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二話 来訪者


 賑やかだった以前と違い、静まり返っている家の中。


 アンナの優しい呼び声も

 レイチェルの場を明るくする声も

 ウィルフレッドの好奇心に満ちた声も

 ルシアンの元気いっぱいな声も

 シュタールの穏やかな声も

 カーリーの真っ直ぐな声も


 今はもう聞こえない食卓。


 クラウス、アメリア、ミシェル、飼い犬のヘクトール+私に、今日はゲオルグとシズクも加わり食事を取る事になった。


 家の玄関の周りには護衛として兵士が十数人ほど居て、元魔王軍である二人には彼等の顔を知らない若手ばかりが配置されている裏口から入ってもらう。


 クラウスが「知り合いだ」と言えば特に確認もなく通してくれる。 


 昼食をとる前に、家周りの護衛をしてくれている兵士さん達に昼休憩の冷たいお茶とお菓子を差し出した。


 その中の、正面玄関の見廻りをしていた青髪と髭面が特徴的な中年の兵士がお礼の笑顔を見せた後に表情を一変。

 目つきが鋭くなり、家の方を睨みつける。


「え?」


 ゲオルグとシズクがバレたのかと焦った直後、青髪の兵士が座ったまま剣を振るい――その場から離れた家の外壁近くで、何かが斬れた様な音がした。

 音がした場所へ走り下を見てみると、なんと赤いバッタが真っ二つになって地面に落ちている。


「赤バッタが壁に近づいてたんで斬り落としときました。襲撃時にもソイツが悪さしたって聞きましたんで」


「ありがとうございます」


「す、すごぉ……」


 一緒にお茶菓子を配りに外に出ていたアメリアがお礼を言い、私はその腕前に感服し拍手をしていた。

 ダンディな顔で照れている青髪の兵士に見送られながら家の中へと戻り食卓へ向かう。


 ――赤バッタの件は、私も後で聞いてビックリした。

 そういう珍しい虫がいるという話はルシアンとウィルフレッドから前に聞いたことがある。

 私が異世界に来る数カ月前まではこの都市内で長年目撃情報が相次いでいたらしい。

 ルシアンは「いつか捕まえる!」と意気込んでいた。


 まさかその虫が、数カ月の間を置き現れたと思ったらグランヘルム家の者達に牙を剥き……皆を行方不明にさせたスズキバラとかいう男に味方するような動きをしていたとは。


 後に死骸が解剖されたが人の手や何らかの魔法や術を加えられた形跡もない、自然の赤バッタだったという。

 原因は不明。


 しかしゲオルグが言うには、アイザック……あの仮面野郎が怪しいとの事だった。


「アイザックは自分の全てを他人に明かしはしない。私も知らない事が多い……もしかすると、虫を遠隔操作するのも奴が持つ力の一つなのかもしれんな」


 あの仮面野郎が、色々な亜人の特徴を引き出す力の持ち主だとはミシェルから聞いた。


 そして、もし本当にその力の一部だとしたら色々と合点が行く部分もある。


 アイザックは子供達の名前も家族構成も知っている風だった。

 そして何故かアメリアの触れられたくない過去を知っていて……後から聞いた話だと、その頃くらいにアメリアは赤バッタをよく見かけていたという。


 もし私の想像通りだとしたら、あの仮面野郎は長年グランヘルム家の家族を監視していた可能性が高いという訳だ。

 子供達の情報を集めていたっぽいのも後で利用しようとか考えていたのかもしれない。

