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5.

「チャンス?」

『あの銀狼…勇者である君は一人で討伐出来るか?』

「! ピンク先生!何を!?」

「─っ。娘のアリの前でか?」

『君の聖剣で斬れば奴も浄化されるだろうからな』

「だが今こいつは上手く機能しないかも知れない…」

『それは問題無い。君は本当に幸運だ。…解呪は済んでいる』

「! …そう、か。だから…で?チャンスと言ったな。勿論それはそう言う事だろ?」

『……見守ろう。君次第だがな』

「なら問題無い。その試練受けて立とう」


 旦那さんがニカっと笑い腰のソードホルダーにある鞘から聖剣をスラっと抜きました。


「だ、旦那さん…一人でなんて…」


 私は慌てて旦那さんの服の裾を掴みます。建物程大きくなった銀狼に勝てる訳がありません。ですが旦那さんは


「心配しなくて良い。今の俺は絶好調だ。身体の中にあった魔厄も箱庭で出尽くした。傷も一つも無い。それに呪いも解呪されたらしい。聖剣も本来の力を発揮出来るそうだ。アリ。君と出会えて本当に良かった。直ぐ済むからちょっと待っててくれ」


 そう軽やかに笑ったのです。


 呪い?呪いを受けていたと?一体誰に…

 でもそれを聞く暇は与えられませんでした。彼はタタッと走り出します。銀狼は唸りを上げて旦那さんを威嚇しますが彼の足を止める事は出来ませんでした。旦那さんは勇者です。箱庭で彼と過ごした二月の間沢山の冒険譚を聞かせて貰いました。それが本当なら…でも一人でなんて、と心配していた私は唯、彼の勇ましい背を見送る事しか出来なかったのです。


 **


 俺は幸運だった。

 傷を負い倒れた先にアリが居た事。そして神獣の箱庭に入れた事も…だが全ての傷を癒やし毒を抜かれ、魔獣の肉を埋め込まれた時に魔厄に侵された身体を浄化された事も、あの王妃に俺がかけられた呪いを解呪された事も…全て幸運だったからで済まされるのだろうか?

 女嫌いだった俺がアリに出逢い惹かれた事も…あまつさえ求婚までした事すら全て何かの意思による誘導であったと言われれば納得してしまいそうだ。死に場所を求めていたのにも関わらず、今俺は彼女を手に入れる為に嬉々として目の前の銀狼を討伐しようとしている。


「…ああ、ならば甘んじて受けよう。俺に未来を見せた事後悔しないでくれよ?本来の俺は目的の為なら貪欲で自分勝手な人間なんだからな」


 奴の居る場には神殿の崩れた瓦礫がゴロゴロしていた。足場は悪いが対象はデカい。

 銀のピヨコの能力は憑依。だが神に見放された奴は神聖力は枯渇している筈だ。なら何処からこの様な力を引っ張って来ているか…答えは明白。


「聖剣アガサよ…魔を討ち滅ぼすお前の本来の力見せてやれ!」


 タッタッと瓦礫にジャンプし銀狼に接近。頭を低くし、待ち構える体勢を取る銀狼。巨大な牙を剥き出しにし口を開けた瞬間、俺はサッと拾い上げた手頃な石を奴の口の中目掛け勢いよく投げ込んだ。突然異物が口の中に入った事で一瞬怯んだ隙に奴の左足元に躍り出る。走り抜ける傍らでアガサを振り抜き、対角にある右足脛を右足を軸に回転しながら切り裂くとバッと体液が弾ける様に飛び出した。赤黒く変色した二本の足を切り落とし奴の背後に回り込む。

