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十二話 英雄の家


 自分の物事に対する認識が甘すぎる事は前の世界でもこの異世界でもたびたび痛感するが、今また私は自分のこれまでの認識の甘さに後悔していた。


 手は汚れ、震え、身体が重い、痛い、だるい、もうこれは永遠に続くのでは無いかと錯覚する――これを毎日続けるなど最早拷問ではないだろうか。


「農家の仕事キッッッツ……!」


 何がスローライフだ。こんなの苦労ライフだと内心でよく分からない事を愚痴りながらアメリア、祖父母と一緒に雑草取りをしていく。


 雑草取りと聞いた時は「私でも楽そうじゃん!」と呑気に考えていた。


 しかし実際は、広大な畑に生える大量の雑草を根っこから一匹残らず駆逐しなければならない。

 更に雑草の種類によっては固くて簡単に抜けてくれないし、時間かかるし、身体痛いし、服は汗でぐしょぐしょだし虫もたまに居るし地獄の様な苦行である。


「アイス食べたい……涼しい部屋でゴロゴロしながらゲームしたい……」


「アンタから手伝ってみたいって言ったんだろ、しっかりしな」


「はい、しっかりします!」


 アイスとゲームへの渇望を口にしていると祖母から叱咤を受けた。


 そう、家事手伝いばかりじゃ生活に変わり映え無いなという気持ちと、農作業なら私でもダラダラやれそうという勝手な想像で自ら提案したのだった。


 もちろん自分から提案したことなので、ダラダラゴロゴロしたい気持ちを抑えてちゃんと仕事しよう。


 しかし、長年運動を真面目にやって来なかった私の貧弱な身体は悲鳴を上げている。決意に身体がちゃんとついてこない。

 本当に疲れて来た。


 もう心の声ですら喋るのがめんどくさくなってきたその時、天から救いの声が聞こえてきた。


「ハジメ、そろそろ休憩しようか」


 神だろうか、いやアメリアだ。


「やった……やっと終わった……!」


「まだ終わっては無いよ」


 疲労で回らなくなった頭で、畑の端っこにある切り株の椅子まで歩いて行く。整備された道がすぐ近くを通る場所にある。

 切り株の椅子に座り、家事の最中にアンナが持って来てくれた冷えたお茶を一気に飲む。

 お茶ってこんな美味しかったっけ。


 そして更に「昨日たくさん採れたから」と祖母から三つ貰った苺に齧り付く。美味しい。

 糖分と何か色々な栄養素が疲れた身体と脳味噌に効く。


「……カーリー。私の分の苺は……一つしか無いのか」


「シュタールは少し糖分を控えなさいと医者からも言われているでしょう」


「むう……そうだな……」


 シュタールは祖父、カーリーは祖母の名だ。

 苺が一つしか食べられずに少しショックを受けている顔をしているが、医者から言われているらしいなら仕方ないだろう。

 甘いもの好きなのだろうか。


 そのやり取りに耳を傾けていた最中、アメリアが隣に座り。


「お疲れ様、大変でしょ?」


「うん、めちゃくちゃしんどい、舐めてた」


「でももう少しで終わるだろうから、頑張ろうね。その後は肥料撒きだよ」


「また字面は楽そうだねぇ……」


 これまでも収穫のちょっとした手伝いなどは何回かしていたが、今日は初めての一日農作業だ。

 静かな自然の中で野菜を育てる……何だか凄くノンビリしているイメージがあったが、むしろノンビリする暇が無い。やる事が多い。


 お茶を飲みながら広大な畑を眺めていると、祖父から穏やかな口調で声を掛けられた。


「ハジメ、この世界での生活は慣れてきたかい」


「はい。むしろ元の世界に居た時より身体が軽いですね」


 というか憧れの異世界なので知らない事だらけでもそんな苦にはならない。

 元の世界に居た時の様な常に何かが心に重く伸し掛かる苦しい感覚はない。

 今のところはない。


「畑仕事は辛いだろうけど、別の日もまた頑張れそうかい?」


「はい、もう全然余裕……ではないですが、疲れてますが、出来る限りの範囲でまあなんとかがんばりますはい」


「段々声に自信が無くなってるよ」


 つい調子に乗った返事をしかけたので途中から軌道修正しようとしたらアメリアからツッコまれた。

 祖母からも「また調子に乗ってこの子は」みたいな顔をされたがまあギリギリ言い直せたので良しとしよう。


 祖父は苦笑を浮かべた後、真剣な目つきに切り替わり、孫達の名を口にする。


「――アメリアに新しい友人が出来て、ミシェルは自分の道を見つけた。ウィルフレッドもルシアンも君との交流が楽しそうでね……孫達と仲良くしてくれて感謝する。君のおかげで皆が明るく私も嬉しい」


