草でも食ってろと罵られた令嬢の目が赤くなる時は
久しぶりに本邸のお食事にお呼ばれしました。
おいしそうです。
特にじゅわーっとしたお肉なんて、いつ以来かしら?
「アリエよ。お前に縁談が来た」
エサリッジ伯爵家の当主であるお父様が何か言っていますね。
どうせわたしの発言なんか重視されませんから、お肉に注目していても構わないでしょう。
「お前が言った通り、ペイストルエース侯爵家嫡男のハーヴィー君からだ」
「まあ、ハーヴィー様と言えば、誰もが羨む貴公子ではありませんか。お姉様ったら羨ましいですわ」
「ならレイラと交代してもよろしいですよ?」
「本当!」
「バカなことを言うな!」
お父様が厳しい表情です。
エサリッジ伯爵家に子供はわたしと妹レイラの二人だけです。
わたしはどうでも構わないのですが。
「……アリエなんかに誇りある我がエサリッジ伯爵家を継がせられるものか。お前を他家に嫁がせるのは、かねてからの既定方針だ」
「はい」
「ええ~?」
「レイラはもっと領主教育に身を入れろ!」
「はあい。じゃあお姉様は私のアカデミーの宿題をやっといてくださいな」
「わかりましたわ」
「くっ、レイラは学業を舐めとるのか!」
「だってえ。時間が足りないのですもの」
わたしは王立アカデミーに通わせてもらうことができませんでしたからね。
時間はあります。
お父様がわたしを憎み恐れ、妹がわたしを侮るのは故なきことではないのです。
わたしは『妖の目』を持ちますから。
『妖の目』とは、エサリッジ伯爵家領のある地方に伝わる伝承です。
目が赤く染まる時、災いをもたらすとされています。
これまでわたしの目が赤くなった時に、洪水とか旱魃とか魔物被害とかがありましたね。
もちろんわたしが『妖の目』持ちであることは、他所様には秘密にしています。
わたしの赤くなった目を見ると、お父様は本当に嫌そうな顔をします。
ただ災いばかり起きるのかというとそうでもなくて、今回の縁談みたいなことも予め知ることができたりします。
してみると目が赤くなると災害になるわけでなくて、ランダムで未来を予知できるのだと思うのですけれどもね。
頭の固いお父様には何を言ってもムダですし。
怒鳴られるだけ損です。
それより冷めない内にお肉を食べたいですね。
「アリエはどうせ早く肉を食いたいとでも思っているのだろう?」
「は、はい」
「卑しいやつめ。ペイストルエース侯爵家との縁談が進まなかったら承知せんぞ。これ以上の話などあり得ないのだからな!」
卑しいと言われましても。
だってわたしは普段ボロ小屋にいて、ロクな御飯を食べさせてもらっていないですし。
おかげで食べられる草には異常に詳しくなってしまいましたよ。
「一つだけ質問よろしいでしょうか?」
「何だ。さっさと言え」
「ペイストルエース侯爵家から縁談があったのは何故なのです?」
アカデミーに在籍していないわたしの知名度は低いです。
してみるとわたしにというより、エサリッジ伯爵家に来た話なのでしょう。
レイラみたいなおバカさんが評判いいわけないでしょうし、うちとペイストルエース侯爵家って関係ありましたっけ?
