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十四話 最悪の遭遇


 いつもと変わらない朝、窓から見える空はよく晴れている。

 その日もいつも通り九人揃って朝食を食べた。大人達も子供達も休みで、全員が今日は家に居る。


 朝食の最中にレイチェルに『創造魔法』についての相談をする。少し前から完璧な自転車を創ろうと四苦八苦しているのだが、これがなかなか上手くいかない。


「とにかく諦めず努力あるのみよ!」


 色々とイメージの仕方や魔法の理論を聞かされたが最後は根性論。でもそれが重要なのかもしれない。

 

 いつもの様に朝食の後片付けを手伝う。ちなみに今日は朝食を作るのも少し手伝ったのだ。アンナの指導の元、野菜のスープは作れる様になった。


 後片付けの最中、アンナの「あ」という声が聞こえたので訊ねてみる。

 どうやら昨日、小麦粉を買い足すのを忘れていたらしい。

「私が買ってきますよ」と自ら買い出しを申し出た。


「いつも色々手伝ってくれてありがとうね」


 後片付けが終わり外出の身支度をしていると、 リアとミシェルにも声を掛けられた。

 二人もそれぞれ街で買いたい物があるらしい、なので一緒に出掛ける事になった。

 正直いまだに一人で外出はちょっと怖いので助かる。


 ついでにウィルフレッドとルシアンにも声を掛けてみた。


 熱心に本を読んでいるウィルフレッドと、飼い犬のヘクトールにもたれかかりながら紙に絵を描いているルシアンからそれぞれ返事が返ってくる。


「僕は昨日、欲しい本買ったから大丈夫です! 面白いですよ、後で読んでください!」


「今日は絵ー描きたい」


 それぞれ自分の好きな事に夢中になっている。趣味を楽しんで生きるのは良い事だ。


 身支度も完了し、さあ出発だと思ったところでカーリーに声を掛けられ財布を渡された。

 一番大事な物を忘れるところだった。


「忘れ物だよ、全く。気を付けな」


 ウッカリムーブをかました時、カーリーにはよく助けられている。今日もまた彼女に感謝だ。


 アメリア、ミシェルと共に、テーブルに座っているシュタールへ声を掛けて玄関へと出る。


「行ってらっしゃい。何かあったら直ぐに衛兵を呼ぶんだよ」


 彼は剣皇と呼ばれる凄腕の剣士だと聞いたが、やはり普段の日常での姿は普通のおじいちゃんだ。


 彼に見送られて家の外に出ると、庭で植木の剪定をしているクラウスが目に入る。彼は庭木の手入れが好きらしい。

 綺麗に剪定されていて腕も良い様だ。


「おう、三人で外出か。気をつけてな、あんま遠くまで寄り道はするなよ」


 クラウスとも挨拶を交わし、私とアメリアとミシェルは街へと繰り出して行ったのだった。




 ――街の中もいつも通りだった。


 活気があって、様々な種族の人々が行き交う一見平穏な街。

 しかし最近また小さい事件が毎日の様に起きているらしい……私の周りでは起きていないのであまり実感は無いが。


「先ずは小麦粉から買いに行こうか?」


「そうだね、確かお店近いし……アメリアとミシェルは何が欲しいの?」


「そろそろ季節の変わり目だから新しい服買おうかなって」


「俺は頑丈な靴を買いたい。格闘戦の訓練し始めてからボロボロになってきたし」


「……私もそろそろ自分の服と靴買った方がいいかなぁ……借り物だし……」


「気にしなくていいのに」


「まあでも、借り物じゃなくて自分のが欲しいのは分かるよ」


 三人で雑談を交わしながら小麦粉の置いてある店を目指す……その道中だった。


 それまでの平穏な空気を破るような複数人の悲鳴が聞こえた。


「キャアーーッ!」


