74 一方その頃湯船の中で
「…………」
湯船の中で、菖蒲と杜若はゆったりと息を吐いた。
今日はけっこう歩き回った。
他の3人は体力オバケだけれど、私達二人は違う。
あの、努力家のスーパーガールに、それにどこまでもついて行く愛情の塊ちゃん。残りの一人はヒョロガリだけれど私達よりは体力のある男子だ。
「せっかく旅行なんだし、朝川と一緒にお風呂、入りたかったわ」
今日はまだ一日目だけれど過去形だ。
あの重い愛情を抱えていては、一緒に入るのは無理だろう。
綺麗なお風呂だった。
外には小さな露天風呂。
中には大きな湯船が一つある。
シンプルながらも小綺麗な内装。落ち着く雰囲気だ。
チラリと剣の方を見る。
少し離れたところで、湯船に浸かり、少し不服そうな顔をしている。
からかったのはからかったのだろうけれど、一緒に入りたかったのは本心だったんだと思う。
ある意味、素直な人間なのだ。春日野町剣という人は。
かまってほしくてからかう。
一緒にお風呂に入りたくて、素直に誘う。
昔、泣いている場面に遭遇したことがある。
それは高校の生徒会に入った直後のことで、剣さんは、ファンクラブと中等部の生徒会と高等部の生徒会と3つに挟まれ、仕事を増やされていた。
その時に持っていた紙。
二人は知っている。それが朝川からのファンレターだったということを。
お守りにして、ずっと大切にしていた。
なので、二人は知っていた。
本人からちゃんと聞いた事はないけれど、剣にとって朝川奈子は特別なのだ。
まさか、本人が生徒会に連れて来るとは思わなかったけれど。
剣さんが他人に懐くなんて珍しい。
この、美しい黒猫のような剣さんが。
「明日も、誘ってみる?」
と、剣に聞こえるように言ってみた。
剣は、まだ不服な顔を残したまま、
「……いいわよ。一緒に入らなきゃいけないものじゃないんだから」
なんて冷静な口調で言う。
こんな時でも、会長の顔を維持しようとする。
いつだって、一緒に居たいくせに。
ちゃぽん、と水面が揺らぐ。
ちょこちょこと、双子は剣を挟むように、剣の左右に移動した。
素肌の肩や腕がきゅっと触れる。
文字通り、剣を挟む形で二人が座る。
「どうしたの、二人とも……」
剣が困惑した。
なんだかんだで同級生の気やすさが、そこには存在した。
「いいの?剣さん。朝川ともっと一緒に居たいんでしょう」
「例えば、一緒にお風呂に入ったり」
「そんなの……」
剣の眉が困った時のように動く。
「……私の、一存で出来ることではないもの。ちゃんと同意を得て、するならともかく……」
そこで双子はハッとする。
もしかしてこの人は、朝川と一緒に風呂になぞ入れたら、ただのお風呂で済まない方なのでは?
それならやはりしょうがないのだ。
剣さんと朝川の二人は、この旅行で、一緒にお風呂に入れるわけにはいかないだろう。
最近、双子の出番が少ないので、たまには。