五話 追跡と遭遇
「クラウス様。ハジメさんが、魔法陣の書かれた紙を畑に設置し水を撒くそうです」
「え?」
外で家周りの警備をしてくれていた兵士の一人の報告に、大きな違和感と疑問符が脳裏に浮上した。
ハジメは畑の事は勝手に弄らない、先ず家族の誰かに確認をする。
そして水撒き用の魔法陣……レイチェルが考案したものだが、アレはよっぽど術式に精通した人間じゃないと書けない。
俺やアメリアでも書けないモノがハジメに書ける訳がない。
その報告を聞いていたアメリアとミシェルも話の違和感を顔に滲ませている。
そもそもハジメは、創造魔法で作った橋の確認の為に外に出た……彼女の身に何か起きたのだ。
「アメリア、ミシェル、畑を確認してきてくれないか」
「うん!」
二人を畑に行かせて、俺はもっと何か他におかしな点が無かったかと兵士から話を聞き出そうとしたその時。
兵士の背後から、軽装の鎧を身に着けた青髪の兵が顔を出す。
落ち着いた雰囲気を纏う年齢五十代の青髪の男――彼は国軍最大戦力『六将』の中の一人。名はシュタイナー。
グランヘルム家が崩壊してから、護衛として派遣されて来た。
彼は俺と視線を合わせ口を開き。
「ミシェルくんのお友達のニーナさんとハジメさんが、二人でどこかへ出掛けた様です」
「な!?」
ニーナの存在も初耳だ、いつの間に来ていたんだ。
しかも家には顔も出さずハジメだけに用があったとは……何か、胸騒ぎがする。
「止めてくれなかったんですか、シュタイナーさん」
「おかしいと思い、私の感知魔法で感情の動きを確認していたんですが……その場は見て見ぬ振りをしておいた方が良さそうでしてね」
「……!?」
感知魔法は魔力や生物の気配を感知する事が出来る魔法だ。熟練したものは生物の感情や、思考の動きも感知出来るようになるらしい。
詳細で正確な思考までは読めないようだが。
「それに、ニーナさんの体内からは『寄生花』の気配を感じました。それも普通の植物魔法より強力な……あの気配には覚えがあります」
「……覚えがある、とは?」
さっきから嫌な予感しかしない話を聞かされている。
今すぐ外へ駆け出したい気持ちだが、若い頃の俺とは違う。落ち着いて話を聞こう。
「八年前、他国からの工作員として我が国に潜伏していた女兵士……ジュナです」
「――! 『毒花』のジュナか!?」
実際に会った事は無いが、存在は知っている。外国の有名な女兵士だ。二年前から軍を脱退し消息不明だと聞いていたが。
「そうだとすれば、下手に干渉するのは却って危険です。ニーナさんの家族を人質にされ、命を握られている可能性がありますからね」
「……そう、ですね……」
聞いた話によれば、『毒花』ジュナは無駄な殺しはしないが、必要な殺しならば何の躊躇もなく一般人も殺すタイプの人間らしい。
そして目的の為なら卑劣な手段も厭わない。
俺達が異変に気付きニーナを助けようとした瞬間、人質にされた両親が殺されるかもしれない。
ただ、壊滅した倫理観の割に真面目で慎重な性格でもあると聞く。
すぐに殺せば人質にした意味が無くなってしまう……脅しだけで簡単には殺さないかもしれない。
どちらの可能性も充分にあり得る……やりづらい相手だ。
何ならそのやりづらさまで計算の内である可能性がある。
そもそも何故、元軍人の女がニーナとハジメに手を出そうと考えるのか……
いや、想像はつく。わざわざハジメを狙うその理由で、考えられるのは。
おそらくジュナの今の所属先は――『神の使い』だ。
「父さん!」
思考を回していた最中、アメリアとミシェルが畑から帰って来た。
その手には一枚のノートの切れ端が握られており……そこには、この世界の人間には読めない文字が書かれていた。
「……日本語……?」
――――――――――
姉さんと一緒に畑へ出ると、重石の下に置かれた一枚の紙切れを見つけた。
「これは……?」
何が書かれているのかは分からなかったが、姉は見覚えがあるようだった。
「これ……前にハジメが見せてきた『ニホンゴ』に形が似てる」
ニホンゴとはハジメの元の世界の言葉だ、たしか。
姉はハジメにこの世界の文字を教えていたので、その時にニホンゴについても多少聞いたのだろう。
わざわざ違う世界ある言葉で書き置きを残す……やはり何かあったとしか思えなかった。
さっそく家へと持ち帰り、シュタイナーと話していた父へこの紙を渡し解読してもらう事にした。
――その結果、ハジメの書き置きに書かれていた最悪の事態が明かされた。
「ニーナの両親が、人質にされて……ニーナも敵に操られてる……っ!?」
しかも、父の見解では『神の使い』が関わっている可能性が高いらしく、その狙いはハジメ。
突然脳髄に叩きつけられた情報の洪水に、混乱を通り越して強い怒りが湧き上がって来る。
