十五話 最悪の敵
正面には元魔王軍大幹部アイザック――そして背後から左右には三十人近くの取り囲む人間達。
その中には何人かの黒いローブを羽織った人物が混じっている。
ローランドが話していた「黒いローブの人物」とは一個人の事ではなかったらしい。
他の人間達はパッと見ただの一般人にしか見えない……が、その視線からは「絶対に逃さない」という意思を感じた。
これではグランヘルム家の大人達に助けを求めに行く事も出来ない、状況は絶望的。
アメリアも一瞬だけ恐怖の様な目を見せた――が、すぐに冷静な目つきへと戻り。
「まだ、まだ諦めちゃ駄目」
「お、おう、そうだ、俺達が、こんな事で折れるかよ!」
パニックになりかけている私と違い、アメリアとミシェルはまだ折れない。気を強く持っている……私も負けていられない。
「アハハハ! いいねいいね、そうやって健気に抗う子、僕は好きだよ! でもアメリアちゃんはまだしも、ミシェル君程度が僕に何か出来るかなぁ?」
いつまで煽りを止めない男に私はイラッとして「あんにゃろぉ……!」と反論しかけたが、当のミシェルが怒りを抑えながら真っ向から言い返した。
「悔しいけど、俺じゃお前の足元にも実力が届かない事くらいわかってる」
「おやおや、意外と冷静だったね」
「目的を話してください」
「全くもう、アメリアちゃんまで……また冷静なフリしちゃってぇ……」
フリ? フリってなんだ、私が見てきたアメリアはずっと冷静な子だった。知った風に煽りやがって。
「いいから答えてください」
「あー……まあそうだね。僕もここで時間使いすぎる訳にはいかないからね」
喋らせたらいけないとは言われていたらしいが、先刻の攻撃をほぼ無効化された事で警戒が強くなっているのだろう。
なかなか手を出せないでいる。
アメリアの問いかけにアイザックは冷静な口調になりながら答える。
「僕等の目的の一つはアメリア、君の身柄の確保だ」
「私……!?」
「はあ!?」
「姉さんを連れてってどうするつもりだ!」
何故アメリアを連れて行くんだ、だとしたら今のこれは本当に不味い状況だ。相手の目的達成目前じゃないか。
「詳しい事は連れ帰ってから説明するよ。だからさ、おとなしく投降しなよ。三十人に行く手を阻まれて、目の前には僕だ。勝てない事くらい分かるだろう? 君達姉弟ならさ」
アメリアもミシェルも一瞬言葉を失ってしまった。アイザックの言う通りだと一瞬でも思ってしまったのだろう。
だが私は、言い返した。
「いや、勝てるね!!」
敵との実力差が本当の意味で分かるほど強くも無いし何かムカついたし、空気も読めないから。
「私とアメリアとミシェルが居れば勝てる! モブみたいな敵三十人と変な仮面一人がなんだぁ!」
自分でも何言ってんだろうと思う。
アメリアもミシェルも呆気に取られた様に私を見ていた。
そしてアイザックも予想外の返答だったのか言葉が止まり、こちらを見ているのが分かった。
「いやいやいやいや、君ねぇ……分かってる? この状況。威勢が良いのは可愛いけどさ。目の前でアメリアちゃんとミシェル君の動けない姿見せてあげようか? その気になれば十秒もかからず――」
「召喚事故の犯人はたぶん私だよ」
「……ん?」
「私は一ヶ月前にこの世界に召喚された。そして、クラウスさんからは事故だって聞いてたけど……その犯人は召喚された本人である私だよ」
「待った待った、それはどういう事だい?」
最初は、誰が事故なんか起こしたんだ! と私も思っていたが……この一ヶ月で、クラウス、レイチェル、アンナとも何回かその話をしていた。
そして、召喚される前に私が取った行動を聞いて――レイチェルが気付いたのだ。
「魔法陣って紙の上に置かれたら書き換えできちゃうんだよ」
