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6.

 王狼国を出た所で急に旦那さんが私の手を握りこう言い出します。


「さあ、アリ。ピンク先生の試練は乗り越えた。これからスタール国に行くぞ。拠点があるんだ。一旦帰って二人の家を探そう。新しく建てても良い。大丈夫、畑を作れるくらい広い庭のある家にするから」


 すっかり忘れていましたがそう言えば私旦那さんに求婚されていましたっけ!


「あわわわっ」


 ニコニコ笑いながら私の顔毛をわしゃわしゃ撫で回す旦那さん。い、犬じゃないんですが…


「で、でも…可笑しいです!私、旦那さんの事あまり知らないですし…あの…私で…良いのですか?お立場とか。勇者さまですし、私はもう何も無いですし…」

『そうだなアリ!神殿はここだけではな「アリ。先程も言ったが…」いってお主!話の途中で!』


 ピンク先生がピヨピヨ怒ります。


「俺はアリの居ない場所に帰らない、そう言ったよな?」

「あ、は、はい。あ!…あの…もしかしてペットとして、飼われる、とか?」


 パタパタ周りで騒いでいたピンク先生がピタッと固まりました。旦那さんも少し変な顔。パーティーメンバーの方々も困り顔です。あ、ナッシュさんだけ笑っています。何故でしょう?可笑しな事言ったかしら?


「…はぁ、なるほど。アリは俺よりそう言った知識も経験も自分の事も分かって無い。自己評価が低過ぎるし…そうか、それはそうだよな。周りが何でも出来るピヨコだけだったからな」

「?」

「ああ、アリちゃんは可愛いな~獣人女子って肉食系が多いのに無垢過ぎる!やっぱり俺の異種混合ハーレムに入れたい!そして俺が一から十ま」


 そこまで言ったところで何故かカーヒルさんに口を塞がれ抱えられ連れ去られて行くナッシュさん。ハーレムって何かしら?


「アリ。勘違いしないで欲しいのだけど、俺は君と結婚したいから妻になって欲しいと言ったんだ。何も無くて良い。身一つで良いんだ。君の存在自体が奇跡だと俺は思う…君は俺をどう思う?夫にしたく無いとか…でも俺は君と家族になりたい」

「ふぁ!で、でも…」

「君に側にいて欲しいんだ」


 これは…夢でしょうか?本当に私は望まれているのでしょうか?私にこんな素敵な言葉をくれるなんて…


「…わ、わた…し…神殿で…貴方のミントグリーンの瞳をもう一度見たいと願いました。貴方にもう一度会いたいと願いました」

「! アリ…っ」

「それだけで…良かった筈なのに…っ」

「ふふ、それは俺が嫌だな…だからピヨコになる選択肢は捨ててくれ」


 そう言うと旦那さんは私の耳を撫で、そのまま頭を引き寄せて私の口の端にチュッと口付けをしたのです。


「!!?」


 ドクンと心臓が跳ね目の前が揺れました。ガクガクと激しく指先が震えまるで皮が裂けるかの様に何処かに引っ張られぐにゃぐにゃと身体の中が動く様な気持ち悪さに思わず叫んでいました。


「ぅああぁぁあ~~っっ」

「ア、アリ!?」


 顔を覆ってのけ反りました。頭がヒリヒリして上下に激しく振られている様な味わった事の無い感覚にグッタリしてしまいました。ジーンと痺れていた頭が次第に収まり、ようやく息ができる様になり、身体が少し動くとボンヤリする頭で目の前の旦那さんを見上げます。どうやら私は座り込んでしまった様です。旦那さんのお顔が先程より遠くに見えます。


「……あ…だ…んなさ……」

「ア…アリ…その姿…」


 旦那さんが私をグッと抱き起こし、まだ力の入らない私を胸に抱えてくれました。旦那さんの腕の中はとても暖かくてとても広くてまるで私が小さな子供になった様に感じられます。…と、言うか凄く寒いです。


「くっしゅんっ!」


 くしゃみが出てしまいました。あれ?鼻先が見えません。まだ頭が働いていないのかな?


「…突然寒くなりましたね…雪雲でも近付いているのかしら?」


 するとハッとして慌てた旦那さんが自分のマントを外しガバッと包む様に私に掛けてくれたのです。やっぱり旦那さんは優しいです。

 でも不思議な違和感。このマントこんなに大きかったのかしら?それにくすぐったい…背中の肌に直接当たっている?不思議に思っていると、神妙なお顔で旦那さんが私の肩をガシッと掴みます。


