十八話 帰還
私達四人は満身創痍の身体を引きずりながら森を出る。
もしかしたらまだ何かあるかもしれないと警戒していたが、衛兵達は慌ただしいが少し前よりは顔に落ち着きがあり、住民達もチラホラと顔を見せていた。
ローランドが同僚に話を聞いてみると、都市中で多発的に起きた事件は沈静化したらしい。
アイザックについて尋ねると、「そんな男は見覚えがない」と返ってきた。
道中、グランヘルム家と知り合いらしい家族から声を掛けられた。
あまりに疲弊した姿を心配し馬車を貸してくれて、それに乗り家まで向かうことにした。
ローランドもグランヘルム家の様子に少し不安を感じているのか「念の為についていく」と同行した。
街の中はまだ物々しい雰囲気ではあるが、争い事の類は起きていないようだ。本当に、騒動は終結したらしい。
しかし私が創り出した場違いな東京タワーの姿はまだ残っていた。
異世界の街並みの景色からは完全に浮いており別の騒がしい声が聞こえるので、直ぐに消えますから大丈夫ですとだけ伝え家路を目指す。
段々と心に安心感が芽生え始め、家の皆も大丈夫だろうという気持ちになって来た。
そして街を通り抜け林道に入り、そこを抜ければグランヘルム家邸宅のある村の中へと入って行く。
村道を進んで行き、周りに人が居ない事が気になったが、それも避難指示が出ていたからだろうと――思いかけて。
異変に気が付いた。
「え」
グランヘルム家の邸宅が遠目に見えて来て――その門の前に多数の村人が群がっているのが目に入った。
その中には優しい近所のおばあちゃんとかも居た。
その村人達の様子がおかしい……顔が青ざめ、泣いている人もいた。顔を手で覆い膝を着ける人も。
嫌な、予感がした。
それはアメリアも、ミシェルも一緒だ。顔が緊張で硬くなり、嫌な想像が脳裏を駆け巡る。
馬車を動かしているローランドも、顔は見えないが動揺しているのが背中の雰囲気から分かった。
――怖い。
確かめるのが怖い。
いや、大丈夫だ。何も起きているはずがない。
だって頼れる大人達が居るんだ。クラウスが、アンナが、シュタールが居る。魔法に詳しいレイチェルだって居る。
ウィルフレッドやルシアンやカーリーの身に何か起きたわけがない。無事に済んだはずだ。
そう、あの平和な日常は、いつまでも続くものであるべきだ――
「ハジメ、ミシェル」
アメリアの声が聞こえた。
「落ちついて」
私は自分の手足が震えている事に気が付いた。呼吸もなんだか苦しい。胸が、苦しい。
ミシェルも、顔に不安を滲ませ拳を握りしめていた。
呼びかけたアメリア自身も、手が震えていた。
――まだ、分からない。確かめるまではまだ分からない。
だから落ちつけ、落ちつけ。
「――降りるぞ」
静かなローランドの呼びかけに、私達三人も馬車から降りた。
グランヘルム家の門へと近づいていく――見てみれば門の周りや前の道には傷がついていた。戦闘が、あったのだ。
村人達へ近づいて、声を掛けようとした時だ。
村人の一人が私達の存在に気付き、驚いた顔をして、門の中へと呼びかける。
「クラウスさん、アメリアちゃんとミシェルくん! アメリアちゃんとミシェルくんよ!」
気が付いた村人達も、泣きそうな、喜ぶ様な顔でこちらを見る。
――嫌な予感しか、しなかった。
呆然と立ち尽くす私達の前に、庭の方から一人の男が現れた。
数時間前に見た顔とは、別人の様な姿で――クラウスが、村人に支えられながら顔を見せた。
全身と片目が包帯だらけで、顔がやつれていて――右腕が、無くなっていた。
私は声を失った。
「父さ――!」
悲痛な顔で呼びかける子供達、アメリアとミシェルに、クラウスは心底ホッとした顔で、涙を溢しながら、声を震わせ。
「アメリア、ミシェル、無事、だったんだな……ハジメも……本当に、良かった……」
私は何と言葉を返せばいいのか分からなかった。
「父さん、その腕は……皆は!?」
「お母さん達は、ウィルフレッドとルシアンは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは――」
クラウスは、再び目を俯かせ、歯を食いしばり、悲しみと、後悔と……殺意を滲ませた声で答えた。
「みんな……居なくなってしまった……どこへ行ったのかも分からない……」
「――は?」
「『神の使い』を名乗る日本人の男に、皆、どこかへ飛ばされてしまった」
私の抱いていた希望は、呆気なく砕け散った。