表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/120

78 夏の匂い(2)

 ザクザクと、砂浜を歩いた。


「あれ……」


 剣様は、確かにそこに居た。

 こっちの方が人気が少ないから。静かな場所で、海でも見てのんびりしてるんじゃないかと思ったんだ。

 その予想は、確かに当たっていた。


 思った以上に、人が居なかったけれど。

 もう遊ぶ時間が過ぎてしまったからか、剣様の他には誰もいなかった。


 そこは、大きな砂浜とは離れている。奥まったところにある砂浜で、少し入江になっている。

 砂浜の向こうには、切り立った崖と、青く続く海が見えた。


 近づいちゃいけない気がして、後ろから剣様が砂浜に座る姿をじっと眺めた。


 一人でぼんやりとする剣様は、とても綺麗だ。

 この情景を切り取って、ずっと置いておけたらいいのに。

 長い髪が揺れる。

 剣様は、いつも気を張っているのに、時々ものすごく無防備になる。守らないと、と思わせられる。


 ここで見守る覚悟を決めた頃、剣様が、振り返った。

 何か気配が伝わってしまったのか、もう戻るつもりだったのか。


「朝川……」

 少し驚いた表情を見せた剣様は、すぐに微笑みを見せた。

 暮れていく空の下で見せる笑顔は、それだけで世界がより一層幸せになるような笑顔だ。今、世界中の幸福度が上昇した。


「そろそろ、お迎えに来たんです」


「ああ」

 そう返事はするけれど、剣様は立ちあがろうとはしなかった。

 その場までお迎えに行った方がいいのかと、サンダルを砂に埋めながら歩く。

 剣様は、座っている場所の横をポンポンと叩いた。

 まるで、そこに座りなさいと言っているみたいに。


「え……?」


「座って」


 ううん。実際に、私の聞き間違いでなければ、剣様は私がそこに座るように言ったのだ。


「えっと、ここに座るんですか?私が?」


「ええそうよ。さっさと座りなさい」


 じゃあ、失礼します。

 剣様の横に、腰を下ろす。

 ほんの50センチほどのところに。

 近過ぎただろうか、もっと遠く?


 混乱と、困惑と、幸福と、夢と。

 色々な感情がないまぜになり、冷や汗となって噴き出る。


 夢のような光景だった。

 夢にまで見た光景だった。


「いい場所ですね」

「ええ。あなたはもういいの?みんなと遊んでいなくて」

「小節先輩が、ウミウシ持って追いかけてくるので逃げてきちゃいました」

「それは大変そうね」

 剣様は、小さな蕾が綻ぶようにふふっと笑った。

「剣様こそ、いいんですか?みんなと遊ばなくて」

「もう、たくさん遊んだわ。……私は、一人の時間があまりないから、こういう時間も大事にしたいのよ」

「だからって、一人でぼんやりは危ないですよぉ〜。変な人、沢山いるんですから」

「大丈夫よ。私、これでもそこそこ強いの」

「ダメです」

「実戦でだって、全然……」


「ダメです」


 奈子は、一度目よりも強い語気で言った。

 まっすぐ、剣様を見ていた。


「朝川……」


 まっすぐに目が合う。

 こんなに剣様と目が合う事は、初めてのような気がした。


「わかったわ」

 剣様はちょっと投げやりにそう言うと、プイと横を向いてしまう。


「剣様は、かっこいいですけど」


 奈子は、真剣だった。


「綺麗なんですから。私みたいな事考えてる人間だって、沢山居るんですから。だから、ダメなんです」




 夕陽が差す。

 明るいオレンジ色の光の中で、剣の瞳に、奈子の顔が映った。

 奈子の強い言葉が、剣の耳に届く。

 奈子の肩よりも少し短い髪が、潮風に揺れた。

 いつだって、ふわふわと転がる、犬みたいな短い髪。

 見た目は可愛いくせに、変なところで強くなる。


 心配なんてしちゃって。

 自分の方が危ないくせに。


 手が、届きそうだった。


 手は、届くんじゃないかと思った。


 だから。


 奈子のその手に、自分の手を伸ばす。


「あっ!」

 突然、奈子が手を引いた。

「いい加減、戻らないと……!」


 そうよ、ね…………。


 夕闇が差し迫る。

 ただ、大きく波の音だけが聞こえるこの場所で。


 剣は行き場のない手を、きゅっと握った。

いつになったら甘くなるんでしょうか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 剣様のおっしゃる『そこそこ』とは、 超人カラテを極めし春日野町家の序列内における『そこそこ』であるに違いない!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