あの時、貼り付けた紙の上に現れた魔法陣を上からペンで塗りつぶした。本来はそんな簡単に書き換えられるものではないが、塗りつぶしたとなれば線の量も多くなる。
その大量の線の中のどれかが魔法陣のどこかにたまたま影響を与えて、座標がズレたのだろうと。
その時は「なんだそんな理由か」と三人の中の笑い話で済んだものだ。
だが、召喚を目的にしていた本人からすれば、とても笑い話で済まないだろう。
召喚された際の状況をアイザックに事細く説明し――
「まあつまり、魔法陣があまりに眩しくてウザいからペンで塗りつぶしたら座標変わっちゃったみたいなんだ。ごめんねっ」
ついでにウザ可愛いポーズをつけて謝罪もした。
アイザックは一瞬無言になり、そして、仮面越しでも分かる冷たい視線と不機嫌なオーラが私に突き刺さる。
「あのさぁ、異世界からの召喚って本当に手間が掛かるし、事故の影響で僕も犯人探しに色々回ったんだよ? その理由が、そんな馬鹿げた事なんて、流石に僕もさぁ……」
「うっさい! これが私の返事だ!」
右手を淡く光らせアイザックへ突き付けながら私は魔法を詠唱した。
「クリエイティブ・シビリゼーション!!」
今適当に考えた魔法名を叫びながら右手から光る円盤を射出、回転しながら飛んでいく。
アイザックは一瞬身構え、光る円盤を受け止める。それは喰らえば敵を切り裂く破壊の光輪――ではない。
ただの音楽CDだ。
「な――」
特に何も無いただの円盤である事に気付き呆気に取られた声のアイザックが直後、正面から飛んできた赤い熱風の塊に吹き飛ばされた。
「チィッ!」
「効いた!」
アイザックの舌打ちが聞こえる、熱風の塊を放ったのはアメリアだ。
吹き飛ばされた男へ追撃を掛けるようにミシェルが接近、両手に障壁を纏わせて顔面と胸部に拳撃を叩き込んだのち直ぐ後退し距離を取った。
そして、周囲の三十人が一斉に向かってくる準備を始めた――ならば私もヤケクソだ。
「えぇーい!」
三十人を迎え撃つ様に、私とアメリアとミシェルの周りに現れた計二十名の小人の兵士達――真面目に言うとただのフィギュア。
「これは私が済む異世界で警察――衛兵が操る使い魔達だ! 近づいたら見えない速さで動いて喉を一瞬で突いて全員返り討ちになって死ぬよ!」
めちゃくちゃ適当な嘘を並べ、周囲の三十人を脅す。
「どうする?」「どうせハッタリだ!」といった感じのやり取りが聞こえるが近づくのを躊躇していた。
そして、騒がしい三十人を鎮める様にアイザックが大きな声で呼びかける。
「ハイハイ、君等は余計な事しなくていいから。壁になってればいいから」
そう言いながら歩いて来るアイザックは、痛みを服がボロボロになっていて、仮面に少しヒビが入っていた。
「やっぱまだ倒せねぇか……」
「でもさっきは効いたよ、私達でも隙をつけば攻撃は通る。頑張ろうミシェル」
「おう」
再び戦う態勢に入る姉弟二人。そして、二人揃って私に「ありがとう」と目で伝えて来た。
勢い余ってやっちまったというのが本音だが、それがアメリアとミシェルの役に立ったのなら……
「あ〜あ、まさか結構いいの貰うとは思わなかったよ。この場は無傷で済ませる予定だったんだけどねぇ」
ダメージは与えたはずだが、その声にはまだまだ余裕を感じた。
ただ隙を作って攻撃してもらうだけじゃ駄目だ。何とか切り抜ける方法を考えないと――
「まあそこの日本人の戦い方は分かったよ。もう同じ手には乗らないけど」
「う……」
一瞬、アイザックと目が合った瞬間怖気が走り硬直した。今のが殺気を向けられるという奴だろうか、怖い。
「大丈夫、ハジメ。あの男はあなたを殺しはしない。せっかく召喚した人間の命をわざわざ奪うわけない」
「アメリア……」