「え、いや、いやいや、そんな、感謝だなんて大袈裟ですよ……っ」


 フランクな感じの感謝なら平気なのだが、こんな頭を下げられながら真剣に感謝を伝えられるのは慣れていない。

 ちょっと返答に戸惑ってしまう。

どういう顔をすればいいのか迷っていると祖母が口を開く。


「……そこは素直に感謝を受け止めればいいんだよ」


「あ、はい……どういたしまして……」


 私も頭を下げ言葉を返す。

 いまだにこうして隙あらばコミュ障な面を発揮するような人間が過大評価されているみたいでむず痒いが……


「ハジメって言動の割に自己評価低いよね」


「えっ」


 アメリアから指摘される。確かに自己評価が低いし自分への悪口ならいくらでも言える自信はある。


「もう少し自分に自信持っていいよ?」


「……うん」


 変なとこで変な自信は持つのにな……と自省していると、近くを通る整備された田舎道から青年の声が聞こえてきた。


「お疲れ様っす」


 金髪のチャラ……衛兵ローランドだ。

 彼はアメリアと私にも会釈したのち、先ずは祖父母へと視線を向ける。


「シュタールさん、カーリーさん。最近この辺りで黒いローブに全身包んだ人間、見ませんでしたか?」


「ふむ、知らないな」


「私もだね。見てないよ」


 全身黒いローブの人間……たったそれだけの情報で明らかに怪しいニオイがプンプンする。


「アメリアとハジメは?」


「私はもちろん全然知らない」


「見たことないかなぁ……何かあったの?」


 アメリアからの問いかけにローランドは「実はな」と語り始め。


「この間の……ハジメとアメリアが解決した事件あったろ。街中でオッサンが人質取って金を要求する事件」


「うん、覚えてるよ。あのオバサン無事で良かったよね」


「私も色々ビックリしたしよく覚えてる」


 街中で人質&金銭要求という無謀っぷりと、アメリアな予想以上に戦闘力が高かった事と、中傷オバサンにも手を差し伸べる英雄っぷりと、色々印象に残っている。


 アメリアは何か閃いた様な顔をしながらローランドへ視線を向け。


「まさか、その犯人のおじさんがローブの男……?」


「ちげーよ」


「あ、違うんだ」


 違うのか、一瞬私もそう思った。


「実はあれから、この壁内都市内で変に目立つ事件が多くなって毎日起きててな。一つ一つは大した事ないから解決は割と楽なんだけど」


「まさか、模倣犯的な?」


「各所で模倣犯が起きるほど有名でもデカイ事件でもねえ」


「まだその事件からそこまで日数は経っていないだろう。たまたまではないのか?」


 祖父の言う通り、ローランドが気にしすぎなだけで事件の連続はたまたまという可能性が高い気もする。


「俺も、その可能性は視野に入れてますが……気になる情報があるんですよ」


「……それが最初の、黒いローブの人物か」


「はい。アメリア達が遭遇した事件の日から、今日まで、その黒いローブの目撃情報がいくつかあるんです」


「……」


「それともう一つ、事件の犯人達は共通して何かを隠している節があります」


 なるほど、それは確かに怪しい情報だ。

 四人はその話を聞き、頭を回している表情である。私は残念ながら考えても「なんか怪しい!」という事しか分からない。

 お父さんは警察官なのに。


「けど、そんな小さな事件を都市中で起こして、何か意味があるの? ローランドや軍の人達が解決してくれてるんでしょ?」


「そうなんだよな、仮に黒いローブが事件を裏から起こしてるとしても今度は動機や目的がわからねぇ」


 アメリアとローランドに続き、シュタールとカーリーが口を開く。


「事件を起こした後の結果でなく、『起こす事』自体が目的なのかもしれないなぁ」


「だとしてもそれに何か益があるとは思えないけどね……全く物騒な事は止してほしいよ」


