90 あなたの幸せを願おう(1)
生徒会室には、カレンダーが壁にかかっている。
よくある風景写真が上半分に載っているカレンダーで、今月はどこかの山を上から写した壮大な写真だ。
その前を通る度に奈子がチラチラと見るので、いい加減杜若先輩が声をかけた。
「何かあるの?」
生徒会としては毎日仕事の進捗を報告しつつ、文化祭までの日にちを数えてはいる。
それにしてもそうとは見えないカレンダーの見方だったのだろう。
実際、奈子が気にしているのは文化祭などではなかった。
「10月は剣様の誕生日があるんです」
「ああ」
何かを思い出すように、双子が同じタイミングで天井を見上げた。
珍しく、剣様だけがいない生徒会室は、そんな話にも寛容になっていた。
剣様の誕生日は、生徒会にとってもファンクラブにとっても、ちょっとしたお祭りだ。
プレゼントは、通販会社から直接、学校の剣様プレゼント窓口へ送られたものだけ受け付けてもらえる。
という事は、つまり、プレゼントを贈れるという事に他ならなかった。
奈子も、毎年、剣様の誕生日が来ると、ああでもないこうでもないと思考を巡らせながら、プレゼントを贈る。
邪魔にならないもの。大きすぎないもの。使ってもらえるもの。
そんな基準を胸に、高級なボールペンやら手帳やらハンカチやら、使うにしても捨てるにしても売るにしてもあげるにしても使い勝手のよさそうなものをチョイスしている。
そしてやはり、誰もがプレゼントを贈ろうと画策している。
ファンクラブでも、『あの人は大きなケーキを注文した』だの『あの人はあの例のイタリアのブランドバッグにしたらしいわ』だの色々と憶測や自慢大会や牽制が繰り広げられていた。
生徒会の大変さはそれとは逆で、剣様の誕生日になると大量の荷物が生徒会に届くのだ。
通販会社から送られて来たものは、企業名さえ怪しくないものならば、その送られた段ボールのままで生徒会へ届く。
それを検閲し、剣様の前に積んでおくのは生徒会の仕事になってしまっていた。
「手紙やお菓子なんかも多い中で、すごいものもあったわよね」
それは、菖蒲先輩が珍しく見せる楽しげな表情だった。とはいえ、クールビューティーの雰囲気は消せないのだけれど。
「1.5メートルくらいあるクマのぬいぐるみ」
「クマのぬいぐるみ……」
「金のシャチホコ」
「シャチホコ……」
「生徒会に10台パソコン寄付してきた人もいたわね」
「どれもすごいですね」
そのすごいプレゼントの数々はどうなってしまったんだろう。
いや、生徒会に寄付されたPCの行方は知っている気がする。(というのは、生徒会で使っているノートPCには、個人からの寄付だとわかるラベルが貼ってあるからだ。)
現在、クマやシャチホコがここに無いって事は、剣様が持って帰ったんだろうか。もしくは捨ててしまっただろうか。
言葉をなくしていると、杜若先輩が無垢な瞳でこちらを見た。
「あなたは、プレゼントあげるの?今年は直接手渡し出来るようになったわけだし」
「…………?」
直接?
奈子は、何を言われているのかわからず、キョトンした顔を返すばかりだった。
剣様はもうすぐお誕生日のようですね!さそり座かな。