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76 夜の散歩道

 奈子は、窮地に立たされていた。


 月明かりの下、思い悩む。


 頭を……洗う……。


 剣様に触ってもらった頭を洗うなんて、もってのほかだった。

 なんなら触ってもらったあたりを真空パックに入れて保存したいくらいだ。

 だからといって、明日も剣様に会うのに。

 いつだって、清潔な私で居たい。嫌がられたくない。


 そんなわけで、頭を冷やす為に宿の外に出て、剣様の感触を確かめる為に、頭に手を置いて必死に反芻していた。


 剣様の剣様の剣様の剣様の剣様の剣様の手が……、ここに。


 嬉しい。けど、恥ずかしい。

 幸せ。

 もうここで死んでしまいたい。


 幸いな事に、そこはいくつか宿が連なる通りなので、宿の前の小道を歩いて行った先に、コンビニがある。

 頭を洗う決意を固める為に、コンビニに散歩に行く事にした。


 剣様にお金を払う事で、頭を触ってはくれないだろうか。

 一瞬、考えないでもなかったけれど、ファンクラブ魂がそれはやめろと語りかけてくる。

 剣様の迷惑になる事は避ける。

 どんな交換条件だとしても、毎日のふれあいを求めるのはご法度なのだ。


「うにゅ〜……」


 フラフラと歩く後ろから、

「朝川」

 と声がかかる。

「あ」

 こんなところで遭遇しても、クールに声をかけてくる人は、そういない。

「杜若先輩、菖蒲先輩」


 笑顔で迎えると、両側から腕をきゅっと掴まれた。


「ひゃっ!?」


「コンビニに行くところなんでしょう?」

「一人じゃ危ないわ」


「あ、ありがとうございます」


 そんなわけで、3人で腕を組んで約徒歩5分のコンビニまで散歩する事になった。


 髪を下ろしているので髪型は同じだけれど、右にいるのが杜若先輩で、左にいるのが菖蒲先輩だ。


「こんなところ、剣さんに見つかったら大変な事になるわね」

 と、二人はなんだか嬉しそうだ。

 かくいう私も、憧れの先輩と歩くのはやぶさかじゃあない。

 それは、両手に花ってやつだった。


「朝川は、何を買いに行くの?」

「さっぱりしたものが食べたいので、アイスですかね」

「いいわね」

「剣さんも、アイス食べるんじゃないかしら」

 剣様の話に、ついピクリと反応してしまう。

 杜若先輩が、ふっと微笑んだ。

「本当に朝川は、剣さんの事が好きね」

「はい!」


 剣様の事を聞かれれば、いつまでだって話せる自信がある。


「剣様は、バニラアイスがお好きです!なんでも、素朴な味を味わうのがお好きだとかって」


「そうなのね」

 双子が微笑む。


「あのハッキリとした黒髪にバニラアイスの白が似合うんですよね。和風も似合うので抹茶も似合うし、可愛いものも似合うのでストロベリーなんかも似合うんですけど、やっぱり剣様は白かなって」


「あなたは?」


「え?」


 自分の事を聞かれているのだとは一瞬わからなくて、戸惑う。


「私は……、チョコレート、です」


 アイスを選ぶ時は、よくチョコレートを選ぶ。

 味が好き、というよりも……。


「イメージが、一番剣様に近い気がして」


 アイスによくある味の中では、一番剣様に近いイメージだ。


「なるほどね」


「剣様は、私の女神様なんです」


「そうみたいね」

 菖蒲先輩が応える。


「孤高で、ビターなチョコレートなんです。何人たりとも、絶対に触れない、みんなに愛される存在なんです」


「あなたも?」

 右側に居る杜若先輩がそう尋ねた。


「はい。私も触れません」


 そうハッキリ言うと、杜若先輩が苦い顔で笑う。

 まだ、ファンクラブの時と同じように心酔しているのは、活動に支障があるのだろうか。

「杜若先輩……こういうの、あんまりよくない、ですか?」


 すると、双子が少し面白そうに微笑んだ。


「…………?」




 剣さんの為にアイスが溶けないように、と足早に歩く奈子の後ろ姿を見ながら、双子が小さく呟く。

「確かに、見分けてくれるなんて、可愛い子よね」

「けど、剣さんもホント、苦労するわね」

奈子ちゃんと双子さんのお話でした。

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