99 動物園へレッツゴー(2)
「ちょっとキツい顔かしら。けど、普通の猫みたいね」
「小さいですしね。野生の生き物なので、人間には懐かないらしいですよ」
「へぇ」
横並びで、スナネコを眺める。
肩に、剣様の腕が触れた。
ビクッとする。
うわああああああああん!
剣様が近すぎる!剣様が!剣様剣様剣様剣様剣様!!
すぐそばでいい匂いがする。
動物園なので動物を見た方がいいのだろうけれど、正直それどころではなかった。
あまりにも近いし、二人きりで仕事の話もなし、となると、何を話していいかわからない。
目の前で、二匹のスナネコが走り回る。
きっと兄弟なのだろう。
隣で「ふふっ」と声がする。
剣様が楽しそうなのはいい事だけれど。
ソワソワと落ち着かなくて、足がちゃんと地に着いていない感覚がする。
「あ、あっちトラじゃない?」
剣様が嬉しそうに言う。
「そ、そうですね」
剣様の目がキラキラしている。
「もしかして、剣様、トラお好きなんですか?」
「そうね。かっこいいと思うわ」
陽の光の中で、剣様が笑う。
こんな剣様を独り占め出来るなんて、今日はなんていう日なんだろう。
明日になったら、世界が崩壊でもするのだろうか。
「剣……様……」
小さく呟いたその言葉を、剣様は聞き逃さなかった。
「ん?」
そう言いながら振り向く剣様は、あまりにも眩しくて。
「私今日、来てよかったです」
泣きそうになりながらも、剣様を見上げると、剣様は、
「私もよ」
と言って笑った。
とはいえ、それほど緊張したのは最初だけで、トラ、ライオン、ゾウ、キリンと定番の動物を見て歩く度に、緊張が緩んできたのは本当だ。
少し離れてではあるけれど、隣に立つのも慣れて来た。
現在の状況に、ついぼーっとしてしまう事は多々あれど、だ。
「剣様!あれ!サルです!すごい高いところにいますね」
上を見上げると、尻尾の長いワオキツネザルが木の上を駆け回っている。
「ほんと、すごいわね」
なんて言う剣様に見惚れる。
陽の光が、スポットライトでもあるかのように剣様の輝きを際立たせる。
「あっちの原っぱのところ、お弁当広げやすそうですね」
「いいわね」
そんなわけで、昼には少し早いけれど、私達はそこにレジャーシートを敷く事にした。
「レジャーシートまで持って来てもらって悪かったわね」
思った以上にシートが大きかったからか、剣様が感心したように言う。
「いえいえ、お昼は任されましたから!」
ドキドキしながら、けれど緊張ばかりじゃない。
ワクワクが勝りそうな空気の中で、シートの上に大きなお弁当箱を広げていく。
まだお昼には時間があるけれど、原っぱにはレジャーシートを敷くグループがあちらこちらに見られる。
キャッキャとした笑い声が聞こえる。
そんな非日常の空気も後押ししているようだ。
「じゃじゃん!」
お重のような小型のピクニック用のお弁当箱の中は、おにぎりを中心に、卵焼きや唐揚げといった定番のおかずが並ぶ。
それに加えて、保温機能付きのスープジャーを取り出した。
「これは?」
「これは、コーンスープです。コーンを裏漉しして作ったんですよ」
ニコニコと答えると、剣様が嬉しそうに笑う。
「ほんと、手が込んでいるのね」
そうなんですよ、剣様!
……まさか、剣様と結婚した時を想定して好みの料理の勉強をしているとまでは言えないけれど。
「いただきます」
と、剣様が思いの外ニコニコ笑顔で言う。
あれ?
おにぎりにかぶりつく姿も。
嬉しそうにミニトマトを口に入れる仕草も。
なんだろう、この気持ち。
不謹慎かもしれない。
分不相応かもしれない。
それなのに。
私は初めて剣様の事を、“かわいい”と思ってしまったんだ。
二人の関係もちょっとは変わってきたでしょうか?