一話 救出準備
グランヘルム家への『神の使い』襲撃……六人の家族がスズキバラと名乗る男の『転移魔法』によって何処かへ飛ばされて行方不明になってから二週間が経過した。
魔法の限界を超えた使用による全身への過度な負担、そして右腕を失い、アイザックから受けた攻撃により左目を損傷してしまったクラウス。
今では普通に歩いて動く事は可能になるまで回復したものの、左目は治癒魔法の力である程度は治ったが視力が極端に落ちてしまったらしい。
そして、右腕はやはり元には戻らない。
だが、動けるとなった途端に彼は鬼気迫る勢いでリハビリや左腕で剣を振る特訓を始めた。
六人の家族を失い心の傷は治っていないだろうに、凄い精神力だ。
無理をしすぎていないかと心配にもなるが。
――そしてメンタル大不調と創造魔法の反動による体調不良から復活した私、カミシロ・ハジメは自分に出来る事を考えた。
「あの頃の様な怖いもの知らずなヒーローになりたい」とは言ったものの、無策・思考停止で何にでも突っ込めばいいという訳ではない。
そもそも私は弱い。
身体能力も体力もパワーも知能も貧弱、戦闘力はほぼゼロだ。ただの一般人A……いや一般人以下だな。
だがそんな私にも唯一無二の力がある……『創造魔法』だ。
発動者の記憶やイメージにめちゃくちゃ左右される魔法であり、人生経験に乏しい私では大したモノは作れない。
しかし、そんな大した事はないモノでも、皆のサポートに使えるものはあるはず。
例えば防御壁として使えるようなものだ。
この異世界で木製の壁はあまり意味が無さそうなので、石や金属が良いだろう。
ブロック塀やフェンスなんかは創りやすそうでいいかもしれない。
後は私の身体能力を補えるものも必要だろう……思いついたのは自転車だった。
まあ異世界の超人と比べたら自転車も遅いだろうけど私の足より何倍も速い。
そういう訳で私は一週間前から魔法の訓練を続けており、ブロック塀、フェンス、階段など他にも色々何かの役に立ちそうなものを創れる様になった。
しかし、自転車はなかなか上手くいかなかった。
この世界に来てからも何度か挑戦していたが、毎回いいとこで失敗に終わる。
形はできるのだが、思い通りの動きをしてくれないのだ。走りがガタガタしていてめちゃくちゃ怖い。
何でだろう、通学時には頻繁に使用していたのにな……
細かい構造まで理解していないからだろうかと思いクラウスに聞いたり手伝って貰ったりもした。
……のだが、構造を細かいとこまで考えようとすると却って更に酷いボロ自転車が出来上がったり動きすらしなかったりとなかなか上手く進まない。
何故なんだ。
頭をウンウンと分かりやすく悩ませていると、ミシェルとアメリアがそれぞれアドバイスを出してくれた。
「母さんが言ってたけど、魔法で一番大事なのは過程のイメージより結果のイメージだってさ」
「このジテンシャって、乗って動かすモノなんでしょ? 構造の細かい理解より、『コレはこう動くモノだ』ってイメージの方を強くした方がいいんじゃないかな」
言われてみれば確かに。
一番完璧に創れるマグカップも、陶器が何故あの形に、どう作られたのかまでは全然知らない。
以前作った東京タワーもぶっちゃけ細かい構造までは理解してなかったし、よく見たら細部が適当だった。
でも、大きさも形も全体のシルエットも質感もほぼそのままな東京タワーは創れた。
ならばやり方を変えてみよう。
自転車の全体像と、自分が自転車にどう乗りどう漕ぎ、乗っている時の感覚がどうだったのかをイメージしてみる。
細かい構造や何で自転車は動くかの理屈はいったん頭から排除する。
とにかく、サドルに座りグリップを握りペダルを漕ぎタイヤが回れば自転車は進む。
細かい理屈は知らない。自転車とはそういう乗り物だ。
自転車とはそうやって動くものなのだと、自分が乗っていた時の感覚を思い出しながら強くイメージしていき、何度も試した。
何度も試して、今日――ついに。
「完成したぁ!」
