四話 かくれんぼ
今の状況を整理しよう。
ミシェル君に恋する緑髪の乙女ニーナがグランヘルム家へ現れた。その理由は私を家から連れ出し拐うため。
遠回りなやり方だが、確かに今グランヘルム家の周りは警備がガチガチだし呼べばゲオルグも直ぐにやってきそうである。
正面突破では駄目だと判断したのだろう。
そしてニーナはなんと両親を人質に取られていて『神の使い』の人間に従わされている。
そして家族三人揃って『寄生花』と呼ばれる魔法で、ニーナの体には盗聴・身体支配、両親には殺害用の植物を植え付けられているらしい。
寄生花への対抗策はとにかく術者から逃げ回るか、炎・雷の魔法で体のソレを焼き払うこと。
色々腹が立った私は「度重なる過度なストレスで限界に至り死のうとする人」を演じて、こちらの声だけは聞こえている敵を撹乱する事にした。
目的である私が死ねば作戦は意味が無くなる。
人質の民間人をどうするかより私の安否を確認する方が優先されるだろうと思っての事だ。
何となくこの相手は乗ってくれそうな気がした。
なんというか、遊びまくっていたアイザックや、話で聞いたスズキバラの言動なんかとは違い行動パターンが計画の遂行に真面目すぎる、気がする。
そして、私が自ら率先して連れ去られたところでニーナと両親は結局殺されてしまう気がする。
自分達の存在を知っている者をわざわざ生かすとは思えない、用済みになれば口封じとして殺してしまいそうだった。
だから私はこうして、賭けに出た。
私の安否確認の為に動き出したであろう敵から逃げ回りながら時間を稼ぐ。
ローランドへの救助要請の手紙も送った。
ニーナの話では、彼女の両親は家の菓子屋で普通に働いて今も過ごしているらしい。行方不明になれば周りの人間から怪しれるからだろう。
ローランドには、私達が敵から逃げている間にニーナの両親を救出してもらう。
ついでに私達のところにも頼れる救援が来てくれたら御の字だ。
とりあえず方針は定まった――が。
「問題はここからだな」
果たして素人二人の私達が詳細不明、人数も分からない敵から逃げ切れるのだろうか。
きっと適当に逃げ回るだけではいけない。
下手に動き回っても目立つだけ。あと体力的にも勝てる自信が無い。
ならばどうするか……息を潜めて身を隠すしかない。
鬼ごっこがダメそうならば、かくれんぼだ。
まずは隠れる手段を考えよう。
私は創造魔法が使える。そしてニーナは水魔法と治癒魔法が使えるらしい。
事前にニーナと決めていたハンドサインで彼女に近くまで来てもらう。
筆談で、水魔法で出来る事を訊ねてみた。
水球や水流による攻撃、水の塊をクッションにしての防御、先刻見た白い霧に魔力探知の効果を持つ透明な霧などが出せるらしい。
こんな街中で白い霧を発生させたら却って目立つ。攻撃魔法は意味がないし、水のクッションは隠れる時の使い道が思いつかない。
魔力探知は良さそうだ。
『さっそく作戦開始だ』
まあ作戦と言っても大した事では無いのだが。
周りに目立たない様に、静かに、透明な霧を発しながら街を歩いていく。
魔力探知の効果を持った霧の効果持続時間は三十分くらいらしい。
これで、大きな魔力の持ち主が近くに居ないかを探れる。
人々がいきかう街の中を黙って歩いて行き、道中で立ち止まり透明な霧も止める。
大通りから外れ、住宅や建造物の立ち並ぶ路地裏へ続く道に足を踏み入れた。
周囲に誰も居ない事を確認しながら薄暗い路地裏を歩いて行き――ちょうど良さそうな建造物を見つけ、見上げる。
「……」
二階の住宅に挟まれた一階建ての住宅。隠れるのにちょうど良さそうだ。
「無断でお邪魔することを許してください」
脳内で住宅の住民に謝罪しながら周囲を見渡して、創造魔法を使う。
淡く光り、地上から一階建て住宅の屋根までまたがり顕現したのは階段――グランヘルム家で毎日昇り降りしている、木の階段。
もう一度頭の中で謝罪しながら二人で階段を昇り、屋根の上へと失礼する。
その後ニーナに水魔法の水球で木の階段を破壊してもらい、ついでに水流で木片をバラバラな方向に流してもらった。
見つからないための証拠隠滅だ。
時間が経てば自然消滅するが、念の為。
そうしてなるべく足音を立てない様に屋根の上を歩いて行き、真ん中辺りで二人立ち止まり、静かに座り込んだ。
『はあぁ〜〜……っ』
と大きく息を吐きたいところだが、まだ駄目だ。
声は厳禁。何を聞かれるのか分からない。
ニーナは疲労が濃い表情をしている。たぶん私も同じ様な顔をしているだろう。
しかし、二階建てに挟まれた住宅の屋根のど真ん中。
ここならば、空か巨大な建造物から見下ろさない限りはバレないだろう……バレないでほしい。
時間の経過がわかるようにスマホの電源を入れ、横からニーナが肩をつついてくるのに気がついて振り向くと、彼女は両手の平に小さな水たまりを生み出し差し出して来た。
「飲んでください」という事だろう。確かにめちゃくちゃ疲れたし喉が渇いてヤバい。
