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二十話 凍てつく戦場



 目の前に現れた、赤いロングコートを着た日本人の男。年齢は二十代後半くらい。

 見た覚えは無い、知らない人物だ。

 だが、その男は俺を見て悪意に溢れた目で笑い、名を呼んできた。


「誰だ、お前は……」


「俺はスズキバラ・カズユキ。俺は、お前が嫌いだ」


「……いきなりだな」


 スズキバラと名乗った直後に間髪入れず放たれた「お前が嫌い」という言葉。

  知らない初対面の人間に対してあんな敵意に満ちた目を向けるとは思えないし、いきなり嫌いと言われるのも意味が分からない。


 もしかすると俺が覚えていないだけで、どこかで出会ったのだろうか。


「まさか、元魔王軍のメンバー……か?」


 見覚えは無いが、魔王軍と戦っていたのは俺達だけじゃない。面識は無くても、魔王軍を滅ぼす中心となっていた俺に敵意を抱いても不思議ではない。


「っはあぁぁぁ……っ」


 その問いに対し日本人の男は人の神経を逆撫でする、ありとあらゆるものへの呪詛を詰め込んだ様な大きく長い溜息を吐いた。

 なんて癇に触る態度だ。

 若い頃ならブチ切れて怒鳴ったかもしれないが今は俺もいい大人だ。冷静に、続く言葉へ耳を傾けよう。


「お前バカか? 魔王軍なんかのメンバーなわけ無いだろ? あんな頭悪い亜人のグズ共と俺を一緒にするなよクソが」


「……何なんだお前は」


 違うなら違うで別にいいが、何が逆鱗に触れたのか凄い勢いで怒りまくし立てて来る。

 予想外の激しい反応に呆気にとられていると男はどんどんと喋り続ける。


「何なんだって、お前こそ何なんだよクラウス」


「あ……?」


「日本人の転生者、強力な魔法と剣技を持ち合わせ、世界を救った英雄でチヤホヤされて、こんな立派な庭、立派な屋敷に住んでよぉ……」


「おい待て、何でそこまで俺を敵視するんだ。俺はお前なんか知らな……」


「その上、今じゃ二人の女を嫁にして娘二人にもチヤホヤされて平和に幸せ三昧ってかぁ、こんクソがぁっ!」


「――――」


 何を言っているんだ。

 急にブチ切れて怒鳴り始めて、本当に何を言っているんだこいつは。


 アンナと父も理解不能なモノを見ている目をしている。シズクはいつも以上に無表情になっていた。

 一体何がここまでこの男の憎悪を掻き立てるのか……聞く耳持たず斬り掛かってもいい気がして来た。


 そして嫁や娘は話題に出して、息子と父母は話題に出さない辺りにコイツの歪んだ思考回路を感じるが……まあそれはいい。


 もしかしたら俺が過去に、無自覚に不幸にしてしまった人間……という可能性もある。

 だとしたら俺にも反省するべき点があるかもしれないし、そこを無視するのは良くないと思う。

 もう少しだけ対話を試みよう。


「俺は、過去に、お前に何かしたのか? ちゃんと話してくれ。俺に落ち度があるのなら、そのことは謝罪しよう」


 その言葉に対し男は再度、大きな溜息を吐いた。相変わらず神経を逆撫でする耳障りな溜息。

 それを堪え続きに耳を傾ける。


「俺とお前は初対面だよ、噂には聞いてたけどお前の顔を見たのも今日が初めてだ」


「……は? なら、何でそこまで……俺に敵意を……」


「だからさっき言っただろ?」


 呆れた様な目でこちらを見ながら、先刻の俺に対する呪詛を再開した。


「日本人の転生者で、強力な魔法と剣技、魔王を倒し世界を救った英雄、立派な庭付きの屋敷に住んで、周りに尊敬されながら平和に暮らしてぇ!」


 そして、大きな憎悪を乗せた声で叫んだ。


「その上、複数の女に囲まれチヤホヤされながら生きてんだろうが!! その全てが嫌いだってんだよ!! その全てを俺に謝罪しろクソがぁ!!」


「お、お前……正気か……?」