あの優しいニーナと両親の命を握り道具として扱う非道な手段に対しては勿論。
少し前にあんな事があったばかりだ……大事な家族を、奪われたあの一件が脳裏を過ぎり胸が激しく痛んだ。
また、奪われたくない。
大事な人……ニーナを。恩人であるハジメを。
卑劣な手を使う様な奴に、あんな奴等に。
「神の使いが絡んでるなら、止めなきゃ駄目だ!」
感情のまま無我夢中で走り出そうとした時、姉が肩を引っ張って止めた。
「待って、ミシェル!」
「止めるなよ、もしまた神の使いが裏で何か企んでるなら、早く、早く何とかしないと!!」
「待ちなさい!!」
「は、はい」
温厚な姉に大きな声で叱りつけられ、ハッと我に返り立ち止まる。
そして、父が左手を俺の肩に置き、諭す。
「だからこそだ、ミシェル。こうして残った俺達を焦らせ判断を狂わせるのも目的かもしれない」
「お父さんの言う通りだよ。気持ちは分かるけど、冷静になろう」
「相手は冷静に卑劣な手段も行えるプロの元軍人だ。感情的になっても勝てない。それに、ハジメが側に居る」
「そう、だな……ごめん。ありがとう、父さん、姉さん」
以前アイザックと相対した時も冷静さを失ったせいで危機に陥ったのに、また同じ過ちを繰り返してしまうところだった。
二人に感謝し、反省しよう。
それに父の言う通り、ハジメも自らの意志で側に居るのだ。
身体能力も体力も魔法の練度も正直ニーナの方が圧倒的に上だ。
けれど、危機的状況やここぞという場面での突破力は俺も一目置いている。
彼女が居るなら一先ず安心しておこう。
「……なるべくジュナには悟られないよう、兵を派遣させましょうか。勿論私もついて行きます」
もう申し出てきたのは、ガタイのいい身体とは裏腹に穏やかな雰囲気を纏うその兵士。
この城塞都市ヴァルハルトへ派遣されて来た国軍最高戦力『六将』のシュタイナーだ。
父は「ありがとうございます」と答え。
「シュタイナーさんが居れば俺としても安心です。お願いできますか?」
「はい。ただ、ここから戦力を離すのは良くないとも思いましてね……戦力が減ったこの家が襲撃される可能性もありますから」
「こちらの戦力は、大丈夫です。詳しくは話せませんが呼べば来る助っ人が居ます。家の守りは気にしないでください」
「……わかりました。クラウスさんを信じましょう」
そう言い、シュタイナーは剣を持ち立ち上がり近くの兵に馬車の準備を呼びかけた。
最高戦力が送られるのなら大丈夫な、はずだ。俺は家でおとなしく待っておけばいい。
待っておけば――
「――――」
それでもやはり、胸騒ぎが収まらなかった。
俺は無意識に、彼を呼び止めていた。
「シュタイナーさん」
「はい、何です? ミシェルさん」
「俺も、連れて行ってくれませんか」
「ミシェル!?」
俺の発言に、姉と父が一斉に驚き声を上げる。
そりゃそうだ、二人とも後はシュタイナーに任せるつもりだっただろう。グランヘルム家の人間が下手に外へ出ない方がいい。
それも『神の使い』の目的かもしれないからだ。
特に姉は奴等に狙われているだろうし。
父も姉も本当は自分の手で助けに行きたいはずだ。けど冷静に自分達が置かれた状況を踏まえて判断している。
『神の使い』の思い通りにならないために、父は姉を守る為に……家に残る判断をした。
そんなことはわかってる。それでも……
「ミシェル、彼に任せて私達は家で待ってれば……!」
「――わかってるよ、でも、胸騒ぎが収まらないんだよ!」
「!!」
「ニーナに危険が迫ってるのに家でボーっとなんてしてられない!! 俺はあいつが好きなんだよ!!」
自分でもよく分からないまま勢いで出てしまった言葉に、姉も父も言葉に詰まり、端から聞いていたシュタイナーは硬直していた。
冷静な時なら恥ずかしさで倒れてしまいそうだが、今はもうこの感情を抑えられない。
刹那の沈黙の後、父が溜息をつきながら口を開いた。
「……駄目だな……気持ちが分かるから止める言葉が思いつかん……俺も、レイチェルやアンナを助ける為に無茶を何度もしてきたからな……」
「お、お父さん……でも……」
「……アメリア、すまん。たぶんミシェルはこうなったら何を言っても止まらん。俺の息子だから分かる……」
父はどうやら、かなり迷う表情を見せながら俺の感情に理解を示してくれたらしい。
しかし姉はまだ納得していないようだ。たぶん姉の反応の方が普通だろう。
「ごめん姉さん。わがまま言って。でもほら、俺、ニーナとは昔からの知り合いだしアイツの事なら色々知ってる……俺も一緒なら、シュタイナーさんも助かるかもしれないし……」
とにかく第三者目線から見ても納得できる理由を捻り出そうとしてみるも我ながら説得力に欠ける。
