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二十一話 歪な感情に生きる者


 かつて『剣皇』と呼ばれたシュタール。


 今では戦場から離れて二十数年……今では孫にも囲まれ戦いから離れた平穏な生活を送っている。

 そして加齢もあり、技術は衰えずとも肉体と体力は全盛期よりだいぶ衰えてしまっている……これは人として生きている限り絶対に避けられない運命だ。


「ならば少ない体力でこの邪魔者共を始末しよう」


 敵戦力の中核は息子や義娘が討ち取るだろう。

 年老いた剣士は、その障害となるものを斬り伏せて、彼等の進む道を守ればいいのだ。


 息子クラウスに雷撃を浴びせようとした一体を音速の一閃にて斬り飛ばし、体勢を崩し倒れたその首を間髪入れずに両断。絶命させる。


「……」


 アイザックの配下であるこの者たちは、一度心を完全に破壊された後『呪法』と呼ばれる禁術を用いて戦闘以外の思考を奪われ、その代わり身体能力と生命力が異常な程に強化される術式を施されていると聞いている。


 今の彼等は何も感じない、余計な思考をしない、命令に従い戦闘を実行するだけの殺人機械……。

 その悲惨な姿には胸が痛む、悲しき存在だ。助けてやりたい……だが、助けられない。


 一度かけられたこの『呪法』に解術手段は無い。

 普段はこういう事は言いたくないが……この亜人達にとっては、殺してやることが救いだ。


 気を取り直し、クラウスへ迫ろうとした剣と斧を持つ亜人二体へ目を向けた。

 斬撃を飛ばす技『裂空』にてその二体をまとめてふき飛ばす。

 そして背後には猪の亜人が立っているのが分かり石弾を撃つ気配を感じた。

 それを剣で弾き返し石弾が跳ね返って、猪の亜人の頭部を押し潰した――だがまだ息はある。


 剣を持ち駆ける犬の亜人、斧を構え突進する豚の亜人、石の大斧を生み出し振りかぶる猪の亜人――三体の攻撃が同時にシュタールへと迫る。


 獣系の亜人は身体に傷がつく程に身体能力が上昇する。シュタールとの交戦によって大きく負傷している上に、『呪法』による肉体強化……三体は現在、彼等が出し得る最高レベルのスピードに達しているだろう。


