四話 ハジメの大作戦
グランヘルム家から走りで五分くらいの位置に馬車が止まっている。
ニーナから筆談で聞いた話だと、ジュナと呼ばれる敵の女からの指示で乗せらてきたものらしい。
つまりこの馬車の御者も推定『神の使い』の息がかかっている。
クソみたいな状況だな。
体力的に余裕あるニーナに対し私は五分の走りでだいぶ疲れてしまったが、大丈夫。気合はまだまだ充分だ。
身体の貧者さは根性でカバー。
そして何より、好きになった皆を、家族を行方不明にして悲しい顔をさせた奴等に……手を緩める気など一ミリも無い。一般人の子にまで手を出すような奴等に。
馬車の客車に乗り、出発。
ゴトゴトと揺れながら走り出して行く
これから向かう先は敵地……諦めてついて行き皆を守る為に自ら捕らわれた作戦だ。
クラウスなら日本語の手紙に気づき何かしら手を打ってくれるはず……気づいてほしい。
今は怖いもの知らずなバカメンタルなおかげで勢いのままここまで来れたが……
……ヤバい、時間経ったらどんどん怖くなって来た。
冷静に考えて、私だけでどうしろと。アイザックとか同レベルのやばい奴出てきたら勝てないよ。
今直ぐ叫んで誰か助けを呼びたい。でも今は林道の真っ只中、人気はゼロ。
ゲオルグの名を叫んだら来てくれないかな……しかしそんな弱気も何とか頭から振り払う。
今ニーナが頼れるのは、私しか居ないのだ。
更にその彼女は、背を丸くして、涙目で震え始めた。
声を震わせ、涙を溢しながら……
「ごめんなさい、私、私……とても、最低な事を……ハジメさんに……」
ガタガタと震え、握る手の力が強く爪が食い込み出血していた
それを止める様に、落ち着かせる様に手を置き。
「大丈夫。大丈夫だから」
不安に塗れてメンタルもボロボロだろう……実はちゃんと救援要請出してるよ、とネタバレしてあげたい。
だがどこで誰が見ているか分からない。目の前の御者である茶髪のお姉さんとか。
心を鬼にし真実は伏せニーナを落ち着かせようとしていると――
御者の女は世間話でも話すように話を振ってきた。
「そういや昨日、不審者を見つけた衛兵が一人行方不明になったそうだよ」
行方不明……そんな事件があったのか、知らなかった。
しかし何で突然そんな話を……
あ、まさか脅しか。
今回来た『神の使い』の目撃者が口封じに消されて、逆らえば同じようになるとかいう……
――その衛兵はどうなってしまったのだろう。口封じに捕らわれているか、最悪殺されて……
口封じで、殺される……
あ……
「しまった……」
気がついて、勘づいて、私は顔が真っ青になって、自分の行動を後悔した。
そうだ、口封じだ。
例え私がわざと捕まっても、最終的に口封じとしてニーナ一家は結局殺されてしまう可能性があるのだ。
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい。気づいてしまった。
だとしたらどうしよう、結局殺されてしまったら意味がない。
こんなタイミングで……いや、落ち着け、落ち着こう、うん。私までパニックになっては駄目だ。
それでも、これは不幸中の幸いだ。
気付いたのが敵のボスと対面した後だったら手遅れだったが、今ならまだ何とかなる……筈だ。
このままでは駄目だ。馬車から脱出しなければ不味い、でもどうやって……
ただ逃げたと相手にバレたら両親を殺される可能性がある……八方塞がり。
詰んでいるとしか思えない状況。
どんどん選択肢が無くなって行く。
何かないか、何か……この八方塞がりを打開出来る一手が。
「異世界人さん、顔色悪いけど大丈夫?」
思考の最中、御者の女が振り返りながら私へ声を掛けて来る。
「一応言っとくけど、血迷った考えやめちゃくちゃな行動なんかされたら困るよ? 全部無駄になっちゃうから……」
彼女は淡々とそう告げて再び前を向き馬車を走らせる。
――何だったんだろう、今の。また何かの警告だろうか。余計な事せず大人しくしてろとか。
そりゃめちゃくちゃに暴れて全部無駄にしてやりたい気持ちはあるが、そんな迂闊に……