そんな気の利く良い子へのお返しに私はマグカップを二つ創り出し、それに水を入れ二人でゆっくりと飲み干した。
水を飲み終わり無言でニーナに礼を伝え、音を立てない様に背中から寝転んだ。
雲の流れる青空を見上げながら、ただ時が過ぎるのを待つ……私に出来る事は、それくらいでしかない。
――――――――――
ハジメ達と時間差で林を抜けて街まで来た御者の男は、少女二人を探し街人に聞き込みをしていた。
しかし、その特徴を知る証言をする者は居なかった……彼は知らないが、彼女達はハジメが創り出したパーカーのフードで頭髪を隠していたからだ。
そして、ハジメとニーナが居る場所からはどんどん遠ざかっていた。
しかし男は根気よく聞き込みを続ける。
幾人もの人間に同じ質問を繰り返し――目の前で立ち止まった馬車から降りて来た人物。
軽装の鎧姿の兵士にも同じ質問をした。
「黒い髪と緑の髪の女の子を知りませんか?」
すると、今までと違う答えが返って来た。
「私も、その特徴を持つ子達を探してるんですよ」
そのどこか穏やかな空気を纏う兵士は青髪と髭が特徴的な中年男性だった。
その顔を見て男は一瞬硬直し――気がつく。
その男はグランヘルム家の護衛を任されていた兵士の一人だった。
「……あんた、ハジメさんとニーナさんを連れて行った御者さんですよね? こんな所で何をしていらっしゃるんで?」
人好きのする笑みを浮かべながら、その質問には確かな威圧感があった。
そして、青髪の兵士の後ろから現れたもう一人の姿が目に入る。
赤い髪が特徴的な少年……英雄の息子、ミシェルだ。
今にも怒りがはち切れそうな表情で、御者の男を睨みつけていた。
そんな少年を青髪の兵士は「まあまあ落ち着いて」となだめる。
「この御者さんが怪しいというのは、まだあくまで予測の段階です。我々が間違っているという可能性もありますんで、先ずは話を聞きましょう」
「……そうっすね……」
御者の男は冷や汗をかき、今にも息が詰まりそうだった。
だが、青髪の兵士は話を聞いてくれる姿勢だ。まだ助かると期待を胸に口を開いた。
「ニーナさんの家に向かっている最中に、この町の中で、二人が行方不明になってしまったんです! もし人攫いにでも連れて行かれてたりしたら、どうしよう……!」
その御者の返答に、ミシェルが冷たい声で返した。
「ここなら家はとっくに過ぎてるだろ。ニーナん家の菓子屋があるのは一つ前の町だぞ、テメェふざけてんのか」
男は言葉に詰まった。
もう駄目だと悟り、足が動かなくなってしまっていた。
そんな男に青髪の兵士は変わらず爽やかな笑みと音色で肩を組み。
「まあまあ、落ち着いてください御者さん。ちょっとこっちで話をしましょう」
「ひっ……」
「あ〜はははは……いや本当に話するだけなんだけどなぁ……」
怯えきった男の反応に困り顔を浮かべながら人気の無い林の中まで誘導する。
痺れを切らしそうなミシェルを制止しながら、青髪の兵士が男へ問いかける。
「御者さん。ハジメさんとニーナさんはどこにいるんですか?」
「ひ……知らない、本当に、知らない、勝手に逃げたんだ!! 二人とも!!」
「逃げた、ねぇ……なるほど」
「つまり、ニーナとハジメさんが逃げる様な事しようとしたって事だよな?」
「ひぃっ」
もはや男に逃げ場は無くなった。
二人は更に男を問いただそうと――した、その時。
青髪の兵士が突如表情を変え、剣を構えながらミシェルへ呼びかける。
「ミシェルさん、戦闘の準備を!」
「えっ!」
訳が分からないままミシェルは言われた通りに魔力を集中させ始め、青髪の兵士は剣を鞘から振り抜き、木の上から落ちてきた巨体を切り払った。
鋼と鋼がぶつかったような音が響き、巨体は身体を回転させながら後退し、地面の上へ両足を着けながら豪快に着地した。
それは、筋肉質な二メートルを越す巨体を持つ蜥蜴の亜人だった。
先刻の切り傷がついているが、浅い。薄っすらと鱗に傷がついているだけだ。
「硬い……!」
そして更に、ミシェルは背後の気配に気が付き反射的に振り向く。
するとそこには身体が半分透明になっている痩せ型の蜥蜴の亜人が片腕の爪を振り上げていた。
「くっ!」
ミシェルは発動準備が完了していた防御魔法を右手発動しギリギリのところで爪を防ぎ、更に左手へ魔力の障壁を纏わせながら拳を振るう。
痩せ型の蜥蜴の亜人は素早い身のこなしでそれを回避し文句を口にしながら距離を取る。
「チッ、僕が迷彩解いてる途中に振り向くなよ、空気呼んでくんない!?」
二人の蜥蜴族は体格や雰囲気は違うが、顔がよく似ていた。
「突然、何なんですかあなた達は」
「まさか、御者のオッサンの仲間か!?」
青髪の兵士とミシェルの問いかけに、二人の蜥蜴族はそれぞれ答えた。
「役立たずなソイツと僕等を仲間扱いすんじゃねえよ人間!!」
「俺達は俺達に与えられた仕事をこなすだけだ。必要以上の会話を……するつもりはない」




