7話 恋の行方 ★
数日が平穏な内に過ぎていった。
だが互いにある決意を胸に秘めていたなど、お互いに知る由もなかったであろう……。
ある日のこと、ダビデはこんなお願い事をしてきた。
「ねえ、ご先祖さま。私が前に床に伏せていた時、願いを聞いてくれるって言いましたよね?」
「ん……?あぁ、そういえば言ったような気がするが……」
「じゃあ、今聞いてもらってもいいですか?」
「構わないぞ」
「では……」
視線を外してダビデは願いを口にする。その瞳の奥には悲しみと切ない色が潜んでいたが、目を逸らしていたのでヤコブにはわからなかった。
「豆のスープを作ってほしいです」
「へ…?そんなことでいいのか?」
拍子抜けした様子で聞き返す彼に頷き返すと更に続ける。
「はい、お願いします」
「わかった、作ってやろう」
快諾すると早速準備に取り掛かることにした。材料は市場で買ってきたもので賄えるので手間はかからないはずだと思い作業を始める。その様子を見守っていた彼女は終始ニコニコしていたように見えたのだが気のせいだろうか……?
(まあ、いいか……)
そんなことを考えながら調理を進めていく。しばらくして完成したものを器に入れて持っていくと目を輝かせて喜んでいたのでどうやらお気に召したらしいことがわかった。
「うわあ、懐かしい…。出会ったばかりの頃に何度か作ってくれましたよね?」
「そういえば最初にお前に食べさせたのはこの豆のスープだったな。懐かしいな」
確かに故郷の味を思い出すスープであるが、こちらの世界の食事に慣れてしまうと淡白に感じてしまい、今では食卓に上がることもほとんどなくなってしまったものだ。それでもこの味付けだけは忘れられないものとなっていたのだった。
「ありがとうご先祖さま!いただきます!」
そう言って食べ始める彼女を見守るようにして眺める彼だったがその視線に気づいた彼女が照れ臭そうに笑うのを見て思わず笑みが溢れてしまったのだった……。
(この子はやっぱり笑顔が似合うなぁ……)
思わず見つめていると不思議そうな顔で見つめ返されたので、ヤコブは誤魔化すためについ揶揄うような口調になってしまうのだった。
「ふふ、美味しいか?そんなに慌てて食べるなよ。相変わらず男みたいにガサツだな」
そう言われてハッとしたように手を止めると恥ずかしそうに頬を染めたダビデはすぐに俯いてしまった。その様子を見てニヤニヤしていると恨めしそうな視線を向けられたものの、それすらも愛おしく感じてしまうのだから末期なのかもしれないと思いつつ食事を続けることにするのだった。
「ねえ、ご先祖さま」
「ん?」
「もし……私が男だったら……どう思いますか?」
「え?」
唐突にそんな突拍子もない質問をされ、怪訝そうな顔になってしまったようだ。
ダビデは笑って誤魔化すように笑うとすぐに話題を変えてきた。
「あ、いえ何でもないんです!忘れてください!!」
「……そうか?ならいいんだが……」
納得いかない様子ではあったがそれ以上追及することはなく再び食事を再開させることにしたようだった。その様子を見ながらホッと胸を撫で下ろすダビデであったが、心の中ではある決心を固めていたのだった……。
***
まだ夜が空ける前の深夜の時間帯ーー
冒険者用の服に着替えたダビデはまとめた荷物を背負うとそっと部屋を抜け出す。
そして音を立てないよう慎重に、ヤコブの部屋のドアを開けて眠りについている彼のそばへと忍び寄る。そのまま顔を覗き込むと穏やかな寝顔が見えた。
(ご先祖さま……ヤコブさま……ずっと男だということを隠して欺いてきた私は貴方のお側にいる資格などない)
こんなに優しくて良い人なのに、自分は騙してきたのだ。そして彼はそんな自分を失いたくないとまで言ってくれたのだ。
これ以上そばにいるべきではないーーそう思ったから今日限りでお別れすることにしたのだ。
(ごめんなさい……どうか許してください)
そう呟くと彼の顔にかかった前髪を指先で退けてやると額に軽く口付けをした。触れるだけの簡単なものだったがそれだけでも胸が高鳴るのを感じた。
(貴方のことが好きでした……ヤコブさま。幸せを陰から祈ってます・・・・)
祈るような気持ちで囁くと踵を返して部屋を出ていく。
最後に一度だけ振り返ると眠っているはずの彼がこちらを見つめているような気がしてドキッとしたが、きっと気のせいだろうと思うことにして振り返らずに走り去ったのだった……。




