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1/6

1.

 私の朝は鶏のゴッコ達の雄叫びから始まります。


「コケ────!ッコッコッコケ──!」


「ん…朝、ですか?…ふわぁ~…」


 ここは『魔寄りの森』と呼ばれる少し不思議な場所です。何が不思議なのかと言うと、魔厄の影響で何の準備も無く足を踏み入れると二度と出られないとの事。迷い人は視界の悪い森の中をぐるぐる彷徨って力尽きる、と聞いています。どうしてそんな事になるのかよく分からないのですが、簡単にはこの森に入ったり出たりは出来ないと言う事です。


「…あら?今日は小雨が降っていますね。畑に水やりしなくても良いので助かります」


 カーテンを開け窓から外を眺めるとシトシトと雨が降っていました。雨は助かるのですが湿気で尻尾の毛がくるくるになるので困ります。でも仕方がありません。丁寧に櫛を通せば半日は大丈夫。跳ねた銀の毛を梳いていつものエプロンを着けました。


「さあ、朝食の準備をしましょう」


 私は台所に移動し薪を(かまど)に入れ火を着けてくれる様ピヨコにお願いしました。


(だいだい)ちゃん、お願いします」

『ピヨッ』


 竈の中にボッと炎が上がります。


「ありがとう、橙ちゃん」

『ピ~ヨ』


 今度はお鍋を吊るしてまたお願いします。


「水色ちゃん、お水をお願いします」

『ピヨ』


 お鍋の中に水がたゆんと現れました。それを見届けて


「ありがとう、水色ちゃん」

『ピーヨ』


 お礼を言ってからスープの具材を切っていきます。庭の畑で採れたトマトやナスじゃがいもなどを細かく切り、ウサギ肉と一緒にお鍋に入れ塩で味付け。最後にハーブを数種類入れたら完成です。昨日焼いたパンと共に頂きます。

 勿論パンの材料である小麦も育てています。最近はトウキビと呼ばれる砂糖が作れる作物にも挑戦中です。

 私の庭では数十種類の作物が病気にもならず枯れる事も無く育つのです。成長も早くて大変助かっています。


「皆んな~ご飯にしましょう~」

『「ピヨ~」』


 ダイニングテーブルの上にちょこちょこと集まって来たのは私の愛する仲間達。カラーピヨコです。色とりどりの小さなピヨコ。鶏のヒヨコにソックリですが、彼らは全く違う役割を持つ神獣です。ここには全部で十一羽いて一羽ずつ色が違い、それに沿う能力がありました。先程竈に火を入れてくれたり水を出してくれたりしたのもピヨコ達です。

 共通しているのは皆が飛べる事とヒヨコの大きさから成長しない事。そして…


『おはよう、アリ。今日も美味そうな良い匂いがするな。いつもありがとう』


 そう言ってピョンッと私の肩に飛び乗って来たピンク先生。ピンク先生はお話が出来ます。とっても博識で沢山の事を教えてくれる私の先生なのです。

 小さな十一枚の小皿にスープを入れ、パンを小さく千切りその横に置いていきます。


「あ!そうだわ、モロコシが出来ていたので取ってきますね。採りたてを味わいましょう!」

『ピヨォッ』


 喜んでいるピヨコ達を置いて、ザルを片手にモロコシが生えている畑へと向かいました。相変わらず小雨は降り続けていますが水蜥蜴の皮を縫い合わせたカッパを羽織っているので問題ありません。広い畑なので少し距離はありますがもぎたてのモロコシはプチッとした歯応えが良く瑞々しくとても甘くて是非ピヨコ達に食べてもらいたいので雨の降る中を私は機嫌良くフンフンと鼻を鳴らしながら歩いていました。


 私の畑は長い柵で覆われていますが、毎日ウサギが入って来て作物を食べようとします。でも敷地に入った途端、黒ちゃんと赤ちゃんが瞬殺してしまいます。黒ちゃんはとっても素早くて強いのでいつもビックリしてしまいます。