 だが、彼は焦りを微塵も見せずただ目を瞑り、静かに息を吐き、脳裏に巡るのは家族の姿。

 四人の可愛い孫、心優しい義娘達、愛する妻カーリー――そして息子のクラウス。


 三方向からの鋼の猛撃がすぐそこまで迫り、剣を振り抜いた。


「光輪閃」


 亜人達の人知を超えた速度を更に上回る、光に達するかの如き速さで、地に足をつけたまま円状に放たれた剣技。

 そのたった一振りで、シュタールの周囲に群がる亜人達の武器を持つ手は瞬く間に切断されており、手首から上が地に落ちた。


 ――その数秒後、三体の亜人は地に伏せ息絶えていた。


――――――――――


「――もうあのお爺さん一人でいいのでは」


 そう呟きながら鬼族の娘シズクはちょうど黒ずくめの亜人の兵隊一人を倒したところだった。

 この兵隊の厄介なところは、普通ならば動けなくなる苦痛を伴うダメージでも構わず全力で突っ込んで来るしぶとさだ。


 残る一体の気配を感知し天を見上げると、黒ずくめの衣装を来た虎の亜人がバルコニーに立つレイチェルのすぐ目の前に来ていた。


「あなた凄い跳躍力だわね!」


 シズクが言おうとしたことを先にレイチェルが叫ぶ。

 友人の危機を救おうと刀を構えたが――まあ大丈夫だろうという気持ちもあった。

 レイチェルは何でも顔に出るから分かりやすい、あれは大丈夫な顔だ。


 振り上げられた虎の亜人の爪を左手から出現させた防御魔法で防ぎながら一歩下がり、また同じ様に爪を防ぎながら二歩目を下がって――彼女は地面に手を置いた。


「罠にかかったわね!」


 虎の亜人が踏んだ床には小さく魔法陣が書かれていた。

 それを踏みつけた左足から爆風が生じ、風の衝撃で亜人はバルコニーから投げ出された。

 罠に使われる魔法は威力が低く致命傷になることはほぼ無い――が、ああして敵に大きな隙を作る事はできる。


 シズクは刀を構えて地を蹴り、空に向かって跳躍する。


「鬼神刀術――隼」


 中空で動けない虎の亜人に高速の一閃が通り過ぎ、斬り飛ばされた頭部が宙を舞っていた。


――――――――――


 アイザックの兵隊である六体の黒ずくめの亜人は全滅。


 先ほど剣技『地走』の直撃を受けた紫髪の女シャーロットは、自身の左肩に治癒魔法をかけながら立ち上がる。

 相変わらず表情は変わらないが、だいぶダメージは蓄積されているはずだ。治癒魔法は怪我や身体的な異常は治せるが、疲労は治せない。


 屋敷を守るようにして再び四人が集まり、その眼前に立つ敵は残り二人。


「チクショウ、何でだよ、ふざけんなよ役立たずの人形どもが! もっと働けよ! 働けよ!!」


 そのうちの一人スズキバラは、怖いほどに冷静な女と違って激しく取り乱し発狂一歩寸前だ。大して戦いに参加していなかったくせに何故あんな偉そうに文句が吐けるのか……


「クソ、アイザックは何してんだ、早く来いよぉ!」


 やはりアイザックも来ているらしい。

 みっともなくこの場に居ない人間に助けを求め辺りを見回していたスズキバラは、遠くにあるものを見つけて「あ?」と口にし唖然とした顔をしていた。


 その反応に俺も同じ方向を向き、その巨大な存在に気が付いて……同じ様な反応を示してしまった。


「なんだ、ありゃ」


 遠く離れた森の向こうにある街の方角に、見覚えのありすぎるモノが見えた。あんなものはさっきまで……いや、この世界自体に元から存在しないはずだ。


 赤と白の巨塔――日本人なら誰もが知っている、東京タワーだ。


「なにアレェ!?」


「あんなもの、無かったよね……?」


 戸惑いを見せるレイチェルとアンナの声に答える。


「アレは、俺やハジメが元々居た世界にあった建物だ」


「――! じゃあ、アレはハジメが……」


「だな。無茶苦茶やりやがって……」


 ハジメの行動に驚きやら感動やら呆れやら称賛やら色々な感情が湧き上がる。

 一方で、スズキバラは更に発狂し始めていた。


「何だあれ、何であんなモンがあるんだよ!? しかもアイザックが向かった方向じゃねえか! クソ、クソ、何が起きてんだよ!!」


 勝手に口から情報を漏らしてくれる男から出た発言を元に推測する。

 あっちはアメリア、ミシェル、ハジメが買い物に向かった街がある方角だ。

 そこにアイザックも向かった、同じ場所なのはきっと偶然ではない。子供達が狙われたのだ。

