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十話 ルシアン見守り隊(前編)


「ハジメ。ミシェルの話を聞いてくれて、アドバイスくれたんだってな」


 就寝前、食卓で酒を飲んでいたクラウスにそう声を掛けられた。

 ミシェルの理想や憧れ、家族への想いを聞いて、その後『防御魔法を纏って格闘戦だぁ!』とアドバイスした件の事だろう。


 その声には感謝の念が籠められていた。


「私も、何となく気持ちは分かって……なんか無視できなかったんです」


「そうか……本当は父親である俺がちゃんと導いてやらなきゃいかんのだが。情けないな」


「家族とか、身近な人だから言いにくい事ってあると思いますよ」


「……まあ、そうだな……うん」


 何か心当たりのある様な顔と返答をしていた。

 この世界での事なのか、彼の前世での事なのかは分からないが。


「私みたいな家族と関係ない部外者だから話しやすかったのあるでしょうけど。心配しなくてもミシェル君はクラウスさんを本気で尊敬してるし、好き好きオーラも隠す気ないですよ」


「最後気の抜ける言い方だな……ハジメらしいが」


「だからクラウスさんが気にする必要はないです」


 その言葉に彼は暫し逡巡した後、静かに口を開き。


「親として気にしない訳にもいかんが……そうだな。詳しい事はいつかミシェルから話してくれる時を待つとしよう。ありがとうな」


 レイチェルとアンナからも夕食の片付けを手伝っている最中に礼を言われた。

 皆、ミシェルをちゃんと心配し愛してくれているのだ。


 そして、クラウスは突如真剣な顔に戻り視線を向けてくる。なんだかあからさまに大事な話があると言いたげな表情だ。

 何なんだろうかと身構えていると。


「異世界での生活では楽しいか?」


「はい、楽しいですね」


 自分は異世界でも凡人だと気が付いて来たし、最初の頃ほどの能天気な妄想はあまりしなくなったが、めんどくさいしがらみやら義務は無いしここの家族もいい人達だし楽しいの方が勝る。