「あと、ミシェルに命に関わる何かをしたら私は自分で自分の首を斬るよアイザック」
「姉さん、縁起でもねえこと言うなよ!」
相手はアメリアの身柄の確保が目的だ。それに対しての脅し返しだろうが、本当にやりそうなのもちょっと怖い。
それに対して男はやはり動じないどころか……舐め腐った様に笑い。
「あは、アハハハ! アメリアちゃんは凄いねえ! 冷静に努めてまさに英雄の娘だねぇ! ねえ! 本当に立派だよ! いつまで、そんな英雄の娘なんか演じてるんだい!!」
「……あ、あなたは、何を……」
その男の言い草に私はまたも腹が立った。
「アンタがアメリアの何を知ってんだよ、演じてるとか分かったみたいに適当言って――」
だが私の声は完全に無視し、アイザックは喋り続ける。
「僕は知ってるよ。君は家族や友人や周りの人の為になら、自分を押し殺し、傷ついた心を隠して、耐えて耐えて壊れるまで英雄の娘を演じれる子だって!!」
「何を、言って……!」
「あの強力な魔法の数々も、才能によるものじゃない、血の滲む努力の果てに得た物だ……心と、引き換えにね」
「何を言ってるんですか!」
「君は小さな頃から英雄の娘という重圧に耐え、周りの期待に答えるように生きてきた! 勉強も魔法も家族を支える事も人助けや善行も率先して頑張った!」
明らかに様子がおかしい。
――アメリアが、私の見覚えのある顔をしていた。
触れられたくない過去に笑いながら、嘲笑う様に触れられた顔だ。
「周りに隠し続けて――実の親や家族にもその時が来るまで分からないくらい、巧妙に傷だらけの本心を隠し続けて――」
「テメェそれ以上っ!!」
怒るミシェルが飛び出しかけて、異変に気が付いた。彼の両足が動かなくなっていた。
「な――足が、動かないっ」
よく見ると、彼の両足には異常な程に細い針が刺さっていた。
「先刻、僕に接近戦をしかけて欲張らず直ぐに後退した判断は褒めてあげるよミシェル君。まあ後退する前に僕が仕掛ける方が早かったみたいだけどね、痛みも無いから気付かなかったでしょ」
「クソ、それ以上喋るなアイザック!」
「や〜めない」
人を小馬鹿にしたような言動ばかりを繰り返す男。
私も我慢ならなかった、アメリアにあんな顔をさせたのが許せなかった。
クワを魔法で生成しアイザックに殴りかかっていた、が――
「君はバカだな」
一瞬でクワを叩き折られ、弾いた指を額に打たれて身体ごとふっ飛ばされて地面を転がる。
「い……ぁ……っ!」
苦痛に声が出せなかった。
そして冷静さを失い叫びながら魔法を撃つアメリア――赤い竜巻を浴びた男は何事もなく佇んでおり、追い討ちをかける言葉を続ける。
「アメリア。君は、重圧に耐えながら自分を押し殺し、傷を隠しながら行き過ぎた努力を続けて――やがて限界が来た」
「――」
「――君が学校辞めたのは、別に何か立派な理由があった訳じゃないよね。耐えきれなくなったんだよね。一回心が壊れちゃったから学校に行けなくなっただけだよね」
「だからもう――無理に英雄の娘なんか演じなくていいんだよ。」
「いい加減にしてぇ!」
アメリアは再び赤い竜巻を放った、が――やはり効かなかった。
「アハハハは――」
アイザックが笑い声をあげる最中――一瞬遠くから光が見え、次の瞬間、雷鳴の様な音が轟き男の背後からバチィッと光の塊がぶつかる。
「おう!?」
あれはおそらく電撃だ。
そして、電気を纏いながら一つの何かがアイザックへ突撃していき鋼と鋼のぶつかる音が聞こえた。
男の構える短剣が受け止めたのは剣――その剣を握っているのはローランドだった。
「び〜っくりしたじゃないかぁ、君ぃ」
「アメリアに何してやがった、ぶっ殺すぞ」
彼は見たことのない怒りの形相を、その顔に浮かべていた。