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三話 小さな抵抗


「いや、相談なら別の部屋でいいだろ」


 そうクラウスから即答で返されしどろもどろしていると、


「ハジメさんと友達になりたいから、家まで来てほしいんです!」


 とニーナが答えた。


 いきなりの発言にミシェルもアメリアも疑問符を浮かべた表情をして、クラウスも少し怪訝な目をしていたが……


「まあ友達を増やすのは悪い事じゃない。早く帰るんだぞ」


 そう言い、クラウスは外出の許可をくれた。

 アメリアからも「気を付けてね」と見送られ、ミシェルからは「いつの間にそんな仲良くなったんだ……」と戸惑いながら見送られた。


 私が女じゃなくて男だったらミシェル君キレてたかも……いや、泣きそうだな。


 ニーナは、以前私も乗ったタクシー的なシステムの馬車で来たらしく、家までの道もそれで走るらしい。

 あと私が帰るぶんの馬車の料金もくれるそうだ。


「この時間に予約を取ったので、門の前に馬車が来ていると思います」


 玄関を出て、護衛をしてくれている兵士達に挨拶を交わし、ニーナが語った通り門の前に止まっていた馬車へと乗り込み、出発した。


 グランヘルム家の人間なら問答無用で護衛もつくが、私は家族ではないし、国から許可を受けた公共の馬車での移動で安全なルートのため護衛はつかない。


 馬車が出発してすぐ、何となく後ろを振り向いた。

 すると、門の前に来ていたクラウスと、青髪の兵士が何やら会話している光景が目に入ったが……その内容は分からなかった。




――――――――――


 花の髪飾りを付けた緑髪の小柄な少女ニーナ。

 彼女に連れられるまま馬車に乗って移動し十分が経過した。

 最初はミシェルの普段の姿について話し、ニーナも無理をした笑いを浮かべながら聞いていたが……次第にそれすら無くなっていき。


 ニーナは背を丸くして、涙目で震え始めた。

 やっぱ、ただ事では無いという雰囲気だ。


「……ニーナちゃん。どうしたの?」


 すると彼女は、声を震わせ、涙を溢しながら……


「ごめんなさい」


「え……?」


「ごめんなさい、私、私……とても、最低な事を……ハジメさんに……」


 ガタガタと震え、握る手の力が強く爪が食い込み出血していた。やっぱこれは異常だ。

 それを止める様に、落ち着かせる様に手を置き。


「何があったの。話して」


 以前なら状況が理解できず私も一緒にパニクっていただろう。

 けど今の私は、思考がヒーローモードだった。昔の、小学生の頃の、怖いもの知らずのバカだった頃のメンタルになっていた。

 まあたぶん冷静になったらいつもの情けないメンタルが顔を出すと思うが、今の私ならグイグイ行ける気がした。


「……これ以上は、言えません、ごめんなさい……言ったら…………ごめんなさい……」


「わかった。無理して言わなくてもいいよ」


 過呼吸になりかけている、無理はさせない方がいいだろう。


 たぶん私は今、何かに巻き込まれている真っ最中だ……『神の使い』という言葉が頭を過ぎる。

 あ、ちょっと怖くなって来た。

 今の無敵メンタルがまだ残ってるうちに、状況を整理しよう。

 