 もしそうなら悪趣味が過ぎる。


 そして色々あってちゃんと話す機を見失ってしまったが……アメリアの過去には一体なにがあったんだろうか。

 まあ、英雄の家に生まれた、長女に生まれたプレッシャーだとか、周りの目だとか、農業という本当にやりたいこととの板挟みだとか、色々想像はつくが。


 しかし、相手がなるべく話したくなさそうなものを私からは聞きにくい。

 というか聞いて良いことなのか分からない。


 気になるからと聞いてアメリアを傷つけたり、嫌われたりしたら嫌だし。

 そもそも今は昼食時だ、ご飯食べながら出す話題じゃないな。


 昼食を終え、ミシェルはゲオルグとシズクを送りに行く。


 元魔王軍の二人は基本的に野宿ばかりだったらしく人の手で作られた料理は久々だったようだ。二人とも表情に出さないタイプだが、喜んでくれただろう。たぶん。


 食器を片付け洗いものをしていると、横からアメリアが先刻の自転車の話題を振ってきた。彼女もやはり興味津々らしい。


「次からそんな苦労せず創れると思うし、訓練ついでにちょっと乗ってみる?」


「ありがとう。ハジメはどういう時にジテンシャに乗ってたの?」


「そうだねぇ、コンビニや本屋まで行く時とか、学校行く時なんかは自転車使ってたなぁ」


「そういえばハジメも元の世界では学生なんだったね」


「まあ、実は三カ月くらい引きこもってたんだけどね」


「そうなの!?」


 自嘲気味に引きこもりを明かした。

 実は今まで言いづらくてこの事は黙っていたのだ。クラウスには何となくバレてたっぽいけど。


 そんな私の一言に対しアメリアは心配する様な表情を見せる。


「あの……何か、あったの?」


「あはは、心配しなくても私が勝手に一人で色々考えて勝手に落ち込んで、なんか学校行くのも疲れちゃったってだけだから〜」


「笑う事じゃないよ」


 アメリアから凄く真剣な顔で言われて、私は反射的に姿勢を正し表情を引き締めた。


「うん……」


「私も何となく……分かるから。一ヶ月くらい家から出るのも怖かった時期があったし」


「え、そうだったの……?」


「外に出ると、周りから言われて来た言葉が頭に雪崩込んで来ちゃってね。今はもう大丈夫だけど」


 アメリアが心を壊して学校を辞めたらしい事は仮面野郎から聞いて知っていたが……どこまでが真実か分からず半信半疑だった。


「私は小さい頃から英雄の娘だって、長女だから立派になりなさいって周りから言い聞かされて来た」


「……家族からも、そう言われたの?」


「ううん。そう言って来たのは家族や友達じゃない、周りに居る他人だけ……。家族からは「人には優しくしなさい」って言い聞かされて育てられてきた」


「……」


「けど、私は家族からの言葉と他人からの言葉を、頭の中で混同して。「人に優しくしなさい」を「英雄らしくしなさい」って意味に、解釈しちゃったんだ」


「魔法も、勉強も、一番本当にやりたかった畑の仕事も……英雄の娘らしい行動を、強さを求めて、皆を心配させないように平気なフリして、全部頑張ろうとして……限界が来ちゃって、私も引きこもった」


「お父さんとお母さん達、お祖母ちゃんにお祖父ちゃんも、今まで気づかなくてごめんって私に謝った。みんな、悪くないのに……私が黙って無理したせいで悲しませたんだって余計に自分を追い詰めた」


