二十四話 気が付いた痛み
元魔王軍大幹部ゲオルグ。
現在は規模を広めているカルト組織『神の使い』に対抗しようと暗躍している。
彼はアイザックとスズキバラへ攻撃を加えたのち、芝生に倒れているシズクを回収してクラウスの隣に立つ。
そして、あまりにも静かな敷地内を見渡して、申し訳なさそうに口ずさむ。
「もっと早く、来るべきだった……すまない……」
「いや、いいんだ……来てくれただけでも、ありがたい」
正直、もっと早く居てくれればという感情も少しはあった。
だが彼も悪気はない……むしろ、魔空船で魔力が枯渇していただろうに、早くに目覚め駆けつけて来てくれた事に感謝するべきだろう。
ゲオルグはそれに無言で首肯し応え、アイザックへと視線を突きつける。
「アイザック、シズクには何をした?」
「そんな怖い顔しなくても、致死性の無い毒針を何発か打ち込んで一時的に動けなくしただけだよ。痛みはないし、何時間か寝れば治るよ」
「……」
「シズクちゃんの事は殺す気ないしね」
「……そうか、信じよう。貴様はシズクにだけは昔からやたら甘かったからな」
ゲオルグは安心したようにそう言い、雰囲気を一転させた。
そして視線を刃のごとく鋭くし、石の剣を構え、強い殺気を放ちながら警告する。
「このままこれ以上、何もせずに去れ」
「オイオイオイオイ、ゲオルグ〜……君は魔空船で全速力で走ったせいでもう魔力が無いんだ……」
そう言いかけたところで、アイザックはゲオルグの右腕に装着されたものに意識を向けた。六つの魔晶石が埋め込まれた腕輪だ。
そのうちの三つは砕けた状態になっている。
「あ〜……それ、魔晶石を一つ犠牲にするたびに魔力無視で一発魔法を撃てる魔道具だっけ。かなり貴重な奴でしょ、ここで使い切っちゃっていいの?」
「クラウスの命が助かるならば安いものだ」
「アハハハッ、覚悟決まってるなぁ」
「それに、魔力が枯渇していても、俺にはまだ戦う手段がある」
「あ〜……確かにそうだねぇ……」
ゲオルグは狼の亜人だ。その亜人の力により獣人形態になる事も出来る。
本人は獣人形態で戦うより魔法を使った戦闘の方が得意だから普段はその姿を見せないが、魔力が切れた時は最後の手段として使用する。
アイザックはめんどくさげに溜息をついていて、後ろから会話を聞いていたスズキバラが痺れを切らし叫び始めた。
「何ダラダラ喋ってんだ、さっさとソイツらぶっ殺せアイザック!」
「ちょっとうるさいよお前、黙っとけ」
「なっ、あっ、アイザック、お前、立場は俺の方が上なんだぞぉぉ!?」
「だいたいよぉ、僕の予定がズレたのはお前の我儘も原因なんだぜスズキバラ。アメリアだけ連れ去ればいいのに、クラウスと家族をまとめて殺したいとか家ぶっ壊したいとか余計なこと抜かしてさぁ」
「なんだぁ、文句あんのかコラァ!!」
「バカのお守りは困るんだよ。僕が途中で作戦変更して赤バッタで助けてやってなかったら……まあ今はいいや」
始めそうになった口喧嘩をやめ、ゲオルグへ視線を戻した。
何なんだ、コイツら……話を聞く限り全然統制が取れていなさそうだ。こんな奴等が、本当にゲオルグが警戒するような組織なのか。
こんなくだらない組織に、俺の大事な家族が……
悔しさが、心の底から込み上げる。
「どうするアイザック。俺としてもこれ以上の戦闘は避けたい」
「――あぁ、そうだね。僕もまだ死ぬ可能性があることはやりたくないし、あんなバカでも居なくなったら不便だ。僕らはここで退散するとしよう」
アイザックは再び溜息をつき、ゲオルグの言葉を受け入れた。
嘘をつき油断をついて攻撃してくるのでは……と、思ったが、アイザックはシャーロットを立たせスズキバラへ声を掛ける。
「帰る分の魔力は残ってるだろ。使えよ」
「アイザック、テメェ……立場が分かってねぇのか、逃げる気かオイ! あんな一人増えた奴くらいぶっ殺せるだろ!」
「早くしなよ本当に、お前ごときがゲオルグに勝てるわけないだろ。ダイシキョウ様も、こういう時は逃げるのが最善って言うよ?」
「〜〜っ! ああくそ、クソッ、クソッ! 分かったよ! 帰りゃ良いんだろうが!!」
騙すでもなく素直に応じ、本当に帰る気らしい。
三人の足元に、黒い円が現れる。
その姿が消える前に、俺は、腹の奥から声を出し叫んだ。
様々な感情の入り混じった、叫び声を。
「お前ら、絶対に、いつかぶっ潰してやるからな!! 家族を探して、助けて、全員を見つけたら、その後はお前らだ!! 絶対に、ぶっ潰す!!」
その憤怒の声にアイザックは振り返り――
「精々頑張ってみろよ、英雄」
それだけ返して、『神の使い』の三人は転移魔法により姿を消した。
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――以上が、クラウスから聞いた、グランヘルム家で起きた戦いとその決着の話だった。
私とアメリアとミシェルはただ黙って聞いていた。
私達が居ない間に壮絶な戦いが起きていた事を。
その戦いの中でクラウスが右腕を失い、重傷を負ってしまった事を。
そして、家族が――ウィルフレッドも、ルシアンも、レイチェルも、アンナも、カーリーも、シュタールも、皆が『スズキバラ』の手により、遠い場所まで転移させられてしまった事も。
私は言葉を詰まらせて、何も言えなかった。どんな言葉を投げかけても、家族を失った喪失感と悲しみと痛みは消えない。
