務にそこまで必死になる必要などない」


「なんでだよ!」


 巨体の蜥蜴人は静かに、大きく溜息をつきながら口ずさむ。


「ダイシキョウが、レイカを同郷の女に会わせたかった……ただそれだけの理由で、俺達を動かし、こんな大がかりな作戦に付き合わされるなど……あまりにバカバカしいだろう……」


「おい兄ちゃん! いくら兄ちゃんでもダイシキョウ様に文句吐くのは許さねぇぞ!」


「……あぁ、すまん、言ってみただけだ……」



      

――――――――――




 ニーナと二人で屋根の上へと避難してからどれだけ経っただろうか。気分的にはもう一時間は経っている気分だが、まだそこまでの時間は経過していないだろう。


 ずっとお互い無言の時間が続いている。全ての声はニーナに植え付けられている『寄生花』を通して相手に筒抜けだから雑談すら出来ない。


 道中でニーナがいくつか魔力探知の無色透明な霧を撒いたらしいのでジュナが近づいてくれば分かるそうだ。

 しかし、あくまで水魔法の応用であり本家の感知魔法レベルの精度は無いためかなり接近されないと分からないらしい。

 気配を感じた時点でかなりヤバい状況という訳だ。無いより断然マシだが。


 手紙には気づいてくれただろうか。

 ニーナの両親は無事だろうか。

 家に居るクラウス、アメリア、ミシェルは今どうしているだろうか。

 敵は今、どこまで近づいて来ているのだろうか。

 私達はいつまで隠れていればいいのだろうか。


 他にも色々な気がかりが脳内をグルグルと駆け巡る……が、それらも全部口には出さずに飲み込んだ。

 ただひたすらに沈黙。

 ただ時が過ぎ去るのを、息を潜めながら、私達は待ち続けて――


「――ッ!?」


 突如、隣に座るニーナが何かに驚いた様にビクッと身体を震わせた。

 体が震えている、顔は青ざめて、呼吸も乱れかけていた。


 何かあったのかと筆談で問いかけると、彼女は怯えた様に震える声で、一人言の様に小さく呟く。


「逆探知された……」


 前述した様に、ここに来る前に彼女は魔力探知の透明な霧を放ちながら、屋根の上に避難してきた。

 ……それが、敵に逆探知されたという事か?