 私はビクッとなりただ立ち止まり悲鳴のした方向を見ることしか出来なかった。

 視線を向けた先には何から必死に逃げる民衆の姿。怪我をしたらしく背負われている人も居た。

 何に逃げているのか、その答えは直ぐに現れた。


「ブォォオオォーー!!」


 雄叫びを上げる一匹の針鼠みたいな獣――民家の一階分くらいの巨体を持つ、刺々した体毛の生えた怪物が現れていた。


「何あれ!?」


「魔獣……!」


 私の疑問と同時にアメリアが答えを口にする。

 魔獣と言われてルシアンの授業の事が脳裏に浮かぶが、たぶん今回現れた個体は害の無い存在ではないと周囲の雰囲気から察した。


「何でこんな街のド真ん中に、そもそもどうやってあんな巨体が急に現れたんだ!?」


 ミシェルの疑問は最もだ、あんな目立つ巨体が街の中に居たらもっと前から騒ぎになっているだろう。

 なのに、周りが騒ぎ始めたのはつい今さっきだ。違和感しかない、何かおかしい。


「けど、今は気にしてる場合じゃないよミシェル。ハジメは近づかないで!」


「う、うん!」


 こういう時、守られる対象になってしまうのが私。

 仕方ない事だとは頭でわかってはいるが……何も出来ないのはもどかしい。


 そんな私の思いは置いてけぼりに、魔獣との交戦が始まる。


 無風の街中、アメリアの服とスカートが風に当てられた様になびき、魔法で全身に風を纏ったのか分かった。

 そして地を蹴り、風を纏いながら凄まじい速度で突撃していく。

 ミシェルも走り出し、怪我が大きい人や出血している人に優先的に治癒魔法を行う。


 私もせめて出来ることをしようと怪我の小さい人に包帯や絆創膏を生成して応急処置をした。

 何かあった時の為にと軽い応急処置の仕方は以前クラウスから教わっていたのだ。

 魔法で作られたものなので一時間ほどで消える事も伝えておく。


 瞬く間に魔獣へ距離を詰めたアメリアは巨体の足元へ手を向けて突風の衝撃波を地面に起こし体勢を崩させた。

 そして魔獣が再び立ち上がる前に、両手に赤と緑の光を発生させ前方にかざす。


「ヒート・トルネード!」


 赤い熱風の竜巻に巻き上げられる魔獣、苦鳴を上げており効いていそうだが。

 アメリアは何かに気が付いた様に目を見開き背後の弟に向かい叫ぶ。


「――ミシェル! 皆を守って!」


 その直後、魔獣は竜巻の中で丸まり巨大な棘ボールの様な形態へと変化する――そして回転し始め、竜巻を突き破りながら高速で突撃してきた。

 その狙いはアメリアの背後に居る逃げる民衆達だ。


 怪我人の治療を終えたミシェルは民衆を背後に、回転しながら迫り来る棘だらけの魔獣へと立ち向かう。


「ワイドウォール!」


 魔力の障壁を発生させ、回転しながらぶつかる巨体を防ぎ跳ね返す。それと同時にガラス細工の砕けた様な音が聞こえ、ミシェルが舌打ちする。


「くそっ、一撃で壊された!」


 跳ね返されたものの、魔獣はまだ勢いが止まらない。そのまま回転を続け、今度はアメリアを狙い突撃した。


「姉さん!」


「大丈夫!」


 ミシェルの呼びかけに応えながら体当たりを回避し、魔獣の身体は整備された石畳の上へと衝突し粉砕。

 そのまま石畳の表面を削りながら再びアメリアへ突撃する。


「ハイ・フレイム・バーン!」


 手を地に着けながら詠唱し、地面から火の爆発と火柱を起こして魔獣を吹き飛ばし突進を妨害する。

 魔獣の棘ボール形態が解け、更にそこへ両手に障壁を纏わせたミシェルが飛び込んだ。


「おぉぉっ!」


 棘の生えていない顔面、胸部から腹部へ幾度もの拳撃を反撃を許さない速度で叩き込んで行き、最後は回転を加えた蹴撃で突き飛ばす。

 