アメリアとミシェルも、話を聞き終えて、泣いた。
父に、敵の切り札の一撃から命がけで家族を守ってくれた事の感謝を伝え。
家族を失った痛みに、ただ涙を流した。家族を奪った敵への怒りに、手を震わせていた。
ローランドも最初は冷静さを保とうとしながら聞いていたが、やがて落ち込んだ様に座り込んでしまった。
私も遅れて、自分が泣いている事に気が付いた。
誰も、ただの気休めの言葉なんて口に出来なかった。
締め付けられる様な胸の痛みに、私はもう何も考えられなくなってくて、ただただ泣いていて。
そこからは私は意識がぼーっとしていて記憶が曖昧でハッキリと思い出せない。
家族や友人のように思っていた人達が傷つけられ、絶望し、そして連れて行かれてしまった……どこに居るのかも、無事なのかどうか、安否も分からないのだ。
そして、魔法の無茶な使い方による脳と全身への疲労もあったと思う。
私とクラウスとローランドは直ぐ病院に連れて行かれて、クラウスとローランドは暫く入院……私は検査を受け、一日病院で休んだのちグランヘルム家に帰された。
六人が姿を消し、クラウスは重傷で帰れず、アメリアとミシェルと、元気の無くなったヘクトールと、私だけが残された、大きな家に。
それから私は完全に元気と気力が消え失せてベッドの上に寝込む時間が多くなった。
医者から数日は家で安静にしろと言われたのもあるが、やはり精神的なダメージの方が大きかった。
ご飯を食べたり家事をしたりは出来たが、外にまで出る元気が無かった。
街中では衛兵が多くなり、軍の最高戦力部隊がグランヘルム家の周りに配置される様になったそうだ。
外に出る元気も無くなって話を耳に挟んだだけだが。
アメリアとミシェルはもっと辛いだろうに、二人は表向きには変わらず生活し外に出て、軍から様々な情報を集めたりと行動しているのに、家族じゃない他人である私が寝込むほど落ち込むなんて……我ながら情けなさ過ぎる。
言い訳臭いが、これにも理由はある。
私は、気付いたのだ……気が付いてしまった。
「お母さん…………お父さん…………千代子…………」
レイチェル、アンナ、ウィルフレッド、ルシアン、カーリー、シュタール……
私は皆を家族の様に、年の離れたきょうだいか友人の様に、感じていたのだ。それが居なくなった……大事な人達が居なくなった。
その喪失感、絶望感、痛み……
このどうしようもない、先の見えない様な苦しみを。
日本に残してきたお母さんも、お父さんも、友達の千代子も、同様に、それ以上に味わっているのだと……気が付いてしまったのだ。
私、この異世界に来た初日、なんて言ったっけ。
「もう一生帰れなくていい!!」だ。
今ならあの時のクラウスの気持ちが……「軽々しく言うな」と忠告した意味が分かる。
残してきた人達の抱える痛みを無視してよくそんな呑気で無神経な発言が出来たものだ。
何なんだ私は、バカなのか、自分をぶん殴ってやりたかった。
その罪悪感が、後悔が、一斉に上からのしかかって来たのだ。
今直ぐ皆に会って謝りたかった……安心させてあげたかった……でも、まだ、帰る手段は目の前に無い。
「うぅ〜……」
目が腫れて痛い、疲れた……もう嫌だ。全部夢であってほしい。目が覚めたら、グランヘルム家の皆ら揃っていて、皆平和な日常を送っている。
そして直ぐ近くには、お母さんもお父さんも友達も居る。みんなが悲しい顔なんてしていない……
そんな都合の良い現実が……
「…………やめよう」
溜息をつき、現実逃避の思考を途中で止めた。
アメリアとミシェルが、辛い中で頑張っている。今日も街に出て情報を集めている。
クラウスとローランドも病院で入院してるけど、ちゃんと居る。
全てを失った訳じゃない。
「う……ぅ……」
呻き声を出しながら重たい身体を起こす。
本当はもっと寝込んでいたいが、皆に心配をかけ過ぎてはいけない。
ベッドから出て、家事くらいはしよう。その前に何か飲もう、何か食べよう……もう昼だ。喉も渇いた。
パジャマから服へと着替えて、カーリーの姿を思い出す。
廊下を歩き、畑が見えて、シュタールの姿が脳裏警察官を過ぎる。
廊下の途中にある書斎、そこでレイチェルと色々な話をした。
厨房に入る。アンナにはここで様々なことを教えてもらった。
茶の入った容器と軽食の果物を手に取り、食卓のテーブルに座る。
この場所で毎日、ウィルフレッドとルシアンが特に騒がしかった。平穏で楽しかった光景。
グランヘルム家での思い出の数々が蘇る。
椅子に座ると飼い犬のヘクトールが心配そうに近寄って来たので頭を撫でてやる。
テーブルの上に、母から誕生日プレゼントに貰ったマグカップを創造魔法で生み出し、容器からお茶を移す。
母との思い出が詰まった品で茶を飲みながら、昔の事を思い出す。
私は小さい頃、警察官である父に憧れて一時期だけヒーローごっこをやっていた。
今ではこんなすぐに落ち込む陰キャだが、当時は怖いもの無しで意地悪やイジメの現場を見つけては突っかかったりしていた。
そんなごっこ遊びをしていた当時、千代子と友達になった。
『はじめちゃんならなれるよ、本当のヒーローに!』
千代子のそんな言葉を思い出した。
子供時代のなんてことない、他愛のない思い出だ。
私は涙を拭って、マグカップのお茶を飲み干した。