ちょっと違和感がありますね。
「夜会で侯爵と話す機会があった。うちに娘がいるだろうという話題になってな。アリエを押し込むいい機会だと思ったのだ」
「ええ? じゃあ私でもよかったじゃないの!」
「レイラみたいなバカが婚約まで持ち込めるわけないだろう!」
うわ、正論ですね。
でもそんな社交辞令から話が来てしまうことがあるのですね。
ペイストルエース侯爵家の嫡男なら、いくらでも条件のいい令嬢がいると思うのですけれど。
「アリエ。お前は見てくれと頭は悪くない。必ず婚約を成立させるのだ」
「善処いたします」
お父様はわたしを評価してくれているのだかしていないのだか、よくわかりませんね。
「用件は以上だ。いただこうか」
◇
――――――――――ペイストルエース侯爵家邸にて。ハーヴィー視点。
父上との話の最中、最も気になる話題になった。
「あの『食草一覧』の?」
「そうです。御存じなかったですか?」
「もちろんトミタス殿は知っているが、共著者までは知らなかったな」
今度僕が顔合わせすることになった、アリエ・エサリッジ伯爵令嬢についてだ。
いや、僕もアリエ嬢と面識があるわけではなく、一般に知られているのが『食草一覧』の共著者ということだけなのだが。
「大変な才媛なのではないか」
「でしょうかね? よくわかりませんが」
「む? 王立アカデミーでのアリエ嬢の評判はどうなのだ?」
「それがアカデミーには通っていないんです」
「何? いや、トミタス殿と共同研究しているならさもありなん」
アリエ・エサリッジ伯爵令嬢はどういう人となりなのか、ちょっとよくわからないのだ。
何故父上はアリエ嬢を僕の婚約者候補と考えたのだろうな?
情報収集しろということかな?
「父上はどこでアリエ嬢を知ったのです?」
「夜会でハーヴィーの婚約者を探しているという話をしていたら、年周りのちょうどいい娘がいると言われただけだ。エサリッジ伯爵家なら悪くないだろう?」
「なるほど」
「後にトミタス殿に会ってその話をしたのだ。アリエ嬢はいい子だと言われてな。なるほど、かの『食草一覧』の共著者だったとは。気付かなんだのは迂闊だった」
『食草一覧』は我がニアラル王国全土の食草を網羅し、毒草との見分け方や美味い食べ方まで詳しく書かれている図鑑だ。
図鑑と言うにはあまりにも説明が多く、戦時にも飢饉時にも役に立つとして、刊行されて間がないにも拘らず既に不朽の名著扱いされている。
「ああ、トミタス殿の推しだったのですか。ようやくわかりました」
「コリーナ夫人もアリエ嬢を知っていたのだ」
「ガヴァネスとして有名な方ですよね?」
「うむ。アリエ嬢を教えたことがあるそうで。大変優秀だと」
コリーナ夫人が有名なのって、すごく厳しいからだぞ?
その人に大変優秀って言われるのか。
アリエ嬢の人物像はますますわからない。
「二年間の契約で、伯爵からはアリエ嬢とその妹に最低限の常識とマナーを教えてくれればいいと言われていたと。妹は並み以下だが、アリエ嬢はやたらと覚えが早いそうだ。一般教養はもちろん、魔法まで仕込んだと言っていた」
「何と」
「思うにあの名著の共著者であるためには、解毒魔法くらい使えなくてはならないのだろうな」
父上の言う通りだ。
特殊な技術である魔法を使える程度にはアリエ嬢は有能ということになる。
しかし?
「エサリッジ伯爵家の次女であるレイラ嬢は、アカデミーに通っているのですよ」
「ふむ?」
「僕が直接聞いたわけではないのですが、レイラ嬢は言うことには、姉は粗暴で頭が悪いためアカデミーに入学できないとのことでした」
「トミタス殿やコリーナ夫人の評と矛盾するではないか」
「ですよね」
「コリーナ夫人が並み以下と断じた妹の言うことなど、当てにならんだろう?」
「ですがその場合、どうしてアリエ嬢をアカデミーに入学させなかったかというのは疑問でしょう? 仮に『食草一覧』の著述に忙殺されていたのだとしても、アカデミーで得られる人脈や経験とは替えが利きませんよ。エサリッジ伯爵家の考えがわかりません」
「……もっともだ」
「もっとわからないのは、エサリッジ伯爵家は次女のレイラ嬢が継ぐのだそうです」
「……優秀な姉に継がせないのは理解できんな。しかし妹が家を継ぐならば、当家の嫁探しでポンとアリエ嬢の名前が出てくるのも、妹がアカデミーに通っているのも矛盾がない」
またしても父上の言う通り。
「そこで僕が思うに、アリエ嬢は伯爵の血を継いでいないのではと」
「あり得るな。いや、自分に似てアリエは見られる顔だと、伯爵は笑っていたか」
伯爵似となると、この推察はハズレか。
とするといよいよおかしい。
伏せられた情報があるに違いないが?