 赤ちゃんは上手に血抜きまでしてくれます。お陰で畑に居ながらお肉も収穫出来てしまうので大変助かってます。ピヨコ達もお肉を食べるのでそれはそれで驚きましたが、鶏のヒヨコもミミズを啄んでいたのでそう言うものか、と思っています。


「折角だから夕飯用に何本かもいでしまいましょう。茹でてサラダにするのも良いですが、小麦粉と混ぜてパンにして焼けばもっと美味しくなるかしら?」


 モロコシ畑に着いて五、六本パキッと茎からもいでザルに入れたところで柵の遠く向こう側からガサッと葉が擦れる音がしました。ハッとして音の鳴る方へ体を向けます。シトシトと小雨が降る森の中はシンと静まり返り、まるで木々が緊張しているかの様です。そしてこの雨の中…血の匂いが私の鼻先を掠めました。更に聞いた事の無い足音。動物が出す音ではありません。硬い何かを引き摺る様なゴツゴツとした足音。耳をピクピクと動かしながらその他の音を拾います。シュルッと衣擦れの音もしました。

 私がまだ十の歳になる前、ここでは無い場所で暮らしていた時に聞いていた懐かしい音でした。これはもう…完全に…


「…誰か…居ますか?」


 ガサガサと葉を掻き分ける音が近づいて来ます。ビチャッと雨でぬかるんだ土の上を歩いて来る靴の硬い音も…その内人影が目視出来る程になり次第にあの血の匂いも濃くなりました。私は本能で後退りをしました。柵を挟んでそれと対峙します。


 その人は…人型の…いえ、人間です。大きさは私くらいの背だと思いました。すっかり濡れそぼり身体中から水が滴り口から白い息を吐いて震えている様です。そしてお腹を押さえています。そこからは血が流れており、赤くズボンを滲ませていました。やはり怪我をしている様です。


 私は…ザルを地面に置きその人に近付きました。何故かは分かりません。危ないかも知れません。人間は怖いものだとピンク先生に習っていましたが…


「怪我を…されていますね。良ければうちで休んでいかれますか?」


 そう流れる様にこの人を招き入れたのです。ピクッと身体を震わせ緩く顔を上げたその人は、何かを話そうとしましたがそのまま前のめりに倒れ込みました。私はビックリして思わず走り寄りその人を抱き止めました。


「あら、倒れてしまったわ。…皆んなに怒られるかしら?でも怪我もしてるし放って置けないわ」


 柵を間に挟んで意識を失ったその人をよいしょっと抱え上げこちらの畑側に移動させて肩に担ぎます。思ったより重いと感じました。そのまま地面に置いたモロコシ入りのザルを拾い上げ元来た道をテクテクと帰ります。


