6話 距離が縮まる2人 ★
「……ご先祖さま?なぜここに…」
予期せぬ出来事に戸惑う。
なぜ彼がここにいるのだろうか……?
ヤコブを避けてしまっていたダビデは突然の彼の登場に思わず後ずさりしてしまった。
しかし彼は距離を詰めてきて言うのだ。
「帰りを待ってたんだ。お前に会いたかった」
「……っ!」
そんな甘い台詞を吐くものだから胸の奥で何かが弾けたような気分になる。顔が熱くなり動悸が激しくなるのを感じたーーー
(な、なんだこれ……!胸が苦しい……!!)
「ずっと…ここで待っていたのですか?」
「ああ。待ち伏せして済まない。だがお前とどうしても話がしたかったんだ」
「……」
真剣な眼差しを向ける彼に気圧されそうになる。
だが自分はこれ以上深入りしてはいけないのだと自分に言い聞かせる。そして自分の気持ちを押し殺して拒絶の言葉を口にするのだった。
「……私には話すことなどありません」
「どうしたんだ?お前らしくもない」
「今日はもう遅いので。失礼します」
素っ気なく返事をするとその場を後にすることにした。すると後ろから腕を掴まれてしまう。
「ダメだ。今日はお前と話すと決めたんだ。さあ行こう」
ヤコブは強引に腕を引いてベンチへと座らせると自分も隣へ腰掛けた。
「どうしたんだダビデ。腹が減ってるのか?」
「…………」
「済まん、冗談だ。急に単独行動をすると宣言したり、話しかけても素っ気ないし、もしや私を避けていたのか?」
「……申し訳ありません……」
俯いて謝ることしかできないダビデだったが、それでも精一杯の抵抗を見せる。
だがヤコブはそっとダビデの手を握りしめ、優しく問いかけた。
「溜め込んでいるなんてお前らしくないぞ。なあ、何を思い詰めているのか教えてくれないか?」
「………」
彼の大きな温かい手に包まれてしまうと張り詰めていた思いが緩んでしまう。
思わずダビデはこう口走ってしまったーー
「……ご先祖さまは、結婚なさるのですか…?」
自分でも何を言っているんだろうと思ったが止められなかった。
「え?結婚?何のことだ?」
「ご先祖さまは良い仲の女性がいらっしゃるんですよね」
「待ってくれ。私にはそんな女性などおらぬ。何か誤解があるようだが……」
「え?」
2人はそれぞれ報告し合い、共有した。
シャファク王子がマリカを使いヤコブを罠に嵌めようとしたこと。
ダビデがシャファクから逢引きの写真を見せられたこともーー
「まさかお前まで騙そうとするとは…!」
温厚なヤコブもさすがに怒りを覚えたようで拳を握り締める。拳がわなわなと震えていることから相当な憤りを感じていることがわかる。
「お、落ち着いてください。ご先祖さま。それより申し訳ありません。ご先祖さまを避けてしまって」
「いや、お前が謝る必要はないよ。私の方こそお前を不安にさせてしまってすまなかったね」
そう言うとヤコブは頭を撫でてくれるのだった。その優しさにまた心が揺れ動いてしまう……
(もうだめだ……抑えられない……)
そう思った瞬間だった。身体が勝手に動いていたーーーー チュッ……
唇に触れる柔らかい感触ーーーーーー 目の前に映る美しい顔ーーー
(!?)
それは一瞬のことだったが確かに感じたぬくもりと柔らかな感触が唇に残っている。
ダビデから口付けされたのだと理解するのは容易かった。
彼ら古代イスラエル人にとってキスは慣習であり親愛の意味合いですることも普通だ。
だが今の行為はそれ以上の意味を持っていたように感じられる。
(どういうことだ……)
困惑しつつも嬉しいと思う気持ちが湧き上がってくることに驚きつつ喜びを隠しきれない自分がいたーーー
2人は見つめ合っていたが、安心したのかダビデの腹の虫が鳴る。その音を聞いて2人とも吹き出してしまった。
「ははっ……夕飯がまだだったんだろう?何か作ってやろう。何が食べたいか言ってごらん」
「……ではハンバーグでお願いします」
「わかった。すぐに作るからな」
そう言ってダビデの手を引っ張るようにしてキッチンへと向かう2人だった。