 けど実際に本人の口からその話を聞くと、それは真実なのだという実感が湧き上がる。

 そして、ピアノを挫折した時に母から謝られた事を思い出した。状況は全然違うけど、気持ちは理解できた。


「……今は無理してない? アメリア。嫌なら話さなくても……」


「今は本当に大丈夫だよ。友達に、ずっと黙ってるのも嫌だしね」


 友達、と呼ばれて私は一時停止した。

 もちろん私はアメリアを友達だと思っている。

 しかし、私を心から友と呼んでくれる人はこれまで一人しか居なかった。つまり耐性が無かった。

 なので、直球に友達と言われて私はあまりのショック……いや、照れ臭さに、反応がおかしくなった。


「と、モダ、チ……」


「えっ、急にカタコトでどうしたの」


「ごめん、一人以外からは友達とか言われ慣れてなくて、何かドキドキした……」


「そうなんだ……」


 反応に困った顔を見せるアメリア。そりゃそうだ。

 ヒーローになると決めたばかりなのにこんな情けない姿を見せるとは何事か。


「アイザックから色々、言われた後さ……ハジメが普段と変わらず普通に私に接してくれたの、嬉しかったよ」


「うん。あんな話聞かされたって関係ないよ。私にとってアメリアは変わらず、友達だからね」


 カッコつけた返事をしたが、この時の私は照れ臭さでヤバいニヤケ面をしていただろう。


 ――食器洗いが終わり、玄関へ続く廊下を歩いていると、玄関扉の向こうから誰かの呼び声が聞こえた。

 可愛らしい感じの女性の声だ。


 アメリアは「あの子だ」と言いながら玄関へ小走りで向かう。どうやら知り合いらしい。


 扉が開かれた先に佇んでいたのは私より少し背の低い華奢な少女だ。綺麗な緑髪をしている。


「いらっしゃい、ニーナちゃん」


「こんにちは、アメリアさん」


 彼女はアメリアに挨拶した後、


「あの。ミシェルくんは居ますか?」


 開口一番、ニーナと呼ばれた彼女が呼んだのはミシェルの名だった。


 ふと、思い出した……前に、ミシェルから「同級生に気になる女がいる」と恋愛相談を持ちかけられた事があったのを。

 そして私は恋愛経験ゼロの百戦錬磨とは程遠い陰キャ女だ。もちろんマトモなアドバイスなどは出来なかった。

 まあ、話をウンウンと聞いてただけで彼はスッキリした顔をしていたので良しとしよう。


 あの時ミシェルが口にした少女の特徴……小柄で華奢、綺麗な緑髪、落ち着いた雰囲気の女の子。

 そして、花の髪飾りを付けている。


 おそらく……いや、確実にこの子だろう。

 ミシェルの名を呼んだあと薄っすら頬を赤くしている、なんとも可愛いらしい子だ。


「中に居るよ、上がって」


 アメリアが笑顔で誘導し、ニーナは私とも挨拶を交わした後、廊下の向こう側から少年の大声が轟いて来た。


「に、にに、ニーナ!? 何でここに居るんだよ!?」


 その少年こそがミシェル。分かりやすい顔と赤面で動揺している。


「そ、その……家が大変な事になったって聞いて、学校もずっと休みだから……心配になって……」


 分かりやすい動揺の声に、ニーナは顔を更に赤く染めながら恥ずかしげに返す。


 なんだこれ、突然青春ラブコメが始まったじゃないか。


 アメリアは微笑ましいものを見守る顔でニーナを通し、私もその眩しい存在が通れる様に道を開ける。


 ミシェルとニーナは近くで向かい合い、お互い赤面しながら暫し黙り込む。

 見守る私とアメリア……いや、クラウスも微かに部屋の扉を開き様子を見ていた。やはり息子のこういうシーンは気になるらしい。


「ごめん、ね……ミシェルくん。いきなり、来て……迷惑だったかな……ご家族も、大変なのに……」


「べ、別に……迷惑なんかじゃ……むしろ、俺も……会いたかったっつーか……」


「……え」


「いや、違う、違う、その、変な意味じゃなくてだな、やっぱ、学校の友達と会えないの辛いし! それだけだから!」


「そ、そうだよね、うん……!」


「でも、その……来てくれて嬉しいよ、ニーナ」


「う、うん……!」


 何だいこの最近の殺伐とした空気を掻き消す様なキラキラ空間は……口から砂糖を吐いてしまいそうだよ。


 そして、タイミングを見計らったかの様に現れたクラウスが「私は今ここに来ました」という顔でニーナに声を掛ける。


「やあ、来てたのかいニーナちゃん」


「あっ、こんにちは、クラウスさん。その、噂は聞いていましたが、右腕……」


「あぁ、気にしなくても大丈夫だ。ゆっくりしていきなさい」


「は、はい!」


 失った右腕を見て顔を青ざめさせる少女を安心させるように、クラウスは優しい声で返す。