「状況として面白いですね」
「判断の材料が足りんな。とりあえず会ってみよう」
「僕だけでアリエ嬢に会わせてもらうわけにはいきませんか?」
「何故?」
「伯爵がいては話せないことがあるかもしれないじゃないですか」
突っ込んだ家の事情とかだと、アリエ嬢が話したくとも伯爵がストップをかけるかもしれない。
なら親を参加させず、僕とアリエ嬢で会うのがいいんじゃないか?
「おお、ハーヴィーよ。よく気付いたな。よし、まず親同席で会う前段階として、アリエ嬢に接触してみろ」
「わかりました」
◇
――――――――――顔合わせの日。アリエ視点。
「失礼だが、アリエ・エサリッジ伯爵令嬢で間違いないかな?」
「はい、ハーヴィー・ペイストルエース様でいらっしゃいますね?」
「うん。待たせてしまったかな?」
「いえいえ、わたしも今来たところです」
ちょっと洒落た食事処でハーヴィー様と待ち合わせです。
王都の店で外食なんて記憶にないですね。
ちょっとドキドキしています。
「すごく美人でビックリだよ」
「恐れ多いです。ハーヴィー様こそ妹に聞いていた通り、とても凛々しい貴公子でいらっしゃって」
「そういえば妹さんはアカデミーに通っているのに、アリエ嬢は違うんだね。何故だい?」
「家の方針なんです」
本当は、お前をアカデミーに行かせるなんてエサリッジ伯爵家の恥だと、お父様に言われているからなんですけど。
困りましたね。
ここを突っ込まれると不信感を持たれてしまいそうです。
婚約までこぎつけるのが難しくなってしまいます。
「ああ、妹さんが家を継ぐからとは聞いたな」
「はい。家を継ぐ妹がアカデミーで学んで。わたしはたまたま植物学の権威トミタス様に目をかけていただいたので、そちらの道に」
うまくリカバリーできましたか?
どうでしょう?
「『食草一覧』は知ってる。大変に評価が高いよね」
「ありがたいことです。わたしなどトミタス様について旅しただけなのに、共著者として名前を載せていただいて」
「トミタス氏は魔法を使えないはずだ。アリエ嬢が解毒魔法を使えるからいっぺんに研究が進んだんだろうって、僕の父が推測してたけど」
「その通りです。ガヴァネスが優れた方で、少し魔法の手ほどきをしてくださったのです」
「やっぱりアリエ嬢は魔法を使えるのか。すごいね」
「それほどでも」
何でしょう?
うまく躱したと思うのですが。
ハーヴィー様の目が鋭くなります。
「魔法を教わったのって、コリーナ夫人からなんだろう?」
「はい、そうです。コリーナ夫人を御存じでしたか」
「トミタス氏もコリーナ夫人も、アリエ嬢に対する評価がすごく高いんだ。僕が今日、会ってみようと思った理由でもある」
ハーヴィー様は侯爵令息ですし格好よろしいですし、モテモテですよね。
ちょっと夜会で親同士で話があったからって、顔合わせまでに至るのはおかしいと思ったのです。
とくにわたしはアカデミーにすら通っていない、なんちゃって令嬢ですし。
「こうして会話していても、君は浮つくことがない、頭脳明晰な淑女に思える。なのに何故アリエ嬢はアカデミーに通わせてもらえない? 君の妹はアカデミーで君の悪口を吹いてるんだ。どうしてアリエ嬢ほどの令嬢の存在が、エサリッジ伯爵家では軽いんだ?」
「……」
「僕にとっても婚約から結婚となると一生事だ。疑問を解決できない内は先に進めないんだがね」
一々ごもっともです。
わたしは怪し過ぎます。
どうやらペイストルエース侯爵家では、わたしのことをかなり調べているようですし。
誤魔化すことは可能でしょう。
しかしその場合、ハーヴィー様の仰る通り先がないですね。
