84 好きな人はいますか
文化祭用の書類を作る事が増えてきた。
もう秋だと言っていい頃合いなのに、毎日暑くて仕方がない。
夏の装いはもう消えようとしているのに、窓を開けて涼むにはまだまだといった感じだ。
生徒会室に一人なのをいいことに、エアコンの涼しい風を追って右往左往する。
11月の文化祭の準備が始まり、みんなそれぞれの仕事に奔走している。
書記である私は、生徒達に配る書類作りの作業を担い、去年までの資料とにらめっこしながら、企画書や野外ライブ申請書などの作成作業をしていた。
生徒会室の真ん中で冷たい風を追い、盛大に伸びをしたところで、カチャリ、と扉が開く音がした。
扉は静かに閉まる。
生徒会のメンバーは、他の4人中3人がしずかに扉を開けしめするので、静かに誰かが入室する空気にも慣れてしまった。
なんとなくオーラで誰かわかるようにもなった。
これは、剣様だ。
くるりと振り向くと、予想通り剣様が立っていた。
いそいそと元の作業机に戻る。
剣様は、いつものようにスンとした顔で会長の席に座った。
静かな時間が続く。
どちらも何も言わず、ただ、それぞれが使うノートPCのタイピングの音だけが聞こえた。
時計が4時をまわったところで、
「剣様、お茶、いりますか」
と声をかける。
生徒会室には有り難いことに、小さな冷蔵庫とポットが備わっていた。
「ええ、ありがとう」
と言われると、すかさず、
「いえ、ついでなので」
と、返す。
お茶を飲む剣様をこっそりと眺めた。
この間の小節先輩との疑いは、一件落着した。
したのだけれど、気になることは、もちろんある。
剣様には、好きな人がいるのか、という事だ。
考えるだけで、頭の中がソワソワとする。
考えた事もなかったのだ。
剣様にも人間に対する好みがあるなんて。
剣様も、人間を好きになるなんて。
もし、剣様の隣に立つ人がいるとするのなら、それはどこか別世界の、絶対に叶わないような誰かなんだと思っていた。
20ヵ国語くらいできて、身長は2m位あって、顔は世界一くらいには良くて、力もあって、頭も良くて、何事にも動じなくて、間違いなんておかさない。
どこか、太陽神のような人が、そばに現れるんだと思っていたんだ。
けど、剣様も、私と同じ学園にいて、もしかすると、この学園の中の誰か、……そしてそれは、私と同類の"人間"である誰かである可能性があるという事に頭がクラクラした。
けど、剣様にそういう人が居るのかどうか、知りたいという誘惑に勝てない。
……剣様の事なら、全てを知りたいと思うから。
雑談、ぽく聞けば、きっと大丈夫。
だから奈子は、奈子が入れたアイスティーのストローから、その奇跡としか言いようがない口が離れるのを待って、口を開いた。
「好きな人は、居ますか」
言ってから気付く。
今まで、気付かなかった私の気持ち。
剣様の好きな人が、私だったらいいのに。
なんだこれ。
気持ち悪い。
私はなんて、浅はかなんだろう。
質問しておいて、返事なんて聞きたくはない事に気付く。
それが誰であっても、私は剣様の想い人なんて、受けられるはずはないのに。
けれど、無情にも、返事は返って来た。
「いるわ」
何でもない事を言う時と同じ口調だった。
あまりにも普通で、何を言われたのか一瞬わからなかったくらいだ。
顔面蒼白になった私は、そこからの記憶があまり無い。
二人は両想いになれるのでしょうか……。