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4.

 彼を見送った七日後、私が成人になる日。

 とうとう十八歳になりました。この世に生まれて一度でも父や母、兄妹に祝って貰えなかった私ですが、ピヨコ達に護られ大事にして貰って此処まで来れました。

 今日を限りにこの箱庭ともお別れです。

 十になる前に魔寄りの森に捨てられピヨコ達に箱庭へ保護され過ごした八年と旦那さんと過ごした二月ちょっと。沢山の思い出が詰まっています。全体を見回し寂しい気持ちを抑えつつ「さよなら…ありがとうございました」そう最後に呟きました。


 天には違う色をしたピヨコが沢山いるそうです。その数は二千以上とピンク先生は言います。同じ色は一つとして無いのだそうです。


『十二匹で一つの神獣になる。力のある神獣になる為には力を使い地上を浄化しなくては。神に与えられた神獣の勤めだからな。今も至る所でピヨコ達は力を奮っているのだよ』

「色々な色のピヨコ…私も見てみたいです!」

『神獣は神聖力が強い者しか見れないからね…アリは元々魂の位が高いので生まれたてでも見れただろうが、神官レベルでは無理だろうね…ああ、勇者は聖剣を持っているから…あの聖剣、なかなか曲者だったなぁ、ふふっ』

「曲者?」

『主人の意を無視し、我を通す。変わった奴だった。まあ、その分苦労はしているみたいでな』

「聖剣って意思があるんですか?」

『勿論さ。無ければ聖剣と呼ばれない。おお、ほれ、見えて来たな』


 緑ちゃんが操る風に大きな葉っぱを乗せて私達は王狼国にある神殿に向かっていました。通り過ぎる八年振りに見た王宮は…何だが廃れている様に見えました。


『愚かなものよ…アリの暗殺を尽く失敗したものだから、とうとう魔厄に包まれた魔寄りの森に我が子を捨て去った。その代償で彼らは罰を受けている。銀狼の暴走を食い止める訳でも無く傍観していた金狼も同罪だ。我々の加護はこの国には無い』

「……」

『辛うじて魔厄の侵入は防げているが時間の問題だろうな…いずれ王狼国は隣接した魔寄りの森に飲み込まれるだろう』


 王狼国は大国タガー国にある魔寄りの森を挟んだ隣の小さな人狼の国です。閉鎖的な種族ではありましたが身体能力に優れ魔力も多く、更に私は出来ませんでしたが三パターンの変身が出来、獣人の中でも多岐に適応能力が優れていました。ですが体毛に「黒」が混じると迫害される為、一時期間引きが横行し、魔厄の被害も相まって無情にも数を減らして行った悲しい国です。


『さあ、アリ神殿に着いたぞ。…ん?』


 ピンク先生が少し沈黙しました。緑ちゃんが風を弱めふわりと神殿の入り口に私達を降ろしてくれます。葉っぱからピヨピヨとピヨコ達が飛び出していきました。


「ピンク先生?」

『……いや、なんでも、無い。最奥の至聖所に向かおう』

「はい…」


 至聖所とは天に通じる道のある最も神聖な場所です。ピヨコ達は此処から下界に降ろされたり昇って行きます。長く広い階段を上り左右の円柱の間を抜けて聖所へ。香壇を正面に幾つもある燭台や机、長い椅子を越えて最奥へ。金と銀の垂れ幕の掛かる壁には白い狼が天に昇る絵画が掛けられていました。


『…さあ跪き目を閉じなさい。心を乱さず神に祈り次に目を開く時、君はアリでは無くなっている。我々と同じピヨコとなり、下界の安寧に尽力する神獣に生まれ変わる』


 ピンク先生が静かにそう告げました。私はスッと両手を合わせます。私はピヨコになります。全てを忘れて…


 …ですが…


 心が…胸が…

 とても痛くて…

 最後にもう一度…

 あの方の美しいあの瞳を…


 見たいと思ってしまいました。


「…ああ…旦那さん…私は…」


 これが恋と呼ばれるものだと気付いていました。初めて彼の瞳を見た時から捕らわれていたのです。想いを断つ様に最後の日別れの挨拶さえしませんでした。

 でも押し殺して流した涙で胸の中に芽生えた芽を、私はいつの間にか大切に育ててしまったのです。たった二月の間彼と過ごした日々は私を変えてしまいました。


 もう一度…もう一度だけ…


 貴方に会いたい


 そう願った瞬間、跪いた石の床がグラグラと揺れ出しました。ハッとして顔を上げると神殿の至る所からパラパラと砂埃が落ちています。


「…え?な、何?」

『ピヨ!』

『ぬっ!やはり彼奴め気配を極限まで消して潜んでおったか!』

「え?アヤツ?」


 ズズズ…と神殿の石組みがズレていきます。円柱の土台がバラバラと崩れ支えている天井にひびが走ります。私は恐ろしさに身体が固まり祭壇に縋りついたまま動けませんでした。