お父様の言う通り、ハーヴィー様以上のお相手候補などこの先現れないでしょう。
ならばこの瞬間に全力を尽くすべき。
真実を話して、わたしの価値をどう見積もるかに懸けてみるしかないです。
「今からわたしが話すことは内密に願います」
「神に誓って」
「実はわたしは、『妖の目』を持つのです」
「『妖の目』とは何かな? 寡聞にして聞いたことがないのだが」
「エサリッジ伯爵家領近辺の伝承にある……」
見えざるものを見る妖魔の目。
その目が発動する時白目が真っ赤になり、主に先々の凶兆を見ることができる云々。
「……というわけなのです。災いをもたらす目として、特に父に忌まれておりまして、エサリッジ伯爵家の恥と言われております」
「なるほど、『妖の目』か。アリエ嬢が遠ざけられ、妹レイラ嬢が跡継ぎになる辻褄は合う。……俄かには信じがたい話だが」
「領で洪水や魔物被害を事前に察知して、被害を最小限に食い止めたことがあるのです。資料が残っておりますので、状況証拠にはなるかと」
『妖の目』に勝った。
お前が災いを呼ぼうとも負けはせぬと、お父様はわたしを睨みつけていましたけど。
「たまに吉兆も見ることができるのですよ。ですからハーヴィー様とこうしてお会いすることもわかっておりました」
もっとも吉兆ではなかったかもしれませんね。
婚約までには至らない可能性が濃厚です。
『妖の目』持ちだという証拠も出せませんし、事実だとしても気味が悪いでしょう。
しかしハーヴィー様に興味を持っていただけたようです。
「ふむ、『妖の目』が本当の話だとしようか。となるとそれは神の恩寵ではないのかな?」
「違うと思います」
「思います、か。違うとする根拠は? 洗礼式でそう伝えられなかったから?」
「いえ、わたしは洗礼式を受けていないのです」
目を大きく見開くハーヴィー様。
洗礼式は一〇歳になると受ける教会の儀式です。
稀に神の恩寵と呼ばれる異能を授かると言われています。
しかしわたしは洗礼式を受けさせてもらえませんでした。
恥ずべきお前に洗礼式などいらんと、お父様に言われましたので。
「洗礼式を受けていないのか。衝撃だな。君がエサリッジ伯爵家でどう扱われていたかよく理解できる」
「父はわたしのせいでエサリッジ伯爵家の悪評が立つのを、極端に恐れておりますから」
「ならば妹の口をまず塞げばいいのに」
あら、ハーヴィー様の仰る通りですね。
思わず笑ってしまいます。
「……神の恩寵は、洗礼式で授かるわけではないんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。元々持ってる異能に気付かせるのが洗礼式でね。強く異能が発現していて、洗礼式以前から神の恩寵を駆使できる者も存在する」
「存じませんでした」
「アカデミーの教授がチラッと話してくれたことなんだ。一般に知られていることではないと思う。神の恩寵自体が非常に稀なことであるからな」
アカデミーの教授ともなると、レアな知識を持っているものなのですね。
わたしもアカデミーで学びたかったです。
「ペイストルエース侯爵家と縁の深い、融通の利く司祭がいるんだ。食事を終えたら、神の恩寵かどうかを調べに教会へ行かないかい?」
「ハーヴィー様がよろしいのでしたら喜んで」
◇
――――――――――その日の夜、ペイストルエース侯爵家邸にて。ハーヴィー視点。
父上が呆れたように言う。
「『妖の目』と神の恩寵、か」
「はい。無作為ですが未来の一端を垣間見ることができるという、驚くべき異能です。魔道具で調べた司祭も恩寵持ちに会ったのは初めてらしく、興奮していましたよ」
