十一話 ルシアン見守り隊(後編)
翌朝。
この日ミシェルは授業の一環として離れた街まで行かなければならないと話しており、早めに家を出た。
そして、残る八人が食卓に着き――その『異変』に全員が気が付く。
いつもは明るい顔でバクバクと朝食を食べるはずのルシアンが、少し暗い顔のままパンをゆっくり頬張っていたのだ。
これは何かあるやつだ。と声を掛けようとしたがやはり大人組の方が早かった。
「どうしたのルシアン、顔に元気がないわよ」
「どこか調子が悪いのか? 学校で何かあったか?」
「ルシアン、何かあるなら話してくれていいんだよ」
「ん……大丈夫……」
レイチェル、クラウス、アンナに大丈夫と答える。
本当に大丈夫なのだろうか……いつもはもっと幸せそうにパンを頬張っているのに。
「ルシアン、無理する事はないよ」
「そんな暗い顔で、無視なんかできないでしょう」
祖父と祖母も心配そうに声を掛ける。
そしてアメリアもルシアンに問いかける。
「もしかして学校で何かあった?」
「……私もそれが気になったよ、ルシアン」
先に言われたので私もアメリアに同調しルシアンに呼びかける。
「大丈夫だよルシアン、いじめがあったら僕達に相談してくれたら!」
「いじめではない」
「あ、そうなの?」
ウィルフレッドの言った「いじめ」は私も脳裏を過った可能性だ。
ルシアンは「いじめではない」と即答したが。
だが家族を気遣って嘘をついた可能性は充分にあり得る……いや、その割には何か返事が凄いアッサリしてたな。
どうなんだろ、うーん。
その後、ルシアンは暗い顔をしながらも「行く」と言い、他の家族も心配を隠せない表情のまま見送った。
一体どうしたのだろうか。
いつもはミシェルと通うルシアンだが、今日は私と剣の学校が休みのウィルフレッドでルシアンを学校まで送る事になっていた。
家を出る前にウィルフレッドと小声で話し合い決めた事がある――そう、送ったついでにルシアンの学校生活の様子を確かめてみるのだ。
その詳細は伝えずに、アメリアへ「ちょっと用事あるから帰り遅れるかも」と伝えると「勝手に学校に入るのは駄目だよ」と返された。
私の顔がわかりやすかったのかウィルフレッドが提案しそうな内容だったからか。両方かもしれない。
登校中、あまり学校の話はしたくないかもしれないので、昨日はどんな絵を描いたのとか聞いたり私の創造魔法の事を話したり、ウィルフレッドはルシアンの好きそうな虫や動物の話を振ったりしていた。
そして魔法学校に着き、ルシアンを見送る。
校内へ行く事に少し躊躇するような顔をしながら手を振る彼女に手を振り返した後、私達は家に――もちろんまだ帰らない。
魔法学校は防犯の為か周囲を壁に囲まれております校門にはしっかり武器を持った警備もいる。
もちろん不法侵入はしない。犯罪だし。
なので警備の目が行き届かない所から私の創造魔法でベッドや小棚を重ね壁を越える高さまで階段上に積み上げて上に乗り、建物の窓から見える校内を覗く作戦で行くのだ。
――などと考えていると、後ろから声を掛けられた。
「何やってんだお前、まさか壁越える気じゃないだろうな」
「ぴっ!」
背後からの声にビビりながら振り返ると……そこに居たのは目つきの怖い衛兵。ローランドだった。
少し安心したがやっぱり安心できない。
考えてみたら不法侵入しなくても、窓から中を覗く時点で犯罪かもしれない。
緊張で心臓がバクバクとうるさい。
「そうなんです、ローランドさん。僕達ルシアンが心配で、妹を守るためならばと思い中の様子を知りたくて来たんですけど」
「ウィルフレッド君、自分からバラしちゃうの!?」
「悪気なくめちゃくちゃな事考える時あるよなお前は……」
ローランドは呆れた様に息を吐きながらウィルフレッドに返し、私へと視線を向ける。
「で、壁越えて不法侵入する気だったのか?」