 え、マジで、ヤバい、居場所がバレる。


 どうするべきか思考を巡らせていると、ニーナが筆談で伝えて来る。


『私達が来た道を通って路地裏まで近づいて来てます』


 ヤバいヤバいヤバい バレるどころか既にバレてた後だ。もうすぐ来る、こっち来てる、どうしよう、どうするべきだ。


「〜〜っ!」


 こうなれば仕方ない、二人一緒に見つかるよりはマシだ――


 私が囮になるしかない。


『表通りの方向に降りてそこから逃げて』


「――!」


 路地裏とは反対方向だ、相手が急にルートを変えない限りは大丈夫……だと思いたい。

 とにかく彼女にはここから離れてもらう。


 ニーナは私を一人残す事に躊躇しているようだが、ゆっくり説得している時間も無い。


『とにかく表通りに降りて逃げて!』


 筆談でそれだけ見せ、とにかく逃げる様に伝える。

 彼女は躊躇の表情を見せた後、意を決した様に首を縦に振り、表通りに向かって行った。


 無理やり私の意見を押し通して申し訳ないが、チンタラしている時間は無いのだ。許してほしい。


 人が行き交う通り、ちょうど全員の視線が向いていないタイミングでニーナは屋根から降り、水のクッションを路地に生み出して無事着地する。

 最後に視線を交わした後、彼女は小走りで人混みの中へと紛れていった。


「……ふぅ……」


 私は屋根の中央まで戻り、待ち構える。

 手が震える。足も竦みそうで、冷や汗が伝う。

 これから敵が来る、どんな敵が来るのかも分からない。怖い、今すぐ逃げたくなってきた……けど、逃げない。


 大丈夫、相手の狙いが私の身柄なら殺されることはない。落ち着け。


 目をつむり、深呼吸する。


 心をなるべく平静にさせ、息を整え、ゆっくりと瞼を開き――

 一瞬、息が止まった。


 眼前に見えた存在に、さっきまで居なかったソレに……私は愕然と目を見開いた。


「見〜つけた」


 路地裏の方向に出現していた屋根の高さまである太い蔓の塊。

 ソレを足場に、桃色髪の女ジュナが立ち穏やかな笑みをこちらへ向けていたのだ。


 ついに遭遇してしまった……


 清楚な雰囲気さえ感じさせる穏やか笑みを浮かべているが、優しそうな第一印象とは裏腹にヤバい奴であろう事は想像がつく。


 手足が震えそうだ、泣きたい、何かデカい植物に乗ってるこの人……怖いし逃げたい。


 けど、逃げるわけにはいかない。


「……ニーナちゃんはどこですか? 私あの子の魔力の気配を辿って来たんですけど……」


 桃色髪の女は辺りを見渡しながらニーナの姿を探している。

 私達が一緒になって逃げたとバレたら、彼女の両親が危ない。


「知らないよ。私を探してその辺走り回ってるんでしょ」


「あ〜、そうですか〜」


 半信半疑……いや、八割以上は疑っている声。

 いけないな、このまま問答を続けてたら粗をどんどん突かれて最終的に逃げ場がなくなりそうだ。

 相手のペースにさせたら駄目だ……私のペースに持ち込まないと。


 念の為ポケットに忍ばせていた、創造魔法産のカッターナイフを取り出し自分の首へ刃先を当てた。

 冷たい、ちょっとズレたら怪我する、自分で怖い。


「――ハジメさん。何をしていらっしゃるのですか?」


 そんな私の行動を見て、女は落ち着いた表情を崩さないまま問いかける。

 こんな行動を取ってもやはり半信半疑どころか八割以上は疑われている声だ。


 このままではいけない。

 何でもいいから相手が下手な行動に出れない様にしなければ。


 これまでの人生、私の今まで抱いてきた様々な負の感情を思い返し、嘘と本音を混じえながらカッターナイフを握りしめて――叫んだ。


「黙れええぇぇぇーー!!」


「――!?」


 いきなり大声で叫ぶ私に女は何事かと一瞬止まった。

 止まった隙に私は勢いのままにまくし立てる。


「私はもう嫌なんだよ、何もかもがさぁ!! 元の世界では全然上手く行かなくて、引きこもって、異世界に召喚されて、最初はここならチート能力で無双して最強になれるとか思ってたのに、私は結局無能なザコで、大事になった人達を奪われて、何も良いことなんか無かった!!」


「……」


「アンタに分かるか、私の気持ちが! 何もできない、何をやっても駄目な無能で人見知りなクズ人間の苦しみが!!」


「……」


「小さい頃はヒーローに憧れてたのに今じゃこんなザマだよ! 結局私は誰も助けられなかった、みんな居なくなった、私は役立たずだ、私なんか消えた方がいいんだあぁぁぁーーぁぁアッ!!?」


