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2.

「わあぁ!茶色ちゃん上手~!黄緑ちゃんも早い!あっと言う間ですね!」


 次の日私達は人間さんの為にベッドを作ろうと話し合いました。流石に今のソファにずっと寝かせたままは良く無いよね?って事で急遽用意する事にしたのです。

 茶色ちゃんが庭に大きな木を生やしてくれました。黄緑ちゃんがそれを切り倒し、橙ちゃんが乾燥させます。仕上げに風を使って真っ直ぐな板を切り出し削って木材の出来上がりです。


 茶色ちゃんは植物に関する事ならなんでも出来ます。私の畑の管理も茶色ちゃんと一緒にしているんですよ?神聖力を土に融合させる事で成長を早くしたり栄養の量を増やしたり出来るみたいです。

 黄緑ちゃんは風を操る事が出来ます。切ったり削ったり浮かせたりとても便利です。


「沢山出来ましたね~折角だから今度貯蔵用の広い小屋を増築してしまいましょうか」

『ピヨッ』


 ベッドを組み立て空き部屋に運びます。その後、茶色ちゃんに種をポワポワした綿花まで成長させて貰い、急いで収穫します。グレイビースパイダーと言う魔獣が編んだ丈夫な布に綿を詰めて針でチクチク閉じて、昼過ぎに人間さんのお布団が出来ました。年に二回はこのお布団を作り直すので慣れたものです。

 因みに黄色ちゃんはテイマーです。グレイビースパイダーを沢山使役しています。他にも小型のネズミ、蛙に蜥蜴、大きなトンボや蜜蜂なども見かけます。どれも小さな子ばかりですがその数は膨大で、魔寄りの森の全域に散らばっているそうです。毎日蜂蜜を届けてくれたり珍しい種をくれたり糸で布を作ってくれたりします。私のエプロンもそれを使って作りました。皆仲良しで良い子ばかりです。


 *


 人間さんが現れて三日が経ちました。あの日から彼は眠ったままです。傷を癒し毒を抜き失った体液を補いましたが、魔厄を帯びた魔寄りの森に何の装備も無く入った為に、脆くなった傷口から侵されてしまった所為だとピンク先生が言ってました。この箱庭に居れば直ぐ魔厄は消滅するのでその内目覚めるだろうと。


『聖剣を持っていれば魔厄をその身に受ける事は無い筈なのだがね…本来の力が発揮されていない様だ。まあ、落ち着いたら聖剣と話をしてみよう…』


 との事。


 心配していましたがその翌日、とうとう彼が目を覚ましたのです。


 **


 声がする。何処かで聞いた事のある鈴の音の様な綺麗な声。おっとりした優しげな女性の発するそれは、若い人なんだと思わせた。

 ふわふわとした頭に心地が良く温かい。俺の額にスリッと触れる肌の感触も乱暴さを微塵も感じさせず慈愛が滲み出ている。

 俺は女性が苦手だ。いや、嫌悪している。昔、貴族の数人の女に押さえつけられ身体中を弄られた事がある。まだ八の歳だった。あれ以来母と昔からの侍女以外の女は気持ち悪くて顔も見れなくなった。暫くは豪華なドレスを見るだけで吐き気を催す程で、冒険者になってからは女性の対応は全て幼馴染のナッシュに任せて逃げていた。二十七になった今では顔くらいは見れる様になったが、視線を合わせるのも触れられるのもやはり駄目だった。別にそれで構わなかった。自分から誰かを求めた事など無かった。唯生きて何も残さず死ぬだけだと、そう思って来たから…


 …だからこの頬を撫でる手が心地良いなどと思う自身に驚いたのだ。


「うん、顔色も良いですね。あ、水色ちゃんありがとう~橙ちゃんも丁度いい温度だよ、流石ですね」

『ピヨ~』

「じゃあ拭いていきましょうか」

『ピヨッ~』


 ん?


 何を?と思う間も無く俺の胸に少し熱めの物が乗せられサッサッと動く。首や鎖骨、胸や腕、更に脇にまで。

 あ、これは俺の身体を誰かが布で拭いているのだ…そう察した。

 ここは…診療所か?そうか俺は魔寄りの森で怪我をして…

 ……あの時、目の前に居たのは…この人か?