「元の世界に帰ろうって気はまだ無いか?」


「無いです」


 即答した。

 反射的に「無いです」と口にした。

 それが自分の本音なのか何かの防衛反応なのかは考えないようにした。


「……俺もお前の気持ちは理解出来るし、色々悩みが溜まる年頃だろうから、少しくらい現実から離れさせて休ませてやってもいいかと何も言わなかったが」


「……」


「生きていれば、めんどくさい義務やらしがらみが出来上がったり、上手く行かなくて壁にぶつかったりするのは……どの世界でも誰でも、当たり前の事だ」


「……え……お説教ですか……」


 まさかいきなり現実逃避へのお説教が始まったのかと身構えたが、彼は「違う」と首を横に振り。


「俺に、偉そうに他人へ説教する資格はない。――ただ、後悔してからじゃ遅いってのは、経験則で分かってる」


「……」


「別に今すぐって話じゃない。もし元の世界に帰りたくなったらその時は言ってくれ。手間は掛かるし遠い国まで行かなきゃならんが、その方法はある」


「……はい」


 意識的に考えないようにしていたが戻れる方法はあるのか。まあ、異世界に呼び出す事が可能ならその逆も出来たって不思議じゃない。


 家族とも仲良く人々から慕われる英雄で強くて、異世界の生活に馴染み謳歌している様に見える彼にも……何か、後悔したことがあるのだろうか。


「……そういえば、私って何で召喚されたんですかね」


「召喚される理由なんて大体、希少魔法だ。そのほとんどは軍事利用が目的。ハジメみたいに、召喚した者と関わらずに済んだならそれが一番いい」


「マジか……私、運良かったんすね……」


「そうだな」


 考えてみればそうか。

 何の意味もなく異世界召喚なんてするわけないし、地球人が発現しやすいらしい希少魔法が目的なら軍事利用が主か。

 そっちに召喚されてたらとか怖くて考えたくない、痛いのも怖いのも嫌いだ。平和にグータラしていたい。

 まさか事故のおかげで助かっていたとは……いや、死にかけたけど。


 まあ、今は優しい人達に拾われて楽しんでいるのだ、それで良しとしよう。


「おやすみ。夜更かしするなよ」


「おやすみなさい」


 最後にクラウスにもう一度礼を言われ、私は部屋に戻り就寝した。




 ――そして三日後。


 夕方、魔法学校から帰って来たミシェルに真剣な顔で庭に呼び出される。

 その目的は私の希少魔法だ。


「ハジメさんの魔法でいい感じの的作れない?」


「アバウトな注文だね」


 いい感じの的、いい感じの的ってなんだ、どういう感じだ。まあいいや。


「えい」


 いちいち意味のない掛け声を上げるのもめんどくさくなってきたので、普通に『創造魔法』を使い淡く手が光る。

 イメージしたのは四角く大きく頑丈そうで私の想像力でも作れるもの――部屋の収納棚が庭の真ん中に出現する。

 絵面の違和感が凄い。


 ドッと肩に何かがのしかかる様な感覚を感じた。創るものでやはり負担の大きさも違うらしい。


 生み出された収納棚と対面するミシェルは一度目を閉じながら深呼吸し、両手を構える。そして、


「フッ――」


 目を開きながら小さく息を吐き、両手に一瞬包み込む様な光りが見えた。たぶん『防御魔法』を纏わせたのだろう。

 同時に地を蹴り、私が生み出した収納棚のど真ん中に右ストレートの一撃を加え破壊音を轟かせながら穴が空いた。

 ミシェルの拳より大きな穴。


「はあぁっ!」


 その後も二発、三発と拳を打ち込んで行き収納棚がメタクソにされていた。


「えぇ……すご、パンチで壊せるモンなの……?」


 魔法込みとはいえ充分に凄い光景に見えるが、ミシェルはまだまだ足りないといった表情で自分の両手を眺めていた。


「これじゃ駄目だ、まだ無駄が多い。もっと手と魔力の障壁を無駄なく密着させて、自分の拳と魔法、両方の威力を合わせられる様にしないと……」


 彼は母レイチェルからも魔法操作の理論を聞きながら毎日、防御魔法を纏いながら接近戦に生かす特訓に励んでいる。

 相変わらず私とは正反対の頑張り屋だ。


 そんな彼にもう一つ収納棚を作ってあげようかと考えていると、


「やっぱり兄さんは凄い!!」


 と称賛の声が後ろから聞こえてきた。弟のウィルフレッドだ。

 どうやら彼もミシェルが収納棚をボコボコにする光景を見ていたらしい。


「『防御魔法』を纏わせた格闘戦スタイル! 凄くかっこいいし、兄さんにも似合ってて、そのやり方を始めてまだ三日目なのに硬そうな棚まで壊しちゃって――!!」


「分かった分かった、ちょっともうやめてくれ、ウィルフレッド!」


 顔と耳を真っ赤にしながら称賛の嵐を止める。知っていたがやはり照れ屋の様だ。

 こそばゆ気な表情をしながらミシェルは言葉を続ける。


「それに、この戦い方はハジメの提案と、母さん達のアドバイスもあったから出来たんであって……」


