77 夏の匂い(1)
最後の一日は、やっと全員での休暇だ。
全員で、水着で海へ繰り出す。
やらなければならない事が終わって、やはり少し開放的になるのか、みんなどことなく浮き足立っているのがわかった。
小節先輩など、分かりやすく、相変わらずアロハな格好で一歩毎にドヤ顔を作ってクネクネ歩いている。
ちょっと離れて歩きたいくらいだ。
海沿いを歩く剣様は完璧だった。
黒い水着の上に、薄い上着を羽織っている。
髪はいつも通り、長い髪をなびかせていた。潮風なんてものともしない顔で。
剣様は完璧だった。
夏が服を着て歩いていると言われても、夏をもたらす精霊だと言われても、世界中の人が納得するだろう。
カニだってウミウシだって、剣様を前にすれば平伏するに違いない。
数はそれほど多くないながらも、浜辺には海水浴が目当ての人間も多数居た。
みんながそれぞれ感心するような顔で、剣様を眺めるのがわかる。
芸能人を見るような目、と言ってもまだいい足りない。これはそう、崇めなくてはいけない女神様がお忍びで遊びに来たから堂々と崇める事は出来ないけれど心の中では崇め奉っているという視線だ。
そんな女神様が、くるりと振り返る。
心臓が跳ねる。
「ほら、行くわよ朝川」
笑っ…………!
心臓が、止まりそうだった。
女神様が、私の方を見て、笑顔を見せたのだ。
それは、いつもの勝気な笑顔じゃない。純粋に、楽しんでいる時の笑顔だ。
レ、レアな顔……みちゃった……。
フルフルと震える。
見てはいけないものを見てしまった気分だ。
そこからは、なんだかのんびりと遊んだ。
東堂先輩達と、大きな浮き輪に掴まって泳いでみたり。剣様とビーチバレーをしたり。
なんだか別世界のようだ。
遠くで一人がっつり泳いでいる小節先輩も、また別の世界の人間のようだけど。
「はー!たくさん遊んだー!」
パラソルを立てたレジャーシートの上に身体を投げ出す。
「朝川」
なんだか、めんどくさそうな声が、後ろで聞こえた。
「見てみろ」
「なんですか、小節先ぱ……」
目の前にグニグニした生物を出されて、
「うおわっ」
と唐突に叫んだ。
「ウ、ウミウシ……?」
ウミウシに焦点が合う。
「かわいいだろ〜う?」
「か、かわいいですけど、もうちょっと離れてくれません?」
まったく、めんどくさい先輩だ。
「はぁ……」
一つ息を吐くと、
「私、そろそろ剣様を探してきます」
と言ってその場を離れた。
それは、そこを離れる為に言った意味もあったし、散歩だと言ってその場を離れてから20分ほど経つ剣様がそろそろ心配になってきたという意味でもあった。
方角はわかっているし、そちらの方の何が剣様の興味を引いたのかも大体見当がついている。
ただ、男どころか、女も、動物も、植物も、群がってくるかもしれない奇跡の人物なのだ。
放っておくわけになんていかなかった。
サクサクと、砂浜を歩く。
そろそろ、太陽が傾いてくる時間だった。
その後、小節くんが双子にウミウシの話したらしらっとした顔されるんでしょうね。