73 夏の真ん中(3)
「大丈夫?」
菖蒲先輩に声をかけられる。
「だい、だだだだだいだいじょうぶです」
後ろを向いて、部屋を出て行く。
右手と右足が同時に出たし、左手と左足が同時に出た。
バンバンバン!
叩いたのは、小節先輩の部屋だ。
小節先輩の部屋は一人部屋なので、少し離れてはいるものの同じ階ですぐに辿り着ける。
小節先輩は信頼されているらしく、どこの部屋なのかもお互いに知らせあっていた。
ガチャリ、と扉が開く。
不可思議な顔をした小節先輩が顔を出した。
床にひれ伏すようにうずくまると、
「今晩泊めてください〜」
と呻くように言った。
それに対する小節先輩の返事は一言だけ。
「断る」
バタン。ガチャリ。
非情だった。
扉を閉めただけでなく、ご丁寧に鍵までかけるとは。
トボトボとまた元の部屋へ戻る。
じっと見つめる3人の視線が突き刺さった。
「わ、私、この部屋で頑張ります」
またもや顔が真っ赤になっている自覚があった。
「よろしい」
と、剣様が言って、私は覚悟しなくてはいけなくなった。
けれど、一緒にお泊まりするにあたって、試練はそれだけではなかった。
5人での夕食後。
よじよじと畳の上を近付いてきたのは、剣様だ。
別にお酒を飲んでいたわけではない。
酔っ払っているわけでもないのに、その少し揶揄うような表情にドキリとする。
「……剣様?」
畳の上を歩く靴下のつま先や、どこかしら気の抜けた表情や、お茶を飲むその唇にいちいちドキドキしては、その都度気持ちを抑えてきたのだ。
やっと慣れてきた頃にこういう事をするから、剣様は私を手玉に取る小悪魔なのだ。
畳にぺたりと座っている私に、剣様の顔が近付く。
頬に、その艶めいた唇が触れるんじゃないかと思われた。それほど、剣様が私の近くに居た。
吐息が聞こえる、そんな距離。
「剣…………様……」
あろうことか、剣様は私の耳元で囁いたのだ。
「一緒に、お風呂行く?」
揶揄われているのなんて、一目瞭然なのに。
その甘い声に。
近付いてくる香りに。
どうしても反応してしまう。
「え、遠慮しておきます……!」
突き放すように後ろへ飛ぶ。
まるで熱に晒された鉄みたいに、身体中が熱くなっている自覚があった。
だって……、一緒にお風呂に入るって事は。
一緒にお風呂に入るって事は……!
一糸纏わぬお姿って事で。
それは尊いけれども、見てはいけないもののような気がする。
……想像するだけでも、犯罪になるんじゃないだろうか。
頭をブンブン振る。
剣様は、私の顔をまっすぐに見る。
いつもの、綺麗なお顔。
剣様は私なんかにこんな風に声を掛けても、何とも思わないんだろうけど。
こっちはもう、どこもかしこも大変なんだから……!
「そう、残念ね」
そう言いながらも、剣様は少し笑ってるみたいだった。
結局、あまりの恥ずかしさに、お風呂の近くの椅子で、時間を潰した。
手には、お風呂セットを持って。
む〜〜〜っという顔をして。
だってどうしても考えてしまうから。
ずっとあなたの事を、考えてしまうから。
一緒にお風呂はハードルが高いです!