 まさかの回答、あまりにもふざけた敵意の理由に言葉が出ない。


 実際に見たこともない相手に、人から聞いた話だけで、ここまで憎悪が持てる人間がいるのか。


 いや、駄目だ。相手のペースに乗せられては駄目だ、落ち着こう。

 おそらく、アイザックとは別方向で好きに喋らせてはいけないタイプ。流されてはいけない。


「――クラウス。アレはマトモに話しても意味のない相手の様だ」


「そうみたいだな、父さん。アンナも、もう様子見はいい」


「うん」


 俺は、自分が過去に何の罪も犯していない聖人とも失敗ややらかしの無い完璧超人だとも思っていない。

 それどころか罪も失敗もやらかしも多くある、罪悪感や後悔をたくさん抱える人生だった。


 だから、彼ももしかしたら俺との間に何かあったのではと思い対話を試みたのだが……結果は、ただの拗らせた逆恨み。

 ならばもう配慮など一つもする気は無い。


 家族を守る事だけを考える……家族の安全を害する敵は、排除する。


「イラプション」


 俺の意思を察したアンナが、先制で攻撃を仕掛ける。


 彼女の声と共に、眼前の敵集団――計八名の足元に全員を囲む大きな赤い魔法陣が出現した。

 それを見た紫髪の女は顔色一つ変えず即座に対応する。


「アイスフィールド」


 一瞬にして赤い円陣の上に氷のフィールドを広げ上から覆い被せる。その後、華奢な体型とは似つかない速度でスズキバラの身体を抱えながら陣の外へと飛び出した。


「おい! テメェいきなり逃げる気かよクソが!!」


「違います。それより六体に命令を――」


 紫髪の女の行動にケチをつける男の声がした直後、陣の上に大きな炎の爆発が起きた。

 余波の熱風が顔にかかる。芝生や植木に巻き込まれ焼け飛んでしまった部分があるが、今は仕方ない。庭ならまた直せる。


 そしてその噴煙に巻き込まれた六体の黒ずくめの 兵隊も全員が焼かれながら吹き飛ばされていった。

 しかし、奴等はアイザックの下で肉体も精神も鍛え上げられた精鋭だ――衣装は燃え火傷痕も見えるが、あのくらいではまだ致命傷には至らない。

 意思がほぼ欠落しており命令が無いと、反撃以外は自分から動かないのは欠点だが。


「――氷で蓋をされたせいで威力が落ちた」


「充分だ、アンナ! 一気に仕留めるぞ!」


 俺と父、シズクは剣を手に取り一斉に敵へと向かう。


「クソ、ボサッとしてんじゃねえ、動け、殺せ人形ども!」


 スズキバラの指示に従い六体の黒ずくめの兵隊が動き出した。

 そして自分を助けた紫髪の女に礼も言わず上から目線の命令を下す。


「シャーロット! トロトロすんな、さっさと行け! あの家ごとぶち壊せ!!」


「はい。仰せのままに」


 シャーロットと呼ばれた女は嫌な顔一つせず指示に従い魔法を放つ。

 真っ直ぐ一本に伸びる巨大な氷の波だ。その軌道の先にあるのは家の玄関。本当に命令通り破壊する気だ。


「父さん、シズク、兵隊を頼む!」


 二人に指示を出し、俺はアンナと共に女を迎え撃つ。


「クラウス、あの魔法の中に違う魔法も一つ隠されてるよ」


「了解した」


 剣を構え真正面から迫る氷の波へ一閃。

 消失魔法を纏った剣撃は大波を真っ二つに裂き微細な結晶の粒へと変化させ掻き消す。

 その後、氷波の中から計十発の氷の大棘がミサイルの様に飛び出し――アンナの放つ炎魔法が迎え撃つ。


「ハイ・ファイアボール」


 アンナの周囲に生成された十発の火の玉が全ての氷の大棘を捕捉し衝突。

 爆炎を起こし撃ち落とした。


 ――が、氷魔法の連撃は止まらない。


 魔力感知に疎い俺でも分かる程の大規模な魔力の高まりを感じた。次の魔法を撃つまでの間隔が短すぎる、どんな訓練を受けてきたんだ。


『消失魔法』はまだ使えない。アンナも大規模な魔法を迎え撃つ程の一撃を放つのはあと数秒はかかるだろう。