「でもそれを実際に形にして実践したのは兄さんだよね!」


「そ、そうだな……」


「兄さんの努力家なところ、昔から尊敬してたけど更にその気持ちが高まったよ! 僕も負けないからね!」


「も、もうやめてくれ……恥ずかしい……」


 弟の純粋なキラキラした表情と向けられる敬意に顔を真っ赤にしながらうなだれるミシェル。

 傍から見ている私も巻き込まれ事故を起こしそうなくらい眩しかった。


 ミシェルは一度深く息を吐き落ち着きを取り戻したのち、辺りを見回す。


「……ルシアンはここにいないよな」


「うん、中で姉さんと遊んでるよ」


 何故かルシアンが居るかどうかを確認してから、真剣な目つきに代わり。


「ちょうどいいし聞くか。二人はルシアンから……何か変わった事とか言われてないか?」


「いや、僕は特に。いつも通りだけど」


「ルシアンはいつも通り可愛いね」


 ミシェルは腕を組みながら「そうかぁ……」と呟き、なんだろうかと耳を傾ける。


「少し前に学校行きたくないって駄々こねてた事あったろ」


 勿論よく覚えている。朝から学校行きたくないと大騒ぎして私もついつい休ませてあげようと提案した一件だ。

 なのに翌日からはちゃんと通う、すごい子だ。


「あれから駄々こねずにちゃんと毎日学校行ってて偉いよね兄さん」


「だよね、私ならズルズルと翌日も休んでる」


「……俺はそれが気になるんだよ」


「え?」


 どういう事だろう……と一瞬悩んだが、心配する表情から彼の言いたい事が何となく分かった。


「もしかして、本当は嫌なのに無理して顔に出さない様にしてるんじゃないかって思いもあるんだ」


「うん、そうだよね、確かに……」


「確かにそれは気になるけど、兄さんルシアンの同級生に色々聞きに行ったらしいけど特にいじめとか仲間外れとかは無さそうだったんでしょ?」


「あぁ、俺が聞いた範囲ではイジメは無さそうだった。年齢で校舎が違うから長居する訳にはいかないし詳しいとこは分からないけど」


「……生徒も先生も一丸になって隠してる可能性も……」


「流石にそれは……無いと思いたいけど……」


 私もそこまで酷い事例に実際に遭遇したことは流石に無いが、ニュースを観ているとそういう話もたまに聞いた。

 異世界だろうが人は人だ。たくさん人が集まる場では、そういうドス黒い事が起きる可能性はある。


 まあ、ルシアンの様子を見る限りそこまで酷い事をされてる感じじゃないが……あくまでそれはただのイメージだ。

 本人は黙って顔に出さないだけで何か隠している可能性もある。

 数日前に学校を嫌がる何かがあったのは確実だろうし。


「まあ、ただの杞憂かもしれないし。暫くは様子を見よう」


「そうだね兄さん」


「うん」


 こうして私達三人によるルシアン見守り隊が結成された。

 ミシェルとウィルフレッドはまだ外に残りたいそうなので私は魔法でもう一つ収納棚を作り出して帰る。

 また身体が重くなったが、まあいいだろう。人の為に使うって結構悪くない。


 そうして家に帰りルシアンのお絵かきに付き合うアメリアと目が合い声を掛けられた。


「お疲れ様ハジメ。そういえば聞くの忘れてたけど、最近文字の練習やってる?」


「……あ」


 そういえば異世界に召喚されてこの家に来た初日に、「文字も覚えた方がいいよ」と彼女から文字の読み方を軽く習っていたのだ。

 それから文字の教本(必要な部分はクラウスが日本語で翻訳してくれた)も借りて、異世界言語なら割と興味はあるし異世界の本も興味あるしで寝る前には勉強もしていた。

 しかし、だいたい覚えて来たかなと思い始めたところで気が緩んでしまいここ二日くらいサボってた。


「え、えっと、あー、ちょっとね、最近忙しくてあんまりね…………ごめんなさい……」


「うん。たぶん覚えて来たから気が緩んじゃったんだろうけど」


 その通りだ。完全に図星で手も足も出ない。


「でもちょっと離れただけで忘れたりするから復習も大事だよ」


「だよね。まあでも基本的な文字ならもう……」


「じゃあこれ読んでみて」


 アメリアから差し出された絵本に目を向ける。

 ドラゴンと戦う勇者と魔女っぽい絵。


「……ユウキャとマジのホウケンタソ……」


「勇者と魔女の冒険譚ね」


「恥ずかしい!」


 思いっきり間違えてしまった。少し離れただけで意外と忘れてる。まさか異世界に来て復習の大事さを痛感するとは。

 アメリアが穏やかな顔で笑う横からルシアンが私に一枚の紙を見せてきた。


「はい、ハジメお姉ちゃん!」


 それにも文字が四つ描かていた。


「……かんぱれ?」


「がんばれ、だよ!」


「いい子ぉ……」


 ルシアンの笑顔を守りたい、そう思った。


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