何度も創り、試運転して失敗したり転けて怪我もして……ついに今日、理想に最も近い自転車が出来上がった。
グランヘルム家の裏にある開けた草原で、自転車を漕ぎ回しながら喜びの声をあげている。
この乗り心地、スピード、安定感、私が使っていた自転車だ。途中で動きがおかしくなり転けたりもしない。
周りに居る一時退院したクラウスと、アメリア、ミシェルから口笛に喝采と万雷の拍手……はしていないが、それぞれ私に労いの言葉をくれた。
「ついに出来たか。頑張った甲斐があったな」
「良かったねハジメ、お疲れ様」
「すげぇな、スイスイ走れてる」
照れ臭くてつい手を離し転けかけたが何とか耐えた。
ブレーキが付いていない、効かない自転車が何度も出来上がっていたが、今回はちゃんとそれもついている。
自転車を止めて降り、ミシェルが乗ってみたそうな顔をしているのが見えたので乗せてあげようかと考えていると……
地面に丸まっていたヘクトールが草原を囲う林の奥を見たのに気づいて、そこへ目を向けた。
それと同時に足音と声が聞こえてくる。
「何やら変わったモノを持っているな」
私が創った自転車への興味の声。
それを発したのは長身で白髪の男、元魔王軍大幹部ゲオルグ。
相変わらず厳つい顔でクールな怖い目つきだ……でも悪い人ではないっぽい。
そしてその横には無表情系な水色髪の鬼少女シズクも居た。
アメリアとミシェルも彼とはあまり顔を合わせ慣れていないらしく緊張に固くなり、クラウスはゲオルグと言葉を交わす。
「よう、ゲオルグ。毎回連絡もなしに突然来るよな」
「……クラウス。動けるのか?」
「歩いたり身体を動かしたりくらいなら、な。戦いに出るのはまだ、厳しいが」
「……そうか」
……私が彼と会ったのはこれで三度目。
一度目は異世界に来て三日目。
二度目は襲撃された後のグランヘルム家へ帰った後すぐ。
そして今回が三度目だ。
二回とも状況的にマトモに喋る暇が無かったので彼とはほぼ会話した事が無い。
とりあえず先ずは挨拶を試みる。
「コこんにちあゲオルグさん」
いきなり挨拶に失敗した、バグったのかと自分に対して思った。
ちょっと緊張して変な噛み方をしてしまった。
しかし彼はそれを一切気にせず「あぁ」とだけ答えた。いい人だ。
姉弟とも一言挨拶を交わして、ゲオルグは私が創り出した自転車を見下ろし手で触れる。
「何だゲオルグ、その自転車に興味あんのか。俺とハジメが居た世界にあった乗り物だよ」
「ほう、これはジテンシャというのか。どう使うモノなのだ?」
どうやら自転車の使い方にも興味があるらしい。
ちょっと教えてみようか。
「これはここに座ってですね、ここを握って、ペダル……ココを踏みグルグル漕ぎながら車輪を回転させて移動する乗り物なのですよゲオルグさん」
「異世界人も面白いモノを考えるな……こうか?」
「えっ、あ、はい」
何と彼は突然説明した通りサドルに乗りグリップを握りしめる。未知のモノに積極的過ぎてビックリした。
その後も説明を求められたので乗り方と発進のしかたを伝え――
目の前でそれを実践し始めた。
最初は少しぎこちなかったが、すぐに様になっていき、三回目くらいには普通に自転車を漕ぎ回していた。
「流石はゲオルグさんだ……」
――しかし。なんだろうこの光景は。
元大魔王大幹部という派手な肩書と厳つい外見、強者感溢れるオーラを巻き散らかしている長身の男が、キコキコと器用に自転車を操縦している。
ちょっと絵面がシュール過ぎやしないだろうか。
アメリアとミシェルも何とも言えない顔をしている。
噴き出しそうになって来たのだが、これ笑っていい場面なんだろうか。駄目だろうか。
あ、シズクとクラウスが笑いを我慢してる顔してる。じゃあ笑っていいシーンだ。
「――それよりも」
ある程度漕ぎ終え自転車から降りたゲオルグ。
彼は元々真剣な表情を更に鋭くさせて、クラウスにここへ来た要件を伝える。
緩んでいた空気を引き締めて、全員で続く言葉に耳を傾ける。
