87 好きでいるのを止めることができない
健康だけが取り柄。
奈子の取り柄は確かに健康らしい。
あれだけの熱を出したのに、結局翌日には学校へ行ける程の平熱に下がってしまっていた。
学校に行かないわけにはいかなかった。
生徒会の仕事を、これ以上休むわけにも。
休まない様にするためのプリンだったんじゃないかとさえ思える。
好きな人が、いる。
剣様に、好きな人が。
飲み込まないといけない事実だった。
心の中の黒い感情も何もかも、表に出さないようにしなければならない事だった。
けれど、やはり真っ直ぐ生徒会室へは足は向かず、特別教室棟の裏のガーデンが見えるベンチへ、フラフラと腰掛けた。
9月のガーデンでは、向日葵が陽射しを浴びている。
大きな向日葵が、風に揺れるのを眺めた。
ああ、早く行かないといけないのに。
このベンチは、あまり人目につかない。それだけ、生徒会メンバーも見つけにくいという事だ。
それは、あの春の日に、剣様が座る場所をここに選んだ理由でもあった。
そう、ここは、剣様と初めて会った場所だ。
あの頃なら、これほど失恋気分を味わう事も無かったのだろうか。
泣いてしまうのを堪える為、息を一つ大きく吸って、また一つ大きく吐いた。
その時だった。
隣に、誰かが座ったのは。
スッとした気配。それは、間違いなく剣様だった。
無意識に、身体がガチンと固まる。
手が、震える。
「具合はどうなの?熱が出たと聞いたけれど」
剣様は、私が熱を出した原因が自分だなんて思ってもみないんじゃないかというほど、いつもと同じ口調だった。
「この通り、大丈夫です。もう、下がったので」
剣様と交わす言葉は、思ったより少し大きくなったけれど、思ったよりも普通に出来た。
剣様だって思わないのだろう。
いくらファンだといっても、好きな人がいるというそんなありがちな事実だけで、これほどまでに体調を崩す人間がそばに居るなんて。
こんな調子で、私は、こんな黒い気持ちを抱えて、これから剣様と会話をしなくてはいけないんだ。
剣様。剣様剣様剣様剣様。
私はあなたが大好きです。
私はあなたを愛しているんです。
その気持ちは変わらない。
ずっとずっと変わらないけれど、剣様の顔を見る事は出来なかった。
「それはよかったわ。あなたが普通の人間の5倍働いてくれないと、生徒会は成り立たないのよ」
ドキリとした。
認めて、もらえている。
それは、嬉しい言葉のはずだった。
剣様に“仲間”として認めてもらえている。
居なくては成り立たないとまで、言ってもらえている。
嬉しい、のに。
なんて、悲しい。
なんでこんな風にしか思えないんだろう。
だって、私がどんな風になったって、剣様の特別は、別に居る。
その事が。
こんなにも。
立ち上がった剣様が、こちらに手を差し出す。
「ほら、行くわよ」
「…………」
その手を、じっと見た。
あれほどまでに触りたかった剣様が、手を差し出してくれている。
きゅっと、その手を掴んだ。
ドキドキする。
こんなにも、心臓が。
私が掴んでもいい手ではないのに。
この手の熱を感じて、高鳴ってしまう。
なんでこんなに、わがままなんだろう。
好きでいるのを止める事ができない。
奈子ちゃんの葛藤ですね。