 ならば。


「裂空」


 剣士など接近戦を行う人間は体内の魔力を身体や武器に流しながら戦うのが主流だ。

 これは武器に流していた魔力を刃の形を保ったまま射出する技。

 空を裂き飛ぶ斬撃が女の胴体へと直撃する。


 女を斬るのは好きじゃないが、家族の安全と天秤に掛けるなら躊躇など一切しない―― 


「――ッ!?」


 しかし。直撃したはずが、相手からは出血も表情や動きの変化も見られなかった。


 白いローブは裂いたがその下の肉体に傷は与えられなかったらしい、おそらく何らかの魔法や効果が付与された特殊なローブだ。


 そして女は顔色一つ変えないまま、大規模な氷魔法を撃つ。


「オーバーフリーズ」


 肌を刺すような冷気が一帯を支配し、女を中心にして周囲のありとあらゆるものが凍りつき、侵食されていき、氷の世界へと変化していく。


「ぅっ……ゴホッ!」


 急激に冷えた空気を吸い込み反射的に咳き込んだ。集中が乱れ溜めていた魔力が霧散してしまった。

 更に冷気のかかった屋敷や芝生、植木、門壁、そして魔法の射程範囲内に居た俺の身体も手指や鼻の先から凍りついていく。


 同様の現象はアンナにも父にもシズクにも同様に起こった。


 しかし、スズキバラと六体の黒ずくめの兵隊は広がる凍結に巻き込まれていない――神業の様な細かい魔法操作。


 完全に凍結する前に動けば氷は破れるが、破れた上からまた新たに氷が張っていく。

 動けなくなる事は無くとも動きは鈍る、そのうえ漂う冷気を吸い込む事による苦しさも同時に襲いかかる。

 父ほどの強者でも、強烈な冷気による気管支への刺激には抗えない。


 その僅かな遅れを突き、六体の黒ずくめの兵隊が魔法を放ち、火の玉、水流、雷撃、石弾が全員へ襲いかかる。


「ぐぁっ!?」


 雷撃を受け、全身に激しい熱と痛みが走り、一瞬頭が真っ白になり、痺れが生じる。

 魔法で発生する雷は自然現象の雷とは少し性質が異なり、直撃しても致命傷までには至らない、が、このどうにもならない苦痛はやはり何度受けても慣れない。


 父は迫る石弾を苦しげな表情のまま剣を振るい切り払い、そこから続けて接近してくる犬の亜人の剣撃をギリギリとところで火花を散らしながら打ち返す。

 更に背後から豚の亜人が振り下ろす斧を肩に掠りながら回避し、反撃と同時に相手の横腹を深く斬りつけた。


 シズクは咳き込みながら火の玉を刀で防ぎ、魔力を集中させ無防備だったアンナは水流の直撃を受けてしまった。


「あぅっ!」


 アンナは弱くない、あの一撃くらいなら大丈夫だ。

 そう頭では分かっていても、咄嗟に盾になり彼女を守ろうとした足は、痺れて動かなかった。

 悔しさに歯噛みしかけた時、目の前に突如赤いコートの男スズキバラが現れた。


「死ねぇっ!!」


 その右手には黒く光る円が発生しており、それを思い切り振るって来た。

 痺れが落ち着いた俺は振るわれた右手を避け、左脚に痛みが生じた。

 視線を足元へ向ける――すると、左脚の表面が一部薄く削り取られていて、更にその足元の芝生と地面が深く抉り取られていた。


「なんだこれ……っ」


 何が起きたのか分からなかった見たことの無い現象――おそらくこの日本人が持つ希少魔法。


「チクショウ、動けない時にぶっ殺そうと思ったのに!!」


「なんだコイツ……っ」


 後ろから偉ぶるだけで何もしないと思ったら、相手が動けない隙を狙っていたとは、卑怯者にも程がある。

 そして男は再び姿を消しシャーロットの背後へ瞬間的に移動していた。


 あんな小物に悪態をついている場合ではない、冷気と凍結の広がりが止まらない上に六体の黒い兵隊もしぶとく厄介。

『消失魔法』を使用するタイミングがなかなか生まれない。

 このままでは――


 どんどんと相手側が優勢になり焦りが胸中を支配し始めた時。