しどろもどろしかけていると、姉は苦笑を浮かべ。
「もう……そんな必死に……仕方ないなぁ、ミシェルは……」
「姉さん……」
「……わかったよ。でも、約束して」
「うん」
「危ないと思ったら直ぐに逃げて。ちゃんと帰って来て」
「うん……ごめん、ありがとう姉さん……」
本当は止めたいだろうに苦笑しながらわがままを聞いてくれた。
何なら姉も本当は助けに向かいたいだろう。
ニーナとは家に来るたび喋っていて、友人のハジメも居るのだ。
でも責任感が強い彼女は、自分が一番狙われているという事実を分かっているし、残って家を守るべきだとも思っているのだろう。
申し訳なくて罪悪感に胸が痛むが、俺はもう行くと決めてしまった。
「まあまあ心配なさらず。私がしっかりミシェルさんをお守りしますよ」
二人を心配させまいと思っての発言だろう。
シュタイナーが頼りになる笑みで俺の横へ立ち二人へ呼びかける。
その彼へ姉と父はそれぞれ頭を下げて。
「弟をよろしくお願いします。シュタイナーさん」
「ミシェルを守ってやってください」
「はい」
彼は堂々と、力強く返した。
俺もいつかこんな堂々とした強い男になりたい。
「父さん、姉さん、ありがとう。行ってきます」
父と姉に謝罪と感謝を込めて。
俺はシュタイナーと共に軍用の馬車に乗り込み、出発した。
――――――――――
シュタイナーの感知魔法で、道に残ったハジメとニーナの気配を辿って行く。
二人の兵士は、ちょうどニーナが住んでいる区画で警備をしているローランドの元へ派遣された。
ニーナの両親の体内にある寄生花を、彼の雷魔法で破壊してもらう為だ。
そして残る二人の兵士と俺とシュタイナーは林道を真っ直ぐ進んで行き――その道中。
「後ろから何者かが尾行してきてますね。数は二人」
「え」
「私の魔法でも気配が読み取りにくい……気配を殺す訓練を受けてきた手合でしょう。『毒花』以外にも厄介なのが居た様だ」
そう小声で呟き、シュタイナーはいったん馬車を止め兵士二人へ告げる。
「『毒花』と挟み撃ちにされる前に、先に迎え撃ちましょう。戦闘準備を」
「はっ!」
突然の指示にも一切動揺せずテキパキと動き始める兵士達。
凄い、動揺してしまう素人丸出しな自分とは大違いだ。当然だが。
「シュタイナーさん、俺も戦います! 俺も『神の使い』と戦うつもりなんです……見てるだけなんて嫌です!」
「――わかりました。ただし無理はし過ぎない様に」
「はい!」
一瞬止めようとする表情が見えたが、受け入れてくれた様だ。彼の心遣いに感謝しよう。
馬車から降り、剣を構えたシュタイナーと手斧を持った兵士が先頭に立ち、後方に立つ俺と残る一人の兵は魔力を高めいつでも魔法を発動できる態勢に入る。
シュタイナーは一歩前に出て、素人目には何も見えない眼前の空間へと呼びかける。
「隠れ、監視しているのは分かっている! 出て来なさい!」
その言葉の直後、林道の先に見える大木が揺れ、その頂から一つの巨体の影が跳躍し回転しながらこちらへ突撃して来た。
シュタイナーは即座に反応し、突撃して来た巨体を剣を振り抜いた。
鋼と岩がぶつかったような音が鳴り響き、更にそこへ手斧を持った兵の一撃も加わり、巨体は身体を回転させながら後退。
地面の上へ両足を着け地を揺らしながら豪快に着地した。
それは、筋肉質な二メートルを越す巨体を持つ蜥蜴の亜人だった。寡黙な印象を感じさせる表情は一切苦痛に揺らいではいない。
先程受けた二つの切り傷がついているが、浅い。薄っすらと鱗に傷がついているだけだ。
「硬いな……」
シュタイナーは剣を構え直しながら息を整えた直後、こちらへ振り返りながら何かに感づいたように警告した。
「後方から回って来ます、ミシェル君!」
「――っ!?」
後ろには何も見えない、ただ林道が真っ直ぐ続いているだけだ。
だが彼の言葉を信じ、防御魔法を発動。
魔力の障壁を展開し――その直後。
障壁に何かがぶつかった音が聞こえた。
「うっ!?」
すると、さっきまで何も見えなかったはずの空間――眼前のそこには身体が半分透明になっている痩せ型の蜥蜴の亜人が姿を現し片腕の爪を振り降ろしていた。
「チィっ!」
痩せ型の蜥蜴の亜人は舌打ちしながら素早い身のこなしで距離を取り、横に立つ兵士から放たれた氷魔法の氷柱を回避した。
二人の蜥蜴族は体格や雰囲気は違うが、顔がよく似ていた。
「名乗りなさい」
「テメェらも『神の使い』か!?」
青髪の兵士とミシェルの問いかけに、痩せ型の蜥蜴族は反抗的な態度で答え、巨体の蜥蜴人は静かに答えた。
「なら何だってんだクソガキが、文句あんのか!」
「俺達は俺達に与えられた仕事をこなすだけだ。必要以上の会話を……するつもりはない」