「いや、流石にそれはしないよ。壁より高い高さまで色々積み上げてから上に乗って、窓から見える校内を確認しようと……」
「……罪にはならねえが不審者として事情聴取されるぞ」
「ですよねぇ……」
一応罪にはならないのか。それでも不審者扱いは免れない、それもそうか。冷静になったらアホな事やろうとしたなという気持ちが湧いてきた。
声を掛けてくれたローランドには感謝しよう。
その後、ローランドに朝のルシアンの様子を伝える。
やけに静かで顔も暗くて、パンを食べる時もいつもみたいな幸せオーラを感じなかった。
でも学校には迷いながら行くと言い、ウィルフレッドからいじめの可能性を提示された時はそれをアッサリと否定した。
そして校門で別れ際に躊躇する顔を見せた――
それらの情報を私とウィルフレッドから聞き、情報を噛み砕き思案する顔をした後、「もしかして」と口を開く。
「アレじゃねえかな……」
「アレって?」
何のことだか分からず首を傾げていると。
「魔法学校の警備もたまにやるから話には聞いてたが。今年から、新しい授業が追加されたんだ」
「……新しい授業というのは?」
ウィルフレッドの問いに、ローランドは校舎を見つめながら答える。
「一度も魔獣と会った事がなく、卒業後に初めて遭遇してパニックになり負傷する……って件がここ数年多くなっててな」
「それは聞いた事がありますね」
「十二歳以上には魔獣との実戦。十一歳以下には魔獣と触れ合いさせて慣れさせる科目が追加されたんだよ」
「魔獣と触れ合いって大丈夫なの!?」
魔獣と聞くと凶暴で人を襲うイメージしかないが、ローランドは何の問題もないと言わんばかりの顔で答える。
「そりゃ、人を襲わない温厚な種類の魔獣と遊ばせるだけだからな。問題ねえよ」
「魔獣っててっきり凶暴なモンかと……」
「魔法を使う獣だから魔獣だ。性格は関係ねえよ」
あ、魔獣ってそういう意味なんだ。
いや、今はそれよりも。
「……つまり、その授業とルシアンの態度に関係が……」
「ルシアンって臆病なとこあるだろ? 授業で連れて来られる魔獣……温厚だけど見た目の威圧感が凄いからな」
「え……どんなヤバい見た目?」
「ヤバいっつーか一般的な民家くらいのデカさの蛇だ」
「うへぇ……」
なるほど、めちゃくちゃデカイ蛇か。シンプルに怖い奴だ。それは私も泣くかもしれない。
というかいくら温厚でもそんなデカイ魔獣相手とか、不意の事故でも起きたら危ないんじゃないだろうか。もうそこは異世界特有の感覚なのかな。
「それに毒で死ぬ種類の蛇もいるから、どうしてもイメージがな。そいつは毒ないけど」
その話の最中、続けてウィルフレッドが彼へ問いかける。
「あの、ローランドさん……もしかして一週間近く前にもその授業ありましたか?」
「あったよ」
……なるほど、ルシアン表情や言動の意味がわかって来た。一週間近く前の言動も、今日と同じ理由だったのだろう。
彼女は学校が嫌なのでは無い……正確には特定の授業が嫌いなのだ。
私も体育とかは大嫌いだった。
ルシアンの学校を嫌がる真実がわかって来たところで、ローランドが口を開く。
「あと一時間くらいでそろそろ始まるんじゃねえかな、その授業」
その言葉に私とウィルフレッドが同時に振り向くも、こちらから喋るより先に「中には入るなよ」と釘を差された。
その後、彼は遠くに見える時計塔へと指を差し。
「アレは誰でも自由に登れるし、街の景色を見渡せる。特に学校の広い敷地がすぐ目の前だからよく見える……蛇の相手させるなら外の広い場所だろうし、ちょうどいいかもな」
それだけ言い残し、ローランドは「仕事の続きだ」と再び歩き出していった。
せめてもの、少しでもルシアンの姿を見せてやるかという配慮をしてくれたのだろう。
ウィルフレッドは静かに頭を下げ、私は今度ローランドが家に来たらお茶を入れてあげようと誓った。
