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94 あなたのための大事な日

「なんでこんな事になってるのよ……」

 剣様がまたため息を吐く。

 私は、真っ青な顔で横断幕を下ろした。


 剣様は、その横断幕を床に広げ、黒いマーカーで文字を書き足していく。

 その間、誰も何も言う事が出来なかった。

 剣様が書き足した横断幕には、こう書かれていた。


『剣様 & 奈子 お誕生日おめでとうございます』


 付け足された“& 奈子”の文字。


 それを見て、奈子の肩が、ビクン、と少しだけ飛び上がった。

 他の3人も、その瞬間、表情が凍った。


「朝川、生徒手帳出して」


 小節先輩の声で、おずおずと鞄に入っていた生徒手帳を差し出す。

 桜花蒼奏学園生徒証。

 朝川奈子の名前の横の誕生日欄。

 そこには間違いなく、今日の日付が入っていた。


「あなたって……」

 と呆れたのは東堂先輩達だ。


 剣様が、会長椅子にどっかと座る。


「自分の誕生日当日に、他人の誕生日だけ祝おうなんて、信じられないわ」


「まさか……、知っていたなんて……」


 自分の誕生日など、どうでもいいと思っていた。

 学校で祝われなくとも、剣様のお祝いだけ出来れば、それで十分だった。

 実際、毎年この時期は、剣様の誕生日の事で頭がいっぱいで、毎年、真穂ちゃんとスイーツは食べに行くけれど、話題は剣様の事ばかりだ。

 家に帰ればケーキが用意されている。それを食べれば私の誕生日はおしまい。

 私の誕生日とは、そういう日だ。


 けれどだからといって、剣様にここまで言われて、自分の誕生日なんてどうでもいいんですと大きな声で言う事もできない。


 カコン、と会長の机の上で小さな箱が音を立てた。

 剣様が、投げ捨てるように机の上に置いたのだ。


「朝川」


 剣様が、その箱を顎で示しながら、上目遣いで見上げてくる。


 剣様の瞳が、奥底の方で輝きを見せる。

 瞳の中に、深い深い透き通った湖でもあるみたいだ。


 そんな目に見つめられると、心臓が高鳴ってしまう。


「誕生日、おめでとう」


 その箱は、私宛の、誕生日プレゼントだった。


「え……と」

 おずおずと一歩前に進む。

「いいん……ですか」


 心臓が、バクバクする。


 剣様は、その質問には何も答えずに、鼻でツンとその箱を示す。


「ありがとう……ございます」


 受け取らないわけにはいかなかった。

 机から、その箱を持ち上げる。


 ……細長い、ペンでも入っていそうな箱。


 そう思ったところで、そのパッケージに見覚えがある事に気がつく。


 去年の剣様の誕生日には、高級なボールペンを贈った。

 あの日のパッケージと、全く同じだ。


 震える手で箱を開ける。

 するとそこには、見覚えのあるボールペンとは色違いの、空のような色の軸のボールペンが入っていた。


「これ……」


 どうして、よりにもよってこれなの。


 まるで……。


 まるで、私がこれを贈った事を、覚えているみたいに。


 涙が頬を伝う。

 泣かないなんて出来なかった。

 膝からくずおれた床の上で、ボールペンとその箱を抱きしめて、大きな声をあげて泣いた。

そんなわけで、前話の真穂ちゃんの「誕生日、よね?」は、「(あんた)誕生日、よね?」という意味だったのでした。

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[一言] 真穂ちゃん「そんな事だろうと思った」
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