 とにかく狂った様に叫んでいると勢いがつきすぎてカッターナイフの刃が薄く掠めてしまった。

 ヤバい、ヤバい、ミスった、痛い、泣きそう、血出てないかな、確認するのが怖い、いや大丈夫、これはまだ軽傷以下だ、普通に喋れるし。たぶん全然大丈夫。

 むしろこのミスは好機だ。


 私はカッターナイフを両手で握り直し、自分の首へと突き立て。


「来世は勇者に転生できたらいいなぁあぁぁーー!!!!」


 世の中に対する出来る限りの呪詛を込めながら全力で叫んだ。


 ――そして、私の両手から瞬く間にカッターナイフが何かに奪われて消えた。

 それをしたのは女の手から伸びた緑の蔓。


「バカな真似は……やめてくださいね、本当に……」


 その顔からは余裕の表情が微かに崩れた、結構本気で焦ってくれたらしい。

 ちょっとこのまま精神不安定な人を続行しよう。


「私、を……助けた?」


「はい。死なれては困りますので」


「私なんかを……私なんかが、大事なんですか……?」


「……はい。あなたが大事ですよ」


「うっ、ぐす……わ、私なんかを……大事って言ってくれる人が……まだ、居てくれたなんて……っ」


「……な、泣いてるんですか?」


 元々首にカッターが薄く当たって痛いし状況が怖いしで泣きたかったので涙は意外と早く出てくれた。

 女はまだ何とか穏やかな表情を保っているが「なんだこいつ」と言いたげな声をしている。


「私、あなたに、心を救われました!! あなたの名前を教えてください!!」


「あのですね、ハジメさん……」


「名前を教えてください! あなたは私の心を救ってくれた恩人です!!」


「……後で教えますよ。そんなに私に感謝を向けてくださるなら、まずは付いてきて貰いましょうか」


「名前を教えてくれないって事は、私が嫌いなんですね!! 私が大事ってのは嘘だったんですね!! 嘘つき!!」


「……は?」


 自分で自分の言っている事が意味わからない。ジュナも呆気にとられた表情をしている。よしこのまま押し切れ。


「また人に裏切られた!! もう嫌だぁ!!」


 私は叫びながら振り返り、表通りに向かって突っ走る。


「待ちなさい!!」


 背後にブロック塀を創造し、背後から塀に何かがぶつかるような音が聞こえた。

 そのまま屋根の端から私はジャンプして飛び上がり――


 背中から何かが私の身体を巻き付け後ろへ引っ張られ中空から屋根の上へと戻される。


「いやあああぁぁっ!! 離してええぇ!!」


 蔓に身体を巻き付かれながら私はゴロゴロと転げ回り叫ぶ。


 屋根の下ではザワザワの通行人の声が聞こえて来る。

 衛兵を呼ぶ声も聞こえて来た。


 とにかく今はこの女のやるべき事や障害を無理やり増やしてやる。

 そうする事で、手紙を読んだクラウスが何かしら動きニーナの両親を助けてもらうまでの、時間稼ぎを――


「……」


 女は情けない声でのたうち回る私を見下ろし、変なやつを見る目から段々と怪訝な目つきへ変化していった。


 暫しの沈黙の後、静かに呟く。


「あなたもしかして、何かの時間を稼いでいませんか?」


 その一言に一瞬硬直してしまった。


 ヤバい、何か勘付かれたか……いや、まだだ、まだ大丈夫なはずだ。


「いやあああぁぁっ!! 蔓はなしてええぇ!!」


 そう叫ぶ私の声にアッサリ「良いですよ」と解放し身体が自由になった。

 まさか本当に自由にされると思わず戸惑いかけていると、女は屋根の端から下を見下ろし、穏やかな音色で囁いた。


「ここで見てる一般人みんな、殺しましょうか」


「――!?」


 すると、女は背中から大量の茨を出現させた。

 私を拘束した蔓と違い、人の身体を穴だらけにしそうな棘が大量に付いたものだ。


「まずは、あそこの子供から殺しましょうか?」


 冷たさの混じった声で言い放ち、その一言に嫌な光景が脳裏を過ぎり、背筋が凍える。

 女は一本の茨を動かし始め――私は、反射的にその茨を掴んでいた。

 鋭い棘が右手に刺さり激痛が走るが、この時の私は痛みよりも焦りと怒りが勝っていた。


「何やろうとしてんだよ!! 私を連れて行けばそれでいいじゃ――」


「なるほど」


 突然の虐殺を止めに入り、咄嗟に反論しようとした私に対して……女はただ「なるほど」と、にこやかに笑い……


「君はそういう子なんですね」


「は……」


「見ず知らずの子供の為にも身体を張って守りに入る子……じゃあさっきまでのも全部身体を張った演技ですか」


「は、はぁ!? ふざけんじゃないですよ、私は本気――」


「もういいですよ」


 桃色髪の女は私を軽く投げ飛ばし、屋根の中央まで転がる。

 身体が痛い……が、そんなこと気にしていられる場合ではない。


 下の表通りから聞こえる「何があったんですか」という声を無視しながら女は私に向かって歩いて近づき口を開いた。


「ニーナちゃんが逃げる時間稼ぎか、もしくは増援が来るまでの時間稼ぎかとも思いましたが……違いますね。そういう性格なら先ず気にするのは……」


「……っ」


「ニーナちゃんの両親が誰かに助けられるまでの時間稼ぎ、でしょうか?」


「う…………」


 完全に見抜かれてしまっていた。

 これはたぶんもう、何を言っても駄目だ……


「ここまで私を迷わせた事は褒めてあげましょう」