そして、私とウィルフレッドは時計塔に向かい歩き出した。そして途中から急に走り出す少年。速い、速いよウィルフレッド君、もう私は息が苦しいよ。
途中から腕を引っ張り速度も合わせてくれて時計塔の出入り口へと到着。
内部から頭上へ視線を向けると天井には大きな穴があり、高い高い真上には空が見える。
階段もあるが、ウィルフレッドの指示通り私は横にある魔法陣の描かれた床の上へ乗った。
そして魔法陣から最初に薄い氷の膜が私達を包み込み、その上から更に水の玉が現れて二重に包み込み――もの凄い速度で天へと射出される。
数秒後それを上で待ち構えていた亜人らしき人物が水玉をガッシリと受け止め、すぐそこの床へと置き私達を包み込んでいた水が消え、粒となって氷も消えた。
何とも無理やりな脳筋エレベーターだった。
時計塔の上、そこは広く設計されており360°の景色を楽しめる展望台にもなっている。
しかし私とウィルフレッドが見るのは景色じゃない、魔法学校――その広い敷地だ。
私は魔法学校のあった位置へ顔を出し見下ろす――するとそこには校舎に隣接するグラウンドの様な場所。
そこに、九歳であるルシアンと年の近い子供達が並んでおり、グラウンドのど真ん中にはマジで民家くらい巨大なヘビがくつろぎながら子供達を見ていた。
はしゃいでヘビに近いて遊び回る子供達が多い中――ルシアンは隅っこで立ったまま俯いていた。
友達らしき子や先生っぽい大人から声を掛けられているが首を横に振っている。泣きそうな顔にも見える。
相当怖いらしい。気持ちは超わかる、私なら泣いて騒いで逃げただろう。
「でも、このままじゃ……」
いじめとか酷い目に遭っている訳じゃない事は安心した。
だが、「人より苦手な、嫌いな授業がある」……これは本人からしたら心への負担は大きいし他人に劣等感を抱く要因になったりもする。
このままルシアンが隅っこに居るだけなのは、ダメな気がした。
「ルシアン、頑張れ……!」
ウィルフレッドは拳を握りしめながら応援を口にする。しかし彼女には届かない。大声は流石に迷惑がかかる……このまま静かに応援するしかないのか。
でもそれじゃ、ルシアンには届かない。
「ハジメさん、何か、言葉にしなくても応援を届ける方法はあるでしょうか」
そう問いかけられ、頭を悩ませる。
何とかしてあの子に応援を――と視線を向けると、彼女もこちらを向き、気が付いた。
完全にたまたまだろう。
周りのように出来ず気まずくなり上へ視線を移したであろうルシアンと、バッチリ目が合った。
驚いた様なポカンとした顔をしている。
そして、やるなら今しか無いと思った。
私が作れそうな単純な作りで、ルシアンに見えて応援できるもの――それを魔法で創り出す。
「ウィルフレッド君、今から創るもの一緒に持って!」
「あ、はい!」
手の平が光り、その手に現れたのは一本の長い棒――そして棒の上部に取り付けらた大きな布。そう、旗だ。
長い物干し竿に大きな布切れを着けただけの不格好なモノだが。
漫画本を生み出した時もある程度の文字は再現出来た、同じ要領で旗にも文字を移し出させる……異世界の文字で、「がんばれ」と。
私とウィルフレッドの二人で支える大きな旗、そこに書かれた四文字を見て、ルシアンはポカンとした顔から段々と目に生気を取り戻していった。
そして微かに嬉しそうな笑顔をこちらに向けて小さく手を振って――
何かを決心した様に、大蛇に群がる子供達の中へとルシアンも飛び込んで行ったのだった。
「やりましたね!」
「よかったぁ……」
ドッと疲れは来たが、気分はなんだか晴れやかだった。
それから家へと帰り、やがて夕方になりミシェルと一緒に帰って来たルシアン。
彼女に笑顔で「ありがとう!」と言われた。本当に、また明るい表情を見せてくれて良かった。
ちなみに後日聞いた話だが、ルシアンは以前からクラスメイトや先生に「魔獣が怖いことは家族には言わないで」と頼んでいたそうである。