97 1枚のペアチケット
「朝川」
と、小節先輩が呼んだのは、あの誕生日会の日から数日後の事だった。
小節先輩の手で、横長の封筒が差し出されている。
私は丁重にその封筒にNOを示した。
「私には、剣様という心に決めた方が……」
「ラブレターではない」
「じゃあ何ですか」
しぶしぶ受け取りながら、封筒の中を確認する。
中から出てきたのは、動物園のペアチケットだった。
「動物園、ですか?私、剣様という心に決めた方が……」
「デートの誘いでもない」
キッパリと言う小節先輩の隣に立っているのは、東堂先輩達だ。
「誕生日プレゼントよ」
「私達、3人からね」
「え……」
剣様だけでなく、まさか自分まで誕生日プレゼントをもらえるとは思っていなかった。
真穂ちゃんとは誕生日の翌日に話題のカフェに行ったし、誕生日はそれで終わったと思っていたから。
「ありがとう……ございます」
「お友達でも誘って、息抜きでもしてちょうだい」
との言葉に、心が舞い上がる。
「友人を誘って行ってきます」
その"友人"という言葉に、私達のやり取りを横目で見ていた剣様がむっとしたのを、私が知るよしもなかったのである。
生徒会室の作業机で、奈子が突伏したのは、翌日の事だった。
「どうかした?」
剣様の声に、うにゅんとそのまま剣様の方を見る。作業机の木の冷たさを頬に押し付ける。
「友達の真穂ちゃんが、動物園行けないらしいんです。チケットの期間内は部活で忙しいって」
「ああ、文化祭も近いものね」
「そうなんですよ」
そんな雑談だけで、その場は終わるはずだった。
話しかけてもらえた事を、その日1日喜んで。
この会話を何度も何度も反芻して。記憶して。
それで終わるはずだった。
けれど、剣様はこう続けた。
「次の日曜なら、私空いてるわよ」
「…………?」
剣様の予定が空いているからといって、何だというんだろう。
だって、一緒に行けるわけじゃないし。
剣様が、チケットを譲って欲しがってるわけもないだろうし。
そこまで考えて、ふとひとつの考えに思い至った。
窓枠に、雀が止まり、頭を二度三度振った後、また飛んでいった。
もしかしてそうなのかも。
もしかして。
もしかしたら。
「剣様」
もっと、なんでもない風を装いたかったのに、声が震える。
「……たし、」
緊張で、声が掠れる。
「私と、動物園に行ってくれませんか」
そう言うと、剣様がまっすぐにこちらを向いた。
断られても、大丈夫。
元々、私が剣様みたいな女神様と、プライベートで会うなんて許されないんだから。
断られても大丈夫。
それが当たり前。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。
「お、お弁当は私が作って行くので」
大丈夫なのに。
どうしよう、泣きそうだ。
迷惑かもしれない。
お昼ご飯まで一緒に食べたいなんて、迷惑かもしれない。
その上、他人の手作りなんて、贈ってはいけないものだ。
エアコンの効いた部屋だというのに、汗が顎を伝う。
剣様は、からかう様に目を細めた後、ゆっくりと口を開いた。
「ええ、もちろんいいわ。お弁当、楽しみにしてる」
デートですか!?デートですね!?