 そして、街のど真ん中に現れた東京タワー……考えるまでもなくハジメの『創造魔法』だろう。


 確かにあんな建造物ならアイザックでも追いかけるのは物理的に困難――何とも彼女らしい発想だが、あそこまで巨大なモノを創り出した反動がかなり心配だ。

 アメリアとミシェルを守る為に身体を張ってくれたのだろう。後で感謝を伝えておかなくては。


 だが、それでもアイザックはしつこく子供達とハジメを追いかけるかもしれない。

 本音を言えば自分の手で子供達を助けに行きたいが、今俺がこの場から離れるのは駄目だろう。


「……シズク、あの赤い巨塔が立っている場所まで向かってくれるか。アイザックからアメリアとミシェルとハジメを守ってほしい」


「――私じゃアイザックには勝てませんよ」


「一緒に逃げてくれるだけでいい。ここを終わらせたら直ぐに向かう」


「そういう事でしたら」


 シズクは了承し、軽く頭だけ下げて直ぐに走り出し庭から飛び出して行った。

「気を付けてな」と声を掛ける暇も無いくらい了承からの行動が早かった。


「――さて。後はお前らだけだな」


 傷を回復し、スズキバラを庇うように前に立つシャーロット。

 そして、庇われる男は俺に睨み返しながら思い切り歯を食いしばる。

 こんな奴が、ゲオルグが警戒する程の組織の幹部とは到底思えないが……


「二人共もう投降した方がいいよ。目的を全部を話して――」


 冷静な顔で放たれたアンナからのその一言に、真っ先に言い返したのはシャーロットだった。


「しませんよ」


「え」


 それまで戦い以外では全く喋らなかった女が、このタイミングで急に口を開いた。

 あまりにも意外な返しに一瞬沈黙した。


「スズキバラ様の願いが叶うまで投降などしません」


「え……」


「スズキバラ様は私がお守りします。この命に代えても」


 その女は無感情な無表情で声からもあまり生気が感じられない。

 それに、あんな男に命をかけてまで従いたい人間性やカリスマがあるとは到底思えない。

 俺の目にはまるであの男に洗脳されて良いように喋らされている様にしか見えない――が。


「おいコラ、シャーロット! テメェ勝手に言い返してんじゃねぇよ! またそうやって俺に媚び売ってんのか!?」


「……いえ、媚びなど、売っては……」


「俺はな、お前みたいな気持ち悪い人間と一緒に行動させられて毎回嫌なんだよ! いいか、俺に、媚び売んな!」


「……気を付けます」


 たぶん、違う。


 あの男はシャーロットに対し本気で嫌悪感を向けている。洗脳して良い様に操っているなら、あんな言葉は返さないだろう。


 そして、あんな酷い発言を受けながら女は異様なまでの忠誠心を向けている。


 あの二人は、一体なんなんだ。


「――ですが、まだアレが残っています、使ってくださいスズキバラ様」


「あ?」


「ダイシキョウ様から譲り受けた品です」


「――! あぁ、そうか、チクショウ、テメェみたいな気持ち悪い人間の命令に従うのは癪だが……」


「命令では、無いです……」


「コイツを使えばテメェらなんざイチコロだぜぇ!!」


 何かを思い出したように、突然急に元気を取り戻した男。そして地に手の平を向けて、地面に黒い光の円が出現した。

 会話の内容から、男の行動からして何かを使う気だ、一斉に攻撃を仕掛けて止める。

 言葉にせずとも全員が同じ考えだった。


「韋駄天」


 最初に斬り掛かったのは父だ。

 音速で瞬く間に接近し超高速の一閃で敵を斬り伏せる剣技――その道中で、彼の剣がいきなり地面から生えた氷壁にぶつかり動きを止められた。


「むっ!?」


 父だけではない、剣を構え走り出す俺の目の前にも氷壁が現れた。それを剣技で切り裂くと、また目の前に氷壁が現れる。


「アイスプリズン! 一歩でも移動する生物の周囲に自動的に氷の壁をしつこく出現させる魔法よ!」


 バルコニーから庭に降りてきたレイチェルの声が背後から聞こえた。

 またも動きが封じられる厄介な魔法だ。


 しかもアイスプリズンには自分も対象に含まれているらしく、シャーロットが動けば彼女の周囲にも出現して、父の剣技も遠くから撃つアンナの魔法もギリギリで防がれる。

 殲滅ではなく時間稼ぎに徹する気なのが分かる。


「スズキバラに温存しておきたかったが」


 あの男が何をしてくるか分からなかったので『消失魔法』の使用は温存していたが、そうも言っていられない状況だ――