 私は小さい頃、警察官だったお父さんの話をよく聞かせて貰っていた。

 やがて段々聞かなくなり会話も少なくなっていったが、そこは今は置いておこう。


 父から聞いた話で何かヒントになりそうなものは無いだろうか。

 交通安全の為に頑張ると嫌われて悲しいとか関係ない話ばかりが浮かぶ。

 あとコンビニの前で不良グループがたむろし警察と言い合してる隙に仲間が万引きしていた事案とか、何の関連性もない話ばかりが……


「ハジメは何か思い浮かんだことある?」


 記憶を掘り起こしていた最中にアメリアから声を掛けられた。


「う〜ん……」


 どうしよう、まあ特に浮かんでないなら浮かんでないで別に誰も気にしないだろうけど。

 私も会話に参加したいので、とりあえず先程の記憶を参考に意見を出してみる事にした。


「え〜、例えばですね。コンビニの前で不良グループが……じゃなくて、街の真ん中で悪漢が暴れてるとします」


「うん、続けて」


「その悪漢が暴れてる場所に衛兵や人々が注目している隙に別の人間……例えばローブの人物が近くのお店のものを盗んでるとか……」


「……」


 あれ、何か周りが無言だ。何か変なこと言っただろうか、ちょっと怖い。


「いや、ただの予想だけどね、うん。あ、コレ私のお父さんの体験談を参考にしただけだから、あんま気にしないで……」


 何だか周りの静かさが怖くてしどろもどろしかけていると「なるほど」とアメリアの声が聞こえて、続けてローランドとシュタールがそれぞれ口を開く。


「確かに、使い捨ての野郎に目立つ犯罪をやらせて、その間に別の奴が本命の悪事を行ってるって可能性もあるな」


「ふむ。だが、その『本命』らしき何らかの被害は確認出来ているのか? ローランド君」


「いえ、今のところは何も……ただ、軍が気づいていないところで何かしらの被害が出ている可能性もあるんで」


「そうだな、調査してみても良いかもしれん」


 あら、話がホイホイ進んでいる。


「アンタもたまには良い発想するじゃないか」


 祖母から普通に褒められた。ニヤけそうになった。


「で、でもコレ、お父さんから聞いた話を変えて考えただけだから、褒められるならお父さんであるべきかと〜、へへへ」


「変なとこで謙遜しなくても……いい着眼点だよハジメ」


「もしかして〜、私のおかげで事件の真犯人捕まえちゃってスッキリ解決! なんてしちゃったりして〜、えへへへ」


「クネクネ嬉しそうにしてるとこ悪いんだが、あくまで調査する際の参考の一つだ。違う視点の意見くれたのはありがたいけどな」


「あ、はい」


 アメリアにも褒められ調子に乗って来たところで  ローランドから非常に冷静に返された。

 確かにそうだよね、まだ予測の段階だ。そもそも本当に事件とローブの人物が関係あるという決定的な証拠もないしね。


「ま、コレは俺等の仕事なんで。皆さんは気にせず普段通り生活してください」


 そうしてローランドは再び巡回に戻り、その背中を見送った。

 相変わらずチャラそうな外見に似合わず真面目な男である。


 休憩を終え草取りを再開。そして草取りが終わったら肥料撒きだ。

 肥料の入った袋を持ち上げて運b――


「え、待って重たい! めちゃくちゃ重たいっ!」


「大丈夫? 手伝おうか?」


「う〜っ、頑張る!」


 肥料袋を二つ抱えたアメリアから手伝いの申し出を受けたが流石に申し訳ないのでお断りした。

 これが日頃農業を頑張る者とゴロゴロ部屋でゲームばかりしていた者の差か。

 それらの作業もやり終えて――私の身体に限界が来た……真面目にもう体力が無い。私のライフポイントはもう0だ。


「ぜぇ……はぁ……も、もう……私休んでもいいですかね……」


「うん、先に帰ってもいいよ。頑張ったね」


「お疲れ。ゆっくり休みなさい」