 その時です


 遠く出口の方から誰かの叫ぶ声が…

 今にも崩れそうな神殿の中を走り来る硬い靴の音。重くでも速く駆けて来るその音に私の耳が反応します。バカンッと側面の壁が音を立て白い石が転がり落ちて来ます。もう至る所がギシギシと軋み岩が転がり崩れてとうとう天井からゴゴゴ…と轟音が鳴り揺れ始めたのです。


 でも私は唯々真っ直ぐに声のする先を見つめていました。白い砂埃の中、人影が薄ら見え始め更に私目掛けて走って来ます。


 何故なのかは分かりません。何故貴方が此処に居るのか…どうして…


「…っ」


「アリ─────ッ!」


 どうして私の名を呼ぶのか…


「アリ!そこに居るのか!」


 どうして…私を探すのか…


 白い靄の中を躊躇いもせず駆け抜け祭壇に縋り付く私の前に息を切らせて現れたのは…


「アリ!」


 バッと私の前に手を差し出して


「来い!!」


 今一番会いたくてもう一度会いたいと願った…ミントグリーンの瞳。


 震える手を無意識に差し出すとその手をガシッと掴み、強引に引き寄せ動けない私を肩に担ぐと来た道を旦那さんは再び走り出しました。ピヨコ達はそれぞれ飛び立ち私の周りを囲いながら出口迄脱出を援護します。

 崩れ落ちて来る壁だった石を紺ちゃんが液体にし、水色ちゃんが弾きます。崩れた床を茶色ちゃんが木で道を作り、落ちて来る天井を緑ちゃんが風で支え黒ちゃんが斬り刻み粉々にしました。

 塞ぎ切れない石を聖剣で弾きながらそれでも真っ直ぐに先程入って来た入り口に辿り着き、階段の上から下まで戸惑いも無く飛び降りたのです。


「きゃぁ!」


 私は思わず悲鳴をあげて彼にしがみ付いてしまいました。ですが、不思議と強い衝撃も無くタッと地面に降り立ちます。


「…抜けたな。アリ、無事か?」

「あ…は、はぃ…旦那、さん…ど…して?」


 もう訳が分からなくて泣いてしまいそうです。


「箱庭から出た日ピンク先生に今日がアリの誕生日だと聞いた。この神殿に来る事も…」

「…え?」


 その時ゴォッと円柱の柱が崩れ私達の上に倒れて来ました。

 あっと思った瞬間大きな岩が二つ凄いスピードで円柱にドガンッとぶつかり重い柱が横に倒れます。倒れた際粉塵がバァーッと舞い上がり私達を覆いましたが何故か煙たくありません。見ると大きな円状に何かで囲われ粉塵が避けているのです。

 呆気に取られていると後方から声がします。


「いや~、間に合って良かったな~。まさか神殿が崩れるとは思わなかったけど…ああ、君がアリちゃん?」


 その声にピクピクと耳を傾けます。聞いた事の無い声…でも何だか優しげです。その姿は山羊の角を持つハーフ獣人の男の人でした。


 肩から降ろされた私にスタスタと近付いて来て両手をギュッと掴みます。ヒッと思わず声が出ました。だって…男の人から触られたのは初めてで…あ!そう言えば旦那さんに肩に乗せられて…今日だけで二人も!恥ずかしい!マゴマゴしていると山羊の彼がニコニコしながらこう言ったのです。


「魔寄りの森でラン…勇者を助けてくれてありがとう。コイツは俺の幼馴染でな、一緒に国を出た仲間なんだ。君には感謝してる。時々可笑しな行動して死にかけるから俺達困ってたんだけど…君のお陰で傷すら残って無い。しかも女の子に触れる様になってるし…な?大進歩だ!」


 ブンブンと手を振られ戸惑っていると私の手を握る手に上から手刀を入れ止めた旦那さん。


「痛って!何すんだラン!」

「不必要にアリに触れるなナッシュ」

「!!? おお!こ、これは…マジか…っあの堅物の勇者様が…!」


 どうやら彼は旦那さんのお仲間さんの様です。すると上空からバサッと羽音がしてもう一人深緑の装束を身に着けた色白い羽を生やしたハーフ獣人の男の人が、更にふわっと同じく空から降りて来たのは鈴の付いた青い長いマントを羽織った男の子。その後方からヌッと出て来て歩いて来るのはとても背の高いカンガルー獣人の男の人。


「~っ!」


 あまりに沢山の男の人に近付かれたので怖くなり思わず旦那さんの背に回り隠れました。


「ありゃ?怖がられた?」

「アリは箱庭で長い間外に出ず神獣と暮らしていたから…すまないアリ。彼らは俺のパーティーメンバーだ。全員男でむさ苦しいが付いて来ると聞かなくてな」

「あ、あの…こんにちは、アリです。お、お会い出来て光栄です…」


 すると何故かホォ~と驚いた様にため息を吐かれました。え?人狼は喋れますよ?