 ぼんやりとした頭で雨の中の光景を繋ぎ合わせ思い出していた。長い間夢を見ていたからか時系列があやふやで整理が追い付かない。

 パチャパチャと水の跳ねる音がして再び熱めの布が腹を行き来する。そして…


「!!?」


 何の戸惑いも無く股間に触れてくるそれにビクンッと反応し、反射的に身体を起こし遮った。


「よ!よせ、そこは触るなっ!っ…うっ、ゲホゲホッ」


 喉がカラカラで咳き込んだ。はぁ、と息を吐く。生きている?…そうか、俺はまた生き残ってしまったのか…しかも…全く痛みが無い…寧ろ今までにない程頭がスッキリしている。呆然と自分の身体を眺める。腹に負った筈の怪我が無い。いや、それ以前に付いた怪我の痕すら残っていない。太ももや腕にあった深い醜い傷、そして昔自ら(えぐ)った胸の肉さえも一筋の痕なく消え元に戻っている。


「…どう言う、事だ?」

『ピヨ!』

「あら」

『ピヨヨ~ッ!』

「まあ!良かった、起きられたんですね?」


 鈴がチリンと鳴る。そんな清涼な静かに響く綺麗な声。ハッとして顔を上げる。


 そこには…


 金の毛皮に額に白い花弁の様な模様。そして黒い耳がピクピクと動く…緑の皮膚を持つ獣人、狼の顔を持つ人狼の姿があった。


 瞳の色は透明な深く澄んだオレンジ。バチッと目が合って暫くお互いに無言で見つめ合う。するとその大きく開くピンクの口からあのコロコロと鈴の鳴る声で


「わぁ…凄い。なんて綺麗な瞳の色でしょう。黄緑じゃないし水色でもないわ。お空の色とも少し違うしキラキラしていて…全て混ざった見た事の無い色ね」


 そう話しかけてきた。雨の中で聞いたあの声は…この人狼だったのか…


「…君は…誰だ」

「私?私はアリよ。長い名前があったのだけれどもう使わないから。今は唯のアリって呼んで下さい。えっと、貴方は?」

「……名前は無い。俺も全て捨てて来たから。身内は愛称で呼ぶ奴も居るが今は周りが勝手に勇者だとか旦那とか呼んでる。俺の目の色は特別らしくてな、姿を見ればそれで分かるらしい。名無しでもまかり通っている」

「…勇者?ああ、やっぱり!聖剣を持っていたからそうじゃないかってピンク先生が。そうですか…ところでダンナって何ですか?」

『「旦那」とは妻が自分の夫を呼ぶ通称だったり不特定多数の妙齢の男性に対しての総称だったり、下僕が主人に対して使う敬称だったりと範囲の広い曖昧な呼び方だ』


 突然全く聞き覚えの無い年老いた男性の声が頭に響く。ハッとして辺りを見渡すが人の姿が見当たらない。


「あ、ピンク先生~人間の人起きましたよ。名前が無いそうです。でも勇者さまなんですって。あ、旦那さんか…」


 頭をコテッと倒して不思議そうにする筋肉隆々のアリと名乗る人狼。だが相手が居ない、と思っていたがパタパタと派手な小鳥が飛んで来てアリの肩に停まった。ピンク色だ。ピンクだからピンク…先生?


『うむ、おはよう旦那君。体調はどうだい?死にかけていたが元々の体力と精神力、それから聖剣の浄化作用でギリギリを保てた様だ。この場所に辿り着いたのは神のお導きかな。…ところで、生殖器を隠した方が良い。立派だが男の裸ん坊は見苦しいからな』

「え?あっ!」


 ガバッと下を向くと素っ裸の自分に改めて驚く。急いで側のふかふかの布団を引っ掴み身体を隠した。


「えへへ、どうですか?そのお布団。皆んなで作ったんです。ベッドも新しいんですよ?あ、お水飲みますか?えっとコップコップっと」


 サイドテーブルの水差しから木製のコップに水を注いで俺に差し出すアリ。


「あ、ああ…ありがとう…」

「どういたしまして旦那さん。ピンク先生、紺ちゃんを呼んで来ますね。旦那さんは服を着ないといけませんから」

『そうだな』


 ピンクのヒヨコを椅子の上に移動させ、銀色の尻尾を振りながらアリが扉から出て行ってしまった。


「……」

『…まあ、混乱するのも分からんでは無いが、先程も言った様に死にかけていた君を彼女が拾ってこの家に連れて帰って来た。治療を施し君を看病していた。ここまでは理解出来たかな?』

「ああ…手数を掛けた。ありがとう…」

『…君は死にたかったのか?それとも魔寄りの森を舐めていたのか?』

「……」

『残念だったな。だが物は考え様だ。君は君だったから此処に辿り着けた。心が邪な者はこの箱庭に気付かない。私達がそう造ったのだから』

「…箱庭?」

『神獣の箱庭。我々がアリを護る為に用意した場所さ』

「あの人狼を?…どうして…」

『…残念だが君の事を我々が信用していない今、話す事は無い。怪我を治し場を貸し与えたのは善意、いや、アリが望んだからだ。落ち着いたら此処を出て我々の事は忘れて生きてくれ』