 こうなれば使うしか無いと意思を決め、『消失魔法』を纏わせた剣で眼前の氷壁を一閃。一帯にいくつも出現していた全ての氷壁が一瞬にして無に帰した。


 ――そしてその直後、スズキバラの笑い声がした。


「ハハハハッ、キタキタキタキターーッ!!」


 視線を向ける――そこに見えたのは、黒い光る円から出現した一つの鎧だった。

 見たことの無い、だが一目見て『これはヤバい』と本能的に感じる、禍々しさを纏った黒と赤色に彩られた全身鎧。


 それを見て、父が愕然と目を見開いた。


「古代の勇者が着た鎧……グレイトアーマー、その複製か……っ!」


「なに……!?」


 存在だけは聞いたことがある、確か父が昔の戦争でそれを着た戦士と戦った事があると。

 実物を実際に見たのは初めてだった、そもそもまだ存在して――


「ハッ、歳で目ぇ悪くなったかクソジジイ、コイツは複製じゃなくて本物だぜぇ!!」


 男は父を見下す様な音色で返し、それを気にも留めずに父はただ冷静に、剣技を放つ。『韋駄天』だ。


 その有無を言わせない行動で、あの鎧を着させたら危険だということが分かった。

 父の邪魔にならないようただその一撃を見守り――鋼同士のぶつかる音が聞こえた。


「なにっ!?」


「だから言ったろうが本物だってよぉ!!」


 ほんの一瞬の間に、頭から爪先までをグレイトアーマーに包まれたスズキバラがそこに佇んでいる。

 何が起きたのか分からなかった、一瞬で全身に纏える鎧など聞いた事が無い、どういう原理だ。

 そして、父の剣は鎧に傷一つ付ける事が出来ずに受け止められていた。


「死ねやジジイ!」


 鎧で固められた拳が父の腹部を殴打、殴り飛ばさていった。


「クソ!」


 父ならば即座に防御に神経を集中させ命は無事だろうが、見るからに重たい一撃は老体には堪えるだろう。

 剣を引き抜き、シャーロットの相手はアンナに任せ、スズキバラに狙いを定めて突撃する。


 そして、スズキバラもまた俺に狙いを定め飛びかかって来た。


「ハハハ、すげぇ! 鎧着てんのに重くなるどころかめちゃくちゃ速く動けるぜ!!」


 まるで楽しい玩具が手に入った子供の様にはしゃぎながら、見た目に似合わない速度で接近してきた。

 飛んできた鎧の拳や蹴撃を回避しながら膝を曲げ、一呼吸し、低い体勢から斬り掛かる。


「断鉄斬!!」


 鉄を紙の様に裂く破壊力特化の剣技。

 剣先は鎧の下から上まで直撃したはすだ、が、傷一つ付いていない。


「硬い――!」


 本来なら一呼吸置き数秒の瞑想を行ってから放つ剣技だ、今のは不完全な『断鉄斬』――それにしたって掠り跡すら付かないのはあまりに硬すぎる。


「無駄だってんだよぉ!!」


 そう叫びながら、黒く光る円を発生させた右手が迫る。

 危険を察知し直ぐに後退して距離を取り、またも地面が一部抉り取られていた。

 回避に徹する俺の姿に男は楽しげに笑う。


「ハハハ、見たか、コレが俺の本当の力だ! 希少魔法も、剣も何も全て効かないこの身体も、そこらの人間を超えるスピードもなぁ!!」


 自慢げにベラベラと喋る、希少魔法以外はその鎧のおかげだろうが。しかも本当に厄介なのが手に負えない。


「借り物の力でよくそんな吠えられるな」


「うっせぇ雑魚! 俺に傷一つ付けれねえ癖に!」


 中身と外側があまりにも釣り合っていない、もし中身がゲオルグやアイザック級の強者なら勝ちが見えなかった。


 そして、一つ気になる事があった……コイツは何故コレを最初から使わなかったのか。

 最強の鎧を着込んだ途端強気になれるなら、始めから着て襲いかかればいい……なのに、今になって使った。

 切り札は最後に見せたかったとかいう中二臭い理由もあり得る気がしたが……もしかしたら。


「スズキバラ、その鎧には、欠点があるな?」


「あ?」


「例えば……使用には、時間制限があるとかだ」


 あくまでただの予想、それを口にしてみた。

 すると、相手は分かりやすく、怒りを滲ませた声で反応を見せてくれた。


「――ぶっ殺す」


――――――――――


 クラウスがグレイトアーマーを着込んだスズキバラと交戦している最中、別の場所ではアンナとシャーロットが戦い、レイチェルは後方支援を行っていた。


 氷と炎、熱の水が飛び交い魔法の撃ち合いが続いている。

