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十六話 反撃の一手


 騒々しい気配を感じて、ここまでやって来た。するとそこにはアメリア、ミシェル、あとハジメの三人が居て――

 不気味な雰囲気を放つ全身黒い道化の仮面の男と対峙していた。


 遠目で見ても、ソイツは只者じゃないと察した、正直足が竦みかけた。

 だが、聞こえた。

 仮面の男が、アメリアの心を踏みにじる言葉を吐いていたのが。

 それからは身体が、勝手に動いた――


「僕をぶっ殺すって? ハハッ、威勢は良いね」


「ライトニングセイバー」


 電流を纏いバチバチと光る剣、雷鳴と共に放たれた一閃はアイザックの持つ短剣の刃を圧し折りながら胴体ごと薙ぎ払う。


 そのまま仮面の男は数メートル吹き飛ばされ――


「いや、自分から後ろに跳んでダメージを抑えたのか」


 胴体から出血しながら着地する相手の状態をうかがう。

 本音ではアメリアが心配だが、目を逸らした間に何をしてくるか分からない。


 『ライトニングセイバー』は現在使える技の最高威力の一撃だ。

 反射的に後退しダメージを軽減させていたとしても、今のは充分に深手を与えられる距離だった。いや、実際に深手は与えたはずだ。

 だが――


「凄い凄い! まだ若い衛兵が僕の身体にこんな傷を負わせるなんて!」


 その男の身体は既に傷口の再生を始めていた。


「何なんだコイツ……!」


 こんな再生速度を持つのは蜥蜴人族の更に一部の少数民族のみだ。だがこの男は外見は細身――図体の大きな蜥蜴人族とは一致しない。


「ビックリしたぁ? 君の剣ごときじゃ僕の命は――」


 そう喋りかけたところで横からもう一つの影が仮面の男へ詰め寄る。


「アイザック!!」


 ミシェルだ、両手に障壁を纏い仮面の男に殴りかかった。

 その姿を見てアイザックは地を蹴り跳ねながら距離を取り拳撃を回避。


「おいおいおいおい、致死性は無いけどしばらく動けない毒だぜぇ?」


「お前の使う毒の種類は父さんと母さんから前に聞いた。種類がわかれば治癒魔法で治せる」


「確かにそうだね、それは僕が失念していたよ!」


「姉さんに余計な事べらべらべらべら喋りやがって、絶対許さねえからな」


「ハハハッ!」


 仮面の男は楽しげに笑う。

 ミシェルの口ぶりからしてあの男はクラウス達が昔戦った男か。


「ミシェル、アイツは……」


「……ローランドさん。アイツは元魔王軍大幹部アイザックだ」


「大幹部だと」


 まさかそんな男と遭遇してしまうとは……。それを聞いたからといって引く気は無いが、命を捨てる覚悟も必要そうだ。


 仮面の男と視線が合う横で、ミシェルの言葉が続く。


「亜人のなかでも珍しい特異体質持ち。先祖代々まで遡り、自信の身に受け継がれ眠っている亜人の遺伝子の特性を引き出せる体質……らしい」


――――――――――


 デコピンされふっ飛ばされて石畳を転がり腕や脚を擦りむいて額もジンジンと痛い……だが私はアメリアの状態の方が心配だった。

 ローランドが駆けつけてくれて、身体が動くようになって、ミシェルも動いたのを見届け、アメリアに駆けよる。


「アメリア!」


 明らかに顔色が悪くなり過呼吸を起こしかけている様な顔だった。

 彼女は弱々しい目でこちらを向き、震える声で私の名を呼んだ。


「ハジメ……私……」


 彼女の顔は……罪悪感だ。

 私にずっと隠していたのを気にしているのだろうか、学校を辞めた理由が心を壊したからだとか、英雄の娘という重圧が辛かったとか。


 そんな事気にしてないのに。


 むしろ、私の方こそ彼女の事をよく知りもしないで内心で過剰評価しすぎてしまっていた。


 私は彼女の隣に立ち、普段通りのノリで話しかける。


「大丈夫、私はあんな見た目からして陰気臭い仮面野郎の言葉でアメリアを見る目は変わらないよ」


「……でも、言ってた事は……本当で……」


「だから何? 辛くて苦しい事から離れるって何もおかしい事じゃないと思うけど」


「……」