「トドメ!」


 そしてミシェルに並び、アメリアの右手から放たれる炎が火柱を起こし、針鼠の魔獣を全身まで焼き焦がした。


 そのまま巨体は石畳の上へと微かに地を揺らしながら倒れ込む――少しピクピクと動いた後、全く動かなくなった。

 どうやら、息絶えたらしい。


「みんな、怪我はない?」


「うん」


 一番前線で戦っていたアメリアから聞かれて、ミシェルも私も「怪我はない」と答える。


 それにしても、前線で戦うより住民達のサポートを即座に選んだミシェルといい、前線に立ち割と脳筋な戦いを見せたアメリアといい、普段見慣れている姿とのギャップが凄い。


 その後すぐに五人の衛兵が駆けつけてきて、魔獣を討伐した礼を伝えられた。

 話を聞いてみると、都市の全体で事件や魔獣の発生が同時多発的に起きているらしい。


「君達も長居は危険だ、早く家に帰りなさい」


 衛兵達はそう告げ、住民の避難を促しながら別の場所へと移動していった。


「……流石にこの状況じゃ店もやらないだろうし、衛兵さんの言う通り帰った方がいいよね」


 私の問いかけに二人も首肯し答える。


「そうだね。先ずは家族にも伝えた方がいいと思う」


「都市全体で発生してる事も気になるけど、勝手に動いて衛兵さんに迷惑かけても悪いしな」


 買い物をできる状況ではなくなり、三人は家まで帰る事にした。

 衛兵が住民を移動させた為、現在は街の中は私達以外はほぼ誰も出歩いていないまるでゴーストタウンの様な姿になった。

 先刻までの活気に溢れていた場所とは別世界の様だ。


 ――いや、何か静か過ぎないか?

 家の中への避難指示が出たとはいえ、ここまで全く人の気配がなくなる事ってあるか?


「ねぇ……なんか……」


「うん、流石に静か過ぎるね」


「家の中からすら人の気配感じないぞ」


 明らかに何か様子がおかしい……と、思い始めたところで。

 背後から足音と男の声が聞こえた。


「あーれれ〜? おっかしいな〜、アメリアちゃんは普段まだ家に居る時間だって聞いてたんだけどな〜?」


 場の空気にそぐわない、人を小馬鹿にしたような軽い口調で何者かが現れる。

 振り返った先に立っていたのは、黒い衣装、黒い手袋を身に纏い道化の仮面を被った男だった。


 怪しさしか感じない風貌、仮面越しでも分かるニタニタしていそうな雰囲気。

 私の人間不信センサーが真っ赤に警告音を鳴らしていた。


「……あなたは誰ですか」


 アメリアが先頭に立ち、仮面の男へ冷静な声で問いかける。

 あの男はアメリアの名を知っていた、しかもこの状況で突然現れて――無視など出来ないだろう。


 しかし、仮面の男はその質問を無視し続けてミシェルに視線を向けた。


「お、君は年齢的に長男君かな? 長男の名前はミシェル君だっけ?」


「テメッ、ほんと誰だよ! 姉ちゃんの質問に答えろよ!」


 戸惑うミシェルの返答も受け流し、続けて私と目が合った。こっち見るな。

 そして、「ん〜?」と何か考えるような仕草を見せて。


「君、異世界人……日本人だよねぇ? いつこの世界に来たの?」


 どうやら私が日本人である事が気になったらしい。

 だが、私の人間不信センサーはこの男に個人情報を教えたらいけないと告げている。気がする。

 個人情報なんて教えようものならたちまち詐欺や犯罪に利用されそうだ。


「私はシロガネ・アッカーマン。この世界の人間です」


「んー、めちゃくちゃ嘘つくねぇ、キミィ」


 嘘なのはバレバレ、そりゃそうか。日本人を知ってるなら見た目でバレるか。


「まぁ名前はいいや。それより〜、いつこの世界に来たの? まさか一ヶ月前?」


 うわ、一ヶ月前ってモロに私が召喚された日じゃん。正直に話したらダメだ、絶対怪しい。


「二年前です。調査兵団に所属し魔王と七崩賢を討ち取りました」


「何言ってんだキミィ、訳分からんことばかりさっきから。ふざけてんのかい? 僕とおふざけバトルするかい? コノコノォ」


「しません」

 

