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二十五話 立ち上がれ


 ヒーローごっこをして遊んでいた小一の夏。

 仮面ラ◯ダーのお面を着け、プ◯キュアの玩具を装備しながら駆け回っていた。

 今にして思えば凄い絵面だったな。


 今と違い怖い物知らずだった私は下級生に意地悪をする上級生軍団に突っ込んで行ったりもしていた。


 まあ、返り討ちにあったけど……そんなごっこ遊びをしていた中で、千代子が大事にしていた帽子を取られて泣いていたところを取り返そうとして、彼女と仲良くなったのだ。

 それからよく遊ぶようになって……中学が別々になってから遊ぶ頻度が少しずつ減っていった。

 それでも月に数回は遊んでいたけど。


 高校に上がっても千代子とはたびたび連絡は取ってて、あの日の朝、彼女から来たLINEを……私は開かずにスルーしてしまった。


 あの子は頑張って学校に行っているのに、私は朝からダラダラ漫画読んだりゲームしたりしてだらけていたのが、何となく後ろめたかったのだ。

 ただそれだけの理由だった。


 連絡が返って来なかった上に私は行方不明扱いだろう……一体今、どんな気持ちで居るんだろうか。

 

『自分より強い相手にも向かっていけるなんて凄いね!』


『はじめちゃんならなれるよ、本当のヒーローに!』


 何とも眩しい笑顔でそう言われた。

 もちろん私は調子に乗った。

 調子に乗って教室でいじめっ子と大乱闘をかまし行き過ぎて全方位に迷惑をかけてしまうまで。


 両親には最初にやりすぎた部分を叱られたけど、その後に、他人の為に何かができるのは立派だ、これからも人には優しくしてあげなさいと褒められた。


 けれど、相手の家族やクラスメイトの何人かと担任教師からは「躾のなってない煩い狂犬」みたいな顔を向けられた。


「まあ、嫌な事は忘れよう」


 嫌な方の記憶はいったん放り投げて、友人と両親のことを考える。


 急に今更思い出した幼き日の記憶――テレビや漫画で見る正義の味方、ヒーロー……母の優しさに、父の背中に、憧れていた私。


 そして、友人の期待に応えてあげたかった……ずっとあの明るい笑顔で居て欲しかった。

 けど今は、きっと暗い顔にしてしまっているだろう。


 父も母も、行方不明になった私をあらゆる手段で探して、毎日苦しい思いでいるかもしれない。泣かせてしまっているかもしれない。

 ネットニュースとかテレビになっているかもしれない……こんな理由で名前出されても全然嬉しくない。


 ……このままでいいのか。


 このグランヘルム家からも、明るい表情、笑い声、喧嘩の声、他愛のない会話、廊下を走る音、本をめくる音、水を流す音、包丁の音、色々な生活音……

 当たり前にあったものが、無くなってしまった。


 一番最後に見たクラウスの顔は、喪失感と後悔に塗れていた。

 アメリアは無理をした笑いを見せる様になった。

 ミシェルも空元気で過ごす様になった。

 二人共心から笑えていない。

 そりゃそうだ……大事な家族を、奪われたのだから。


 居なくなってしまった皆も……無事で居てくれてるのだろうか。


 数日前に毒による眠りから覚めたシズクから聞いた話では、アイザックは「これから釣り餌をばら撒きに行く」と語っていたらしい。

 釣り餌……言おうとする意味が分かるのが腹立たしい。

 連れ去ろうとしたアメリアを誘き出してやろうという魂胆が丸見えだ。

 そしてアメリアは、家族の居場所が分かったら、罠だと分かっていても向かうだろう。


 ただ、家族を拐った何となくの目的は分かっても、その正確な居場所が分からない。


 六人は、今どうしているだろうか。痛い思いや怖い思いをしていないだろうか。酷い目に遭ったりしていないだろうか。


 アンナにはまだ教えてもらいたい事がある。

 レイチェルとはまだ話したい事がある。

 カーリーの声が聞こえなくなり寂しい。

 シュタールの優しい挨拶が今はもう無い。

 ウィルフレッドにはまだ食べてもらっていない日本食がたくさんある。

 ルシアンとは居なくなる前日に、用事が済んだらお絵描きに付き合うと約束していた。


 このまま誰とも二度と会えずに終わったりしたら、もう喋ることも、顔を見ることすら出来なかったら……そう考えて、胸が苦しくなった。