「これは…美しい。キラキラ弾ける様な耳あたりの良い声だ」

「うわっ鳥肌立った!綺麗な声だね~!」

「これは…神聖力を含んでいるのではないか?」

「わぁ~アリちゃん!是非俺の異種混合ハーレムに…」


 ゴツンッとナッシュさんの頭に拳骨を降らせた旦那さんが溜息を吐きながら私に向き直りました。


「神殿は壊れた様だし…今日はもう無理だろう…アリ、今でもピヨコになりたいか?俺は…君には君のままでいて欲しいと思った。アリでいて欲しいと…望んでは駄目だろうか」

「…そ…それは…」

「あれからずっと考えていたんだが、アリ…俺と…一緒に暮らさないか」


 え?


「…いや、曖昧は失礼だな。決めた。君を妻にする。良いだろピンク先生!」

『なーにが良いだろだ!黙って聞いていれば暴走しおってからに!お主の様なヒヨッ子に大事なアリをやれるものか!』

『ピヨ~!』

『ピヨヨッ?』

『ピヨピヨッ』


 ピンク先生は怒りで、周りのピヨコも驚きでパタパタ騒ぎ出し、旦那さんのお仲間も驚愕の眼差しで旦那さんを見ながらガチンと固まっています。


 何より…私が一番…一番…


「アリ、俺の妻になって欲しい。君を想い出にしたくない。一生伴侶は持たないつもりだった。いつかは一人で消えて逝くのだと思っていた。でも…君との未来を想像してしまった。俺は、俺はもう、アリの居ない場所に帰るつもりは無い!!」


「ふぁ…ぁぁ」


 旦那さんの突然の求婚に頭がパニックです。どうしてこうなったのか…目の前がぐるぐるします。

 私は黒の混じる忌み子で変身能力も無くて…えっと何の取り柄も無いし…えっと…なんでなんで?


『アリ!そやつから離れ…』


 ドカカッ────バカ──ンッッ


「きゃぁぁ~~~~っっ!?」


 またもや背後にある神殿から突如轟音が響き渡りました。


「チッ、今度は何だ!」


 サッと私を庇いながらいつも穏やかだった旦那さんから舌打ちが聞こえ、それはそれで新鮮です。じゃ、なくて…ハッと見上げると崩れた神殿の中に大きな狼が現れました。その姿は…


『銀狼…愚か者め!』


 白い砂煙の舞う中、全身が銀色の体毛に包まれた巨大な姿の銀狼が私達を睨み付け唸りを上げています。憎しみの籠った目で一点、私を見ていました。


『銀よ…神殿自体に憑依したな?その様な力まだ残っていたのか…』


 ピンク先生がパタパタ飛んで来て私の肩に停まりました。


『アリに銀の能力を継承されるのがそんなに嫌か?そうだな…能力を失えばそなたは令嬢の身体と融合出来なくなり消滅するしかない』

「え?消滅?本当ですかピンク先生!」

『当然だ。此奴は神の使いである神獣銀のピヨコでありながら勝手に下界へ降り、罪も無い人狼に取り憑いて身体を奪い私利私欲の為に金狼と番になった。その我が子を黒が入ったと言う理由で殺そうと躍起になり、挙句に失敗すれば他国の森に打ち捨てた。見ろアリ、彼奴の姿を!』


 美しい銀狼。誰もが認めて褒め称えていた母。だけど今目の前に居る銀狼はかつて光を集め星の河の様だと謳われていた体毛の半分以上が足元から赤黒くまだらに染まっていました。


「! なんて事!!」

『銀はとうに神の加護を受けられなくなっている。当然だ…心悪しき者は魔厄に取り憑かれる。美しかったのは心を反射しているからに過ぎない。今の奴はかつての栄光、輝かしい地位に溺れしがみ付く過去に囚われた愚かな罪人だ。…そしてアリは銀にとっての試練だった』


 ハッとしました。私が母の試練?


「黒い耳で生まれた事が母への試練だったと言うのですか?」

『仮令黒い体毛が混ざっていたとして何だと言うのだ。自らが腹を痛め産んだ子を愛し慈しみ母として護るのであれば銀は全てを神に赦された』


 ああ…どうして…銀のピヨコは何処から可笑しくなってしまったのでしょうか…


『美しいものに囲まれて過ごして来た彼奴には黒は絶対悪なのだろう。元々の性質もある。己の価値観だけで良くないと色だけでそれの全てを否定するなど愚以外の何物でもない!我々カラーピヨコはそれを一番分かっている筈だ。陽の光が白くとも、何も見えない暗闇が黒くとも…色に優劣など存在しない!』

「ピンク先生…っ」


 するとピンク先生がクリッと旦那さんの方を向きこう言いました。


『…勇者よ。今から君にチャンスを与えよう』





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