 本当ならクラウスやアメリア、ミシェル、兵士たも呼びたかったが……それはやめておいた。

 私だけに、他には聞こえない様に、彼女は伝えた。私以外をここまで連れて来てはいけないと言う事だ。


 そして仮にこれが『神の使い』がしかけた何かだとして……ニーナがその仲間だとしたら、やり方があまりにもお粗末。

 少し間違えば失敗する無理やりな誘い出し方。

 たぶん彼女は仲間ではない、私から見てもやり方が素人過ぎる。


 そしてここまでの彼女の言動や雰囲気に嘘は無さそうだった。


 つまり彼女は今、悪い奴に利用され逆らえない状況……という可能性が高い。

 試しに、紙とペンを魔法で創り文字で聞いてみる。


『もしかして『神の使い』とか関わってる?』


「――――」


 沈黙してしまった。これは当たってしまったらしい。


 ヤバい、どんどん怖くなって来た。私一人だよ、アイザックとか出てきたらどうするの、勝てないよ。

 今直ぐ誰か助けに呼びたい。ゲオルグの名を叫んだら来てくれないかな。


 しかしそんな弱気も何とか振り払う。

 下手な行動を取って彼女に何かあってはいけない。先ずは黙って状況に身を任せよう。


 ……そう思ったが、何もせず流されるままなのも何か嫌だった……ので、ちょっとでも相手を撹乱させる手を考えた。


 好きになった皆を、行方不明にして悲しい顔をさせた奴等に、手を緩める気など一ミリも無い。一般人の子にまで手を出す奴等に。


 先ず、ニーナの様子と会話内容に何ら反応しない馬車を動かす男……怪しいが過ぎる。ちょっと確かめてみるか。

 今の私は怖いもの知らずのバカだ。


「おじさんもしかして『神の使い』さん?」


「……はい? 『神の使い』とは、何ですか?」


 その名前を聞き、いかにも意味深気な無表情で返す男――そんな怪しさしか無い男に、私は全力でハシゴを外す。


「『神の使い』? なんですかそれ? 私はカミノツ・カイさんと呼んだんです。顔見たら人違いでしたごめんなさい」


「は、はぁっ!? ぁ……そうですか……」


 一瞬しまったという顔で取り乱し何事もなかったかの様に前を向く男。ちょっとスッキリした。

 今の反応は確実に黒だ、このオジサンも『神の使い』の仲間で確定だ。


 さて、周りに味方が居ない……ニーナちゃんは守る対象でオジサンは敵だ。流石に私だけじゃ心許ない。

 よし、出来る範囲でニーナちゃんにちょっと味方についてもらおう。


「あの、カミノツさん。馬車停めて貰っていいですか?」


「カミノツでは……いえ、なんですか?」


「トイレ済ませたいので、その辺でやってきていいですか?」


 と、林道の途中にある何かの記念碑を指差しながら訊ねる。


「…………まあいいですよ。早めに済ませてくださいね」


「大きい方なので十分はかかります」


「……」


 男は何か言いたげな顔をしていたが許可を出してくれた。

 降りるついでにニーナに声をかける。


「ニーナちゃん。バレたら恥ずかしいからちょっとついてきて。見張りお願い」


「え……えっ!?」


 ひたすら困惑するニーナの手を引っ張り記念碑の裏へと移動し隠れる。

 キョロキョロと混乱した様子で辺りを見回す彼女の前で私は創造魔法で紙を生成する……ノートだ。


 目の前で起きた、突然ノートが生み出される光景にニーナはますます混乱した目を向けるがあまり説明してあげられない。

『話せない』と彼女は言った……つまり、話した内容が敵にも筒抜けなってしまうということだ。たぶん。

 声を何らかの手段で盗聴されているのかもしれない。だとしたら私の声もニーナを経由して筒抜けになっている可能性がある。


 そしてペンも創り出し、異世界の文字を書いていき、ニーナに見せる。


『筆談なら喋れる?』


 そう書かれた文字を見て彼女は私の目的を察し、黙ったまま頷く。

 そしてノートを手渡し、ニーナはペンで文字を書き始め……私に見せて来た。


『お父さんとお母さんが人質に取られて、従わされています』


 両親を人質……なんてことだ。

 逆らえない様にして、こんな一般人の女の子を利用する。


 誰かの身内をことごとく人質にして事態を良いように動かそうとするとか本当あいつら……沸々と怒りが湧いてくる。

 まさかこれもアイザックの仕業じゃないだろうな。


『人質に取ったのは黒ずくめの衣装で仮面被った男?』


 しかし、その私の想像は外れていた様だった。


『桃色の髪をした女の人です』


「……」


 私が知らない人物……アイザックではないらしい。

 しかし、いずれにしろ弱っちい私が無策で勝てる相手じゃないだろう。

 とりあえずできる限りの情報を集めようと筆談でいくつかの質問を投げかけた。


『声での会話は向こうに筒抜けになってるの?』


『植物魔法の寄生花と呼ばれるもので、今私の体内にそれがあります。声は全て向こうにも聞こえています』