「もう少し体力をつけるべきだね。冷蔵庫に冷やしたリンゴあるから食べな」


 アメリアと祖父母から許可を頂いたので先に家へ帰らせてもらう。

 身体はしんどい、頭も疲労であまり回らない、汗でびっしょりだしお風呂入りたい、お腹空いた、甘いものほしい、寝たい。


 日頃ほとんどやらない重労働に疲れ果てた私の姿を見たアンナが水を持って来てくれたのでありがたく頂戴し、冷蔵庫のリンゴもいただく事にした。


 リンゴを食べ終わり、ちょっとだけ休もうとテーブルにうつ伏せになりながら目を閉じて――一分後には夢の世界に居た。






「――――ん……」


 目を覚ます。

 頭を起こし、目を擦りながら窓の外を眺める。空は薄暗くなって来ていた、結構寝てしまったらしい。

 背中には薄い毛布が掛けられていた。まだボーッとする頭でソレを畳んで椅子に置き、周りを見渡す。誰も居ない。

 ……いや、裏庭の方から微かに声が聞こえる、気がする。

 欠伸を一発かましながら裏口に行き外へ顔を出すと、そこには家族が揃って立ち並び裏庭の広けた中央に目を向けていた。

 そこに立つのはクラウスと祖父シュタール。

 二人は木剣を手に持ち向かい合っていた。


 親子喧嘩……という雰囲気ではない。


 二人を眺めていると、一番近くに居たアンナから声を掛けられた。


「身体は大丈夫?」


「はい、まだちょっとボーッとしますけど。毛布ありがとうございます」


「うん」


「クラウスさんとシュタールさんは何をしてるんですか?」


「クラウスが、お義父さんと模擬戦をしたいって言ったみたいなの」


「へえ……」


 と、小声でやり取りをしていた最中、突如中央から凄まじい衝突音が起き鼓膜を震わせた。


「――っ!?」


 反射的にそこへ視線が向き、そこにはクラウスとシュタールが互いに木剣を激しく打ち合う光景が繰り広げられていた。

 互いに手の動きが速くて私の目が全然追いつかない。

 そして横から子供達の興奮する声が聞こえる。


 更にもう一度凄まじい衝突音が響いた後、二人は後退し距離を取る。

 互いに違う構えだ、クラウスは剣先を低く構え、シュタールは一度鞘に剣をしまう。

 そして数秒の沈黙の後――先に動いたのはクラウスだ。


「裂空!」


 前に見た飛ぶ斬撃だ。低い位置から放たれた裂空は地面に亀裂を走らせながら飛んで行き――


「韋駄天」


 シュタールが静かに呟き、突如その姿が消えた。


「――っ!?」


 そして私が瞬きを一回した直後、シュタールはクラウスの背後に移動し、鞘からは剣が抜かれていた。


「くうっ!」


 おそらく打たれたのであろう右腕を抑えながら、握られたままの剣を即座に構え直し振り返る。

 シュタールはその様子を見ながら静かに溢す。


「やはり私も、全盛期より力が落ちたな。剣も叩き落とせんとは……」


「その歳で今の速さは充分化物だよ父さん!」


 親子は再び向かい合い、構え、クラウスは剣を振りかぶりながら一直線に飛びかかる。


「動きが一辺倒だぞクラウス――」


 そう呟きながら冷静な目つきで剣を天から地へと振り降ろす。

 そして、剣同士が衝突――しなかった。


「はぁっ!」


 クラウスは空いた左手を足元へ振り、地面に見えない何かが叩きつけられ衝撃波が発生。

 その反動によりクラウスの動きの軌道が変わり迎え撃たれた一閃を回避しながら剣の真横へと回り込む。

 そして剣を振り上げ、シュタールの持つ木剣を弾き飛ばした。


「一本! 二人ともお疲れ様!」


 と、審判役をやっていたレイチェルの声が聞こえた。どうやら決着がついたらしい。


「――無刀の裂空を放った衝撃で、自分の身体の軌道を変えるとはな。よくやった」


「父さんが素手でもやってるとこ、何回か見たことあるからな。自分で試したのは始めてだけど」