 アガサは聖剣である。魔厄に蝕まれた肉は…こいつの前では格好の餌食だ。ドスンッと瓦礫に倒れ込む銀狼。だが油断はしない。これまで無数の魔獣を相手して来たのだ。


「悪いが経験値が違い過ぎる。さあ、立て銀狼よ。俺を倒さねば消滅するだけだぞ?」


 魔厄に侵されると厄介なのは身体が壊れようと欠損しようとそれを補うように魔厄が噴き出て代わりを果たすところだ。案の定対角に切り落とした足の根本からはまた赤黒い靄が渦を巻いて吹き出した。足の代わりをするつもりだろう。無論想定内。


 ググッと倒れていた身体を起こし銀狼が再び立ち上がる。その片目は赤黒く染まり既に身体半分は魔厄に取り込まれている様だった。


「出来ればアリが見ている前で討ちたくは無かったが…これはもう駄目だろうな…」

『……ア…リ…スティ…ナ』

「! アリスティナ?アリス…アリの本当の名か?」

『アァア──憎イ…何故…黒イ…汚イ…」

「ハッ。何を言うかと思えば。お前の方が汚いよ。彼女の心は美しく澄んでいて暗闇を照らす穏やかな光の様だ。姿形、ましてや色などどうでも良い。本質さえ見抜けぬお前が俺の未来の妻を蔑むなど許し難い!」

『オォォノレ───ッッユ…許サ…ナイ!』


 勢いよく地を蹴り、俺を噛み殺そうと飛び込んで来る銀狼に向け剣を構える。俺はアガサに向かい一言告げた。


「全開」


 その瞬間、アガサがカッと白く光り、パチパチと弾ける星が溢れ出し、剣先に向け螺旋を描いて一つに流れ出す。

 人など簡単に飲み込むデカい赤い口に迫る牙。俺は両手でアガサを自身の胸の前に持ち構えた。


「棘」


 言葉を発した直後、アガサの光の星が一斉に四方八方へシュワッと飛び出した。

 ズババババッッと音を立て銀狼の身体が串刺しになり、光に触れた肉からジュワッと煙が立ち上がり焼けた臭いが辺りに立ち込める。


『ガァッ…バッガァ─…ッ』


 勢いよく飛び込んで来た奴の鼻先が俺の目の前でギギッと震えながら止まっている。

 俺はニヤッと笑って指でピンッと弾き、その直ぐ後に振りかぶって渾身の力でガンッと拳を叩き込んだ。


『ガァァアァ──ッ』


 鼻を殴られ悶絶する銀狼の雄叫びを聞きながらアガサを引き抜く。光に浄化され穴だらけになった身体から体液と魔厄が吹き出して辺り一面真っ赤に染まった。


「噛み付くだけじゃ俺は倒せないぞ?まあ、もう口を開ける事も難しいだろうけど…ほら、牙が溢れ落ちてるぞ?醜悪な姿だな、銀狼…いや、堕天ピヨコ、か」


 俺の言葉に反応し、ギッとこちらを睨んで来る。さあ、そろそろ終了のお時間だ。


「アリを産んでくれてありがとう。彼女を幸せにするよ。安心して消滅してくれ」


 満身創痍だが左前足を持ち上げ、闇雲に踏み潰そうと振り下ろして来る脇を潜り抜けつつ脇腹の毛を掴み、溢れ出た肉を足場に駆け登ってアガサを下向きに構えズブリと根本まで突き刺す。


「これで終わりだ──炸裂」


 そう呟いた瞬間、銀狼の身体から光が漏れ、グズグズボコボコとうねりながら中の肉が動き出す。


『グォォォォォォ────ッッ』


 アガサの光の星により、内部から浄化爆発させる事で魔厄が穴と言う穴から黒い(すす)状に吹き出した。

 ズボッと剣を引き抜くと奴の背中を思いっきり蹴り上げ足場にしてタンッとその場を跡にして瓦礫の上に着地する。


「聖剣アガサは浄化だけでは無い。神聖力を爆破させ対象を粉砕する技を持つ奇跡の剣だ。…何故俺にくっ付いて来るのかは謎だがな」


 アガサを持ち上げジッと見つめる。神聖文字で祝詞が彫られた真ん中の部分が青く点滅する様に光を発していた。まあ、こいつの気まぐれなんだろう。俺にかけられていた呪いをその身に移し替え頼んでもいないのに抑えて来てくれていたのだ。今日のこの日を迎えられたのはやはりこのアガサのお陰でもある。


