82 そうとしか見えなくて(2)
全員が作業する生徒会室は静かなものだ。
ついているはずのエアコンすら静かに、生徒達の活動を見守っている。
会話あり、接触なし。
そんな中、奈子はつい、剣様と小節先輩の様子を窺ってしまう。
今まで、気にしたことなんてなかった。
あのクニャクニャしたガリ勉風のナルシスト先輩が、剣様の好みだなんて考えた事がなかった。
剣様はこの間まで婚約者だって居たし、もっと、スマートになんでもできる人が似合うんじゃないかって思っていた。
前年の生徒会には他にも男子生徒はいたし。わざわざ注目する人物ではなかったのだ。
けど、よくよく考えれば、おかしい。
なんでこの人は、中等部の頃から剣様のそばにいるのか。
現在、なんでこの人は、まるでパートナーのようになっているのか。
同じクラス。
運動は出来なさそうだけれど、勉強は剣様の次に出来る。
……私よりも、ずっとできる。
会話あり、接触なし。
剣様は、赤より青が好き、と。
……私に無いものを持ってる。
雑談あり。仕事の会話なし。接触なし。
あんな人なのに、私よりも剣様に近い場所にいるんだ。
自分が剣様から遠いところにいることくらい、わかっていたはずなのに。
どうしても落ち込んでしまう。
見ていると、小節先輩は、誰よりも剣様と関わっている。
視界に入る人間の中では、誰よりもお似合いで、誰よりも近くて。
もし、本当に……そういう関係だったら…………どうしよう。
その時だった。
「春日野町、ボールペン貸して」
小節先輩が、剣様に話しかける。
なんで?よりによって剣様なの。他の人だっているのに。
そういう考えばかりが、私を支配する。
過剰反応だったと言われたら、そうだとしか思えない事だった。
「はい」
すんなり貸してしまう剣様の姿にも、泣きそうになった。
「ん」
剣様に視線も寄越さず、小節先輩が手を出す。
「ふふっ」
と剣様の声がした。
「違うわよ。それは私の手」
小節先輩の指が。
小節先輩の長い指が。
剣様の汚れのない指に触れた。
頭に、血が上るのを感じた。
なに、それ。
なにそれ。
なにそれなにそれなにそれなにそれ。
二人がイチャつく場面を見せられたような気がしたし、小節先輩がセクハラする場面を見せられたような気がした。
私は触れないのに。僕は触れるんだって、自慢されたような気がした。
小節先輩が、やってしまった、と思った。
けど、本当に"やってしまった"のは私の方だった。
手元にあった水のペットボトルを掴むと、蓋を開け、小節先輩の傍まで大股で近付く。そして、小節先輩の頭の上で、そのペットボトルを逆さまにしたのだ。
ボコッボコッ、と、ペットボトルの水と空気が入れ替わる音がした。
小節先輩のオールバックの髪がぺしゃぺしゃに濡れた。
小節先輩の制服も。
床も。
そこで、やっとハッとする。
何も悪い事をしていない人に、私は……。
奈子ちゃん、暴走してみる。