「っ!痛いっ」

「あ!すまない…力加減が…いや、えっと、あの、アリ!」

「は、はい!」

「君…」

「? はい?」

「人型に変身してるのに気付いてるか?」

「…人型?私人型には…なれ…な?」


 あら?そう言えば…


 私の身体小さくなってない?私今立っているわよね?旦那さんのお顔やっぱり遠いわ。同じくらいの身長だった筈なのに。

 私はキョロキョロと周りを見渡しました。すると金の髪がサラリと顔を掠めます。


「?」


 手でそれを捕まえ様としてビクンッと慄きました。そこにあったのは肌色をした細い手。とても白くて小さくて、いつもの大きな爪のある緑色の肌の手ではありません。


「きゃああ!」

「アリ!落ち着けっ」


 思わず触ったお顔もツルツルペッタン。先程旦那さんがわしゃわしゃしていた顔毛がありません。パニックです!そしてピヨコ達も飛び跳ねながらピヨピヨ騒ぎ、パーティーメンバーの方々も湧きに湧いていました。

 そうです私、変身出来たんです!どうして?ああ嬉しい!とうとう私も人型に!そう思った瞬間、ブンブンと尻尾がマントの中で風を切りました。


「え…あら?尻尾?」


 おそるおそる後ろを見るとフサフサのいつもの銀色の尾が…頭を触るとフサフサのいつもの耳が生えていました。でも身体は肌色で裸ん坊に下着と白いエプロンがだらんと垂れ下がっています。

 私はどうやらハーフ獣人の姿になっている様です。思ったより変身後の身体のサイズが小さくなってしまっています。純血獣人なのに完全な人型ではなくハーフ獣人仕様になるとは…ガックリと肩を落としました。やはり私は出来損ないの様です。尻尾を抱えしょんっと落ち込んでいると旦那さんが


「クッ…これは…めちゃくちゃ可愛いな。尻尾も耳も金色の髪もサラサラ艶々で。やっぱりアリは凄く綺麗だ」

「…綺麗?」

「美人だよ。獣人の時の姿も君は綺麗だ。初めて君を見た時その姿に見惚れたくらいだ。透き通るオレンジの瞳も金の体毛も頭の花の模様も尻尾も声も…全部な」

「だ、旦那さん…」

「何より君の存在は俺の癒しだ。もうアリの居ない生活には戻れない。諦めて攫われてくれ」


 そうニコリとキラキラのミントグリーンの目を細めて旦那さんは笑うのです。


 もうドキドキと胸が苦しくて…


「…は、はい」


 そう答えるので精一杯でした。


 **


『勇者よ。お主は皇帝の落とし子だな?』


 箱庭から魔寄りの森の出口まで歩く最中そうピンク先生に聞かれた。


『其方の聖剣と話をしてな…まあ、そう身構えるな。別にその件には干渉はしない』

「…そうか…」

『我らの箱庭に来たのは偶然では無かった様だからな…聖剣に感謝するが良い」

「…こいつが?」

『呪いを受けている、それもかなり厄介なものを…そうであろう?』

「……ああ。内臓から腐る呪いを受けていると呪術師に言われた。何重にも重ね掛けされていて生贄まで捧げられた強固な呪いだそうだ。並の呪術師では解呪出来ないらしくてな…いずれ遠くない内に…」

『だから其方の身代わりを聖剣が請け負っているのか。献身的ではないか』

「え?どう言う事だ?」

『箱庭には私が居た、そう言う事だ。ほれ、見ろ出口だ。それにお仲間も誘導しておいたぞ。一緒に帰るがいい』

「え?」


 出口の方向に腰に手を当てたカーヒルやナッシュがへたり込んで座っているのが見える。あいつら俺を探しに?


『ではな勇者よ。七日後我らは箱庭を出て王狼国の神殿に行き、アリをピヨコに迎える為に天に上がる』

「! ま、待て!」


 後ろを振り向いたがそこにはもうピヨコの姿は無かった。


 アリがピヨコに…彼女もそう言っていた。


 胸が苦しい。あの可愛いアリがアリではなくなる…


「……嫌だ」


 ならどうする?


「…迎えに行くよ…残されたほんの少しの間でも」


 彼女を俺のものにしたいから…


 **


「つまりそのピンク先生?を頼って聖剣が箱庭までランを導いたって事?」


 ここはスタール国の勇者のパーティーメンバーの拠点です。私はあの後本当に攫う様に旦那さんに抱っこされてフィルさんの転移の魔法陣でこのスタール国に来てしまいました。暫く茫然としていましたが旦那さんが私の為に衣服や必要な物を沢山用意してくれました。お部屋も頂いて…拠点と言うには相応しくないとても大きなお屋敷で部屋も沢山あります。執事さんも居ますし使用人の方々もいらっしゃって、やっぱり勇者さま達って凄いんだなって思いました。

 応接室や娯楽室。陽の下でお茶を飲んだりするサロンや温室の薬草園まであるそうです。


「ピヨコ達はそれぞれ固有の能力が有ります。ピンク先生は「呪い」を全般に自在に操るんですって。小さい頃母…銀のピヨコから私への呪いも解呪してくれてました。ピンク先生が言葉を話せるのは言霊(ことだま)を用いる呪いに対応する為でもあるそうですよ」