「ただいま~あのね~」


 ザルを置き玄関の扉を開けると


『ピヨ~~~~~~!!?』


 十一羽のカラーピヨコ達が一斉に叫び出しました。かなりビックリしたみたい。


「……やっぱりダメだった?でもね怪我をしてるの。手当してあげたいと思って…」


 すると黒ちゃんとピンク先生がパタパタと飛んで来て私の頭に停まります。


『…うむ…多少神聖力の耐性があるようだな。我々の箱庭に人の身で消滅せず入れるとは…悪人では無い様だ。黒、良いか?』

『…ピ…』

『分かった。ではアリよ、そのソファに運んでやりなさい』

「わぁ良かったぁ黒ちゃん、ピンク先生ありがとう~!水色ちゃん、この人雨でびしょびしょだからお水吸い取ってくれます?」

『ピヨ!』


 私が担いでいる人の身体からジュワッと大量の水が浮き出て水色ちゃんの目の前に集まります。お陰で服も髪もカラッと乾いて重さも随分軽くなりました。


「お外にポイしておいて下さいね」

『ピヨ』


 プカプカと浮かんだ水が玄関から雨の中にパシャッと投げられました。

 私はそのままソファにその人を横たえたます。ですがやはりお腹からジワジワと赤い血が滲んできています。


「うんと…どうしよう。脱がせて良いのかな?随分硬そうな服ですね」

『これは革で出来た鎧だ。かなり上等な物だな。だが魔寄りの森に入るには軽装に近い。それに見ろ…こいつが持っているこの剣。これは…』


 意識が無いのに右手にしっかりと握っている抜き身の大きな剣。真ん中のゴチャとした装飾の中に文字がいっぱい彫ってあって、心なしかボンヤリと青白く光っているみたいです。


「この剣が何ですか?」


 ピンク先生がじっとそれを見つめながら小さく呟きます。


『…これは…聖剣だ』

「聖剣?えっと、魔厄を祓えるって言うあの聖剣ですか?」

『ああ、だが…随分と神聖力が乏しいな。…兎に角怪我の様子を見よう。おい紺、こいつを丸裸にしてくれ』

『ピヨ』


 紺ちゃんがツンと服に嘴で触れると、ドロッと着ている物全てが溶け出しました。人間の肌色の身体が露わになります。とても筋肉質で均整の取れた肉体です。でも身体中が傷だらけでした。

 因みに紺ちゃんは無機物を液体にする事が出来ます。勿論元に戻す事も出来ますよ。


「…あら?これは何かしら?出来物にしてはとても大きいわ。フニャッとしてるし不思議な形ね?」

『アリ、これは男性の象徴だ。うむ、この辺りの教育はまだしていないからな。知らなくて当然か…これが一般的な男性の生殖器だ。形は種族によって少々違いはあるが、大体はこれを使って女性と交わる事で子を成す事が出来る』

「そうなの…交わるって?どうするのかしら?」

『う、うむ…その辺りはまた追々。取り敢えず治療を優先しようか。白、出来るか?』

『…ピヨ…』

『ん?そうか。紫、毒の気配があるそうだ。抜き取れるか?』

『ピッピーヨ』


 紫ちゃんが横たわる男性の上にピョンと飛び乗り、血が流れて黒く変色した傷口に嘴を付けました。するとズズズッと黒い部分が紫ちゃんの小さな口の中に吸い込まれていきます。

 紫ちゃんはあらゆる毒を解毒したり作る事が出来るのです。たまに猛毒キノコをわざわざ食べてラリラリと酔っ払っては楽しんでいます。

 毒を吸い終わった傷の部分は黒くなくなりました。紫ちゃんがラリラリと楽しそうに千鳥足になっています。きっと強い毒だったのでしょう。

 すると白ちゃんが入れ替わり傷口をチュンと突きます。その瞬間パァッと白い光が包み込み、お腹の傷が閉じていきました。そこ以外にも幾つも切り傷があり、紫ちゃんと白ちゃんはツンツンと身体中を突いていきます。

 幼い頃は私もよく殴られたり蹴られたり高い所から突き落とされたりと沢山怪我をしていましたので、その度に白ちゃんがピョョッ~と泣きながら治してくれました。そこでは酷い扱いをされていましたが、小さな彼らにいつも慰められとても心が温かく優しい気持ちになる事が出来ました。


 暫くして漸く全ての傷を治すとピンク先生がふうっと息を吐きます。


『皆すまぬな。これで一先ずは大事には至らないだろう。だが血を流し過ぎている様だ…血色が悪過ぎる。赤、少し分けてやれるか?』

『ピヨ』


 赤ちゃんはパタパタと羽を羽ばたかせると口から赤い液体をプッと男性に吹き掛けました。炎の様にゆらゆら揺らめいたそれは神聖力を含んだ体液です。ゆっくりと身体に染み込んでいきます。すると青白い肌がみるみる色を取り戻し男性の呼吸も穏やかになりました。