「久々に楽しめたかアガサ?」


 俺達の背後で銀狼がドォ──ンッと重い音を立て崩れ落ちた。クルッと向きを変えその姿を暫し眺めていると身体から魔厄が抜け出して小さくなっていく。するとポンッとふわふわとした丸い小さな物がフラフラ彷徨いながら王宮のある方向へ向かって飛んで行こうとした。俺はすかさずそれに走り寄り左手でパシッと捕まえる。


『プッ!ピ…ヨ…ッ』


 それは薄汚れた銀の羽を持つ半分溶け掛けているピヨコだった。銀狼が転がっていた場所には灰色の体毛にまだらに黒く染まる足を斬られた狼が横たわっている。


「ほう?しぶといな。融合が解けたか?まあ、あれだけ神聖力を叩き込んだんだ、あり得ない話でも無いか…消滅する前にアリに謝罪させてやろう」


 微かに息があった為倒れた狼を肩に乗せ、左手の中で暴れる溶けた銀のピヨコを持ち、俺はアリ達の元へと戻った。


**


 私と旦那さんのパーティーメンバー、それとピヨコ達は少し離れた場所で唯々無言でその戦いを見ていました。


 …旦那さんはヒョイヒョイと素早く動きながら銀狼を追い詰め軽々と背に乗って剣を突き刺しました。するとブワッ黒いものが吹き出し巨大だった銀狼の姿が消えたのです。その間ものの十分程。


「…呆気ないな~よっわ!」

「基本単体だし魔法陣とか罠とか無いならあんなもんじゃない?」

「あの魔狼、随分魔厄にやられてたようだな。それにアガサは元の力を取り戻している様だ。安牌だろう」

「勇者様カッコいいっス!」


 きっと彼らはこう言った戦闘は見慣れているのだと思います。が、私はヒヤヒヤオロオロするばかりで…半べそになりながら旦那さんがこちらに手を振るまで手に汗を握っていました。行きと同じ様にタタタッと走って戻って来た旦那さんは肩に灰色の狼、そして…


「アリ、すまない待たせた。それと捕まえて来たぞ」

「い、いえ、十分早かったですよ…え?捕まえる?って…?」


 ハハッと全くの無傷で飄々と笑う旦那さん。今銀狼と戦って来ましたよね?全く疲れていない様で…こ、これが勇者…

 呆然としている私に旦那さんが左手を開き私に見せて来ました。

 開かれたグローブの上にはクチャっとなった丸い何かが……ん?え?これは…


「!? 銀の…ピヨコ?」


「半分溶け掛けているがまだ生きている」

『…ほう、あの神聖力を食らって消滅せなんだか。…残った半分は金への愛か?』

『ピ…ピヨ…ピ…』

『ああ、もう何の力も感じない…美しく誰よりも綺麗な声で鈴が鳴る様に唄っていたと言うのに。愚かな銀よ…』


 すると他のピヨコが次々に飛んで来て私や旦那さんの肩や頭に停まり銀のピヨコを見下ろします。誰も何も言わずいる沈黙の中、突然黒ちゃんが銀のピヨコに近付きました。ビクッと怯える様に震える彼女の頭に黒ちゃんがツンッと嘴で突きます。


『ピッ!』


 私が驚いていると次々にピヨコが銀のピヨコに近付き頭をツンツンと嘴で突いていきます。最後に白ちゃんが旦那さんの手の上で項垂れながら銀のピヨコの頭をツンと突きました。白ちゃんはとっても悲しそうです。最後にピンク先生が