「……」
いや、待て、何か思い浮かびそうだ。
頭を冷静に、落ち着いて考えてみよう。
そもそもの話……相手の目的は、何だ。
おそらく私の身柄だ。
つまり、私の身に何かあれば相手の作戦は全てが無駄になるという事だ。
極論私が死ねば、相手は来た意味そのものが無くなる。死ぬ気は無いけど。
「……」
何か御者のお姉さんが口を開くたび私の思考が先に進んでいる気がするが……いや、たぶん気のせいだろう。たまたまだ。まあいいや。
一つ、思いついた作戦がある。
静かにノートにペンを走らせ、ニーナに見せる。
そこに書かれたものに彼女は目を見開いてからこちらに視線を向け、数秒思案した後、小さく首肯した。
……上手く行くかは分からないけど、賭けてみよう。
「――」
客車から立ち上がり……御者へ声を掛けた後、私は――――盛大に、あらゆるものへの恨みつらみや呪詛を込めて、奇声を上げた。
――――――――――
ハジメ達の現在地から離れた場所にある森林地帯の中。
そこに仲間達と待機していた桃色髪の女ジュナは突如、異変を耳にする。
『あぁぁぁぁーー!! もうヤダ! もう私 ヤダぁ!!』
『ハジメさん、落ち着いて!!』
奇声花越しに脳内へ響き渡る声……おそらくこれがニーナとハジメのやり取りだ。
『元の世界でも何もかも上手くいかなくて、異世界でせっかく居場所が出来たと思ったら、捨てなきゃいけなくなって!! もう嫌だよ、死なせてよ!!』
『やめてください、ハジメさん! 待って!』
『うるさい! 私はもう生きているのは嫌になったんだ!! 前の世界だけじゃなくて、この世界でもせっかく出来た大事な人達が居なくなって!! もう生きてる意味も無いんだ!! 何もかもが嫌になった!!』
『早まらないでください、お願い!』
『もう私は死んでやる、死んでやるぅっ!!』
『待って、行かないで、お願いだから!!』
『私が死ぬ邪魔すんなぁ!! 全部、全部私から奪った神の使いが悪い!!』
『いやぁああぁっ!! ハジメさんやめて、誰かハジメさんを助けてえぇっ!』
「……」
突如聞こえて来たその二人の声に、女の頭に巨大な疑問符が浮かんだ。
「これは……どういう……」
知らない少女の声は目的である『ハジメ』のものだろう。
しかし、予想外の台詞が放たれた。
「……声の、自分地震への殺意に、嘘は感じなかったですが」
しかしそれは、演技の可能性もある。
台詞では自分に言っていると見せかけて、頭の中では別の対象……『神の使い』に対し殺意を向けているのかもしれない。
単に自分が嫌いだからという可能性もあるが。
ただ、深く考えなくても分かる。
コレはこちらの行動を撹乱する為の、二人で協力しての芝居だ。
どう考えてもその可能性が高い。簡単に騙される方がどうかと思う。
が……しかし、もし、本当だったら。
精神が不安定な異世界人が身近に居るとハジメのあの言動を否定しきれない。主にスズキバラとレイカの事だが。
レイカの話だとメンタルが傷つきやすい性格ではあるようだし。
緑髪の少女が死ぬのは構わないが『ハジメ』まで死なれては困る。ここまで来た意味もわざわざ民間人を人質にした意味も無い。
『見失っちゃった……どこに行ったの……ハジメさん! ハジメさーーん!!』
『ハジメ』の声は聞こえなくなり、ニーナの声だけが響いている。
「……面倒な事をしてくれますね……」
事実の確認へ行くために、女は立ち上がった。
――――――――――
「……」
御者の女は馬車を停め、突如発狂し叫びながら近くの林の中へと逃げていったハジメと彼女を追いかけるニーナを追跡していたが……見失ってしまった。
「……」
正確には……わざと、見失うように動いた。
遠回しに、脅迫に聞こえるようにヒントも与えた。
「……私には……これくらいしか、してあげられないけど……」
彼女は、ジュナに捕らわれ生かされた衛兵。
彼女もまた、家族を人質にされ利用されていた。
二人の少女が無事逃げ切れる事を、無言でただ祈っていた。