『寄生花について詳しく』


『人の身体に植物を寄生させて声を盗聴したり、身体の動きを誘導したり出来る魔法です』


 そんな怖い魔法があるのか……いや、ちょっと待って。

 だとしたら今この子は大丈夫なのか。

 実は今の行動も全部操られてる上でやってるんじゃ……なんか不安になって来た。


『ちなみにニーナちゃんが今その魔法で操られてるって事はない?』


『思考まで奪って操るのは無理です。使用者との距離も空いてますし身体も今は自由です』


 そうか、なら安心だが……いや、まだちょっと不安だが彼女を信じよう。


 やけに魔法に詳しいな、という疑念も生じたが、魔法学校では一定以上の遭遇率がある危険な魔法はその特徴と対策を習うと以前ミシェルから聞いた。

 なら詳しい点も別に怪しくはない、はず。


『その魔法の対抗策は分かる?』


『敵対している、不審な植物魔法使用者には無闇に近づかないこと。寄生されたら炎、雷魔法を体内に撃ち寄生花を消すか、使用者からとにかく離れて一日以上逃げる事。あと余計な事は喋らないです』


 凄いスラスラ出てくる、真面目に勉強していたのだろう。

 緊急事態じゃなければ褒めてあげたいところだ。


『お父さんとお母さんはどんな状態で人質に取られているの?』


『私が植え付けられているものとは別の種類の寄生花を植え付けられています。盗聴機能はありませんが、体内から棘を伸ばすんです』


 恐ろしい話に背筋が凍える。

 さっきから魔法の内容がえげつなさ過ぎる。 


 ニーナは、震えが酷くなりながらもペンをどんどんと進めていく。


『私も最初、筆談を考えたのですが紙とペンは持って行くなと言われ、そのままあの馬車でグランヘルム家まで連れて行かれました』


 なるほど……ムカつくが確かに相手の判断は正しい。


 声以外のコミュニケーションは取らせない、そして対策を講じる暇も与えずに『神の使い』の息が掛かった男の場所でグランヘルム家に直行させた。

 抗う時間も考える暇も与えられずただ言うことを聞くしかない状況にさせる……何ともいやらしい奴だ。


 そしてニーナは益々表情を悲しさに……悔しさに歪ませ、涙を零し、その感情を紙にぶつける様にペンを動かし続けた。


『麻薬にも使われる、思考を興奮状態にさせる葉も投与されました。お父さんとお母さんが人質に取られているのに、その葉の影響で、私はミシェル君の事しか考えられなくなってて』


『途中でその効果が切れて、私、両親が死ぬかもしれないのに何をやってるんだろうって』


『私のミシェル君への気持ちを利用されて、両親への思いを踏みにじられた感じで』


『私は悔しいです』


 彼女は涙が止まらなくなっていた。


 私が微妙に疑念を拭いきれなかったのはそこだったのだ。

 両親が人質に取られているにしてはミシェルで頭がいっぱいという感じだった。

 もっと余裕が無くなっても当然な状況なのにだ。


 だが、それすらも怪しい葉っぱを投与して感情を操作していたのが原因らしい。

 グランヘルム家の皆に怪しまれないようにやったのだろうが……ふざけんなよ。


 目的の為ならこんな女の子の心を踏みにじる事までやるのか。


『マジふざけんなよ』


 と、口から出したい怒りの声をノートに書くだけにして収めた。

 それはくしゃくしゃにして捨て、次の質問をニーナへ見せる。

 もうゆっくりさせてあげたいが状況が状況だ。質問攻めを許してほしい。


『私を連れて来いって言われた理由は分かる?』


『分かりません。ごめんなさい』


『それなら仕方ない、気にしないで』


 やはりその理由は聞かされてないか……まあたぶん、十中八九拐うためだろうけど。


 ――さて、そろそろ時間になりそうだ。馬車に戻らなきゃいけない。


 ……いや、駄目だな。馬車に戻ったら駄目な気がする。

 あとさっきの話を聞いて怒りが更に増した。あんな奴等に都合よく動きたくない。


 とはいえ、ニーナの両親が人質に取られている。ムカついたからという理由で勝手に動いて、両親を殺されたりしたら……それは絶対に起こしちゃいけない。


 考えろ。

 今聞いた情報から、私に出来る事を……


「――!」


 閃いた。

 ボサっとしている時間はない。

 涙を拭うニーナに目を合わせ、私は新たにノートに書いたものを見せた。


――――――――――


「――何だか音が消えましたね」


 森林地帯の中、桃色髪の女が静かに呟く。

 十分くらいだろうか、声が全然聞こえない。何かあったのだろうか、と次の手に思考を巡らせていると……


 突如、少女二人の声が聞こえて来た。


『やめてください、ハジメさん! 待って!』


『うるさい! 私はもう生きているのは嫌になったんだ!! 前の世界から何も上手く行かなくて、この世界でもせっかく出来た大事な人達が居なくなって!! もう生きてる意味も無いんだ!! 何もかもが嫌になった!!』