『行きたければ行くが良い。金狼には「永遠の眠り」を掛けた。我ら十二匹の祝福が無ければ二度と目を覚まさない。お主があの王宮で眠る奴にこの祝福を渡す事が出来るのなら…だが、消滅する前にたどり着けるかな?』


 そう言って銀のピヨコの頭をツンッと嘴で突きました。震える銀のピヨコはハタハタと弱々しく羽ばたきます。


「おっと、その前に…」


 旦那さんが飛び立とうとするピヨコの顔だけを出して両手で捕まえズイッと私の前に突き出します。


「アリにちゃんと謝って貰おうか」

「旦那さん…」

『ピ!ピヨォ─ッ』

「あ、何か分かったかも。誰が!って言っただろ?じゃあ、仕方が無いな。このまま消滅すれば良い。ピヨコ達が許しても俺が許さん」

『ピ!?』

「酷い行いをして謝罪も出来ない奴に情けを掛ける程俺は優しくない。反省していない証拠だからな」

「……」


 私は何も言えませんでした。本当はもう済んだ事だからとそう告げれば良いだけの話です。ですが銀のピヨコは沢山の人に迷惑を掛けました。本来であればピヨコ達によって加護を受けられた筈の王狼国は魔寄りの森の魔厄に呑み込まれそうになっています。国民は今きっと毎日怯えて暮らしているに違いありません。唯、金のピヨコが好きだからと言うだけでは許されない事をし続けてきました。謝れば済む訳ではありません。どんな理由が有ろうとも王の妻になったのであれば国民を護る義務がある筈です。それを蔑ろにし、黒を絶対悪にして迫害し、ましてや命を奪う権利があるでしょうか…


『ピッピヨ…ピヨヨ!』

『こんな事をしている場合では無い、金狼が目を覚まさなくなる!と言っている』

「…だから?」

『ピッ!』

「役に立たない金狼がなんだと言うのだ。いっそ目覚めなければ良いのでは?」

『ピヨヨピヨ!ピヨォ!』

『彼は関係無い?自分が勝手にやった事だ、と言っている』

「連帯責任だ。アリはお前達の娘だろ?謝罪しないなら夫婦揃って消えて無くなれ。ほら、身体がどんどん溶けていってるぞ?」

『ピヨピヨピッ…ピヨッ』

『嫌だ嫌だ金のピヨコに会いたい、離れたくない、だと』

「子供か。よくこんなのが神獣になれたな…」

『全く何処で狂ってしまったのか…だがもはや転生も出来ぬ身。勇者よ、離してやれ』

「…アリ…何だかすまない。潰してくれば良かったな…」

「…いいえ、これで良かったのです。心からの謝罪でないなら…意味はないのですから」

「そうだな…分かった。ほら、行け」


 旦那さんが空高く銀のピヨコを放り投げます。すると不器用にハタハタと羽を動かし銀のピヨコは王宮のある方向へフラフラと飛んで行きました。


「悪は悪のままの方が良いのかもな…傷付けられた事には変わらないのだから」

『彼奴は金狼の所には辿り着かん。我々が制裁を加える必要は無い。勝手に絶望し泣きながら消えていくだろう。それが奴に対する罰なのだ』

「そっか…あ!ピンク先生、試練をクリアしたぞ?」

『む!覚えておったか…』

「勿論祝福してくれるんだろうな?」

『お主、そんな感じだったか?心配になってきたわいっ』


 結局少し不完全な終わりになりましたが、宿主の貴族令嬢であった女性を白ちゃんが治療し、旦那さんの聖剣が魔厄を取り除いて診察所に運びました。目が覚めたら…彼女はどうするのでしょう。私は彼女から生まれました。でもきっと私の事など分からないでしょう。泣きたい様な寂しい様な…どうにもならない悔しさで胸が一杯です。


『彼女には我々の加護を授けよう。決して悪い様にならないよ』


 ピンク先生がそう言ってくれたので私達はそっと診療所を後にしました。




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