「……ああ、すまない」


 全く可笑しな話だった。可笑しい事だらけだ。


 喋るピンク色のヒヨコが言うには此処はある箱庭で悪意のある者は入れない事。死に掛けた俺の傷を完治させる事が出来る程の力がある事。此処がアリと言う人狼を護る為にだけ存在する事。

 そう、光り輝く金の体毛に銀の尾のあのアリと言う人狼…人狼は狼獣人の事だが一般的に色の薄い体毛を持つ者が高貴とされている。これは王狼国が定める血統の基準だ。創始の白を頂点とし、その次が金、銀、薄茶色に灰色などで、最下位が黒になっている。つまりアリは高貴な出だと思われる。しかも金銀どちらも身に宿している奇異な存在。本来ならこんな魔寄りの森に居るのは可笑しい事ではないのか…

 確か王狼国の現国王は金狼では無かったか?妃は珍しい銀狼だと聞いた事がある。


 …まさか…


 *


 あれから更に二日が過ぎた。


「はい、旦那さん。これも美味しいですよ?トマトも甘いので沢山食べて下さいね?あ、嫌いな食べ物何ですか?」

「え、ああ…何でも食べるよ。好き嫌いは…考えた事無いな…」

「まあ!立派です。私お野菜は全部好きなんですがお肉は苦手で…淡白なウサギは食べれるんですが」

「…肉食獣人って肉しか食べないと思ってたけど全然違うんだよな。仲間にカンガルー獣人がいるんだけど葉っぱ物が嫌いで豆料理ばっかり食べてるよ」


 テーブルの上に食べ切れない程の料理が並んでいる。スープにサラダ、肉料理にパン。全てアリが調理したらしい。この箱庭で作られた収穫物だそうだ。味は…とても優しくて身体に染み込む。

 仲間は違ったが、俺は正直腹が膨れれば良いと食に興味は無かった。だが今食べているアリが作った料理は素直に美味かった。


「アリは料理が上手なんだな」


 そう言うと黒い耳をピクピク動かして「えへへ」と嬉しそうに目を細める。

 一般的に獣人は獣の顔に異様に発達した筋肉。鋭い爪、体毛で包まれたパワー型で二足歩行の獣人型を言う。彼らは気持ち程度のプロテクターや下着を着けている事が多いのだが、それに白いフリフリのレースが付いたエプロンを着るのが彼女のデフォルトだ。


 始めは直ぐに出て行こうとしたのだが、考えたら命を救ってくれたのに何も礼をしていなかった事に気付き、困っている事が無いか聞いてみた。此処にはアリ以外ヒヨコの様なピヨコしか居ない様で男手が無い。家屋の修理など手伝いを申し出たがキョトンとされた。全く困っていないと言う。それは一様にピヨコの能力のお陰らしい。


「お礼なんて要らないです。ピヨコ達も自分の能力が使えると成長するので使いたがりますから。私も久しぶりにピンク先生以外の方と会話出来て楽しいので。あ、良かったらお外のお話聞かせて貰えませんか?…王狼国は知ってます?」


 そう遠慮がちに聞いてくる。そうか、彼女は何らかの事情で此処から外に出れない生活を送っているのだ。きっとこれからも…


「…ああ。面白おかしくは話す自信は無いが、知っている事を話して聞かす事くらいは出来る。これでも色々国を渡って来た冒険者だしな」

「わぁ!ありがとうございます旦那さん!」


 すっかり俺は「旦那さん」と呼ばれる様になってしまったな。まあ、今更か。


 それから畑の草抜きや収穫、雑用などを手伝いながら暫くアリとピヨコ達と生活する様になった。これが思いの外楽しい日々となったのだ。癒し、と言うのか…何者にも怯える事の無い空間。毎日作物が育って行く様。ピヨコ達の披露する能力に感嘆したり、料理を手伝ったり、あどけないアリの純粋な笑い声を聴きながら過ごした。

 獣人とは言え彼女は女性だ。気持ち悪いと拒絶して来た性別。だが不思議と彼女相手だと話が弾む。一切の悪意も感じ無い、無遠慮に知りたがる訳でも無い。ちゃんと節度を心得ている。十の歳辺りまでは外で暮らしていたと聞いた。多分そう言う気を使う様な生き方をして来たのでは無いかと感じた。


 そうして時間を共有する内に死に場所を探して生きるしかなかった俺は、いつしか未来を想像する様になる。


 単純だ。俺はいつの間にか…


 アリと共に過ごす日々の事しか考えられなくなっていたのだ。

 これが唯の同気相求むと言うやつか…それとも愛だとか恋だとかなのかは分からない。だけど一つだけ分かっている事は


 …俺が初めて感じるこの漠然とした執着心は彼女に向けられていると言う事だった。


 










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