7話 生前の妻への思い
そうしてお互いに謝り合っているうちにすっかり夜も更けていった頃ーー
「そろそろ寝ましょうか?」
ダビデの提案で就寝することになった。
ベッドは1つしかないので必然的に一緒に寝ることになるわけだが、ダビデは特に気にしていない様子だ。
(この子は危機感というものがないのか……?それとも信頼されているのか……?どちらにせよ意識されていないと思うと少し寂しいものがあるな……)
複雑な気持ちを抱えながらも横になることにした。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
共に就寝の挨拶をし、部屋の灯りを落とすと暗闇に包まれ何も見えなくなる。
暗闇と静寂が訪れる横になっていると、ヤコブは思わずアクシデントで触ってしまったダビデの大きな乳房の感触を思い出してしまった。
(柔らかかったな…だが想像していたより張りが強くて弾力があった気がする……それに…手に収まりきれない大きさだったような……)
思い出すだけでドキドキしてしまいなかなか眠れない。
(いかんいかん!何を考えているんだ……!!ただでさえ隣に彼女が寝ているというのに)
悶々としてしまいそうになるのを戒めるため、生前の愛妻ラケルのことを頭に思い浮かべる。
(今日見た花火とやらーーお前に見せてやりたかったな……)
生前、妻ラケルを深く愛していたので今でも心に残る存在だった。
きっと彼女を忘れることはできないだろうーーそう思うほどに。
もう会えない生前の妻を思い出し感傷的になっていると、隣から声が聞こえてくる。どうやらダビデも眠れなかったらしく話しかけてきたようだ。
「ご先祖さまは生前の記憶はあるんですよね……?」
その声はどこか寂しげな雰囲気を帯びていた気がした。だからだろうか自然と口が動いていたのだ。
「……ああ、あるよ」
その言葉に反応して彼女はこちらを振り向く気配がした。暗闇の中なのでその表情ははっきり見えないけれどなんとなく悲しそうな顔をしているような気がした。
「ご先祖さまは生前、ラケルさまを愛してたんですよね」
「え……?」
なんでそんなことを聞くのだろうと思いつつも正直に答えることにした。
「私は親戚の姉妹を娶る羽目になったがラケルを愛していた。私は本来は一人だけを愛したい男だからな」
そう言いながら彼女の方に顔を向けると、暗闇の中で目が合った。そしてしばし見つめ合う形になってしまう。
(綺麗な瞳だな……まるで吸い込まれてしまいそうだ……)
そんなことを考えながら見つめていると不意にダビデの方から目を逸らされてしまった。
心なしか頬が赤くなっているように見えるのだが気のせいだろうか? そのまま黙り込んでいると今度は向こうから話しかけられた。
「ご先祖さまらしいです。私は…貴方とラケルさまご夫妻のように、この相手しかいないと思えるような結婚はできなかったので…少し羨ましいです」
ダビデが生前のことを話すことは珍しい。いや、互いにそのことは触れないようにしてきたという方が正しいのかもしれない。だからこそ意外だったのだ。
「はは…だが、私も成り行きとはいえ一夫多妻になり、ラケルを幸せにできたかわからない……彼女にはもっと良い相手がいたんじゃないかと思うこともあるさ……」
自嘲気味に笑いながらそう言うものの内心では後悔でいっぱいだった。自分は彼女を幸せに出来たのだろうか?後悔していないと言えるのだろうか?そんな疑問ばかり浮かんでくるのである。
そんな心情を察したかのように彼女は言った。
「……私にははっきりわかりませんが、ラケルさまは幸せだったと思います。きっと女性にとっては、愛する人に愛されることは幸せなのだと思いますから……」
その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるような気持ちになってしまう。
(そうだ……私はラケルを愛しているからこそ、彼女と生涯添い遂げたかったんだ……!)
そう、彼女と結婚するために7年間結納金代わりに働き、叔父に騙されて彼女の姉まで娶らされてしまったが、それでも後悔はなかった。
そして自分なりに彼女を愛し、大事にしてきた。そこには確かに幸せがあったのは間違いはない。
彼女と結婚できたことは間違っていなかったのだと改めて実感することができた。そう考えるとなんだか嬉しくなってしまってつい笑みが溢れてしまう。
それを見たダビデもまた笑顔になっていたのだった。
(よかった……少しは元気が出たみたいですね)
2人は顔を見合わせて微笑み合ったのだった。
だがダビデの胸中はなぜか寂しく複雑だったーーー
(ご先祖さまは……今もラケルさまを愛しているのだな……)