「何と何と。しかも異能を伯爵に忌まれていたため、鬼っ子扱いされていたと」
「そうです」
「実に面白いな」
首を竦める父上。
父上がこういう態度を取るのは珍しいな。
「ハーヴィーはアリエ嬢をどう感じた?」
「大変にメンタルが強いと思いました」
「ほう、その心は?」
「神に愛され、またトミタス氏やコリーナ夫人に評価される令嬢ということはひとまず置いておきます。まともに食事すら取らせてもらえない生活だったにも拘らず、恨む様子が見られないのですよ。非常に淡々としていて」
「食事すら食べさせてもらっていないのか」
「だから草を食べていて、トミタス氏と知り合ったようですね」
「ほう、何が幸いするかわからんな」
確かに。
一方で好奇心が旺盛ということもあるのだろう。
「しかし家庭教師はつけられていたんだな?」
「伯爵の意向だったようですね。ある程度のマナーと教養がなければ、どこにも嫁がせることができないと」
「なるほど。忌み子を追い出そうとしながら、同時に政略の駒として考えていたということか。わからんではないが」
「神の恩寵持ちと知れた今では滑稽な算段ですよね」
未来を知るなんて、神の恩寵の中でも破格であろうから。
おまけにアリエ嬢は楚々とした美人で、トミタス氏やコリーナ夫人が認めるほどの才女だ。
アカデミーでしっかり教育されて人脈を築いていたなら、アリエ嬢は間違いなく王太子妃として望まれただろう。
「肝心なことを聞いてなかったな。ハーヴィーはアリエ嬢を婚約者とすることに関しては?」
「ぜひお願いしたいです」
「ふむ。神の恩寵持ちであることは誰にも口外しないよう、アリエ嬢に言ってあるだろうな?」
「もちろんです。司祭にも口止めしてありますから、贈物をせねばなりません」
アリエ嬢の『妖の目』が厭うべきものでなく神の恩寵であると伯爵が知れば、ちょっとどういう行動に出るか掴みかねる。
アリエ嬢に家を継がすのアカデミーに編入させるのと言い出すと、間違いなく神の恩寵持ちであることがバレる。
大変な争奪戦になるだろう。
一方で妹のレイラ嬢は荒れそうだ。
今までバカにしていた姉が持ち上げられるのだからな。
こっちも何をしでかすか予想がつかない。
結論としては、アリエ嬢が神の恩寵持ちであることをエサリッジ伯爵家はじめ各方面に秘密にする。
その上で僕の婚約者としてアリエ嬢を確保する。
利己的だと言わば言え。
これがベストだ。
「アリエ嬢を僕の婚約者としてペイストルエース侯爵家に迎えたいが、アカデミーに通っていないせいか欠けているものが多い。ついては当家で預からせてもらえないかと、伯爵に伝えることは可能ですか?」
「ハハッ、喜んで飛びついてくるだろうな」
「これでアリエ嬢は不幸な生活から脱出できますよ」
「そしてペイストルエース侯爵家は神の恩寵を享受でき、ハーヴィーは婚約者とイチャイチャできるという寸法か」
父上が茶化すが、僕は別のことを考えていた。
エサリッジ伯爵家についてだ。
アリエ嬢が去って神の恩寵の余慶を得られなくなり、家を継ぐのが出来の悪いレイラ嬢ではな。
衰退は免れ得まい。
持参金を断って喜ばせておき、表面だけの付き合いにしておくべきか。
父上も同じことを考えているだろう。
「あら、陰謀かしら?」
「タバサか」
母上が帰ってきた。
僕の婚約を母上抜きで決めてしまって、ちょっとばつが悪い。
「喜んでくれ。ハーヴィーの婚約者がほぼ決まった」
「アリエさんでしたっけ? どんなお嬢さんだったの? しっかり話さないと許さないわよ」
ひええ。
母上の鼻息が荒い!