「しようよしようよ、一緒におふざけバトルしようぜい。じゃあ、お題は『昨日の晩御飯』!」


「しませんって!」


 全力で嘘を吐きふざけた発言をすることで相手の調子を狂わせる作戦をしようと思ったら、向こうがそれを利用し返してこちらの調子を狂わせて来た。

 何なんだコイツ。


 そして痺れを切らしたミシェルが大声で叫ぶ。


「アンタいい加減にしろよ、何なんだよ、誰だ!」


 しかし仮面に男は人を食った様な音色で「誰なんだろうね〜?」と返す。

 そして、飛びかかろうとしたミシェルを、アメリアが手で制し――変わらず冷静な顔を仮面の男へ向けながら再度同じ言葉を口にした。


「あなたは誰ですか?」


 その彼女の一切崩れない姿に仮面の男は「アハハハ!」と嬉しげに笑い。


「凄いね、流石は英雄の娘……いや、クラウスより立派だね、かっこいいよアメリアちゃん!」


「あなたは誰ですか?」


 流される事なく同じ質問を続ける。

 仮面の男は「はいはい」と観念した様に息を吐きいったん落ち着いて、姿勢を正し、答えた。


「元魔王軍大幹部……今は『神の使い』幹部の一人、アイザックだ。アメリア、君を」


 アイザックと名乗る男が喋る最中、アメリアは話し終わるのを待たずに仮面の男へ大きな赤い竜巻『ヒート・トルネード』を放っていた。


「ええっ!?」


「姉さんいきなり過ぎねえ!?」


「アイザックは遭遇したら喋らせる前に直ぐ攻撃した方がいいって聞いた」


 私とミシェルのツッコミにも冷静に返してくる。

 戦闘中のアメリアはなんというか普段の温厚な姿とは正反対だ。頼りになるが。


 赤い竜巻を受けた仮面の男アイザック、魔獣も巻き上げ痛めつける程の威力だ。

 防御する暇もなく直撃を受ければ多大なダメージを……


「お〜、凄い凄い。炎魔法と風魔法を合わせた奴だね。洗濯物を乾かすのに丁度良さそうな熱風だ」


「な――!?」


 男は、吹き飛ばされもせず竜巻の中心で、服をなびかせながら平然と佇んでいた。


「うっ、そ、でしょ……っ」


「姉さんの魔法が効いてねぇ!?」


 私とミシェルの絶望的な反応に男は笑いながら答える。


「心配しなくてもアメリアちゃんが弱いんじゃないよ〜。僕の『切り替え』の方が早かっただけだよん」


 『切り替え』……切り替えってなんだ。

 いや、今はそれよりも。


「アメリア、これ、逃げた方がいいんじゃ」


「……アイザックに背中を見せたら何をされるか分からない。私が時間を稼ぐからハジメとミシェルは先に……」


「姉さん、一人じゃやらせねえぞ! 二人で戦う! そうやって無理して一人で何でもやろうとするのやめろ!」


「ミシェル……そうだね、分かった」


「ハジメさん、父さんや母さん達を、呼んできて欲しい」


「お願い、ハジメ」


「……! わかった、任せて!」


 アメリアとミシェルが時間を稼いでいる間に私は家に帰って大人達を呼ぶ……二人から頼られた。だったら期待された通り、私が二人を守る為に――


「あ〜〜、なんか兄妹愛と友情を見せてくれてるとこ悪いんだけどさぁ」


 ――仮面の男が喋り始める。声の雰囲気から分かる、笑っているのが。

 背後から他の足音が聞こえてきた……それも複数の。


「君達、囲まれちゃってるんだよ〜ん」


 周囲から現れた三十人近い人影――私達三人は既に包囲されていた。


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