79 日常へ帰ろう
帰りの電車の中は、静かだった。
どうやらみんな疲れているようで、朝川や東堂さん達は座ったまま、すっかり寝息をたてている。
剣は、じっとそれを見守るように、足を組み、指を頬に当てている。
その隣では、同じ格好をした小節が同じように見守る形でそこに座っていた。
「…………」
窓の外を、青い空と白い雲が流れていく。
誰もいない駅に止まり、また動き出す。
「なんで朝川にそんなに冷たいんだ?」
突然何の前触れもなく、小節が剣に話しかけた。
朝の出来事を見ていたのだろう。
朝、お風呂上がりの剣を見て、朝川が、
「大好きです」
と言ってのけたのだ。
その時、ちょうど5人ともが女子部屋に集まっていた。
「冷たくないわ」
そっけなく言う。
「あんなに、懐かれているのに」
「そうよ」
と小節に同意する。
「……“懐かれてる”の」
素直に寂しそうな顔をしてしまったからか、小節の顔が真面目な表情になった。
「台詞は『大好き』なのに、他人から見ても告白シーンだなんて受け取られない」
3人がしっかり眠っているのを確認すると、「はぁ……」とため息を一つ落とす。
「あんな台詞、信じられないわ」
吐き捨てるように言うと、小節が小さく苦笑した。
「私が欲しいのは、“恋愛の好き”よ。もっとロマンチックなやつ」
「……好きは好きだと思うぞ。これ以上ないくらい」
「私がしたいのは、朝川を抱き締めたりキスしたりよ。靴を舐められたり落ちた髪を保存されたりじゃない」
「公共の場で何言ってんだよ……」
「手を取り合って言う”愛してる“がいいの。土下座されたいわけじゃない」
「……すまん、ある程度楽しんでいるものかと」
「ある程度は楽しんでいるけど」
窓の外の景色を眺める。
濃い緑色で塗られた山の斜面が流れていく。
「目の前にいる好きな人が、私の事を好きじゃないなら、まだ納得出来る。振り向かせる方法だってある。けど……」
すっかり眠っている朝川の顔を盗み見た。
警戒心のかけらもなく腹を出して眠る子犬みたいな顔で、すぴすぴ言っている。
「目の前にいる好きな人が、私の事を『好き』だって言ってくるのよ。求めていた言葉を、キラキラした目で。嘘偽りなく。それなのに、それは両想いになれない呪いの言葉なの。当たり前のように逃げる。触らないようにしてくる。……そんなのあなたは耐えられる?」
それを聞いた小節は、呆れたような顔をした。
「ストーカーに惚れる事なんかないからなぁ」
剣がむっとした顔を見せる。
とはいえ、反論する言葉も持ち合わせてはいない。
「そのよくある一般人乙女の顔見せたらその信仰心も瓦解するんじゃないか?かといって、その弱み見せるつもりもないんだろ?」
「…………このまま、まともな告白なんかしたら、きっと離れてしまうじゃない」
それを聞いて、最後に小節は、嘲笑の顔を見せた。
「その顔やめなさいよ」
「いやぁ、天下無敵の剣さんが、あんなちんちくりんに振り回されるなんて面白いったらないな」
「私の事好きにならない人間なんて、あなたくらいよ」
「僕は君の特別ってわけだ」
そう言いながら頭を撫で付けドヤ顔を披露する小節を、剣は思いっきり睨みつけた。
珍しく剣様サイドのお話、でした〜!
剣様がいると万年2位なので小節くん的にも思うところはあり、つい雑に扱ってしまうのですが、これはこれで同級生として仲良しなのです。