「フッ」


 試合が終わり、親子とも晴れやかな顔で向かい合っている。

 そして直ぐ互いに真剣な顔つきへと戻り。


「……けど、まだまだだ。十年前に比べたらまだ身体の動きが鈍い」


「――あまり焦りすぎるのも良くないぞクラウス」


「分かってる、けど……何かあってから後悔しても、嫌だからな……」


 おそらく、少し前にゲオルグから聞いた話が気にかかっているのか。

 確か『神の使い』みたいな大層な名前だった気がする……遠い国の事らしいので大丈夫だとは思うが、やはり不安もあるのだろう。


「……シュタールさんって一体何者なんですか?」


「お義父さんは、剣皇と呼ばれ……四十年前に起きた平和を脅かす戦争を終わらせた、当時の英雄だよ」


「けんおう!? 英雄!?」


 まさかの新情報に驚きが隠せない。いや、凄いお祖父ちゃんなんだろうとは気づいていたが、まさかの昔の英雄だったとは。

 英雄一家だ。

 もう少し話を聞きたいところで、ウィルフレッドの元気いっぱいな声が聞こえてきた。


「あの、お祖父さん! 僕からもお話があるんです!」


「あぁ、ウィルフレッドからも話があるんだったな。父さん、聞いてやってくれ」


「うむ、どうしたんだいウィルフレッド」


 クラウスからも促され、シュタールは孫相手のお祖父ちゃんモードの顔になった。

 一体なんの話だろうか……と遠くから眺めていると。

 ウィルフレッドは鞘に納められた剣の柄に手を乗せながら「見てください!」と元気に言い――そして。


 少年の姿が消え、次の瞬間。

 五メートルほど離れた位置に鞘から剣を抜いた状態のウィルフレッドが佇んでいた。


「見てください、僕も『韋駄天』が使える様になりました!」


 それに対し真っ先にクラウスが嬉しそうに口を開いた。


「凄いじゃないか、覚えるのも技自体のスピードも俺より速いぞ!」


「えへへ」


「わあ、すごいじゃない!」と横からアンナの声も聞こえて、子供達とレイチェルもウィルフレッドに駆け寄り声を掛けていく。ついでに私も混ざる。


 ――そんな中、シュタールは、目を開いて硬直していた。


「……あの、お祖父さん、どうしました?」


 そのウィルフレッドの言葉に彼はハッと我に返り、すぐに穏やかな顔を見せ孫を褒める。


「あぁ、私もビックリしてしまってね……凄いぞウィルフレッド。頑張ったんだな」


「はい!」


 嬉しそうに笑うウィルフレッドに笑顔を返し、シュタールは背後を振り返る。そしてウィルフレッドを囲み談笑する家族の輪からゆっくりと離れて いく……

 理由は分からない。

 理由は分からないが、その顔には何か不安の様なものが現れていた。


 その彼の様子に気づいたのか、カーリーが近寄り小声で何かを喋りかけていた。




 その先の会話は、当時の私にも聞こえていなかったやり取りだ。




「シュタール、何だいその暗い顔は」


「う、む……私の、あの子くらいの頃を、思い出してしまった……」


「……」


「あの子の剣は昔の私に似ている……裂空も韋駄天も、覚えたのが私と同じ様な年頃だ……」


「……それで、孫も、中身まで昔の自分みたいになるんじゃないかと不安になってるのかい?」


「……っ!」


「全くバカだね。アンタとあの子じゃ家庭環境も人生も何もかもが違うじゃないか。勝手に同じに考えてるんじゃないよ」


「……そう、だな、すまん……私の、心配しすぎだ……バカな考えだ」


「本当にね。本人には言うんじゃないよ」


「わかってる……そうだな、あの子は私とは違う……優しさに、愛に囲まれて生きている」


「――昔の私の様に、ひたすら無感情で剣を振り、敵を殺すだけの機械になど……なるはずが無い」



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