 場に大きな変化が訪れた。


「あ!? 何だコリャ!?」


 ハヤシバラは地面を見ながら騒ぎ、シャーロットも無表情のまま地へ視線を降ろす――グランヘルム家敷地内全域を覆う巨大な魔法陣が現れたのだ。


 そして、屋敷二階のバルコニーから元気な声が響き渡る。


「皆! 待たせたわね!」


 レイチェルだ。

 彼女はバルコニーに立ちながら庭を見下ろし、その目の前には紙に書かれた魔法陣が浮いている。


 俺達家族には、彼女が何をしようとしているのか分かっている。


「アイツは情報通りなら弱いやつだ、どうせ何もできねえ、無視して厄介な奴等から殺せ!」


 そのハヤシバラの台詞に対しシャーロットは振り返り何かを伝えようとした――だが、もう遅い。準備は既に完了したあとだ。


 レイチェルは宙に浮く魔法陣の書かれた紙へ右掌を置き、ただ一言呟いた。


「氷結解除」


 この屋敷には、魔王軍を戦っていた頃から何者かの襲撃を想定し、敷地内全域を覆う巨大な魔法陣が隠されている。


 それは『魔法解除の陣』


 これには二つの魔法陣――対象を囲うものと魔力を注入させるものが必要だ。

 そして魔力注入の魔法陣は対象の魔法の属性に応じて書き換えなければならない。

 普通ならば三十分から一時間はかかるそれを……レイチェルは十分足らずで書ける。


 ――敷地内に侵食していた全ての氷と俺達を蝕んでいた冷気は全て、一瞬にして無に帰した。


 魔法解除が出来るのは一日に魔法一つに対してのみだが、その一回で充分だ。


「ありがとう、レイチェル」


「感謝する」


 父の声がした。

 父は、傷と出血を無視しながら飛びかかる三体の兵隊を回転を加えた斬撃で一斉に切り飛ばし、体勢を変え小さく呟いた。


「韋駄天」


 静かな声の直後、父の姿は消えて、俺に再び雷撃を放とうとした一体へと音速の一閃をぶつける。


「この二体は私にお任せください」


 しぶとく迫る残る二体をシズクが引き受け、二方向からの攻撃を刀で受けながら反撃していく。


 俺とアンナは、また「オーバーフリーズ」を撃たれる前に、あの女を倒す。


「イラプション」


 女の足元に出現した爆発の魔法陣。

 後退しながらそれを避け、炎の爆発が起こり、煙の立つ中で女は氷魔法を撃つ。


「アイシクル・ブレード」


 氷の剣を生成、計四本の刃が軌道を変えながら飛んで俺とアンナを狙う。

 が、俺はそれを無視して真っ直ぐ走り出す。


 アンナなら全て撃ち落としてくれると信じているからだ。


「――ッ!」


 四本の氷の刃は軌道を変えて全てが俺の頭と背中と心臓を狙い集中的に飛んできた。


「ファイア・アロー」


 だが、アンナの精密な魔法操作によって動かされる四本の火の矢は正確に、直撃寸前に全ての氷の刃を撃ち落としてくれた。


 続けて放たれた氷の波を剣技『海斬り』で一閃――左右に二つに割れ進行を続けようとする波をアンナは二発の炎魔法で真正面からぶつけて食い止める。


 ずっと女から目を離さなかった、偽物には入れ替わっていない。


 そして足元の地面から氷柱が伸び踵を掠る。痛みを堪えながら『消失魔法』を纏わせた剣を地面へ突き刺し、広範囲に広がりかけた氷柱の魔法を掻き消した。


「――っ!」


 剣を抜くと同時に、地を削りながら女へ剣技を放つ。


「地走」


 振り上げられた刃から地面を斬りつけながら走る斬撃が放たれ、避けようとした女の左肩に衝突する。


 裂空より射程は劣るが威力は高い一撃。

 その衝撃に女はローブが裂け出血しながら無言のまま身体をふっ飛ばされていった。


「な、な、なんだよぉぉっ!?」


 そんな中、ただ見ていただけの男の情けない叫び声が虚しく響いていた。


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