 本当に、このままでいいのか。


 このままこの家族がバラバラになったまま、終わっていいのか。

 皆を悲痛な思いにさせたままでいいのか。


 私は、何もせず家に籠もって、辛い現実に何も出来ず、俯いているだけでいいのか。


 いや、このままでは、駄目だ。


 誰かが、この残された家族の支えになってあげなければならない。助けになってあげなければならない。

 そうだ、今だからこそ。


「――今こそ私が、もう一度、ヒーローになるべきなのでは……?」


 端から聞いたらこの時の私の発言は阿呆の妄言だろう。自分でもそう思う。

 でも、本気だった。

 私は本気で、アメリアの、ミシェルの、クラウスを、助けたいと思った。


「千代子……私は、またなれるかな……あの頃の様な怖いもの知らずに……」


 家事が終わりまた寝込んでいた布団から立ち上がり、私は鏡を見る。

 久しぶりに鏡に映る自分の顔を直視した気がした。相変わらず弱そうな顔だ。


 鏡を見ながら私は、何となく創造魔法を使った。

 小さい頃と同じ格好をして、少しでも勇気を出そうとした。

 あの頃と同じお面と玩具のステッキを生成し、装着して、あの頃と同じ様にダサいポーズを取ってみた――――


「ハジメ、帰ったよ」


 その直後、部屋の扉を開く音がして帰宅したらしいアメリアと目が合った。

 アメリアは私の姿とポーズを見て、硬直していた。

 私も頭が真っ白になり硬直した。


 視線が交差したまま数秒の沈黙が流れて――アメリアは「何も見てないよ」という気遣いオーラを発しながら扉を閉めた。






「――――なるほどね。てっきり、ハジメの心労が限界に達したのかと思って本気で焦ったよ……」


「ビビらせちゃってごめん」


「私もノックするの忘れててごめんね」


「あはは……」


 まさかあんな場面を見られるとは思っていなくてまだ恥ずかしさで心臓がバクバクしている。

「こんな時にふざけないでよ!」とキレられるかと思ったが、ふざけてる訳じゃないとは分かってくれていたらしい。


「でも、そんな真剣に、私達の事を心配してくれいたんだね……ありがとう」


「うん。私も出来ることは全力で協力するよ」


 私に出来ることは大したことないかもしれない。それでも、なんでもいいから力になりたい。

 落ち込んで布団にくるまってグルグル悩んでいるよりは小さな事でも何かやった方がマシなはずだ。


 今から私はアメリアとミシェルと共に、病院まで外出する事になった。

 クラウスの見舞いだ。

 ローランドは無理をしすぎて再び開いた傷がほぼ完治し先日退院したらしい


 アメリアと共に玄関へ歩いて行くとそこにはミシェルが待っている。


「もう大丈夫なのか? 無理はしなくていいんだぞハジメさん」


「身体も良くなって来たし。二人が頑張ってるのに、私がずっと引きこもってるのは駄目じゃん?」


「そっか……分かった。じゃあ父さんのとこまで三人で行こう」


 自分達が一番辛いだろうに、私に対してそんな気遣いをしてくれる。

 この姉弟の優しさに本気で胸が痛い。


 そうして私は、数日ぶりに外へと出た。


 玄関を開け足を踏み出す。

 空は青空が広がり白い雲が流れる。遠くに東京タワーの景色はもう見えない。

 家の庭回りの壊れた地面や石壁は補修されていて、折れた植木は回収されていた。


 門の前には番兵が三人佇んでいて、挨拶を交わし、そのうちの一人が護衛として遠くから周りを警戒する様にして付いてくる。

 何でも配置された番兵は一人でローランドくらいの実力があり、この城壁都市が属する国の、別の街や都市から派遣されて来た兵士達だと聞いた。


 グランヘルム家の襲撃は国内でも深刻な事件であったようだ。


 この国の軍は他国と比べても特に優秀で、襲撃時も軍隊の目を逸らし戦力を分散させるために多発的なテロ行為を同時進行で行ったのだろう……と、ミシェルが話していた。


「そういえば、ゲオルグさんとシズクさんはどうしてるのかな?」


 あの二人……特にゲオルグは世間的には本来死罪になったはずの大犯罪者という扱いなので、兵士には聞こえない様に小声でアメリアとミシェルに話しかける。