「お茶と菓子を用意しよう。ミシェルと二人でくつろいでおいで」


「ちょ、父さん……!」


「ありがとうございます、クラウスさん。その、お菓子ですが、実は私、皆様の分も作って持って来てまして……」


「ありがとう。ニーナちゃんの家は焼き菓子屋だったな。手作りらしいぞミシェル」


「て、手作りだから、なんだっての……!」


 ミシェルの照れ隠しがめちゃくちゃ分かりやすい。

 心の中で砂糖を吐きながら私とアメリアもお菓子をいただく事になった。

 凄く美味しくて私も惚れそうだった。


 お茶と焼き菓子をいただきながらほのぼの空間で雑談を交わし、皆で一息ついた。


 家族の事が心配でたまらない……本音で言えば今直ぐにでも助けに行きたい。

 けど、心が張り詰め過ぎていてもやがてメンタルが先に限界を迎える可能性もあるのだ。

 たまにはこうして心の息抜きをするのも必要だろう。

 ミシェルの様子に、クラウスもアメリアも無理の無い自然な笑顔を見せていた。


 やがてほのぼの空間も終わりの時を迎え、ニーナは帰る支度を始める。


「あの、突然すみませんでした。ありがとうございました」


「謝らなくていいのに。お菓子美味しかったよ」


「ありがとうはこっちの台詞だよ。またいつでもおいで」


 アメリアとクラウスが感謝を伝え、私も同調して「また来てね」と伝えた。


「あの、ニーナ…………ありがと、よ。気を付けて帰れよな……」


「うん、ミシェルくん」


 そして相変わらず甘酸っぱい空気が流れる二人。何か寿命が伸びた気がする。


 そしてニーナを見送る……と、思いきや。

 ニーナは駆け寄って来た。私に。


「あの、えっと……ハジメさん」


「え、私?」


「耳、貸して貰っていいですか」


 何で私なんだろうと考えながら耳を近づけ、彼女が小声で口を開く。


「実は、ハジメさんに、話がありまして……外で、二人になれませんか……街の方まで……来て頂けませんか……」


 ええ……。

 何だろう、急に私に話って……しかも街で二人きりって……ミシェルくんという男がありながら……


 と、心の声でふざけかけたのを、彼女の表情を見て止めた。


 ――何か、切羽詰まった様な表情をしていたのだ。


「お願い、します……」


 振り絞り、震える声を出し、懇願していた。


「――――」


 たぶんコレは、彼女の身に何か危険が起きている気がする、そんな表情だった。

 何で私が指名されたのか分からない。どう考えたってミシェルやクラウスやアメリアの方が頼りになる。

 でもきっと、何か私が名指しされる理由があるのだろう。

 そんな姿を見て、知らんぷりなんて出来なかった。


 だから私は――


「クラウスさん。ニーナちゃんが私に青春について相談があるらしいので、街まで二人で出ていいですか」


「えっ」


 クラウスに外出の許可を求めた。




――――――――――


 そこは人気の無い森林地帯の中。

 そこには全身を拘束された女兵士が一人。暫く気絶していて、目覚めた時にはこの場所に居た。


 そして、それを囲む様にして金髪の異世界人の女、痩せ型と巨体の蜥蜴の亜人、桃色髪の女……計四名が佇んでいた。


 女兵士は自分を見下ろす桃色髪の女へ、殺意の籠もった声を向ける。


「よくも、あの四人を殺したな、許さない……!」


「……そう怒らないでください。兵士ならば死も覚悟の上だったでしょう。軍人なら、戦場では恨みっこ無しですよ」


 全く悪気なくそう返す桃色髪の女に、女兵士はますます怒気を募らせた。


「ふざけるな、どうせ貴様達は『神の使い』の一員だろう! 一方的な侵略者が軍人を語るな!」


「あぁ……私、元軍人なんですよ」


「な……っ」


「こことは違う遠い国でしたが。結構有名でしたよ」


 それを聞き、女兵士は何かを思い出した様に口を開いた。


「植物魔法を扱う……有名な女の軍人……まさか『毒花』……?」


「久しぶりに言われましたよ、その二つ名」


 二つ名を呼ばれ穏やかに笑う女。


 軍人として、真面目に行きてきた女兵士には、理解出来なかった。


「そんな、有名な軍人で……地位もあったろうに、何で、こんな事をするの……? 何が目的で、ここに来たの……」


 その本気で理解できないものを見る表情と声にも、女は穏やかな笑みだけを無言で返す。


 そして質問には答えないまま「あら」と囁き、どこか遠くを眺めながら――静かに口ずさんだ。


「上手く行った様ですね……良い子です」


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