1話 悪魔の囁き
急遽、隣国の姫を匿うことになったヤコブとダビデ。
客人であり身分の高い姫に1部屋を譲ることにしたが、2人は同じ部屋で一晩過ごすことになる。
「わ、私は居間で寝よう。君はここで寝るといい」
紳士らしくヤコブはそう言ったが、ダビデは首を横に振る。
「いえ、ご先祖さまを固い床で寝させるなど出来ません」
問答が続くが互いに譲らず、結局同じベッドに入ることになってしまったのだーー
(この子が眠った後で、床で寝ればいい…)
さすがに理性を保つ自信がなく、苦肉の策としてそのような結論に至ったのだ。
しかし……いざ並んで横になると嫌でも意識してしまう。
良い匂いも漂ってくるものだから尚更である。
滑らかな肌も柔らかそうな体も。
そして仰向けの状態でも高く盛られた豊かな胸も。
それらが無防備に晒されており目の毒でしかない状況なのだ。
思わずこんな考えが頭によぎってしまうーー
(この子を側室にすれば……)
古代イスラエル人にとって処女性は非常に重視されていた。嫁入り前の娘に手を出す婚前交渉は御法度だった。
だが重婚は禁じられていない。
つまり、男女の関係になるとは結婚もしくは側室にすることが前提なのだ。
悪魔の囁きが聞こえたような気がしたが、慌てて振り払うように頭を振った。
(いやダメだ。私は生前、重婚する羽目になり愛する妻ラケルを悩ませてしまった。私はもう重婚はしない。私はーー1人だけを愛したい男なのだから…)
同じ過ちは繰り返したくない。安易に娶ることは避けたかった。
悶々とする思いを理性で抑えていると、隣から寝息が聞こえてくる。
初めて見るダビデの寝顔はあどけなく、まるで子供のようだった。その無防備な姿に愛おしさすら感じてしまう。
(全く、男が隣にいるというのに危機感のない奴だ)
苦笑しながらも安心しきっている様子に安堵していた。
性欲は満たされないが、心は満たされていくような気がする。
ダビデの頭を撫でながら、自身も睡魔に襲われていくのだった。
ヤコブは何も知らなかった。
ダビデが胸に秘めた葛藤や苦悩、悲しみなどをーーー