「私は英雄の娘だから友達になりたかったんじゃない。アメリアだから友達になりたかったの」


「ハジメ……」


「人を肩書きや表面上の情報でしか見ない人間の言葉や視線なんか気にする価値なし! 生き方なんて人の自由!」


 アメリアをかっこいいなと思った事は何回もあるが、それは彼女自身の性格や人間性によるものだ。

 英雄の娘だからではない。


 むしろ、学校行きたくない気持ち分かる〜と同調したい。私と彼女では事情が違うので言わないが。


「……うん、私ったら、お父さんとお母さんにも、気にせず自由に生きたらいいって言われてたのにね……。ごめんねハジメ」


「謝るとこじゃないでしょ」


「そうだね……ありがとう」


 アメリアは少しだけホッとした表情になり、顔を上げる。


 正面では、ローランドとミシェルが二人がかりでアイザックに挑んでいる。

 二人からの電撃を組み合わせた剣技と防御魔法を纏った拳が襲いかかるも、アイザックはわざとらしく「怖い怖い」と溢しながら回避していく。

 どこまでも人を食った様な態度の男だ。


 ローランドの左手から放たれた電流の一撃を跳躍しながら中空に移動した男へ、続けて右手に握られた剣を振るい三日月状の電撃を飛ばす。


 アイザックは空中を足場の様に蹴りつけ、弾道ミサイルの様な動きで三日月の電撃を回避しローランドへと突撃。

 そして直撃してしまうより先に、ミシェルがローランドの前に現れ盾となり突撃を防いだが、ガラス細工が割れる様な音が聞こえてミシェルが舌打ちする。


「クソッ、また一発で壊された!」


「一撃防いだだけでも立派さ!」


 アイザックの左脚から繰り出される蹴撃がローランドの剣に受け止められ、鋼同士のぶつかる様な音が聞こえた。

 脚から鳴っていい音じゃない。

 そして、ローランドの背後から新たな影が現れ、赤と緑の光が混じる手の平を向けた。


「ヒート・ブラスト」


 そこから放たれた熱風がアイザックの身体を吹き飛ばし衣装をチリチリと焦がしていく。

 地面を転がりながらすぐさま立ち上がり、その魔法を放ったアメリアへ意識を向け。


「おやおやおや、早い立ち直りだねアメリアちゃん。もう気にしてないの? それ人として冷たくない? 痛みや悲しむ心無くなっちゃったのかい?」


 またアメリアを煽り続けようとする陰湿仮面野郎。言い返してやろうかと思ったが、当の彼女はそんな言葉には耳を傾けずミシェルとローランドに意識を向ける。


「取り乱しちゃってごめんね、ありがとう」


「姉さん、大丈夫なのか!?」


「私だけ折れて立ち止まってるわけにはいかないよ、ミシェル。まだまだ戦える」


「無理しなくていいんだぞアメリア」


「心配してくれてありがとうローランド。けどきっと、このまま何もできない方が私は後悔するから」


「……そうか、分かった。援護頼むぞ」


「うん」


 アメリアはたぶんまだ心は傷ついて気にしている、何となくそれは分かる。

 そして、ここで何もできない方が後悔する……その気持ちも、何となく理解できた。


「もうあんな黒ずくめの不審者の言葉なんか真に受けちゃダメだよ、私達はみんなアメリアの味方だからね!」


「うん」


 元魔王軍大幹部というヤバい肩書の強敵……そして逃げ道を塞ぐ三十人の肉壁。

 状況は変わらず絶望的だ。


 でも、アメリアも先刻よりは目に力が戻って来た。

 ローランドが助けに来てくれて、ミシェルもまだまだ元気。私も一ヶ月の訓練の成果でまだまだ魔法を撃てる体力はある。


 まだ逆転の目は、希望はあるはずだと、思い始めて――

 アイザックの深い溜息が耳に入った。


「はぁ……」


「何だ、負けでも認めるか?」


 ローランドの返しには答えず、男は遠くを見つめながら言葉を続けた。


「『向こう』は結構ピンチみたいだねぇ。――もう少し遊びたかったけど、終わりにしよう」


 先程までの軽率な雰囲気とは違う、そんなアイザックの一言が聞こえた。


 その直後。


「ミシェル! 防げ!」


「え――」


 そんなローランドの声が聞こえ、ミシェルが反応しようとしたタイミングで。

