6話 この人になら全てを捧げても…
ハプニングはあったもののその後露天風呂から上がり着替えを済ませた2人は部屋に戻っていた。
この世界の温泉宿では浴衣という着物を部屋着として着用するらしい。
1枚の着物を帯で巻くスタイルは生前の世界で馴染みがあるものだったため抵抗感もなくすんなりと着ることが出来たのだが、問題はここからだった。
ヤコブとダビデは同室なのである。
2人で一部屋を借りたのだから当然と言えば当然だが、その事実に緊張してしまう。
風呂上がりの浴衣姿であるダビデは普段より色っぽく見えてしまい目のやり場に困ってしまうほどだ。
そんな気持ちを悟られないよう平静を装っていたが、内心は気が気ではなかった。まだ髪はほんのりと濡れ、白いうなじからはほのかに石鹸の香りが漂ってきていて余計に色気を感じさせられるようだった。
思わず見とれてしまっていたことに気付きハッとすると誤魔化すように咳払いをして話題を振ることにした。
「そういえば、射的の景品は魔法の習得権利だったよな?どんな魔法なんだろうな」
「そうですね、店主の人もお楽しみだと言ってましたし想像つきません。でも2人まで受講できるそうですよ、一緒に受けられますね!」
ダビデは嬉しそうに微笑むとそう言った。
そんな彼女の姿に思わずときめいてしまうがなんとか平静を保つことに成功する。
それからしばらく他愛のない会話をしていたが、不意に会話が途切れると静寂が訪れた。気まずい雰囲気が流れる中、意を決して口を開くことにする。
「なぁ、さっきは本当にすまなかった……許してほしい……」
そう言うと深々と頭を下げる。事故とはいえ胸を触ってしまったのだ。いっそ土下座でもしようかと考えていた時、頭上から声が聞こえてきた。
「もういいですよ……顔を上げてください……」
恐る恐る顔を上げるとそこには優しく微笑んでいる彼女の姿があった。
「むしろ私の方こそごめんなさい……あんなところを触らせてしまって……」
申し訳なさそうに俯く姿に心が痛むのを感じた。
本来は夫以外が触るべきではない女性にとってデリケートな部位だ。悪いのは自分の方なのだから謝るべきなのはこちらの方なのだと思い謝罪の言葉を口にする。
「いや、違うんだ!あれは私が悪かったんだよ……本当に申し訳ないと思っている……どうか許してほしい……」
必死になって謝る姿を見てダビデは思わず笑みをこぼす。
(この人はどこまで優しいんだろう……)
そう思うとなんだか愛おしく思えてきた。
この人になら全てを捧げてもいいかもしれないーー思わずそんな風に思ってしまうほどだった。
(な、何を考えてるんだ私は!これは…ご先祖さまへの忠誠心だ!)
ダビデは慌てて心の中でそう自分に言い聞かせるのだった。