「二人も情報を集めたり、家族が拐われた先を調べてくれているらしいよ」


「身を隠してるけど、都市の近くに潜んで寝泊まりしてるんだってよ」


「そっか。二人ともあんま喋った事ないから、ちゃんと話してみたいなぁ」


 それに、皆を助ける為に動いてくれた事にも感謝を伝えたい。

 まあ近くには隠れているらしいので、きっと近い内にちゃんと会えるだろう。


 道中、アメリアとミシェルは街の人からよく声を掛けられた。

 二人は、本当は落ち込んでいるだろうに努めて顔に笑顔を見せようとしていて……特にミシェルが、明るく元気に振る舞おうとしているのが分かった。

 荷物が重くて大変そうな老婆を積極的に手伝ったりもしていて、大きな声で呼びかけに応じたりもしていた。


 勿論ほとんどの人は、それが周りを心配させない為の振る舞いだと分かっているだろう。私も当然分かっている。


 でも中にはそんな姿を見て、嫌そうな顔をしたり「家族が居なくなったのに何で元気なの?」と言いたげな顔を向ける者もいたし、陰口の様なヒソヒソ話も聞こえた。

 二人が余計な騒ぎを起こしたく無さそうだったから耐えたが。


 でも私は二人が心配になり、声をかけた。


「ねぇ、アメリアもミシェルも、大丈夫? あまり無理しすぎるのも良くないよ」


 その言葉に振り返る二人は、顔に笑顔を見せながら答える。


「心配してくれてありがとう。でも私達はこうするって決めたから」


「ハジメさんが心配してる通りさ、本当は辛いし無理してるとこ凄いあるけど……」


 苦笑しながら答えるミシェルが、目つきに何かを決意した力強さを宿しながら続けた。


「父さんは、俺達を見て、俺達の無事を、心の底から喜んでくれた。家族が居なくなって今も辛いだろうに……残った俺達まで、暗い顔してたらさ」


「なんつーか……父さんが余計、悲しむかもしれないだろ。父さんを少しでも安心させる為に、俺は明るく装っていくつもりだ」


 その言葉を聞いて私は衝撃を受けた。

 ただ無理をして自分を誤魔化してるだけなんじゃない……父を少しでも安心させたくて、笑顔で居ようとしているのだ。


「私もミシェルと同じ気持ちだよ。父さんをこれ以上悲しませたくないし……私は家族とまた再会できるはずだって、信じたいから」


「……そっか……そういう事か……」


 二人とも、立派だ。

 私とは比べものにならないほど強くて、家族の事を想っている。


 でもそんな二人も、完璧な訳じゃない事を知っている。弱い部分もある事を知っている。

 私なんかで力になれるかは分からないけれど、何かあった時にほんの少しでも支えに、力になれたら……それでいい。


「そういう事なら私も、頑張って明るく振る舞おうかな!」


「ありがとう」


 そうして私達は、病院へと向かって行った。

 クラウスの病室にはローランドも来ていて、アメリア達が来るのを待っていた。


 クラウスは暫く休んだおかげだろうか、顔色は少し良くなっていた。

 今では表情が少なくなり、たびたび落ち込んだ表情や泣きそうな顔を見せていたが――笑顔を見せ喋るアメリアとミシェルと接する時は、笑っていた。


 そして『神の使い』の情報についての話題がちょっとだけ出た時、彼は瞳に強い闘志を燃やしているのが分かった。

 彼がいつ万全な状態に戻るのかは分からない……でも、諦めていない事は、分かった。


「来てくれてありがとうな」


 帰る前に、クラウスが笑顔で私達に左手を振る。


 ローランドと途中で別れ、私とアメリアとミシェルは三人と一匹だけになってしまった家に帰る。


 ――皆の為に何かをしたいといういう気持ちがどんどんと強まる。

 私の、これからの方針は決まった。


 居なくなった家族を全員見つけて無事に助ける。

 グランヘルム家を崩壊させた『神の使い』とか抜かす野郎共をぶっ潰す。

 そして最後は……みんなが待っている場所へ帰る。


 私じゃ、テレビや漫画の様なヒーローにはなれないだろうけど……この思いは本当だ。


 目指すゴールはただ一つ……全員が笑顔の、ハッピーエンドだ。


これにて一章は完結です


次回はウィルフレッド視点の幕間を書き、その後二章へと移ります

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