 アイザックは瞬く間に彼の目と鼻の先に移動していた。


「くっ!」


「遅いよ」


 魔力の障壁を展開させ――アイザックは右腕を元の数倍の大きさに膨れ上がらせていた。


「巨人の腕」


 アイザックの呟きと共に巨大な鉄拳が放たれ、展開されていた障壁を破壊しミシェルの身体も巻き込みながら殴り飛ばしてきた。


「ミシェル!」


少年が 飛んできた方向へ反射的に私は『創造魔法』で布団の壁を作り出した。

 彼を布団でクッションの様に受け止め、地面に降りる。

 彼の顔には赤い痣が出来てしまっていた。


「ミシェル、怪我――!」


「大丈夫だ、まだ、やれる」


 痛々しい顔で鼻血を流しながらもあきらめる気はないらしい。

 しかしアイザックは一切手を緩めず行動をやめなかった。

 男は続けてローランドのすぐ眼前の懐にまで飛び込んで来ていた。


「くっ――!」


「鋼人の剣」


 男が呟いた後、青年の横腹に何かが突き刺さり背中まで貫通していた――腕だ。アイザックの、左腕。

 その手刀には血がベッタリとこべりついていた。


「ローランド!」


「ローランドさん!」


 そのあまりにも凄惨な光景にアメリアもミシェルも私も反射的に声を上げる。が、


「ミシェル、アメリアとハジメと防御魔法で守れ!」


 ローランドが指示を出した。

 唐突な光景に混乱しながらもミシェルは助けに行きたいのを堪える様な顔で「分かった」と直ぐ答え、防御魔法を発動する。


「ワイドウォール」


 言われた通りミシェルは私とアメリアと自身を魔力の障壁で覆った。


 その直後、ローランドは剣を手放し手刀が横腹を貫通したままアイザックの身体を両手で押さえつけて、魔法を発動する。


「ライトニング・フラッシュ」


 その声と共にローランドを中心に放たれたのは広範囲に広がる雷の閃光。

 防御魔法で守っていなかったら私達も巻き込まれていた規模だ。


 周囲に並ぶ三十人のうちの射程範囲に居た、防ぎきれなかった人間数人が苦鳴をあげながら倒れ、アイザックも苦痛を感じているのが声から分かった。

 ダメージが通っている。


「この――鬱陶しいなぁ」


 しかし、アイザックは魔法の直撃を受ける最中でも動き、ローランドの身体を蹴り飛ばし無理やり引き剥がした。


 私は再び布団のクッションで受け止め、ミシェルは直ぐに治癒魔法を開始し、アメリアはローランドへ声を掛けようとして―― 

 それを掻き消す様にアイザックの声がした。


「さっきの雷魔法は正直めちゃくちゃ効いたけど……結局、一番の頼みの綱のローランド君はそのザマだ。ミシェル君も治癒魔法に集中しなきゃいけないし」


「……! まだ私が戦える!」


「アメリアちゃんも分かってるでしょ。僕には勝てないって」


「――っ!」


「いいのかい、君がこれ以上抵抗したらみんなも死ぬ。君のせいで死ぬんだ。間接的な仲間殺しだよ、アメリアちゃん」


「――口車に乗るなアメリア」


「そうだ姉さん、アイツに聞く耳持つな」


「う、うん」


 アイザックの吐く言葉など認識したら駄目だ。それは私も同意する。

 ――だが、この状況……明らかに不味いのは間違いない。


 一瞬希望が見えたと思ったら、一瞬で崩された。

 というか今までのは全く本気じゃなかったという事だ……こんな奴、どうすればいいんだ。


「アメリア、諦めて僕達と来るんだ」


「――行きません」


「あ、そう」


 アメリアは意思の固い冷静な意思で答える。

 そして男の雰囲気が更にガラリと変わった――ふざけている空気がゼロになった。

 ローランドは横腹に穴が空き治療中にも関わらず、また立ち上がろうとしていた。


「――駄目だ」


 このままじゃ、勝てない。

 弱くて実戦経験皆無な私でも分かるくらい、どうしようもない状況。


 どうすればいいんだ。

 もう一度アイザックが攻撃を仕掛けてくれば、その時こそ終わる気がする。


 私にできること……そんなの無い、悔しいけど。

 たぶんあの男にはもう私の魔法で意表を突く作戦は効かない。

 ゲオルグ相手に使った自室創造も――あまり効果を期待出来る気がしない。たぶん私の戦い方も見抜かれている。