「クラウス。『神の使い』に裏で支配されている可能性が高い国や街、地域の候補を十ほど調べておいた」
「本当か、ゲオルグ!」
「だがそれもまだ全てでは無いだろう。世界は広い、簡単には調べられん」
「いや、充分だ。少しでも助けられる可能性に近づけるのなら……ありがとう」
何と彼は裏で色々調べてくれていたらしかった。
ちょっとでも前進して、アメリアとミシェルもゲオルグへ感謝を伝える。
「ありがとうゲオルグさん。あとはここからもっと細かく調べていけば……」
「あぁ、皆の居場所にいずれ辿り着けるはずだ」
アイザックは家族を拐った理由を「餌」だと語った。つまり、アメリアや残った家族を釣るためだ。
ならば家族が転移させられた場所は『神の使い』の息がかかっている場所である可能性が高い。
皆を助けられる可能性が少しずつ出て来て私も嬉しい。
だが、ゆっくり調べてないで早く助けに行きたいという気持ちも正直あった。
「あの……その調べた場所全てに手当たり次第行ってみるのは駄目ですかね?」
その私の提案にゲオルグとクラウスが即座に答える。
「駄目だ。下手に目立つ真似をすれば、何をされるか、どの様な手を打たれるかも分からん……アイザックもいるしな」
「俺も本心じゃハジメと同じ気持ちだ。けど、これは失敗は許されない。しっかり何処に居るのかの証拠を抑えてから、確実に行くべきだ……」
ゲオルグは冷静かつ理性的に返し、クラウスは自分の本心を押し殺す様に苦しそうな表情で答える。
大事な存在だからこそ、慎重に、確実に助けられる手段を取ろうとしているのだ。
「分かるよハジメさん。俺も本当は今直ぐどこでもいいから家族を探しに行きたいし、そう言いかけた」
「私も信頼出来るからお父さん達に従うけど……もしいま私一人だったら、我慢できず手当たり次第色んな国を探しに行ったかも」
そしてミシェルとアメリアは私に同調してくれた。
やはりこの大人組との冷静さの違いは年齢とか経験から来るものなのだろうか。
クラウスとゲオルグが居てくれて良かった。
「さて、そろそろ昼だな。飯にするか?」
ゲオルグの話を聞き微かに顔を明るくさせたクラウスがそう提案する。
「そうですね、自転車作りまくって結構疲れましたし」
「俺も腹が減ってきた」
「ゲオルグさんとシズクさんも一緒に食べますか?」
アメリアも二人に声を掛け昼食に誘う。
「む……いや、俺達は構わん……森で樹の実を……」
「いえ、いただきます。久しぶりにパンが食べたいです」
「……シズク……」
断ろうとしたゲオルグの言葉をシズクが遮り、二人も家へ招かれる事になった。
――――――――――
グランヘルム家のあるこの城塞都市ヴァルハルトは『神の使い』による襲撃から衛兵が増員され優秀な兵士も配備される様になった。
その増員されたうちの一人の女兵士は同僚達と計五人で人気のない裏通りを歩いていた。
犯罪者はこういう人気の無い場所に隠れている場合があるからだ。
しかしここ十日ほど怪しい者は特に見ていない。
少し気が緩み始めていたその日――女兵士と同僚達は見た。
見てしまった。
「何……!?」
道の真ん中、そこに突如黒い光の円が四つ出現。
一回報告で聞いた……『転移魔法』だ。日本人の男が使用していたらしい魔法。
女兵士はすぐに周りへ指示を出す、警戒態勢を取れと。
そして四つの黒い円から、四人の人物が姿を現す。
左右にはそれぞれ巨体と痩せ型の蜥蜴の亜人が二人。
後ろに金髪の、異世界人の様な顔つきをした女が一人。
そして正面に、桃色髪の女が現れた。
女兵士はすぐに悟る、自分達では勝てない。
一人を本部への報告に逃がし、残る四人で目の前の敵を足止めする。
そう指示を出し剣を抜いた直後、相手側の先頭に立つ桃色髪の女がおっとりとした表情と穏やかな声で、静かに告げた。
「――逃がしませんよ?」
次の瞬間、裏通りを大量の茨が覆い、五人を一斉に襲った。
――一時間後、この裏通りを通った一般市民が四人の死体を発見したという。