母上の恋愛話好きはどうにかならないものか。
◇
――――――――――ハーヴィーとの婚約後。アリエ視点。
ハーヴィー様との婚約が成立しました。
エサリッジの家を出て、ペイストルエース侯爵家預かりの身になったのですが……。
「太ってしまった気がします」
「あら、アリエさんは痩せ過ぎですよ」
だって毎日の食事がおいしいのですもの。
でもタバサお義母様は教会を紹介してくださいました。
ケガをした市民を手当てするボランティアがあるのですって。
教会に縁のないわたしは知りませんでした。
わたしは回復魔法を使えるので、大変重宝されます。
魔法を使えば当然お腹がすきますものね。
患者さんには喜んでもらえますし、慈善活動に熱心なのはペイストルエース侯爵家の評判を高める役にも立ちます。
まさに三方良し。
万々歳です。
お義母様には本当に良くしていただいています。
うちは男の子三人だから女の子が欲しかったのよ、とは言われましたが、侯爵家に来たばかりの時のある出来事が大きかったと思います。
わたしの目の異能が発動したのです。
『アリエ、どうした? 目が赤いぞ?』
『盗賊に襲われます』
有名な王都の盗賊団『赤い狐』の、ほぼ一年ぶりとなる襲撃です。
ペイストルエース侯爵家王都邸を含む、貴族街の一角が襲撃される未来が見えました。
お義父様が密かに騎士団と憲兵に手を回し、『赤い狐』の実働メンバーを一網打尽にすることに成功。
陛下に大変感謝され、勲章までいただいたのです。
神の恩寵が改めて評価され、わたしは本当に大事にされるようになりました。
エサリッジの家にいた時には考えられない厚遇です。
嬉しいですけれども、落ち着かない気もします。
恩寵はそのまま他所には秘密にしていますが……。
「徐々にアリエさんの存在も知られてきましたからね」
「はい」
「社交シーズンが楽しみだわ」
お義母様は教会以外にも、お茶会に観劇に騎士団への差し入れにと色々誘ってくださるのです。
今まで知らなかった世界で、とても新鮮です。
行く先々でハーヴィーの婚約者ですのよと紹介してもらえるので、本当にありがたいのです。
「ハーヴィーとはどう?」
「最終試験が近くてお忙しそうです。ハーヴィー様はアカデミーの卒業がかかっていますからね」
トップで卒業するのだと、猛勉強しています。
わたしもアカデミーの聴講生にしていただき、ハーヴィー様とアカデミーの図書館で待ち合わせしたりしています。
知識の詰まった素敵な空間ですねえ。
アカデミーで一度だけ妹のレイラと会いました。
ボロボロになってました。
わたしがいなくなって宿題のレポートを提出できなくなり、進級のピンチだそうで。
おまけに領主教育も詰め込まれていますから。
あまりにも哀れなのでレポートを手伝ってあげたら、泣かんばかりに感謝されました。
これで何とか進級できそうだと。
わたしがいない間にレイラが感謝を覚えていたことは驚きです。
進歩しましたね。
おつむも進歩させればいいのに。
「ハーヴィー様はお優しいですよ」
「そう? あの子ぶっきらぼうなのよ。無遠慮にくっついてくる令嬢は不快だとか言ってたわ」
「えっ? 意外です」
割とバックハグされたりするのですが。
「ハーヴィーも注意しているのだと思うわ」
「注意ですか? 何にでしょう?」
「アリエさんは可愛いし賢いし淑女だし、おまけに神の恩寵持ちでしょう? ペイストルエース侯爵家が手放さないわ」
「ありがとうございます」
「となるとハーヴィーとうまくいかなければ、チャールズやジェイラスの嫁という手があるんですから」
「えっ?」
弟さん達?
そんな考え方があるとはビックリです。
いえ、弟さん達も義姉さん義姉さんと親しくしてくださいますけれども。
でもわたしはハーヴィー様が……。
ハーヴィー様はわたしを正当に評価してくださり、人生を変えてくださいました。
そして常にわたしを理解しようとしてくださる。
深い愛情を感じるのです。
わたしもハーヴィー様に応えたい。
「大丈夫ですよ。ハーヴィーはアリエさんを手離すほどバカじゃありませんからね」
「……はい」
お義母様には見透かされてしまいますね。
家族の愛を知らずに育ったわたしにとって、恥ずかしくも嬉しいことであります。
優しさに包まれて何の不安もない、今のわたしはとても幸せなのです。
――――――――――後日。
「美味い。ふうん、野草もオツなものだな。しかし草だけでは腹は膨れないだろう?」
「トミタス様と旅をしていた時は、魔法で鳥やウサギを狩っておりました。王都では難しいですね。カエルや虫もおいしいですよ」
「昆虫は勘弁してくれ!」
「トミタス様によると、クモは昆虫ではないそうです」
アリエはとてもワイルド。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どう思われたか↓の★~★★★★★の段階で評価していただけると、励みにも参考にもなります。
よろしくお願いいたします。