 もう、私にできることなんて、何もない。


「――私は最後まで諦めない。アイザック」


「ハハハッ、後悔するなよ、アメリアちゃん?」


 アメリアは戦う気だ、この状況で、まだ――


 ――いいのか、これで。

 私は、勝手に一人で諦めかけていたけど、本当にそれでいいのか。


『はじめ。お友達は大切にするのよ』


『一回やると決めた事は、自分が出来るとこまでやってみなさい』


 急に、元の世界の両親を思い出した。


 そうだ、諦めたら、この世界で新しくできた友達も、人の繋がりも、全部無くなる。それは、嫌だ。

 嫌だった。


「考えろ、考えろ、考えろ」


 このままただ戦っても勝ち目は無い、私でも分かる。

 でも、切り抜ける方法は何かあるはずだ――私の魔法で、何か出来ないか。


 あのアイザックの意表を突けて。

 それでいて、アイザックでも物理的に対処が難しいもの。

 この場から全員で切り抜けられるもの。


 それらを総合して伏せ持つ、都合の良いもの――そんなモノが……


「――――あった」


 頭に浮かび、思いついた。

 たぶん、作れる。友人の家に遊びに行く道中でよく目に入ったもの。

 そして私が小さい頃、強い興味を持っていたから。


 けど、不安もあった――が気にしてはいられない。


 アイザックとアメリアの戦いが始まろうとした直前に、私は大声を上げた。


「降参しまーす!!」


「え!?」


「はあ!?」


「何言ってんだお前!!」


 突如降参宣言をかます私。

 全員の注目が私に集まる。


「アイザックさん、私は降参します。なのであなた方のところに連れて行ってください」


 しかし、アイザックは仮面越しに怪訝なオーラを全開にしていた。

 そりゃそうか。


「僕は君の言葉を信用していないよ。というか今、魔力溜めてるでしょ、分かるよ。まあどうせまたしょうもないモノなんだろうけどさ」


「はは、バレバレだったかぁ〜、流石、元魔王軍大幹部のアイザック様だ」


 周りからも突然どうしたという目で見られながら私は喋り、脳裏にイメージを創り上げていく。

 私達四人が乗るように、なるべく周りの人や建造物を潰したりしない様に――ソレを創り出すイメージ。


「やってみなよ異世界人。君が魔法を撃ったタイミングで君ら全員動けなくしてやるから」


 その余裕綽々な態度のアイザックに、私は全力で悪い顔をしながら返す。


「やってみろよ」


 次の瞬間、両手が淡く光り、周囲の土地一帯に光が広がっていった。


「――なに?」


 明らかに何か異常を察したアイザックはピクリと動き出そうとした――が、光が強く、大きくなり、『ソレ』が創造される方が先だった。


「――――」


 その場に残された全員が、無言で上空を見あげていた。

 想像を絶する赤と白の巨大なモノに、ただただ呆然と、成す術なく見上げるしかなかった。


「……流石にこれは、ふざけてんだろ……」


 アイザックの、呆れと怒りの混じる声がした。




―――――――――


 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いヤバいマジでヤバい死ぬ、死ぬ、死ぬほど頭が痛い。鼻血が止まらない。呼吸が苦しい。

 身体中も重たく足が言うことを聞かない、立てない、目眩がする、吐き気がする、全ての内臓が掻き回されるような苦しみが――うっ。


「げっ……えぇ……!」


 吐き出したのは血だった。人生初めての吐血。第二波が来そうだった。

 たぶん、また同じモノを作ろうとしたら比喩なしで本当に死ぬ。

 周りから心配する声が聞こえてくるも、頭が痛すぎて言葉を返せない。


 何とか意識を保ち、よく見えない視界で下を見る――よく見えないが、成功したのは間違いない。

 私達は今、300メートル上に居る。


 ――ざまぁ、みろ


 異世界の大都市、そのド真ん中に、東京タワーが佇んでいた。


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