『早まらないでください、お願い、待って!』


『ここなら人通り無くて誰も見てないからちょうどいいよ! 私がトイレしたいなんて口実に騙されてバカみたいみたいだね! もう私は死んでやる、死んでやるぅっ!!』


『待って、行かないで、お願いだから!!』


『私が死ぬ邪魔すんな! もう全部嫌なんだ、死なせてよぉっ!!』


『いやぁああぁっ!! ハジメさんやめて、誰かハジメさんを助けてえぇっ!』


「……」


『ねぇ、聞こえてるんでしょう、早く助けてください!!』


 突如聞こえて来たその声に、女の頭に巨大な疑問符が浮かんだ。


「これは……どういう……」


 知らない少女の声は目的である『ハジメ』のものだろう。

 しかし、予想外の台詞が放たれた。


「……声の、自分への殺意に嘘は感じなかったですが」


 しかしそれは、演技の可能性もある。

 台詞では自分に言っていると見せかけて、頭の中では別の対象……『神の使い』に対し殺意を向けているのかもしれない。


 コレはこちらの行動を撹乱する為の、二人で協力しての芝居だ。

 どう考えてもその可能性が高い。


 が……もし、本当だったら。


 精神が不安定な異世界人が身近に居るとハジメのその言動を否定しきれない。主にスズキバラとレイカの事だが。


 緑髪の少女が死ぬのは構わないが『ハジメ』まで死なれては困る。来た意味もわざわざ民間人を人質にした意味も無い。


『見失っちゃった……どこに行ったの……ハジメさん! ハジメさーーん!!』


『ハジメ』の声は聞こえなくなり、ニーナの声だけが響いている。


「……面倒な事をしてくれますね……」


 事実の確認へ行くために、女は立ち上がった。


――――――――――――


「とりあえずこれでいいか……」


 私はギリギリ互いを視認できる距離までニーナと離れ、林道に面する林を越え街を目指して行く。


 お互い魔法で作り出したパーカーを着てフードを深く被って少しでも姿を隠す。


 ちなみに御者の男はまだこちらに追いついていない。

 作戦を決行する前に、私だけが馬車まで戻り創造魔法でコッソリ車輪の形を変形させて「故障してますよ」と御者に呼びかけた。


 以前レイチェルとのやり取りで『既に存在しているものの形を変える』事も可能だと気がついてはいたが、これまであまり使うことはなかった。

 今がその使い時である。

 現在、彼は車輪の修理に集中している事だろう。


 そして、ニーナが水魔法を使い林の中に白い霧を発生させてくれた。これで暫くは追ってこれまい。


 木々の上から見える高い建造物を目印に林を抜け、細い道から街へ入るとすぐに衛兵を見つけた。


 今は都市中に衛兵が多く簡単に見つかる。都合が良い。


 ニーナが遠くからこちらを見守る中、私は再び紙とペンを取り出し、文字を書いていく。

 そして衛兵に近づき、過去の恥ずかしい出来事を思い出し無理やり赤面になりながら手紙を手渡した。


「あの、衛兵さん……これ、ローランドさんに渡して頂けませんか?」


「え?」


 突然なんだと言いたげな彼に、私は出来る限り恋する乙女感を出しながら言葉を続ける。


「彼に、直接渡すのが恥ずかしくて……お願いします。代わりに渡して頂けませんか?」


「……仕方ないな。仕事が終わってからでもいいかい?」


「今直ぐが、いいです……ごめんなさい。私、明日から暫く、遠くの国へ行かなきゃいけないんです」


「む、むぅ……」


 本気で悩んでいる表情だ。

 優しい衛兵さんに嘘をつきまくるのは心が痛いが、状況的に仕方ない。ごめんなさい。


「お願いします!!」


「……仕方ない、な。市民の為に動くのが兵の義務だ。ローランドのいる場所なら、歩いても三十分くらいで着くか……分かった。届けてあげよう」


「ありがとうございます!」


 お願いを聞いてくれた彼には本気で感謝だ。


 ローランドにこれから送られるのはラブレター……では勿論ない。

 救助要請だ。


『ニーナの実家で両親が人質に取られているから助けてほしい』と。


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