 背中からレイチェルが防御魔法で防ぎ、援護を行ってくれているおかげでアンナも何とか戦えている。

 しかし、双方とも魔力は残り少ない……長期戦にはならないだろう。


 アンナには気になる事があった……目の前の女の顔に見覚えがあった。どこで見たのかは思い出せなかったが……後ろのレイチェルの言葉で記憶が一致した。


「あの人、街中で指名手配の紙を貼られてる人よ」


「――!」


 言われてやっと分かった。

 指名手配されている犯罪者――その中でも、特に危険な者は遠い外国出身の人間でも貼られる。

 彼女はその一人だった。


 思い出せば、他の記憶も蘇ってくる。

 指名手配書によれば彼女の生まれは遠い国にあるルフェイト村。その村に住む人間のほとんどを殺し村を滅亡させた凶悪犯罪者。


 だが、そのルフェイト村にはある風習があった。

 昔レイチェルの魔法研究に付き合っていた時期にそれを知ってしまった……知りたくも無かった風習。


 その村では女は強力な魔法を使える存在だとして扱われてきた。

 そして、女の中でも特に魔力が高く強力な魔法を操る者は……その子孫を多く残す為に本人の意思は無視して村中の全ての男の家に連れ回されるという。

 連れ回される先でどうなるかは言うまでもない。


 思い出しただけで強い嫌悪感が湧く、反吐の出そうな風習だ。


 その村を滅ぼしたのが、彼女だった。


 その手配書を見てレイチェルが「滅んで当然でしょ」と言っていたのが印象的だった。


 それらを思い出し、アンナがシャーロットへ情が湧いてしまった。


「ねぇ、シャーロット。あなたは本当にこんな事がしたいの?」


「……はい?」


 彼女が無感情で無表情なのもきっとそれが原因だ。ただ利用されているだけなのだろうと思った。


「あんな酷い事ばかり言う人の命令に従って、本当に何とも思わないの? こんな事、あなたは本当に望んでやっているの?」


 アンナは同情と善意から必死に声を投げかけた。

 もし、強い魔法と傷ついた心を利用されているだけならば助けてあげたかった。


 ――だが、返って来たのは予想外の言葉だった。


「はい、望んでやっていますよ」


「え――」


 それまで無表情だった女は、ぎこちない笑みを微かに浮かべながらそう答えた。


「それと、酷い事ばかり言う人というのは……スズキバラ様の事ですか? 私は望んで彼の命令に従っています」


 まさか、そんなバカなと思ってしまった。

 アンナから見てもあの男には従いたいと思わせる人間性も何も感じられなかった。洗脳や、弱味を握られているのかと疑念が過った。

 だが、違った。


 彼女は微かに顔を赤らめて……一瞬だけ見せた。

 恋する乙女の様な顔を見せた。


「あの人は……私を、人間として見てくれているんです」


「……? あれが、あんな酷い扱いが? 暴言吐かれて、上から目線で命令されて……」


「えぇ、分かっていますよ、それくらい。私は彼に嫌われて、雑に扱われています」


「じゃあ……なんで……」


 そこから、彼女の、シャーロットの言葉は止まらなかった。


「私は長い間、ずっと、人間として扱われませんでした。村に居る人間はみんな私を魔法を使う道具か、欲を満たす道具くらいにしか見ていなかった。人として見てくれる人間は居ませんでした」


「やがて村を滅ぼして、アイザック様に拾われて、ダイシキョウ様と出会いました……ですが、二人も表面上は傷に寄り添う優しい言葉を吐くだけで、それらは私を道具として利用するための嘘だと分かりました。私の母や父と同じだったからです」


「でも……あの人は違いました。スズキバラ様は、私を嫌いと言いました。『お前みたいな人間は嫌いだ』と、嘘の無い言葉で、私を『人間』だと言ってくれました」


「それが嫌悪から来る言葉でもいいんです……私は彼の言葉に救われたのです。私は道具でなく『人間』で居ていいんだと、思えたんです」


「彼に恩を返すためなら、私は嫌われたままでもいいんです」


 止まらない、愛情の籠もった言葉に、アンナもレイチェルも絶句した。

 そして分かった……彼女は、本気で、心の底からスズキバラに心酔していると。

 彼女の強固な意思は何があろうと、変わることは無い。


「彼の望む世界の為なら私は何でもやります。――私は絶対に、あの人を裏切りません」


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