 クピッと温かい紅茶を頂きながら私はそう答えました。ナッシュさんは頭を掻きながらソファに身体を沈み込ませます。


「…そうか…本当奇跡だね。あいつは幼い頃から酷い仕打ちを受けて来たから…いつもなんでもないって顔して淡々と生きて来た。でも継母に命を狙われ続けて来たんだ…平気な訳ないよな。呪いだってそうだ…これからも…」

「あ、でももう大丈夫だと思います」

「え?なんで?」

「ピンク先生は神獣なので私怨で呪いを掛ける事は出来ませんが、「呪いを返す」事は出来るんですって」

「……あ、そう言う?」

「はい。全部お返ししたそうですよ?どんな呪いだったのかは分からないんですがきっと困った事になっているのでは?」

「あ~それは(これは知らされてないんだな。内臓が腐っていく呪いだった事は黙っていよう)困ってるだろうな…ふっ、ははははっ!」

「えへへっピンク先生は凄いんです!」


 私はそう言ってニコッと笑いました。

 後になって分かった事。金狼を眠りに就かせたのは実はピンク先生の呪いでは無かったそうです。しかも永遠の、ではなくて精々二日くらいだと知りました。私の父である金狼は生きていますし目を覚ましているそうです。

 消滅した王妃の存在を全て忘れて…

 おそらくそれが銀のピヨコへの一番の罰になりました。


「ああ、俺もピンク先生にお目にかかりたいよ(可笑しいと思ってたんだよな~あいつが恥ずかし気もなく有りえない公開プロポーズする訳だ。絶対あの場で逃すつもりが無かったんだろうな…これは《《バックが最強》》の朱玉の箱入り娘だわ…はは)」


 **


 あれから三年の月日が流れました。私は魔寄りの森には戻らずここスタール国で暮らしています。

 旦那《《様》》が新しく立派なお庭の広いお家を建ててくれました。私達はそこで家族と暮らしています。

 そうです。私お母さんになったんです。子供達は女の子の双子です。真っ白な毛を持つ大人しいミランと赤毛のわんぱくなレアナ。二人共に旦那様のミントグリーンの瞳を引き継ぎました。毎日子育てを楽しんでいます。


 そう、ピヨコ達と一緒に…


 ピヨコ達との約束が無効になってしまったので私は恩を返せませんでした。するとその対価にこれからも側にいるとピンク先生は言うのです。「アリがアリのままで幸せになるのなら反対はしない。だが、幸せになれたのか見届けるぞ!」って。

 旦那様は「子離れ出来ないだけだろ」なんて言ってましたけど、私は大歓迎です。


『これ、レアナ!蛙や蜥蜴を部屋に放つでない!』

「じいじがたべる?」

『食べない!』

「じゃあレアナたべる」

『食べてはいかん!お──い、旦那止めとくれ~』

「ははっ昔野営をした時に蛙や蜥蜴を焼いて食べたって話したらそこからずっと食べたがって…すまん」

『ピヨ?』

『お主の所為か!黄色!早く追い出せ。レアナが食べてしまうぞ!』

『ピッ!?ピヨ~!』


 バタバタわいわいと騒がしいですが一度も悲しい涙を流した事はありません。

 結局私はピヨコには成らず、それどころかピヨコ達は私から離れませんでした。銀のピヨコの代わりにいつの間にか「眠り」を操る青紫色のピヨコが新しく仲間入りして十二匹で一つの神獣は、魔厄を抑える為にこのお家を拠点に日々活動しているとか…そうは見えないのですが存在するだけで加護の効果があるようです。


 今日もお庭に洗濯物を干し、お料理を作り、畑仕事をして、皆んなでお昼寝をします。暖かい太陽が眩しくてキラキラしていて、本当にこれは現実なのかと疑う程幸せで…


「アリ、どうした?」


 私の耳を撫でながら目を細め笑いかけて来る旦那様。


「…旦那様…私…幸せです。こんな日が来るなんて思わなかった。あの日貴方に出逢わなければ…」

「それは俺のセリフだな。君と出逢えた奇跡にいつも感謝している。ありがとう俺に新しい人生をくれて…愛しているよ俺の可愛い奥さん」


 そう言って頬にキスをしてくれました。


「……そうだ旦那様。謝らなければいけないとずっと思っていたのですが…」

「え?何?」

「実は…箱庭に来て倒れたままの意識の無い時に、旦那様の生殖器を参考にピンク先生と繁殖行動についてお勉強した事がありました。勝手にいっぱい触ってごめんなさい。でもとっても参考になりました!」


「!!!?」


 あら?やっぱり良くなかったですよね…旦那様のお顔が酸っぱい物を食べた時みたいになってるわ。これは…


「逃げます!」


 そう言うと私はシュパッと旦那様の腕の中から脱出。パタパタとお庭に向かって走り出します。



 ああ、なんて良い天気─


 なんて幸せ─



 仮令後ろから裏黒い笑顔の旦那様がもの凄いスピードで追い掛けて来て私を寝室へ(さら)いに来ようとも。


 …やっぱりお仕置きかしら。今夜眠れるかな?




 fin




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