 女は別に嬉しくない称賛の言葉をくれながら姿勢を低くし、変わらぬ笑顔を見せて。


「これで君は詰みです、よく頑張りました」


 そう、私に出来る事はもう、ここまでだろう。


「私の魔法ならこの距離からでも、今すぐ両親を殺せます。植え付けている寄生花から棘を生やすだけでいいんですから」


「……それが嘘だって可能性は?」


「信じられないならいいですよ。私には向こうの声を聞く手段があるので、本当に死んだのかどうかはすぐ分かります」


「……両親に植え付けてるのは盗聴機能が無いって聞いた。まさか、盗聴機能がある寄生花を植え付けた仲間でも近くに居るの?」


「あらあら、勘が良いんですね……でももう、それに気付いたところで遅いでしょう」


「どういう事?」


「――今からニーナちゃんの両親は、死ぬんですから」


 女は穏やかな空気を崩さないまま冷徹な発言を口にした。


 背筋が凍った。焦燥感に、緊張感に、冷や汗と震えが止まらなくなりそうだった。

 ……私に出来るのはここまでだ。


 あとは、信じるしかない。


「……何をしているんですか?」


 突如ポケットからスマホを取り出す私を見て女が問いかける。

 私がスマホを取り出したのは時間の確認の為だ。


 屋根の上に来てから三十分以上は経過していた。

 そして、クラウスに手紙を出したのはそれより更に四十分前くらい。

 合計すれば一時間十分くらいか。


「何をしようと、両親の殺害は止めませんよ。今、寄生花へ指令を出したところです。一分後には棘が伸びて二人は死体に――」


 そう言いかけたところで、女は何かに気がついた様に目を見開き。


「――指令が届かない、魔法が……発動しない」


 その言葉で何か異常事態が発生したことを察し、心の中でガッツポーズを決めた。

 安心し息を吐いてから女に視線を合わせて。


「草女さん。私が騒いでた理由が時間稼ぎの為、だけだと思う?」


「……どういう事ですか? あんな事をして時間稼ぎ以外に理由があるとは……」


 そう言いかけたところで、女はハッとした顔になった。

 そして『何か』へ意識を集中させるように目を瞑り。


「……聞こえる音が、変わってますね……これは……」


「……」


「兵士から事情聴取を受けている声……」


 たぶん、寄生花を植え付けている仲間の身に何かが起きているのだろう。

 そして、両親に植え付けられているものは発動しない……つまり、きっと、誰かが助けに来てくれた後なのだ。


 正直完全にたまたまだが、結果的に時間稼ぎは無駄では無かった。


 女は笑みを作りながら呆れた様に溜息を吐いて。


「アイザックさんから言われていましたよ、弱くても舐めてかかるなと……だから慎重に進めていたつもりなんですが……」


 自嘲気味に溢す女……しかし、その表情にも声にも、まだまだ余裕があった。

 まさか両親を殺す手段が他にもあるのかと勘繰っていると。


「ニーナちゃん一家の殺害は証拠隠滅の一環なので……失敗は少し痛いですが、まあいいでしょう」


「え」


「私達の一番の目的は君ですよ、ハジメさん。この状況で、私から逃げ切れますか?」

 

 しまった、ニーナ一家を助けることばかりに集中していて一番大事な部分を忘れていた。

 女の言う通り……守らなければいけないのは自分自身の身柄もだった。

 一つの事に集中していると他への考えが疎かになってしまう悪い癖、などと自嘲している場合ではない。

 何一つ安心していい状況にはなっていなかった。


 だがもう気がかりは無い。


 ここからは何も気にせず、逃げの一択だ。


「クリエイティブ・シビリゼーション・キャッスル・ウォール!!」


 とにかく長い技名を叫び少しでも相手に余計な情報量を与えてコンマでも動きを遅らせる。

 そして詠唱と共に生成されたのは出来る限りに広がるブロック塀だ。


 塀と大量の緑の蔓がぶつかり、その隙に私は路地裏を目指しひたすら走る。

 塀の上を飛び越えて来た蔓に捕まる前に屋根の端から飛び降り――路地に布団を二枚生成、それをクッションにしてダイブ。

 それと同時に自転車を創り出し急いで立ち上がり乗り込む。


「急げ急げ急げ急げっ!」


 急発進した直後、さっきまで居た地点から蔓の雨が降り注ぎ始めた。

 全力で自転車を漕ぎ直進し、それを追いかける様に次から次へと蔓の雨が背後から迫ってくる。


「ぎゃああぁぁぁっ!!」


 容赦のない魔法攻撃からとにかく逃げ、突き当たりの曲がり角を曲がろうとして――

 その曲った先の光景に、ブレーキをかけ立ち止まった。


「――っ!?」


 最初の目に飛び込んで来たのは狭い路地裏の道を塞ぐように、佇む存在。

 金髪の、私と同じ日本人の顔立ちをした、同じくらいの年齢の少女を見て、脳髄を殴りつける様な衝撃が襲いかかった。

 ジュナとの遭遇なんかよりよっぽど、私の心をかき乱した。


「……久しぶりだね。カミシロ・ハジメ」


 その少女の声と、顔に見て直ぐにフラッシュバックした。

 中学生に入って一年くらい、いじめや嫌がらせを受けていた時期があった。

 その主犯格だった……私がこれからの人生で二度と会いたくなかった、その顔がそこにあった。


「キリサキ・レイカ……っ」


 何でコイツが、この世界に居るんだよ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