 赤ちゃんは体液を抜いたり作ったり固めたり出来ます。一度私を亡き者にしようと襲って来た刺客数人の体液を全て抜き取り飲み込んでカラカラの皮と骨だけにした事があります。あれは気持ちが悪かったです。でも悪意は無いのです。私を助ける為でした。普段はとっても優しくて温厚な性格の子なのです。


 それはさておき、こうして人間の彼はピヨコ達によって命を繋ぐ事が出来ました。良かったですね。でもこんなに傷だらけになるなんて、一体この人に何があったのでしょう…


 **


 俺は何の為に生き続けているのだろうか。


 母を生かす為に冒険者になり、必死に鍛錬に打ち込み強くなったと言うのに…結局どんなに離れても奴らは追い掛けて来て不在の時を狙われ母は毒殺された。それまで生きる意味だと信じていた家族を亡くし、屋敷に火を放って俺は母の唯一の侍女の息子と共に国を出た。行く先々で仲間が出来、魔厄に侵された魔獣を狩り、とうとう凶悪な魔術師と荒らし回る巨躯のゴーレムを撃ち取り勇者扱いされる様になって久しい。


 だが…胸に空いた埋められない虚しさ。無味な日常。生きる目的を探し続け…何も得られない自分に疲れ切っていたのだ。

 討伐の報奨金がどれだけ莫大な金額になろうが使う宛も無い。金では無いのだ。唯々何かしなければと焦燥心のみで様々な討伐を受けて来た。だからこの魔寄りの森の魔厄を祓う依頼を一つ返事で受けたのだ。仲間達は当然反対した。その為今回は単独で軽い調査をすると一人で森に入った。そこで忘れた頃に刺客を放たれた。おそらく父の正妃が企てたのだろう。執拗に追って来るのには訳がある。この聖剣だ。こいつが十七の時俺を選んだが為に母は殺され、国を出て十年経った今も狙われる。

 手放そうと何度も試みたが結局俺の手の中に戻って来る。祝福と言う名の呪いが付き纏う。

 だが今回ばかりは命運が尽きた様だ。奴らの武器には毒が塗られていた。二人を相手にした傍でもう一人に深く腹を斬られたのだ。刺客は倒せたが至る所を斬られた。

 終わりだ。手から離れないこの聖剣の浄化作用があるとは言え治癒力は無い。即効性の猛毒であるなら解毒など間に合わないだろう。ここは魔寄りの森の中、助けも絶望的。俺は漸く死に場所を見つけたのだ。グラグラする頭でははっと笑い力無く座り込もうとした時、不思議な光景が目の前に突然飛び込んできた。

 何故か…人為的に作られた柵を見たのだ。訳が分からなかった。


「…毒で、幻覚が見え始めたか……」


 森の中は暗く同じ木々が立ち並ぶ。しかも今日は小雨が降り続けていて、空を見上げたって光など入って来ない、筈なのに…何故かそこには開けた畑が見える。スッキリとして綺麗に並んで植えられた作物。俺は引き寄せられる様に重い足を引き摺りそこに向かって歩いていた。雨で冷やされ血が流れ過ぎたのもあり、身体が震えて来た。だがそれは足を止める理由にならなかった。幻覚でも良い。最後に見てみたかったのだ。不思議なその光景を…


「…誰か…居ますか?」


 そう聞こえた様な気がした。鈴の鳴る様なとよく聞くが本当にそんな声が耳を掠める。とても可愛らしい声だ。


「怪我を…されていますね。良ければうちで休んでいかれますか?」


 俺はもう足も上げられない程消耗していて動けなくなった。声の主を顔を上げて確認しようとしたが、目も霞みまともに開けていられない。どうやら限界の様だ。


 どうして最後にこんな幻覚を見るのだろう…


 君は…誰?


 そこで俺の意識はプツリとなくなったのだ。











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